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真相編
39話 来襲①
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刻は数時間前に遡る。グレンは、馬を走らせ王宮への帰路を急いでいた。
王宮までの道のりは急いで一日半。往復で三日かかる。
(無事でいてくださいよ、殿下……!)
その時、前方から月明かりに照らされ、馬や馬車の大行列がこちらに向かっているのが見えた。
(……貴族か?)
よく目を凝らすと、馬車に彫られている紋章はジーニー侯爵家のものであった。
(ジーニー家の……何故こんな所に?)
グレンはあのパーティーで、婚約者であるクレアを非難したジーニー侯爵を良く思っていない。アンドレアスが死にかけているというのに、これ見よがしにレティシアを皆の前で糾弾したことも、彼の心に不快感を残していた。
グレンは迷った末、行列の前に立ち塞がるように踊り出た。
「! 何者だ!」
途端に行列の最前にいる、馬に乗っている兵が声を上げる。
「……グレン•オーシャンです。失礼ですが、ジーニー侯爵家の御一行ですよね? どちらに向かう予定なのですか?」
グレンは馬から降りると、そう声をかけた。
すると、一番前の方にある馬車の窓からジーニー侯爵が顔を出した。
「……これはこれは、王太子殿下の側近のグレン殿。確か殿下と一緒にあのレティシアを探しに行ったのではなかったのかな? 何故、こんな所にお一人で……?」
「……実は、この先のヌマイで、何らかの病気が流行っているそうなのです。殿下の命により陛下にその現状をお伝えしに行くところです。侯爵も、あの付近は避けて通ったほうが良いかもしれません」
レティシアをヌマイで見つけた、と言う事実をグレンは伏せた。
「……ヌマイにレティシアがいるのだね?」
ジーニー侯爵が鋭い視線で言う。
「……」
武装した兵たち――皆、ジーニー家の紋章が刻まれた剣や甲冑を身にまとっていることから、私兵であることは明らかだった――の視線が一斉にグレンへと向けられた。
「……」
「隠さなくても良い。聖女セレーナがおそらくレティシアとオースティンはヌマイに居る、と教えてくれたのだ」
「セレーナ嬢が……?」
何故、セレーナにそんな事が分かるのだ。グレンは訝しむ。
「それでレティシア嬢を捕まえに兵をこんなに連れて……?」
「当たり前だろう。レティシアも、オースティンも恐ろしい魔法を使う。少ない人数で行ったら、こちらがやられるさ」
侯爵の目はギラギラと血走り、深い憎悪を宿していた。
「……、申し訳ありませんが、今ヌマイで病が流行っていること、侯爵家のどなたかが王宮へ行って陛下に伝えていただく事はできますか?」
アンドレアスの命令には背くことになるが、自分ではなくても、シャーロットに伝えられば問題はないだろう。グレンは、早いところアンドレアスの元に戻りたかった。
「その必要はありません」
その時、涼やかな声が聞こえた。侯爵が乗っている馬車の一つ後ろ、その馬車の窓から顔を出したのはセレーナだった。
彼女は、顔や体を一部包帯でぐるぐるに巻かれていて、痛々しい姿をしていた。しかし、綺麗な金髪とその瞳はそのままで、きらきらと輝いていた。
「……セレーナ嬢も、いらしていたのですか。お身体は大丈夫ですか?」と、グレンが心配の声をかけた瞬間、兵たちが一斉にグレンを取り囲み、武器を向けてきた。
「……ッ?!」
いきなりの事にグレンは混乱し、驚くが、すぐに気を取り直し、剣を抜いて応戦体制に入る。
彼の心臓は早鐘のように打ち、冷静さを保とうと必死だった。
「……ごめんなさい。ヌマイでの疫病が陛下に知られるわけにはいかないの。色々調べられたら面倒だもの」と、セレーナは淡々とした感情の読めない声で言った。
(……一体、どういうことだ?)
「何を言っている、陛下に知られなくとも、既に殿下もご存知の事だ!」
グレンは声を荒げた。
「……ええ、そうよね。だから、殿下に病名を知られる前に、早く行かないと」
一行がまた進み出した。
グレンの心に不安が広がる。彼女が何を考えているのか、全く理解できなかった。
残ってグレンを取り囲んでいる兵たちに対し、セレーナは窓から冷たい声色で「殺して」と命じた。
♢♢♢♢♢
オースティンがぴくりと反応した。そして、パジャマを脱ぎ、外着へと着替え始める。
「お前らもすぐに着替えろ」
「え……?」
いきなりそんなことを言い出すオースティンに疑問を抱きながらも、レティシアとアンドレアスは大人しく言う通りに外着へと着替え、玄関へと向かうオースティンの後を追った。
「師匠……? 一体どうしたのですか?」
扉を開け外に出ると、このヌマイに続く道に大行列が見えた。その者たちは皆、灯りを手にし、それが煌々と不気味に光っている。
「何、あれ……?」
行列は静かに進み、こちらの方へ近づいてくる。灯りが照らし出す影は、まるで不気味な儀式のような雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、こっちから出向く手間が省けたな」
と、オースティンは笑みを浮かべた。
レティシアとアンドレアスはまさか、と顔を見合わせる。
「紫魔女、レティシア!! 出てこい!!」
ヌマイの入り口まで辿り着くと、行列の先頭にいた者が、一歩前に出て、大声でそう叫んだ。その人物はジーニー侯爵であった。
「何故、ここが……?」
レティシアは驚き、呟いた。
「大方、セレーナにでも聞いたんだろう」
オースティンが冷静に答えた。
つまり、レティシアたちがヌマイの住人を救いに行くことを、セレーナが予測していたということだ。
「なんだなんだ……?」
「こんな夜中に……?」
家屋にいたヌマイの住人たちも何事かと外に出てきた。更にヌマイの中のほうに住んでいる住人たちも出てきて、人が集まってくる。
王宮までの道のりは急いで一日半。往復で三日かかる。
(無事でいてくださいよ、殿下……!)
その時、前方から月明かりに照らされ、馬や馬車の大行列がこちらに向かっているのが見えた。
(……貴族か?)
よく目を凝らすと、馬車に彫られている紋章はジーニー侯爵家のものであった。
(ジーニー家の……何故こんな所に?)
グレンはあのパーティーで、婚約者であるクレアを非難したジーニー侯爵を良く思っていない。アンドレアスが死にかけているというのに、これ見よがしにレティシアを皆の前で糾弾したことも、彼の心に不快感を残していた。
グレンは迷った末、行列の前に立ち塞がるように踊り出た。
「! 何者だ!」
途端に行列の最前にいる、馬に乗っている兵が声を上げる。
「……グレン•オーシャンです。失礼ですが、ジーニー侯爵家の御一行ですよね? どちらに向かう予定なのですか?」
グレンは馬から降りると、そう声をかけた。
すると、一番前の方にある馬車の窓からジーニー侯爵が顔を出した。
「……これはこれは、王太子殿下の側近のグレン殿。確か殿下と一緒にあのレティシアを探しに行ったのではなかったのかな? 何故、こんな所にお一人で……?」
「……実は、この先のヌマイで、何らかの病気が流行っているそうなのです。殿下の命により陛下にその現状をお伝えしに行くところです。侯爵も、あの付近は避けて通ったほうが良いかもしれません」
レティシアをヌマイで見つけた、と言う事実をグレンは伏せた。
「……ヌマイにレティシアがいるのだね?」
ジーニー侯爵が鋭い視線で言う。
「……」
武装した兵たち――皆、ジーニー家の紋章が刻まれた剣や甲冑を身にまとっていることから、私兵であることは明らかだった――の視線が一斉にグレンへと向けられた。
「……」
「隠さなくても良い。聖女セレーナがおそらくレティシアとオースティンはヌマイに居る、と教えてくれたのだ」
「セレーナ嬢が……?」
何故、セレーナにそんな事が分かるのだ。グレンは訝しむ。
「それでレティシア嬢を捕まえに兵をこんなに連れて……?」
「当たり前だろう。レティシアも、オースティンも恐ろしい魔法を使う。少ない人数で行ったら、こちらがやられるさ」
侯爵の目はギラギラと血走り、深い憎悪を宿していた。
「……、申し訳ありませんが、今ヌマイで病が流行っていること、侯爵家のどなたかが王宮へ行って陛下に伝えていただく事はできますか?」
アンドレアスの命令には背くことになるが、自分ではなくても、シャーロットに伝えられば問題はないだろう。グレンは、早いところアンドレアスの元に戻りたかった。
「その必要はありません」
その時、涼やかな声が聞こえた。侯爵が乗っている馬車の一つ後ろ、その馬車の窓から顔を出したのはセレーナだった。
彼女は、顔や体を一部包帯でぐるぐるに巻かれていて、痛々しい姿をしていた。しかし、綺麗な金髪とその瞳はそのままで、きらきらと輝いていた。
「……セレーナ嬢も、いらしていたのですか。お身体は大丈夫ですか?」と、グレンが心配の声をかけた瞬間、兵たちが一斉にグレンを取り囲み、武器を向けてきた。
「……ッ?!」
いきなりの事にグレンは混乱し、驚くが、すぐに気を取り直し、剣を抜いて応戦体制に入る。
彼の心臓は早鐘のように打ち、冷静さを保とうと必死だった。
「……ごめんなさい。ヌマイでの疫病が陛下に知られるわけにはいかないの。色々調べられたら面倒だもの」と、セレーナは淡々とした感情の読めない声で言った。
(……一体、どういうことだ?)
「何を言っている、陛下に知られなくとも、既に殿下もご存知の事だ!」
グレンは声を荒げた。
「……ええ、そうよね。だから、殿下に病名を知られる前に、早く行かないと」
一行がまた進み出した。
グレンの心に不安が広がる。彼女が何を考えているのか、全く理解できなかった。
残ってグレンを取り囲んでいる兵たちに対し、セレーナは窓から冷たい声色で「殺して」と命じた。
♢♢♢♢♢
オースティンがぴくりと反応した。そして、パジャマを脱ぎ、外着へと着替え始める。
「お前らもすぐに着替えろ」
「え……?」
いきなりそんなことを言い出すオースティンに疑問を抱きながらも、レティシアとアンドレアスは大人しく言う通りに外着へと着替え、玄関へと向かうオースティンの後を追った。
「師匠……? 一体どうしたのですか?」
扉を開け外に出ると、このヌマイに続く道に大行列が見えた。その者たちは皆、灯りを手にし、それが煌々と不気味に光っている。
「何、あれ……?」
行列は静かに進み、こちらの方へ近づいてくる。灯りが照らし出す影は、まるで不気味な儀式のような雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、こっちから出向く手間が省けたな」
と、オースティンは笑みを浮かべた。
レティシアとアンドレアスはまさか、と顔を見合わせる。
「紫魔女、レティシア!! 出てこい!!」
ヌマイの入り口まで辿り着くと、行列の先頭にいた者が、一歩前に出て、大声でそう叫んだ。その人物はジーニー侯爵であった。
「何故、ここが……?」
レティシアは驚き、呟いた。
「大方、セレーナにでも聞いたんだろう」
オースティンが冷静に答えた。
つまり、レティシアたちがヌマイの住人を救いに行くことを、セレーナが予測していたということだ。
「なんだなんだ……?」
「こんな夜中に……?」
家屋にいたヌマイの住人たちも何事かと外に出てきた。更にヌマイの中のほうに住んでいる住人たちも出てきて、人が集まってくる。
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