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失踪編
35話 嫉妬
しおりを挟む※アンドレアス視点
何やら通じあっているオースティンとレティシアを見て、アンドレアスは面白くないとばかりに眉を寄せた。
腹が減った、と言うオースティンにレティシアが先程作った雑炊を温める。食べたばかりのアンドレアスは腹が減っていなかった為、とりあえず食卓には座ったが、水だけ飲んだ。
レティシアが、先ほどはなかったトマトサラダを二品目として出すのを見て、アンドレアスの胸が微かに曇る。
オースティンは食事を終えると、風呂に行ってくると言って、消えていった。レティシアは後片付けをしている。
烏の行水と言うべきか、すぐにペンギン柄のパジャマを着たオースティンが室内に戻ってきた。
「アンディ様、次、お風呂にどうぞ」
とレティシアはタオルと着替えをアンドレアスに渡しながら言った。
アンドレアスは素直にそれを受け取り、風呂へと向かう。王宮や離宮の広い風呂しか使ったことがないアンドレアスは、その狭さにぎょっとしたが、何とか湯船に浸かった。
(ロブ村のオースティンの家にも風呂はあったが、負傷していたアンドレアスはレティシアの簡易魔法で体を綺麗にしてもらっていたのだ)
風呂は温かく、気持ちよかった。アンドレアスは湯船に浸かり、白い息を吐きながら思考を巡らせた。
レティシアを連れて帰れることなったことにとりあえず安堵したが、それと同時に迷いもあった。
分かっていたことであるが、このままレティシアを王宮に戻せば、彼女は罰を受けることになるだろう。自分がどんな手段を使っても庇うつもりであるが、例えレティシアにどんな事情や経緯があったとしても、貴族相手の殺人や殺人未遂が簡単に許されるほど、甘くはない。
いっそ、レティシアをどこか自分だけしか知らないところに匿って……と、アンドレアスは一瞬考えたが、直ぐに自分を叱咤する。
そして、先刻レティシアとキスをしたことを思い出した。
(レティシア……可愛かった……)
口付けているときのレティシアの縋るような表情、柔らかい唇や抱き締めた身体の感触を思い出してしまい、アンドレアスは咄嗟に頭まで湯船に潜った。
このままじゃのぼせると感じ、アンドレアスは風呂から出ることにした。
パンダ柄のパジャマを着て居間に戻ると、
「アンディ様、こちらへ」
と、レティシアは自分の部屋へと案内した。
(……あ)
レティシアの部屋の机に、見覚えのあるブローチが置いてあった。アンドレアスが、以前マルティネス公爵家の舞踏会で渡したものだ。
まるで大事なもののようにハンカチにそっと包まれている。
「それ……」とアンドレアスが言うと、レティシアはブローチに視線を向け、「あっ……」と声を上げた。
「すみません、本当はあのパーティーの後、返すべきでしたが……あの時は時間がなく……つい持ってきてしまいました」
レティシアが頬を赤く染める。
「返す必要なんてない。言っただろう、君にあげたものだ。ずっと持っていてくれ」
「……」
レティシアが更に赤くなるのを見て、アンドレアスは少しだけ動揺した。もしかしたらレティシアはこの国で貴族男性から貴族女性へブローチを渡す意味を知ったのだろうか、との考えが頭を擡げたからだ。
何せ、レティシアが知らないとばかりに何食わぬ顔で渡して付けさせ、他の男と舞踏会で踊ることを阻止したのだ。自分でも呆れるくらい嫉妬深い。
「……」
「……」
沈黙が部屋内を包む。どちらも顔を赤く染めていて、傍から見たら滑稽だろう。
「……アンディ様は今夜は私の部屋のベッドを使ってください」
と、アンドレアスを部屋に案内した理由を思い出したのか、レティシアが口を開いた。
「ありがとう。……レティシアは何処で寝るのだ?」と何の気なしに聞く。
「私は師匠の部屋で寝ます」
「……。は?」
当然のように言われ、アンドレアスは呆然とした。
「何だよ、久しぶりだな。同じベッドで寝るのは」
そこに、ひょっこりと現れたオースティンが聞き捨てならないセリフを吐く。
「……ちょ、何、待て、レティシア……」
「何言ってるんですか。私は師匠のベッドの横に布団を敷いて寝ます」
レティシアが呆れたようにオースティンに言うが、それでも看過できる事ではない。
アンドレアスは心を落ち着かせるため、一度深呼吸した。
「……待て。だったら私は居間の床にでも寝る。君は自分のベッドを使え」
「まさか……王太子殿下をそんなところに寝させられるわけないでしょう」
レティシアにすぐに却下されてしまい、アンドレアスは青くなる。
……一悶着あった末、結局レティシアは自分のベッド、オースティンとアンドレアスはオースティンのベッドに寝る事で落ち着いた。
♢♢♢♢♢
「私は布団で良いのですが……」
アンドレアスは、三人分はある広いベッドに横になっているオースティンに言った。
「駄目だ。レティが怒る」
オースティンは、レティシアからアンドレアスを絶対に床寝ではなくベッドに寝かせるよう、念を押されている。彼に男と寝る趣味はないが、自分が床寝するという発想もない為、アンドレアスをベッドに入るよう促す。
アンドレアスは遠慮しながら、ベッドへと入った。
電気を消し、部屋を暗くする。
アンドレアスは、先程から悶々としていて、寝られそうになく、思わず横にいるオースティンに声をかけた。
「オースティン殿」
「……何だよ」
まだ寝ていなかったらしく、オースティンの鬱陶しそうな声が返ってくる。
「……、レティシアとはいつまで一緒のベッドに寝ていたのですか?」
「はあ……?」
レティシアがオースティンに拾われたのは十歳の時。かろうじて(いや無理だが)、その頃だけならまだ理解できる。これが最近まで一緒に寝ていたという話ならアンドレアスは多分ショックで立ち直れそうにない。
「ハッ……」
オースティンが鼻で笑う。
「あれは冗談だ。レティと同じベッドに寝たことなんてない」
「冗談……」
その答えに、アンドレアスは心底安堵する。
「……拾った当初、よく夜泣いてるレティの頭を撫でてやったくらいだな」
「え……?」
レティシアは、父親に捨てられたショックで、オースティンに拾われてからもしばらくは夜になると情緒不安定になった。そして、こっそりとオースティンに気付かれないよう息を殺してベッドの中で泣いていた。そんな時、オースティンはレティシアの部屋に入り、レティシアが眠りにつくまで彼女の頭を撫でていた。
一年も経てば、レティシアの精神も落ち着き、それからはレティシアが涙を流すのも滅多に見ていない。
そう、オースティンが静かに語った。
「……」
「レティの父親、捕まったんだってな。レティに聞いた」
「……そうです」
「フローレス家、あそこは昔から世間体ばかり気にする家柄だからな。まあレティもあんな家に生まれて運が悪かった」
「……フローレス侯爵家のこと、知っているのですか?」
「ああ。……昔の知り合いが、フローレス家と揉めたことがあった」
そんな話をしている内に、オースティンは眠ったのか寝息を立てる。アンドレアスは、中々眠れなかった。先程の、七年前のレティシアの話を聞いたからだ。泣いている幼いレティシアの事を考えると、胸が苦しくなる。
今すぐに飛び起きて、レティシアの部屋に行き抱き締めたい衝動に駆られたが、そんな事出来るはずもなく、ギュッと目を瞑った。
♢♢♢♢♢
ガタガタッと音がして、アンドレアスは目を覚ました。いつの間にか寝ていたようだ。
時計を見ると、深夜一時を越えたところだった。
隣を見ると、寝ていた筈のオースティンがいない。ドアが開きっぱなしになっている。
「……うぅッ、あっ、……」
「レティ……大丈夫か……」
何やらレティシアとオースティンの切羽詰まっている声が聞こえて、アンドレアスは起き上がった。
居間を確認したが二人はいなく、声はレティシアの部屋の中から聞こえてくる。
アンドレアスは一瞬迷ったが、レティシアの部屋のドアを勢いよく開けた。
目に飛び込んできたのはベッドの上で顔を真っ赤にして横になっているレティシアと、ベッドに腰掛けて、レティシアのパジャマのボタンを外そうとしているオースティンの姿だった。
「……ッ?!」
アンドレアスは衝撃で声が出ないくらい驚いたが、体が瞬間的に動き、レティシアからオースティンを引き剥がした。
「何してるッ……オースティン!」
アンドレアスがいきなり間に入ってきた事に吃驚した表情をしたものの、オースティンは舌打ちすると「退け!」と睨み付ける。
「退く訳ないだろう! 一体レティシアに、何を……」
そう言って、アンドレアスはベッドに横たわっているレティシアに視線を向けた。
オースティンがレティシアのパジャマの上から三番目位までボタンを外していたので、はだけてもう少しで胸が見えそうになっている。アンドレアスはそれを直そうと手にかけたが、レティシアがその手を振り払い、自分の左胸を掻き毟るかのように悶えた。
その姿を見て、アンドレアスの背筋に冷たいものが走る。
――まさか。
アンドレアスは、片手でレティシアの両手を掴み上げ、確認した。
「……呪痕……?」
アンドレアスが十七年苦しんだ呪い……それと全く同じ黒い痣がレティシアの左胸の少し上に出来ていた。
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