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失踪編
34話 牽制
しおりを挟むオースティンは、喉が渇いたと言いながら、玄関から直行でキッチンへと向かう。
先程、レティシアとキスを交わしていた場所にオースティンが立ち、ぐびぐびと水を飲んでいることに、アンドレアスは気まずさを覚えた。隣にいるレティシアも少し頬を染めている。
オースティンとアンドレアスの視線がかち合う。
「……オースティン殿。ユハディーア王国王太子アンドレアスと申します。先日のパーティーでは命を救っていただき感謝いたします」
アンドレアスはオースティンと対面したらすぐにこれは伝えようと決めていた。オースティンに対して複雑な思いを抱いてはいるが、彼が瀕死だったアンドレアスを助けてくれたのは事実だ。
「……王子、レティを捕えにきたんだろうが、諦めろ。ヌマイでの用が済んだら、俺とレティはすぐにまたここを去る」
オースティンが牽制するように言う。
レティ、と愛称で呼んでいることにアンドレアスの心がザワザワと揺れる。
「……ヌマイでの用とは、ここでの流行病を解決することですか?」
「それがどうした?」
「……ここでは一体何の病気が流行っているのですか?」
「セツナ病だ」
あっさりと言うオースティンにアンドレアスだけでなく、レティシアも目を見開いた。
「師匠……!」
「別に良いだろもう」
「……北の地で流行っていたセツナ病が何故こんなところで?」
ヌマイから北の地は遥かに遠く離れている。北の地で流行が始まった際、すぐに外部への出入りを封鎖したはずだ。しかし、感染者がその封鎖をくぐり抜け、このヌマイまで病を運んでしまったのだろうか。それでも、北の地とヌマイを繋ぐ数多の土地では、セツナ病の発症例は聞いたことがない。
オースティンは、レティシアが目で訴えているのを横目でちらりと見た。
「……信じられないだろうが、ここでの流行病がセツナ病だと言うことは事実だ。現に俺の治癒魔法は全く効かない」
「……? どういう意味ですか?」
「俺の治癒魔法は人間の免疫力を最大限引き上げるものだからだ。セツナ病は自分の免疫力で自分を殺す。俺の治癒魔法では何の意味もない。かえって毒になる」
確かに、聖女セレーナが王宮に上がったとき、同様の説明をしていた。
「だからまず、突貫で魔法薬を二種類作成した。一種目は免疫力を下げる薬。二種目は体の状態を保つ薬だ。急拵えだからどちらも効果は一日。これを毎日飲ませる。あの家屋にいた者達全員をセツナ病の初期症状状態に維持させることにした」
「……では、リンズベルまで行って持って帰ってきたあの薬は、セツナ病の特効薬ですか?」
開発された特効薬は、予防か、初期症状のものにしか効果がない、と言う話だった。
「そうだ。本当は王宮にまだ予備在庫があるだろうからそれを貰いにいけば話が早かったんだが……。レティが王宮には知られたくない、と止めたからな。俺達だけで解決しようと言う話になった」
「……」
なぜレティシアは、このヌマイでのセツナ病の流行を王宮に知られたくなかったのだろうか?
単に逃亡者である自分たちの居場所がバレることを恐れているのかと考えたが、どうにも腑に落ちない。何せ、先ほど居場所を突き止めたグレンから、ここでの流行病についての病名を尋ねられたレティシアは、まるでセツナ病のことを知らないかのように振るまったのだ。
「明日、ここのヌマイの者達全員にこの特効薬を飲ませる。それで終わりだ。お前ら王家に関わるのもな」
そう吐き捨てるオースティンに、レティシアが口を開く。
「……師匠、その事ですが……。私は王宮に戻ります」
「は? ……何言ってんだ、レティ」
途端に、オースティンの刺々しい雰囲気が更に増し、彼は鋭い眼光でレティシアを睨み付ける。
「……お許しください、師匠。私はカトレア森の事件や、聖女セレーナへの殺人未遂の罪を償いたいのです」
「カトレア森のあれはあのバカ貴族の自業自得だし、セレーナの件も……待て。未遂、と言ったか?」
オースティンは目を見開いた。
そして、アンドレアスに「セレーナの容態はどうなっている?」と聞いた。
「……一時は危篤でしたが、セレーナの従者スコルもまた魔法を使えたらしく、彼の治癒魔法で何とか一命は取り留め、今は怪我は多少残っているものの、喋ることが出来るまでには回復しています」
「……」
オースティンは一瞬考える素振りを見せた後、レティシアと視線を交わした。彼女の真意を理解したオースティンは、ほのかに笑みを浮かべて言った。
「……分かった。王子、明日ヌマイでの処理が終わり次第、レティを連れていけ。俺も一緒に向かう」
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