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失踪編
33話 二人きり
しおりを挟むグレンが出ていったので、レティシアはアンドレアスと二人きりになった。
アンドレアスは自分が投降するまでこの家で見張るらしい。
レティシアはもう逃げるつもりはなかった。
――セレーナが生きているというのなら、レティシアはまだやることがある。
アンドレアスが此方の様子を窺っているのに気付き、レティシアは声をかけた。
「殿下……、パーティーでは私を庇ってくださり、ありがとうございました」
本当は、パーティーの翌日、目が覚めたアンドレアスにすぐに言うつもりだった。
ずっと言いたかったのだ。
続けて「傷はもう大丈夫ですか?」と聞いた。
「ああ、君がオースティン殿に治すよう頼んでくれたのだろう? 母上たちから聞いた」
「……一国の王太子が、私なんかの代わりに刺されるなど……。もうあんなことは辞めてください。心臓がいくつあっても足りません」
レティシアは、死にかけたアンドレアスの姿を思い出し、眉を寄せた。
「しょうがないだろう。身体が勝手に動いたんだ」
「……」
「それに……君が傷つく姿を見るくらいなら、例えまた同じことが起きても、私は君を守る盾になりたい」
「……な、なにを……」
アンドレアスが真面目な顔で、至極当然のように言うので、レティシアは絶句し二の句を継げなくなってしまう。
レティシアは慌てて「食器を洗ってきます」と言い、キッチンの方へと向かった。
その耳が赤くなっているのに気付いたアンドレアスがレティシアを追う。
流しの前に立つレティシアを、アンドレアスが後ろから抱き締めた。
「っ! で、殿下……!?」
カアアと顔中を真っ赤にしながら、レティシアは抵抗しようとしたが、アンドレアスの力が強くて抜け出せない。
「レティシア、何故王宮から逃げた? ……私と結婚する、と言っただろう」
レティシアの肩に顔を埋めて、アンドレアスは懇願するように言った。その切ない声色に、レティシアは震えた。
「……私より、オースティンのほうが良いのか?」
「……え?」
ここでオースティンの名前が出るのがよく分からないレティシアは一瞬フリーズしてしまった。硬直したレティシアをどう思ったのか、アンドレアスは更に力を強めた。
「アンディ様、痛いですっ……」
そう訴えると、アンドレアスがハッとして力を弱めたが、依然として後ろから抱き締められたままだった。
――今、彼はどんな顔をしているのだろう。
レティシアは身体ごと後ろに振り返り、アンドレアスと至近距離で向き合う体勢になる。
アンドレアスは少し泣きそうな表情を浮かべていた。初めて見るその表情に、レティシアは思わずその頬に手を添えた。
するとアンドレアスは甘えるようにレティシアの手の平に頬を擦り付ける。それがおかしくて可愛くて、レティシアは思わず笑みを浮かべた。
そんな感じで見つめ合っていると、ふいにアンドレアスの顔が近付く。
レティシアは咄嗟に目を閉じた。
二人の唇が重なる。柔らかな感触に、心臓が早鐘のように打ち始めた。
角度を変えながら、何度も口付けを交わしていると、レティシアの頭がぼーっとしてくる。
(……こんな状況で、何してるんだろう、私……)
やめなきゃ、と思いながらも身体はちっとも言う事を聞かない。アンドレアスの背中に手を回し、ぎゅっとすがってしまう。
アンドレアスは彼女の髪を優しく撫でながら、キスを続ける。
されるがまま、夢中になっていたその時。
隣の家屋のほうでザワザワと何人も騒ぐ声が聞こえ、二人は我に返り、動きを止めた。
病人達に何かあったのだろうか。
レティシアがアンドレアスの顔を見る。アンドレアスはレティシアの腰を抱いていた腕を解くと、そのまま二人で病人達がいる家屋のほうに向かった。
♢♢♢♢♢
「オースティン様、ありがとうございます……ありがとうございます……」
家屋の中から、ヌマイの住人たちの声が聞こえる。
「いいか、全員必ずこの小瓶を丸ごと飲み干せよ」
オースティンの声が聞こえ、レティシアは「師匠?」と呼びながら、家屋の扉を開けた。
オースティンが帰ってきていた。彼は持ってきた小さな瓶を病人一人一人に配り飲むよう指示している。
「……何で王子がここにいる」
オースティンは、レティシアの後ろにアンドレアスの姿を見て、思いっきり眉を顰めた。そして、「ああ、表にある馬はこの王子のか」と独りごちる。
この前のパーティーで生死を彷徨っていたアンドレアスは、勿論オースティンの姿を見ていない。
初めて相見えるオースティンは、噂と違わぬとんでもない美丈夫であった。
「……おかえりなさい、師匠! 早かったですね、明日になるかと思ってました」
「ああ。思ったより早く済んだ」
――オースティンが住人達に飲ませているのは何だ? 先程の二種の魔法薬とはまた違うのだろうか。
アンドレアスは思考を巡らせる。
そうしてここにいるヌマイの住人全員が飲み終えると、オースティンは「明日、発症者以外の者達にも配るからこのヌマイの住人ここに全員呼べ」と、住人の代表らしき年配者に言った。
口々に「ありがとうございます、ありがとうございます」と言う住人たちを背にオースティンは家屋を出て行き、隣の自分の家へと入っていく……。
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