不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

文字の大きさ
上 下
31 / 64
聖女登場編

30話 儚い夢

しおりを挟む
「何だと……? ではこの魔獣たちは一体どこから現れたのだ?」

 シャーロット女王は目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

「……そうか! オースティン、貴様は魔獣巌の封印を解き、魔獣たちを連れ出した後、また封印し直したのだな!」

「あぁ……?」

 ジーニー侯爵の言葉に、オースティンは眉根を寄せた。そして、チッと舌打ちをした後、冷静に言った。

「……この獣たちは、何者かに肉体改造を施され、凶暴化した動物だ。戦闘力は魔獣に匹敵するかもしれないが……魔界の生物ではない」

 その言葉に、場の空気が一瞬静まり返った。


「魔獣ではない、だと……?」シャーロット女王が呟く。

「そうだ。魔獣は息絶えれば消滅する。死体が残っているということは、魔獣ではない証だ」

 オースティンは淡々と説明する。

 レティシアもまた、その事実を知らず、衝撃を受けた。

「でも、師匠、改造された動物……とのことですが、一体誰がそんなことを? 動物を改造し、凶暴化させるなんて、人間に可能なのでしょうか?」

「……さぁ。でもまぁ、確かに人間の仕業ではないかもな」

 とオースティンは言った。

「微かに魔の臭いがする」

「魔……?」

「グチャグチャうるさいぞ、オースティン!! 改造された動物だから何だと言うのだ!! 貴様がそれを行っていないとは言い切れないだろう!」

 ジーニー侯爵が顔を真っ赤にし、喚いた。

「うるさいな……。一体さっきから何だお前は」

 オースティンは苛立った表情を見せると、ジーニー侯爵の口を魔法で塞ぎ、喋れないようにした。

「……!? ~~!!」

「こ、侯爵大丈夫ですか!?」

 ジーニー侯爵の取り巻き達が声をかける。

 その時、アンドレアスが担架に乗せられ、王宮医と王宮看護師に連れられていくところだった。おそらく病室へと移動するのだろう。レティシアはそちらに視線を向けた後、オースティンの様子を窺うようにちらりと見た。

「……レティ、あの王子が気になるなら行けば良い」

 続けて、オースティンはレティシアの肩に手を置くと、耳元で何か囁いた。

「……はい、師匠」

 レティシアは頭を下げると、王宮医達の後を追った。



「あの、オースティン様……」

 背後からの声にオースティンは振り返った。

「……マデリーンか。久しいな」

 彼の目の前に立っていたのは、顔面を蒼白にしたマデリーンだった。

「あ、あの……レティシアの髪と瞳が……」

 マデリーンは、改造動物たちがパーティー会場を襲ったとき、すぐに避難をしていた。王宮騎士たちの活躍によりすべて討伐できた、という声を聞き、おそるおそる彼女は会場へと戻った。
 しかし、そのとき彼女の目に入ってきたのは、久々に見たオースティンと、紫色の髪と瞳の女――レティシアの姿だった。

 その瞬間、マデリーンは震えた。
 彼女の記憶に蘇るのは、三年前の恐ろしい光景……。

「ああ。レティの本当の姿はあれだ。……怖くなったか?」

 オースティンは、かつてレティシアとマデリーンが親しくしていたことを知っている。
 マデリーンの怯えた様子を見て、彼は複雑な表情を浮かべた。

「……そ、そうではありません!」

「?」

 意を決し、マデリーンは口を開いた。

「お、オースティン様……三年前のカトレア森の件で……教えていただきたいことがあります」



 ♢♢♢♢♢


 レティシアは病室で、アンドレアスのことをじっと見守っていた。王宮医たちは既に居なく、二人きりの静かな空間が広がっていた。

(アンディ様……死ななくて良かった)

 彼女はアンドレアスの綺麗な顔を見つめ、心の中で安堵の思いを抱く。本当なら、パーティーが終わった後に自分の本当の姿を告白するつもりだった。そして、アンドレアスが受け入れてくれたなら、婚姻を……。

 レティシアは自分の浅はかさに自嘲の念を抱く。夢のような願望が、現実の厳しさの前に崩れ去るのを感じていた。

 ぽたぽたとレティシアの瞳から零れ落ちた涙が、彼女の手の甲を濡らしていく。

 今日、ジーニー侯爵だけでなく、会場の貴族たちは皆レティシアを不気味なものを見る目で見ていた。これが、世間の正しい反応だ。昨日の王都でもそうだった。自分の本当の姿など、誰にも受け入れられないのだ。姉やオースティンが特異なだけで、彼女の存在は異端でしかなかった。

 そんな存在が王家に嫁ぐなど、夢のまた夢だ。


「レティシア」

 シャーロットが入ってきた。レティシアは勢いよく立ち上がり、涙を拭くと、頭を下げた。

「……陛下。この度は申し訳ありませんでした。殿下は私を庇い、こんな目に……」

「いや、結局命は取り留めたのだから問題ない。しかし我が息子ながらよく死にかけるやつだ」

 と、シャーロットは薄く笑みを浮かべた。

「アンドレアスを刺した騎士だが、あの後目を覚ましたので尋問を行った。その騎士によると、怪我を負ったあと意識が朦朧として、気が付いたら刺していた、と証言した」

「……そうなのですか」

 確かに、あの騎士は正気ではなかった。何者かに操られていたのかもしれない。

「オースティンも尋問の席にいたのだが、騎士から魔の臭いがした、と言う」とシャーロットは続けた。

 彼は改造された動物にも同じことを言っていた。アンドレアスを刺した騎士と何らかの繋がりがあるのかもしれない。

「レティシア。……カトレア森の件だが」

 レティシアはギクリとし、シャーロットの顔を見た。

「貴族相手の殺人事件だ……このまま有耶無耶にすることはできない」

「……はい」

「今日は疲れているだろう。また明日詳しく話を聞かせてくれないか」

「……分かりました。お心遣いありがとうございます」

 シャーロットが部屋を出ていくのをレティシアは見送った。

 





 ――しかし、この日の晩、レティシアはオースティンと共に王宮から姿を消した。

 そしてあろうことか、王宮の外の路地で、聖女セレーナが全身傷だらけの瀕死の状態で見つかったのである。

 
 彼女の従者・スコルは泣きながら訴えた。


「レティシア……あの魔女にやられた!」と。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...