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聖女登場編
30話 儚い夢
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「何だと……? ではこの魔獣たちは一体どこから現れたのだ?」
シャーロット女王は目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「……そうか! オースティン、貴様は魔獣巌の封印を解き、魔獣たちを連れ出した後、また封印し直したのだな!」
「あぁ……?」
ジーニー侯爵の言葉に、オースティンは眉根を寄せた。そして、チッと舌打ちをした後、冷静に言った。
「……この獣たちは、何者かに肉体改造を施され、凶暴化した動物だ。戦闘力は魔獣に匹敵するかもしれないが……魔界の生物ではない」
その言葉に、場の空気が一瞬静まり返った。
「魔獣ではない、だと……?」シャーロット女王が呟く。
「そうだ。魔獣は息絶えれば消滅する。死体が残っているということは、魔獣ではない証だ」
オースティンは淡々と説明する。
レティシアもまた、その事実を知らず、衝撃を受けた。
「でも、師匠、改造された動物……とのことですが、一体誰がそんなことを? 動物を改造し、凶暴化させるなんて、人間に可能なのでしょうか?」
「……さぁ。でもまぁ、確かに人間の仕業ではないかもな」
とオースティンは言った。
「微かに魔の臭いがする」
「魔……?」
「グチャグチャうるさいぞ、オースティン!! 改造された動物だから何だと言うのだ!! 貴様がそれを行っていないとは言い切れないだろう!」
ジーニー侯爵が顔を真っ赤にし、喚いた。
「うるさいな……。一体さっきから何だお前は」
オースティンは苛立った表情を見せると、ジーニー侯爵の口を魔法で塞ぎ、喋れないようにした。
「……!? ~~!!」
「こ、侯爵大丈夫ですか!?」
ジーニー侯爵の取り巻き達が声をかける。
その時、アンドレアスが担架に乗せられ、王宮医と王宮看護師に連れられていくところだった。おそらく病室へと移動するのだろう。レティシアはそちらに視線を向けた後、オースティンの様子を窺うようにちらりと見た。
「……レティ、あの王子が気になるなら行けば良い」
続けて、オースティンはレティシアの肩に手を置くと、耳元で何か囁いた。
「……はい、師匠」
レティシアは頭を下げると、王宮医達の後を追った。
「あの、オースティン様……」
背後からの声にオースティンは振り返った。
「……マデリーンか。久しいな」
彼の目の前に立っていたのは、顔面を蒼白にしたマデリーンだった。
「あ、あの……レティシアの髪と瞳が……」
マデリーンは、改造動物たちがパーティー会場を襲ったとき、すぐに避難をしていた。王宮騎士たちの活躍によりすべて討伐できた、という声を聞き、おそるおそる彼女は会場へと戻った。
しかし、そのとき彼女の目に入ってきたのは、久々に見たオースティンと、紫色の髪と瞳の女――レティシアの姿だった。
その瞬間、マデリーンは震えた。
彼女の記憶に蘇るのは、三年前の恐ろしい光景……。
「ああ。レティの本当の姿はあれだ。……怖くなったか?」
オースティンは、かつてレティシアとマデリーンが親しくしていたことを知っている。
マデリーンの怯えた様子を見て、彼は複雑な表情を浮かべた。
「……そ、そうではありません!」
「?」
意を決し、マデリーンは口を開いた。
「お、オースティン様……三年前のカトレア森の件で……教えていただきたいことがあります」
♢♢♢♢♢
レティシアは病室で、アンドレアスのことをじっと見守っていた。王宮医たちは既に居なく、二人きりの静かな空間が広がっていた。
(アンディ様……死ななくて良かった)
彼女はアンドレアスの綺麗な顔を見つめ、心の中で安堵の思いを抱く。本当なら、パーティーが終わった後に自分の本当の姿を告白するつもりだった。そして、アンドレアスが受け入れてくれたなら、婚姻を……。
レティシアは自分の浅はかさに自嘲の念を抱く。夢のような願望が、現実の厳しさの前に崩れ去るのを感じていた。
ぽたぽたとレティシアの瞳から零れ落ちた涙が、彼女の手の甲を濡らしていく。
今日、ジーニー侯爵だけでなく、会場の貴族たちは皆レティシアを不気味なものを見る目で見ていた。これが、世間の正しい反応だ。昨日の王都でもそうだった。自分の本当の姿など、誰にも受け入れられないのだ。姉やオースティンが特異なだけで、彼女の存在は異端でしかなかった。
そんな存在が王家に嫁ぐなど、夢のまた夢だ。
「レティシア」
シャーロットが入ってきた。レティシアは勢いよく立ち上がり、涙を拭くと、頭を下げた。
「……陛下。この度は申し訳ありませんでした。殿下は私を庇い、こんな目に……」
「いや、結局命は取り留めたのだから問題ない。しかし我が息子ながらよく死にかけるやつだ」
と、シャーロットは薄く笑みを浮かべた。
「アンドレアスを刺した騎士だが、あの後目を覚ましたので尋問を行った。その騎士によると、怪我を負ったあと意識が朦朧として、気が付いたら刺していた、と証言した」
「……そうなのですか」
確かに、あの騎士は正気ではなかった。何者かに操られていたのかもしれない。
「オースティンも尋問の席にいたのだが、騎士から魔の臭いがした、と言う」とシャーロットは続けた。
彼は改造された動物にも同じことを言っていた。アンドレアスを刺した騎士と何らかの繋がりがあるのかもしれない。
「レティシア。……カトレア森の件だが」
レティシアはギクリとし、シャーロットの顔を見た。
「貴族相手の殺人事件だ……このまま有耶無耶にすることはできない」
「……はい」
「今日は疲れているだろう。また明日詳しく話を聞かせてくれないか」
「……分かりました。お心遣いありがとうございます」
シャーロットが部屋を出ていくのをレティシアは見送った。
――しかし、この日の晩、レティシアはオースティンと共に王宮から姿を消した。
そしてあろうことか、王宮の外の路地で、聖女セレーナが全身傷だらけの瀕死の状態で見つかったのである。
彼女の従者・スコルは泣きながら訴えた。
「レティシア……あの魔女にやられた!」と。
シャーロット女王は目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「……そうか! オースティン、貴様は魔獣巌の封印を解き、魔獣たちを連れ出した後、また封印し直したのだな!」
「あぁ……?」
ジーニー侯爵の言葉に、オースティンは眉根を寄せた。そして、チッと舌打ちをした後、冷静に言った。
「……この獣たちは、何者かに肉体改造を施され、凶暴化した動物だ。戦闘力は魔獣に匹敵するかもしれないが……魔界の生物ではない」
その言葉に、場の空気が一瞬静まり返った。
「魔獣ではない、だと……?」シャーロット女王が呟く。
「そうだ。魔獣は息絶えれば消滅する。死体が残っているということは、魔獣ではない証だ」
オースティンは淡々と説明する。
レティシアもまた、その事実を知らず、衝撃を受けた。
「でも、師匠、改造された動物……とのことですが、一体誰がそんなことを? 動物を改造し、凶暴化させるなんて、人間に可能なのでしょうか?」
「……さぁ。でもまぁ、確かに人間の仕業ではないかもな」
とオースティンは言った。
「微かに魔の臭いがする」
「魔……?」
「グチャグチャうるさいぞ、オースティン!! 改造された動物だから何だと言うのだ!! 貴様がそれを行っていないとは言い切れないだろう!」
ジーニー侯爵が顔を真っ赤にし、喚いた。
「うるさいな……。一体さっきから何だお前は」
オースティンは苛立った表情を見せると、ジーニー侯爵の口を魔法で塞ぎ、喋れないようにした。
「……!? ~~!!」
「こ、侯爵大丈夫ですか!?」
ジーニー侯爵の取り巻き達が声をかける。
その時、アンドレアスが担架に乗せられ、王宮医と王宮看護師に連れられていくところだった。おそらく病室へと移動するのだろう。レティシアはそちらに視線を向けた後、オースティンの様子を窺うようにちらりと見た。
「……レティ、あの王子が気になるなら行けば良い」
続けて、オースティンはレティシアの肩に手を置くと、耳元で何か囁いた。
「……はい、師匠」
レティシアは頭を下げると、王宮医達の後を追った。
「あの、オースティン様……」
背後からの声にオースティンは振り返った。
「……マデリーンか。久しいな」
彼の目の前に立っていたのは、顔面を蒼白にしたマデリーンだった。
「あ、あの……レティシアの髪と瞳が……」
マデリーンは、改造動物たちがパーティー会場を襲ったとき、すぐに避難をしていた。王宮騎士たちの活躍によりすべて討伐できた、という声を聞き、おそるおそる彼女は会場へと戻った。
しかし、そのとき彼女の目に入ってきたのは、久々に見たオースティンと、紫色の髪と瞳の女――レティシアの姿だった。
その瞬間、マデリーンは震えた。
彼女の記憶に蘇るのは、三年前の恐ろしい光景……。
「ああ。レティの本当の姿はあれだ。……怖くなったか?」
オースティンは、かつてレティシアとマデリーンが親しくしていたことを知っている。
マデリーンの怯えた様子を見て、彼は複雑な表情を浮かべた。
「……そ、そうではありません!」
「?」
意を決し、マデリーンは口を開いた。
「お、オースティン様……三年前のカトレア森の件で……教えていただきたいことがあります」
♢♢♢♢♢
レティシアは病室で、アンドレアスのことをじっと見守っていた。王宮医たちは既に居なく、二人きりの静かな空間が広がっていた。
(アンディ様……死ななくて良かった)
彼女はアンドレアスの綺麗な顔を見つめ、心の中で安堵の思いを抱く。本当なら、パーティーが終わった後に自分の本当の姿を告白するつもりだった。そして、アンドレアスが受け入れてくれたなら、婚姻を……。
レティシアは自分の浅はかさに自嘲の念を抱く。夢のような願望が、現実の厳しさの前に崩れ去るのを感じていた。
ぽたぽたとレティシアの瞳から零れ落ちた涙が、彼女の手の甲を濡らしていく。
今日、ジーニー侯爵だけでなく、会場の貴族たちは皆レティシアを不気味なものを見る目で見ていた。これが、世間の正しい反応だ。昨日の王都でもそうだった。自分の本当の姿など、誰にも受け入れられないのだ。姉やオースティンが特異なだけで、彼女の存在は異端でしかなかった。
そんな存在が王家に嫁ぐなど、夢のまた夢だ。
「レティシア」
シャーロットが入ってきた。レティシアは勢いよく立ち上がり、涙を拭くと、頭を下げた。
「……陛下。この度は申し訳ありませんでした。殿下は私を庇い、こんな目に……」
「いや、結局命は取り留めたのだから問題ない。しかし我が息子ながらよく死にかけるやつだ」
と、シャーロットは薄く笑みを浮かべた。
「アンドレアスを刺した騎士だが、あの後目を覚ましたので尋問を行った。その騎士によると、怪我を負ったあと意識が朦朧として、気が付いたら刺していた、と証言した」
「……そうなのですか」
確かに、あの騎士は正気ではなかった。何者かに操られていたのかもしれない。
「オースティンも尋問の席にいたのだが、騎士から魔の臭いがした、と言う」とシャーロットは続けた。
彼は改造された動物にも同じことを言っていた。アンドレアスを刺した騎士と何らかの繋がりがあるのかもしれない。
「レティシア。……カトレア森の件だが」
レティシアはギクリとし、シャーロットの顔を見た。
「貴族相手の殺人事件だ……このまま有耶無耶にすることはできない」
「……はい」
「今日は疲れているだろう。また明日詳しく話を聞かせてくれないか」
「……分かりました。お心遣いありがとうございます」
シャーロットが部屋を出ていくのをレティシアは見送った。
――しかし、この日の晩、レティシアはオースティンと共に王宮から姿を消した。
そしてあろうことか、王宮の外の路地で、聖女セレーナが全身傷だらけの瀕死の状態で見つかったのである。
彼女の従者・スコルは泣きながら訴えた。
「レティシア……あの魔女にやられた!」と。
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