不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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聖女登場編

29話 独壇場

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 オースティンがロブ村の山奥の家に帰宅すると、玄関に「休業中」という貼り紙と、家全体にレティシアが施したと思われる結界が張られていた。
 彼女に何かあったのかと不安が胸をよぎる。すぐ結界を解き、中に入ると、レティシアの姿は見当たらず、自分の部屋の机に手紙が置かれているのが目に入った。
 レティシアの字で書かれたその手紙を読み終えると、オースティンは即座に王宮へと向かった。

 王宮に到着し、パーティーが開催されているらしい会場に足を踏み入れると、目の前に広がる光景にオースティンは眉を上げた。
 騎士や獣の死体が何体も倒れており、明らかに激しい戦闘があったことを示している。異様な雰囲気の中、貴族たちの視線の先には、レティシアが立っていた。彼女の髪と瞳は本来の色に戻っている。普段なら滅多に色彩魔法を解かないくせにどういう風の吹き回しだと考えたが、すぐに彼女が一時的に魔力を使い果たしているのだと気付いた。それでなければ、こんな男数人に大人しく捕まるはずがない。
 おそらく、レティシアは時間魔法を使ったのだろう。状況は全く掴めないが、貴族たちに拘束されたレティシアを救い出す。

「アンディ様を助けてください!」

 オースティンは、珍しく泣き出しそうな表情を浮かべている弟子に対し、眉を顰めた。

 周囲を見回すと、胸を負傷し大量の血を流している少年が、医者の賢明な治療を受けているのを見つけた。その傍らには、後ろ姿で顔は見えないが金髪の少女がいて、彼女もまた必死に、あまり上手くない治癒魔法――レティシアよりは全然マシだが――を使い、少年を助けようとしている。

「アンディとはあのガキか?」

「はい……」

 オースティンはレティシアを下ろして立たせると、アンドレアスの元へと近づいた。少年の顔を見て呟く。

「アンディ……アンドレアス王子か。レティ、お前が手紙に残していたのは、確かこの王子の呪いを俺に解いてほしいって話じゃなかったのか? 何故胸を刺され死にかけている?」

「それが……いきなりそこの気を失っている騎士が私を狙い、それをアンディ様が庇って……師匠、アンディ様を助けてください!」

「……」

 オースティンは医者と金髪の少女――セレーナに離れるように言い、左手をアンドレアスの左胸に翳した。次の瞬間、明るい光がパアッとアンドレアスを包み込む。

 すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。周囲の者たちはその光景に驚き、医者が「おお……」と感嘆の声を上げる。

「……とりあえずこれで大丈夫だ。明日にも目を覚ますだろう」

 強大な魔力を使ったであろうに、オースティンはケロリとしている。
 レティシアはアンドレアスの元へと近付き、その顔を覗き込んだ。先程までとは違い、呼吸が落ち着いている。

「……師匠、ありがとうございます……」

 レティシアは今度こそ本当に涙が溢れそうだったが、グッと堪えながら言った。

「魔導士オースティン」

 シャーロット女王がザッと近づいてきた。

「……女王か」

「ああ、お初にお目にかかる。……我が息子、アンドレアスを救ってくれて誠に感謝する」

 そう、彼女は礼をした。

「……弟子を庇ったというから治してやっただけだ。普段なら王家のガキが何人死のうが俺には関係ない」

「し、師匠……!」

 レティシアは驚愕し、なぜそんな言い方をするのかと青ざめた。シャーロットも一瞬息を飲み、黙り込む。

 周囲の貴族たちも困惑した表情を浮かべていた。オースティンは、貴族も平民も分け隔てなく依頼を受け、国難のときには颯爽と現れ、度々それを解決する人物として、国民からは人格者というイメージを持たれていた。しかし、オースティンのこの言い方。やはり先ほどジーニー侯爵が言ったように、オースティンが王家を敵視しているというのは本当だったのか?

「……で? レティ、どうやらこの王子は呪いには罹ってはいないようだが。どうなっている?」

 オースティンはアンドレアスを一瞥し、冷静に尋ねた。

「……はい、そこにいらっしゃる聖女セレーナ様が、アン……王太子殿下の呪いを解かれました」

「はじめまして、オースティン様。セレーナ・ワグナーと申します。魔法使いの端くれとしてお会いできて光栄ですわ」

 セレーナは立ち上がり、美しい礼をした。その姿を見て、オースティンは一瞬眉を寄せた。

「……君が王家の呪いを? それはすごいな」

「はい、ありがとうございます」

 オースティンはセレーナと一言二言会話を交わすと、やがてレティシアに視線を戻した。

「……呪いが解けてるならもう良いだろ。帰るぞ、レティ」

 そう言って、オースティンはレティシアの手を取ると、会場を後にしようとした。

「え、師匠……!」

「魔導士オースティン、待て!! レティシアにはカトレア森の紫魔女の疑いが掛けられている! 勝手に連れて行くな!」

 ジーニー侯爵が叫ぶ。オースティンは振り返り、彼を視界に入れた。

「カトレア森? ……ああ、あれか」とオースティンが思い出したように呟く。

「認めるのか! そうだ、昔お前の住処があったカトレア森だ。三年前の惨劇はレティシアが起こし、お前が庇って逃げたのだろう!」

 レティシアは胸が痛くなった。あの時、彼女はオースティンにも迷惑をかけてしまったのだ。

「認めるも何も、あれはあのバカ貴族の自業自得だ。我が弟子に何の瑕疵もない」と、オースティンは吐き捨てるように言った。

「何だとぉ……!!」額に青筋を立て、侯爵が激昂する。

「待て、オースティン! ジーニー侯爵! ここで争っていてもしょうがあるまい。とにかくオースティンのおかげでアンドレアスの命は助かったことは、母として女王として礼を尽くさねばならない。……どうだろう、ここは酷い有様だ。別室に案内したいのだが、よろしいか?」

 シャーロット女王は二人を制するように言った。彼女の声には冷静さと威厳があり、場の緊張を和らげようとする意志が感じられた。

「……確かに酷い有様だな。何故、王宮にこのような獣たちの死体がある」と、オースティンは会場内を見渡した。

「……白々しいな、オースティン! 貴様の仕業だろう! 貴様が、魔獣巌の封印を解いたのだ!」

 ジーニー侯爵が叫んだ。その言葉に、周囲の貴族たちもざわめき始める。

「……? 魔獣巌の封印を俺が……?」

 オースティンが意味が分からないとばかりに、眉をひそめた。

 レティシアはそうだ、と思い出した。

「……師匠、もしかして誰かが魔獣巌の封印を解き、魔界の穴が空いたのかもしれません」

 オースティンの封印を解ける者がいるとは思えないが、それ以外の可能性が考えられなかった。

「ここまで来る時、王都の街はどうなっていましたか……?」

 レティシアは恐る恐る尋ねた。どのような惨状になっているのか、考えたくもない。

 しかし、オースティンはその質問には答えず、周りに斃れている魔獣たちを見渡し、何やら思案するように黙り込んだ。その時、先ほどシャーロット女王から王都の状況を確認するように命じられた騎士たちが帰ってきた。


「女王陛下……! 王都を確認しましたが、街は何の変哲もなく……、魔獣巌の封印も解かれていませんでした!」

 そう、騎士たちが告げた。


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