不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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聖女登場編

27話 襲撃②

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「レティシア様……」と一人の騎士がレティシアに声をかけた。

「どうしました?」

 見ると、その騎士は足を負傷し、引きずるように歩いている。先程アンドレアスに助けられた騎士だった。

「大丈夫ですか……? その、申し訳ありません。私はあまり治癒魔法が得意ではなくて……お医者様を呼んできます!」

 魔法使いである自分に怪我を治してもらいたいのだろうと思ったが、その騎士の足の負傷具合は極めて酷いもので、レティシアのちんけな治癒魔法ではどうにもならなそうだ。
 レティシアが、王宮医を呼んでくるために踵を返した。

 その瞬間。
 なんとその騎士は腰から剣を抜くと、勢いよくレティシアの背中を目掛けて突き刺した!

「っく、……」

「え……?」

 振り返ると、アンドレアスがレティシアを庇い剣を左胸に受けていた。会場にいる貴族達が悲鳴を上げる。

「ゴホッ……」

 アンドレアスの口から血が溢れ、剣が強引に抜かれた胸から血がドクドクと滴り落ちる。

「ア、アンディ様……!?」

 レティシアは驚愕して、アンドレアスの体を支えようとするが、アンドレアスの力が抜けて二人して倒れ込んでしまった。

「き、貴様! 殿下に何を……?!」

 すぐにグレンが騎士を取り押さえる。騎士は、白目を剥いて気を失っている。

「ア、アンディ様! しっかりしてください!! だ、誰か医者を!」

 レティシアが顔面蒼白になりながら、必死にアンドレアスの名前を呼ぶ。アンドレアスは息を上げ、苦しそうに喘いだ。シャーロット女王も慌ててこちらに駆け寄ってくる。

 レティシアは微力な治癒魔法を掛けながら、医者の到着を待つしかなかった。

 そうだ、セレーナは? 同じく魔法使いのセレーナは治癒魔法を使えるのだろうか。レティシアが顔を上げると、控え室の扉近くにセレーナの姿を見つけた。

 レティシアが彼女の名前を叫ぼうとしたとき、ちょうどレティシアとアンドレアスの真上にあった大きなサイズのシャンデリアが、先程の魔獣襲撃で傷ついたのか、ブチリと切れて落ちてきた。

「あっ、危ない……!」

 と周りの者たちが叫ぶ。

 レティシアはアンドレアスを庇ったまま、瞬間的に時間魔法を使った。世界の時間が止まる。

 アンドレアスをシャンデリアの直撃を受けない場所に引き摺って移動させると、魔法を解いた。

 ガシャアアン……とけたたましい音が鳴り響く。

 周囲の者たちは目を瞑り、そして暫くしてから恐る恐る目を開けた。てっきり二人にシャンデリアが直撃したと思ったのに、アンドレアスとレティシアは落下したシャンデリアとは少し離れた場所にいて、難を逃れていた。

「え……? あれ……?」

「レティシア嬢……?」

 貴族たちは目を丸くする。レティシアは昨日の今日で分かっていた。今の時間魔法を使ったことで髪色と瞳の色が元の紫に戻っている。しかし、もう色彩魔法をかける魔力は残っていない。

 静まり返った会場で、誰よりも早く口を開いたのは女王の隣にいたミラ婆だった。

「……マ、マチルダ……マチルダじゃ……」

 その呟きは会場内の者たちの耳に鈍く響いた。それは、王家が、貴族が最も唾棄する名前である。

「ミラ婆、何を言っている」シャーロットが静かに咎めた。

「し、しかし陛下……このミラめは、幼き頃何度もマチルダをこの目で見ておりまする。ま、まさしくレティシア様はマチルダに瓜二つでございます……」

 ミラ婆の発言が、会場に波紋を広げる。

「よもやマチルダの生まれ変わり……」とミラ婆が続けるので、「やめろ!」とシャーロットがそれを制した。

 レティシアはというと、そんなことに構っていられる時間はないのだ、と内心苛立っていた。このままだとアンドレアスが死んでしまう!

「セレーナ様! 治癒魔法は使えますか!?」と遠くに立っているセレーナを呼ぶ。

「え?! あ、はい……!」

 セレーナが駆け寄ってきて、手のひらに魔力を込めてアンドレアスの胸に治癒魔法をかける。レティシアよりは使えるようであったが、あまり心許ない。

 王宮医が到着する。医者はアンドレアスの状態を確認し、処置に入った。医者が青い顔をして「これは、もう……」とボソッと呟いたのを聞いて、レティシアの心臓が縮み上がる。

(! そうだ……)

 レティシアはオースティンの家から、魔法薬を持ってきていたのを思い出した。ほとんどロブ村に渡したが、何かあったときのためにと、治癒薬を少しだけ手元に残したのだ。それは今王宮のレティシアの部屋に置いてある。

 困惑する周囲を他所に、レティシアは正面の扉まで駆け出した。しかし、「どこに行く!」と止められる。

 扉を塞ぐように立った人物は、ジーニー侯爵である。
 先程一目散に逃げたはずだが、戻ってきたらしい。

「殿下は其方を庇ってこんな事になっているのだぞ! セレーナ嬢に押し付け、自分は逃げるつもりか!」とジーニー侯爵は凄んだ。

「…………っ違います。師匠が作った治癒薬を部屋へ取りにいきたいのです。殿下の容態は一分一秒を争います」

「黙れ! ……そうか、思い出したぞ。……三年前に出現したカトレア森の紫魔女は、レティシア嬢、お前だな」

 そう言って、ジーニー侯爵はレティシアを睨んだ。


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