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聖女登場編
25話 パーティー
しおりを挟む※残酷な描写注意
暗い地下へと続く石の階段を、レティシアはオースティンの背中を追いながら、一歩一歩慎重に下りていった。二人分の足音がかすかに響いて、どこか冷たい空気がまとわりつく。
階段の先には重々しい扉があり、オースティンがその取っ手に手をかけた。扉を開けた瞬間、猛烈な悪臭が鼻を突き、レティシアの顔が歪む。
「何、この匂い……」
腐敗した肉の臭いが地下の空気に染みついており、呼吸するたびに胸の奥までそれが侵入してくる。吐き気を堪えながら、レティシアはゆっくりと部屋の中を見渡した。
部屋の中は、まるで地獄絵図だった。何十体もの少女たちの死体が、無惨にも吊るされていたからだ。
その数二十七体――
「お前は外に出ていろ」
低い声で、師匠であるオースティンが、レティシアに一瞥をくれながらそう言った。レティシアがこの恐ろしい光景に耐えられないだろうと判断したのだろう。
だが、レティシアはぎゅっと拳を握りしめ、
「大丈夫です」そう短く答えた。
♢♢♢♢♢
「……久しぶりに嫌な夢見たわ」
窓から朝日が差し込み、部屋の中に光が広がっていた。
あの夢は、二年前に実際に起きたことだ。オースティンが解決したジル地区美少女連続誘拐殺人事件。
地区内で次々と少女たちが行方不明になり、騒ぎになっていたが、犯人がジル地区を治める領主の妻と、その雇われの魔法使いであったため、情報が外部に漏れなかった。
行方不明になった少女の親の一人がオースティンを訪ねてロブ村までやってきて、彼に解決を依頼した。レティシアもオースティンと共にジル地区に赴き、解決まで見届けたのだ。
ふいに、侍女たちがノックして部屋の中に入ってきた。
(あ、こんなぼーっとしてられない!)
今日は、アンドレアスの解呪・王太子就任の記念パーティー当日。レティシアは出席するための支度を開始した。
(アンディ様、どうしたのかしら……)
部屋まで迎えに来ると言っていたアンドレアスを待っているが、時間になってもなかなか彼は現れない。このままだとパーティーの開始時間になってしまう。侍女たちもそわそわしている。
もしかしたら、色々な準備で忙しいのかもしれない。レティシアは迷った挙げ句、一人で会場に向かおうとドアを開けて廊下に出ようとした。
「キャッ……」
ちょうどそのタイミングで現れたアンドレアスの肩にレティシアはぶつかってしまった。
「っ、大丈夫か? レティシア……」
「は、はい……」
さすが本日の主役と言うべきか、全身白の礼服に身を包んだアンドレアスはいつにも増して輝いており、急いできたのかうっすらと汗をかいている。それがまた色気を感じさせ、レティシアの顔が僅かに赤くなる。侍女たちも「キャーッ」と小声で悲鳴をあげていた。
「すまない、遅くなってしまって」
「いえ……ご準備で忙しかったのでしょう?」
「ああ……ちょっとな」
アンドレアスと共に会場に入ると、注目を浴びる中、一部の者たちはレティシアの存在を面白くなさそうに見ていた。
大きなホールの中央にある大階段の上で、レティシアはアンドレアスにエスコートされ、他の王族たちと共に並ぶことになった。珍しいことに、イザベラ王女の姿も見える。体調は良いのか、この前会ったときより顔色は幾分か良かった。
また、セレーナも同じ場所にいて、こっそりレティシアに手を振ってくる。レティシアも軽く手を上げて挨拶をした。
シャーロット女王の演説で、パーティーの幕が開ける。
「諸君、セレーナ•ワグナー伯爵令嬢の力により王家の悲願であった長年の呪いが解かれた! 女王として、聖女に感謝の意を表する。また、先日立太子の礼を執り行い、正式にアンドレアス王子が王太子となった。ユハディア王国の更なる発展を誓う。今日は是非パーティーを楽しんでくれ!」
会場から口々に「王太子殿下、万歳!!」と声が上がる。
また、「聖女セレーナ様ァ!」と叫ぶ者も少なからずいて、反応したセレーナがニコリと微笑むと、ワアアと盛り上がった。
「レティシア」
「イザベラ王女殿下、お久しぶりでごさいます」
パーティーの中、イザベラがレティシアに話しかけてきた。隣のアンドレアスが彼女を気遣う。
「姉上……あまり無理はしないでくださいよ」
「あら、大丈夫よ。折角の弟の晴れ舞台だもの。参加しない姉はいないわ」
イザベラはニッコリと笑う。真意は別のところにあるのかも知れないが、アンドレアスのことを祝福しているのは嘘ではないのは見てとれた。
「アンディの呪いが解かれて、王太子になるなんて……夢にまで見た日よ。本当に嬉しいわ」
「ええ、本当に。それも全てセレーナ様のおかげです」そうレティシアは返した。
アンドレアスが少しばかり眉を顰める。
「……まあまあまあ何を言ってるの。貴女がアンディの呪いを止めてなかったら、セレーナさんが現れる前にとっくに死んでいたかもでしょう」
イザベラがあっけらかんと言った。
「……姉上、言い方ってものが……。まあ、でもその通りだ。レティシア」
二人に気を遣わせてしまった、と思ったレティシアは恥ずかしくなる。「すみません、ありがとうございます」と答えた。
イザベラは辺りを見回した後、アンドレアスが別の貴族と話しているのを確認し、こっそりレティシアにだけ聞こえるように言った。
「お母様から聞いたんだけど、アンディったらね……あの、ほら、あそこにいる……名前なんて言ったかしら。ジーニー侯爵? から、今日はセレーナさんをエスコートするよう進言されてたらしいのよ。でもアンディはレティシアをエスコートしたいからって断ってたんだって。結構侯爵がしつこくて、さっきまで一悶着あったみたい」
「え……」
「……あ、レティシア。そのブローチ! アンディに貰ったの?」
イザベラがレティシアの胸元に輝くブローチを見て、はしゃいだ声をあげた。
「あ……はい。そうです。以前、マルティネス公爵家の舞踏会でいただいて……」
舞踏会の後、アンドレアスに返そうとしたが、「あげたのだから持っていてくれ」と言われたのだ。今日準備の際に侍女たちにこのブローチを付けることにすると言ったとき、彼女たちがやけににやにやしていたのを思い出す。
「まあ、舞踏会で?! ……アンディって独占欲強いのね、見かけによらず」
「独占欲……?」
レティシアが首を傾げると、イザベラはふふと白百合のような微笑みを浮かべた。
「あのね、この国の貴族は婚約者や意中の女性に自分の家の紋章を施したブローチをプレゼントするの。それを付けると女性は両想いの相手がいるってことで、悪い虫が付きにくくなるのよ。でも舞踏会ってほら、婚約者関係なく踊りまくるでしょう? だけど舞踏会で男性は自分の家より格上のブローチを付けた女性を誘うことはマナー違反だから……ふふふ、アンディってばレティシアを他の男性と踊らせたくなかったのね」
それだけ言うと、イザベラは「じゃあまた後で」と別の友人らしき貴族令嬢たちの元へと行ってしまった。
「……」
「どうした、レティシア?」
一人赤面しているレティシアにアンドレアスが首を傾げる。
「……なんでもありません」
そう言って、胸元のブローチをぎゅっと手で押さえた。
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