26 / 64
聖女登場編
25話 パーティー
しおりを挟む※残酷な描写注意
暗い地下へと続く石の階段を、レティシアはオースティンの背中を追いながら、一歩一歩慎重に下りていった。二人分の足音がかすかに響いて、どこか冷たい空気がまとわりつく。
階段の先には重々しい扉があり、オースティンがその取っ手に手をかけた。扉を開けた瞬間、猛烈な悪臭が鼻を突き、レティシアの顔が歪む。
「何、この匂い……」
腐敗した肉の臭いが地下の空気に染みついており、呼吸するたびに胸の奥までそれが侵入してくる。吐き気を堪えながら、レティシアはゆっくりと部屋の中を見渡した。
部屋の中は、まるで地獄絵図だった。何十体もの少女たちの死体が、無惨にも吊るされていたからだ。
その数二十七体――
「お前は外に出ていろ」
低い声で、師匠であるオースティンが、レティシアに一瞥をくれながらそう言った。レティシアがこの恐ろしい光景に耐えられないだろうと判断したのだろう。
だが、レティシアはぎゅっと拳を握りしめ、
「大丈夫です」そう短く答えた。
♢♢♢♢♢
「……久しぶりに嫌な夢見たわ」
窓から朝日が差し込み、部屋の中に光が広がっていた。
あの夢は、二年前に実際に起きたことだ。オースティンが解決したジル地区美少女連続誘拐殺人事件。
地区内で次々と少女たちが行方不明になり、騒ぎになっていたが、犯人がジル地区を治める領主の妻と、その雇われの魔法使いであったため、情報が外部に漏れなかった。
行方不明になった少女の親の一人がオースティンを訪ねてロブ村までやってきて、彼に解決を依頼した。レティシアもオースティンと共にジル地区に赴き、解決まで見届けたのだ。
ふいに、侍女たちがノックして部屋の中に入ってきた。
(あ、こんなぼーっとしてられない!)
今日は、アンドレアスの解呪・王太子就任の記念パーティー当日。レティシアは出席するための支度を開始した。
(アンディ様、どうしたのかしら……)
部屋まで迎えに来ると言っていたアンドレアスを待っているが、時間になってもなかなか彼は現れない。このままだとパーティーの開始時間になってしまう。侍女たちもそわそわしている。
もしかしたら、色々な準備で忙しいのかもしれない。レティシアは迷った挙げ句、一人で会場に向かおうとドアを開けて廊下に出ようとした。
「キャッ……」
ちょうどそのタイミングで現れたアンドレアスの肩にレティシアはぶつかってしまった。
「っ、大丈夫か? レティシア……」
「は、はい……」
さすが本日の主役と言うべきか、全身白の礼服に身を包んだアンドレアスはいつにも増して輝いており、急いできたのかうっすらと汗をかいている。それがまた色気を感じさせ、レティシアの顔が僅かに赤くなる。侍女たちも「キャーッ」と小声で悲鳴をあげていた。
「すまない、遅くなってしまって」
「いえ……ご準備で忙しかったのでしょう?」
「ああ……ちょっとな」
アンドレアスと共に会場に入ると、注目を浴びる中、一部の者たちはレティシアの存在を面白くなさそうに見ていた。
大きなホールの中央にある大階段の上で、レティシアはアンドレアスにエスコートされ、他の王族たちと共に並ぶことになった。珍しいことに、イザベラ王女の姿も見える。体調は良いのか、この前会ったときより顔色は幾分か良かった。
また、セレーナも同じ場所にいて、こっそりレティシアに手を振ってくる。レティシアも軽く手を上げて挨拶をした。
シャーロット女王の演説で、パーティーの幕が開ける。
「諸君、セレーナ•ワグナー伯爵令嬢の力により王家の悲願であった長年の呪いが解かれた! 女王として、聖女に感謝の意を表する。また、先日立太子の礼を執り行い、正式にアンドレアス王子が王太子となった。ユハディア王国の更なる発展を誓う。今日は是非パーティーを楽しんでくれ!」
会場から口々に「王太子殿下、万歳!!」と声が上がる。
また、「聖女セレーナ様ァ!」と叫ぶ者も少なからずいて、反応したセレーナがニコリと微笑むと、ワアアと盛り上がった。
「レティシア」
「イザベラ王女殿下、お久しぶりでごさいます」
パーティーの中、イザベラがレティシアに話しかけてきた。隣のアンドレアスが彼女を気遣う。
「姉上……あまり無理はしないでくださいよ」
「あら、大丈夫よ。折角の弟の晴れ舞台だもの。参加しない姉はいないわ」
イザベラはニッコリと笑う。真意は別のところにあるのかも知れないが、アンドレアスのことを祝福しているのは嘘ではないのは見てとれた。
「アンディの呪いが解かれて、王太子になるなんて……夢にまで見た日よ。本当に嬉しいわ」
「ええ、本当に。それも全てセレーナ様のおかげです」そうレティシアは返した。
アンドレアスが少しばかり眉を顰める。
「……まあまあまあ何を言ってるの。貴女がアンディの呪いを止めてなかったら、セレーナさんが現れる前にとっくに死んでいたかもでしょう」
イザベラがあっけらかんと言った。
「……姉上、言い方ってものが……。まあ、でもその通りだ。レティシア」
二人に気を遣わせてしまった、と思ったレティシアは恥ずかしくなる。「すみません、ありがとうございます」と答えた。
イザベラは辺りを見回した後、アンドレアスが別の貴族と話しているのを確認し、こっそりレティシアにだけ聞こえるように言った。
「お母様から聞いたんだけど、アンディったらね……あの、ほら、あそこにいる……名前なんて言ったかしら。ジーニー侯爵? から、今日はセレーナさんをエスコートするよう進言されてたらしいのよ。でもアンディはレティシアをエスコートしたいからって断ってたんだって。結構侯爵がしつこくて、さっきまで一悶着あったみたい」
「え……」
「……あ、レティシア。そのブローチ! アンディに貰ったの?」
イザベラがレティシアの胸元に輝くブローチを見て、はしゃいだ声をあげた。
「あ……はい。そうです。以前、マルティネス公爵家の舞踏会でいただいて……」
舞踏会の後、アンドレアスに返そうとしたが、「あげたのだから持っていてくれ」と言われたのだ。今日準備の際に侍女たちにこのブローチを付けることにすると言ったとき、彼女たちがやけににやにやしていたのを思い出す。
「まあ、舞踏会で?! ……アンディって独占欲強いのね、見かけによらず」
「独占欲……?」
レティシアが首を傾げると、イザベラはふふと白百合のような微笑みを浮かべた。
「あのね、この国の貴族は婚約者や意中の女性に自分の家の紋章を施したブローチをプレゼントするの。それを付けると女性は両想いの相手がいるってことで、悪い虫が付きにくくなるのよ。でも舞踏会ってほら、婚約者関係なく踊りまくるでしょう? だけど舞踏会で男性は自分の家より格上のブローチを付けた女性を誘うことはマナー違反だから……ふふふ、アンディってばレティシアを他の男性と踊らせたくなかったのね」
それだけ言うと、イザベラは「じゃあまた後で」と別の友人らしき貴族令嬢たちの元へと行ってしまった。
「……」
「どうした、レティシア?」
一人赤面しているレティシアにアンドレアスが首を傾げる。
「……なんでもありません」
そう言って、胸元のブローチをぎゅっと手で押さえた。
36
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる