不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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聖女登場編

24話 ハプニング

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 レティシアたちが外に出ると、先ほど迷子になっていた男の子が、何故か五階分の高さはあるであろう塔の展望階部分の手摺の外側に出ていて、落ちそうになっていた。かろうじて手摺に捕まっているが、手を離せば落ちてしまう危険な状況だった。

「な、何で……?!」

 一体どういう展開なのだろう。男の子の親はどこに行ったのか、心配が募る。

 周囲の木や生き物を操り、男の子をキャッチすることも考えたが、最悪なことに今は利用できるものは見当たらない。

「あっ、……レティシア様!?」

 レティシアはセレーナを置いてすぐに展望台を駆け上がり、男の子のいる階までたどり着いた。

「……大丈夫!?」

 男の子の手を掴み、引っ張り上げようとしたその瞬間、つるりとレティシアの手が滑り、あろうことか男の子は「うわああ」と悲鳴を上げながら真下に落ちてしまった。

「……っ!」

 レティシアは咄嗟に時間操作の魔法を使った。アンドレアスにかけていた物体の時間を操作する魔法ではなく、この世界そのものの時間を操作する魔法――

 瞬間、世界が止まった。レティシアは急いで階下に降りた。時間を止める効果は、それほど持続しない。

 地上に降りると、セレーナも周囲の人々も皆、上を見上げて驚いた表情のまま止まっていた。男の子は、地面まであと二メートルほどのところで浮いている。レティシアが魔法を解くと、途端に時間が戻った。

「わああ……あっ!?」

 レティシアは、お姫様抱っこで男の子をキャッチした。

「あ、あれ……僕……」

「……ハァ……大丈夫?」

 だいぶ魔力を使ってしまったレティシアは、フラフラの身体で何とかニコリと笑った。

「……うん……うん……ひっく、ありがとう、お姉ちゃん。死ぬかと思った……!」

 うわーん、と泣き喚く男の子を、レティシアは優しく撫でた。
 近くにいたセレーナは驚愕し、目を見開いていた。

「え……レティシア様……?!」

 レティシアは最初、上階に居たはずの自分が何故一瞬でここにいるのか、セレーナが驚いているのだと勘違いした。しかし、周囲の人々も皆、レティシアを奇怪なものを見る目で見ていることに気付き、その雰囲気に嫌な予感を覚えた。
 肩にかかる自分の髪を確認する。

 ――時間魔法を使った衝撃で、色彩魔法が解けている。
 
 紫色の髪を見て、すぐにレティシアは男の子を立たせると、その場を逃げ出した。
 路地裏に入り、手鏡で自分の瞳を見る。やはり、そこには不気味な紫色が映っていた。



「レティシア様……」

 背後から、セレーナが声をかける。

「その髪と瞳……色彩魔法だったのですね」

「……はい」

 レティシアは観念したように振り返った。

「このことは陛下や殿下は知っているのですか?」

 セレーナが静かに尋ねる。

「い、いえ……ですが、殿下には明日のパーティーが終わってから告白するつもりでした」

 嘘ではないのに、レティシアは焦りを感じた。

「だからその、自分で言いますので、まだ誰にも……」

 誰にも言わないでほしい、と口を開く前に、セレーナはレティシアを抱きしめた。

「当たり前です! ……そういえば、昔のフローレス家当主は、あのマチルダの妹と……。……でしたら、たまたま髪と瞳を継ぐこともあるでしょう。……怖がらなくても、殿下も絶対に受け入れてくれます!」

 ――数代前のフローレス家当主が、マチルダの妹エレノアと不適切な関係を持ち、彼女との間にできた男子を奪い後継者にした。この醜聞はフローレス家は公に認めていないが、知っている者は知っている。

 元気付けるようにレティシアの背中をポンポンと叩きながらセレーナは言う。レティシアは彼女の優しさに少し涙腺が緩くなるのを感じながら、「ありがとうございます」と答えた。


 

 少し時間が経ち、魔力が回復したレティシアは再び自分に色彩魔法をかけた。

 表通りの様子をこっそりと伺う。幸い、レティシアのことで騒ぎにはなっていないようだ。
 路地裏から出ると、先ほどの男の子が「お姉ちゃん!」と言いながら足元に抱きついてくる。
 合流したらしい男の子の両親に向かって、「さっき落ちたところを受け止めてくれたの!」と報告していた。
 レティシアの髪色と瞳色が変わっていることは、この男の子にとっては大した問題ではないようだ。
 両親に礼を言われながら、レティシアは気になることをがあり、口を開いた。

「無事だったから良かったけど、何であんな危ないところにいたの?」

 展望台の手摺りの外側に出るなんて、命知らずにも程がある。

「それがね、知らない人が良いものをあげるからって言うから塔に着いていったの。そしたら、いつの間にかあの場所にいて、落ちそうになってたの」

 男の子の要領の得ない説明に、レティシアは首を傾げる。
 
 結局は良く分からないままその男の子とは別れることになった。
 レティシアは少し戸惑いながらも、男の子が無事で良かったと心から思った。


 セレーナと共に馬車で帰路の中、ふとセレーナの横の従者に目をやった。確かスコル、と言ったか。特徴のない顔の青年で、十代にも二十代にも三十代にも見える。顔よりも両耳に付けている大きめのフープイヤリングが印象的だ。

 存在感が薄いせいではっきりとは思い出せないが、確か先程の茶寮から今までずっと居なかったはず。
 セレーナも何も言わないから分からないが、どこに言ってたんだろう? とレティシアは不思議に思った。

 

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