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王宮編
19話 幕間 変わりゆく①
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グレン視点
グレン・オーシャン伯爵令息は、十歳の時に四歳下のアンドレアス王子の側近となった。
王家にかけられた呪いのせいで、アンドレアスは成人するまで生きられないと言われ、彼は離宮でひっそりと生活を送っていた。
そんな中、アンドレアスは年下でありながらも、思慮深く落ち着いた少年であった。
護衛としての役割も担っているグレンだったが、一緒に剣の稽古を始めたアンドレアスにはすぐに追い抜かれ、稽古では彼にボコボコにされてしまっていた。
「グレン、婚約おめでとう」
グレンが十五歳の時、婚約が決まった。それは政略的なものではあったが、昔から馴染みの相手であり、彼は婚約者のことを心から好きだったので、とても嬉しかった。
アンドレアスから祝福の言葉を告げられ、グレンは照れくさそうに頭を掻いた。
「ありがとうございます」
「フローレス侯爵家のクレア嬢と言ったか。美人で評判のご令嬢だとか」
「いやいや……まあ、そうですね」
グレンがそう答えると、アンドレアスはふっと笑った。そして感情のない声で「羨ましいな」と呟いた。
「殿下は、これからでしょう」と何気なくグレンが言うと、
「……私はこの身だからな。誰かと恋愛や結婚することなどとうに諦めている」
微かに笑みを浮かべながら答えたアンドレアスに、グレンは慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
「謝るな。……私には君がいてくれるだけで十分だ」
「殿下……」
グレンは自分を恥じ、まだ幼い王子が自分の運命を受け入れていることに心を痛めた。そして、最期まで王子のために尽くすこと、それが自分に与えられた役目なのだと、改めて感じたのだった。
そのことを、彼ははっきりと覚えている。
そして現在、アンドレアスは。
「グレン、レティシアは今日どこに行ったか知っているか?」
「ああ、確か侍女と一緒に王都の森林公園へチューリップを見に出かけたとか」
「……。確かに、見所の季節だな。次の仕事まで時間が空いてるし、私も行ってくる」
別の日。
「グレン、今日の予定は?」
「午前中からリーザ伯爵と面談、お昼はバクラ商会会長とのランチ、授業二本を終えた後、夜はジーニー侯爵家にお呼ばれしています」
「……ジーニー侯爵家とは、姉上の元婚約者の?」
「はい。侯爵から是非、娘のリリア嬢と共にディナーをと」
ジーニー侯爵家は今波に乗っている貴族だったが、次男がイザベラ王女との婚約を破棄されたことで、ターゲットをアンドレアスに移した。あそこの当主は、娘をアンドレアスの婚約者にしたいと目論んでいる。どうしても子供を王家に捧げ、勢力を強めたいのだろう。
「……。今日はレティシアと夕食を一緒にできないのか」
ぼそりと呟くアンドレアスの言葉を、グレンは聞こえない振りをした。
あの日、恋愛や結婚など諦めていると言っていたアンドレアスはもういない。
当たり前だ、成人まで生きられないと言われていた彼が、呪いが止まり、一転して王位を継ぐことになったのだ。
今のアンドレアスなら、どんな貴族令嬢でも両手を挙げて婚約者になりたいと懇願するだろう。実際、アンドレアスが王宮に入り、呪いがストップしていることが公表された後、全国の貴族から結婚の打診が大量に届いている。
しかし、アンドレアスはどんな高位貴族令嬢や美しいと評判の令嬢からの求愛にも目をくれず、ただレティシアという魔法使いの少女のことばかり気にしている。その姿は、鈍感だとよく言われるグレンですら呆れるほど分かりやすかった。
(殿下の気持ちも分かる。自分を救ってくれた少女に惹かれてしまうのは……しかし)
やはり、聖女という触れ込みがあるとは言え、平民を妃にするというのは、あまりにも突飛だろう。そんなことになったら、この王宮内でどんな嵐を呼ぶとも限らない。
心配になったグレンは勇気を出してアンドレアスに忠告した。レティシア嬢のことを好きなのは分かるが、やはり身分というものがある。レティシア嬢がどんな危険な目に合うかも分からないと。
「何故、私がレティシアのことを、す、好きだと……?」
驚きに目を見開くアンドレアスに、グレンは心底呆れた。
「いや、分かりますよ……」
「……母上にも同じことを言われた……そんなにわかりやすいか?」
「ええ、とても」
アンドレアスは顔を赤らめた。
「……グレン、忠告ありがとう。どの道、呪いが完全に解かれない限り、どの女性とも婚約話を進める気はない」
「……殿下」
そんなやり取りをした数日後、庭園でアンドレアスとレティシアが密会しているのを目撃した。二人は手をつなぎ、真剣に向かい合って、何やら会話をしていた。
グレンは思わず眉を寄せた。
そして、なんだか、グレンはレティシアに対し、理不尽だが腹が立ってきた。あのロブ村で若い男衆にちやほやされていたこともそうだが、この娘は自分の外見が魅力的だということを利用して男を惑わす悪女なのではないかと思い始めた。
そんな娘に、自分の主人であるアンドレアスが翻弄されているのは好ましくない。
グレンはレティシアに忠告をすることにした。「世の中には身分というものがある」「自分が殿下とどうにかなれるとは考えないことだ」と。
レティシアはぽかんと呆けたような顔をしていたが、とりあえず言ってやったと、グレンはほっとして踵を返し、その場を後にした。
つづきます
グレン・オーシャン伯爵令息は、十歳の時に四歳下のアンドレアス王子の側近となった。
王家にかけられた呪いのせいで、アンドレアスは成人するまで生きられないと言われ、彼は離宮でひっそりと生活を送っていた。
そんな中、アンドレアスは年下でありながらも、思慮深く落ち着いた少年であった。
護衛としての役割も担っているグレンだったが、一緒に剣の稽古を始めたアンドレアスにはすぐに追い抜かれ、稽古では彼にボコボコにされてしまっていた。
「グレン、婚約おめでとう」
グレンが十五歳の時、婚約が決まった。それは政略的なものではあったが、昔から馴染みの相手であり、彼は婚約者のことを心から好きだったので、とても嬉しかった。
アンドレアスから祝福の言葉を告げられ、グレンは照れくさそうに頭を掻いた。
「ありがとうございます」
「フローレス侯爵家のクレア嬢と言ったか。美人で評判のご令嬢だとか」
「いやいや……まあ、そうですね」
グレンがそう答えると、アンドレアスはふっと笑った。そして感情のない声で「羨ましいな」と呟いた。
「殿下は、これからでしょう」と何気なくグレンが言うと、
「……私はこの身だからな。誰かと恋愛や結婚することなどとうに諦めている」
微かに笑みを浮かべながら答えたアンドレアスに、グレンは慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
「謝るな。……私には君がいてくれるだけで十分だ」
「殿下……」
グレンは自分を恥じ、まだ幼い王子が自分の運命を受け入れていることに心を痛めた。そして、最期まで王子のために尽くすこと、それが自分に与えられた役目なのだと、改めて感じたのだった。
そのことを、彼ははっきりと覚えている。
そして現在、アンドレアスは。
「グレン、レティシアは今日どこに行ったか知っているか?」
「ああ、確か侍女と一緒に王都の森林公園へチューリップを見に出かけたとか」
「……。確かに、見所の季節だな。次の仕事まで時間が空いてるし、私も行ってくる」
別の日。
「グレン、今日の予定は?」
「午前中からリーザ伯爵と面談、お昼はバクラ商会会長とのランチ、授業二本を終えた後、夜はジーニー侯爵家にお呼ばれしています」
「……ジーニー侯爵家とは、姉上の元婚約者の?」
「はい。侯爵から是非、娘のリリア嬢と共にディナーをと」
ジーニー侯爵家は今波に乗っている貴族だったが、次男がイザベラ王女との婚約を破棄されたことで、ターゲットをアンドレアスに移した。あそこの当主は、娘をアンドレアスの婚約者にしたいと目論んでいる。どうしても子供を王家に捧げ、勢力を強めたいのだろう。
「……。今日はレティシアと夕食を一緒にできないのか」
ぼそりと呟くアンドレアスの言葉を、グレンは聞こえない振りをした。
あの日、恋愛や結婚など諦めていると言っていたアンドレアスはもういない。
当たり前だ、成人まで生きられないと言われていた彼が、呪いが止まり、一転して王位を継ぐことになったのだ。
今のアンドレアスなら、どんな貴族令嬢でも両手を挙げて婚約者になりたいと懇願するだろう。実際、アンドレアスが王宮に入り、呪いがストップしていることが公表された後、全国の貴族から結婚の打診が大量に届いている。
しかし、アンドレアスはどんな高位貴族令嬢や美しいと評判の令嬢からの求愛にも目をくれず、ただレティシアという魔法使いの少女のことばかり気にしている。その姿は、鈍感だとよく言われるグレンですら呆れるほど分かりやすかった。
(殿下の気持ちも分かる。自分を救ってくれた少女に惹かれてしまうのは……しかし)
やはり、聖女という触れ込みがあるとは言え、平民を妃にするというのは、あまりにも突飛だろう。そんなことになったら、この王宮内でどんな嵐を呼ぶとも限らない。
心配になったグレンは勇気を出してアンドレアスに忠告した。レティシア嬢のことを好きなのは分かるが、やはり身分というものがある。レティシア嬢がどんな危険な目に合うかも分からないと。
「何故、私がレティシアのことを、す、好きだと……?」
驚きに目を見開くアンドレアスに、グレンは心底呆れた。
「いや、分かりますよ……」
「……母上にも同じことを言われた……そんなにわかりやすいか?」
「ええ、とても」
アンドレアスは顔を赤らめた。
「……グレン、忠告ありがとう。どの道、呪いが完全に解かれない限り、どの女性とも婚約話を進める気はない」
「……殿下」
そんなやり取りをした数日後、庭園でアンドレアスとレティシアが密会しているのを目撃した。二人は手をつなぎ、真剣に向かい合って、何やら会話をしていた。
グレンは思わず眉を寄せた。
そして、なんだか、グレンはレティシアに対し、理不尽だが腹が立ってきた。あのロブ村で若い男衆にちやほやされていたこともそうだが、この娘は自分の外見が魅力的だということを利用して男を惑わす悪女なのではないかと思い始めた。
そんな娘に、自分の主人であるアンドレアスが翻弄されているのは好ましくない。
グレンはレティシアに忠告をすることにした。「世の中には身分というものがある」「自分が殿下とどうにかなれるとは考えないことだ」と。
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