不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

文字の大きさ
上 下
20 / 64
王宮編

19話 幕間 変わりゆく①

しおりを挟む
 グレン視点


 

 グレン・オーシャン伯爵令息は、十歳の時に四歳下のアンドレアス王子の側近となった。

 王家にかけられた呪いのせいで、アンドレアスは成人するまで生きられないと言われ、彼は離宮でひっそりと生活を送っていた。

 そんな中、アンドレアスは年下でありながらも、思慮深く落ち着いた少年であった。

 護衛としての役割も担っているグレンだったが、一緒に剣の稽古を始めたアンドレアスにはすぐに追い抜かれ、稽古では彼にボコボコにされてしまっていた。

「グレン、婚約おめでとう」

 グレンが十五歳の時、婚約が決まった。それは政略的なものではあったが、昔から馴染みの相手であり、彼は婚約者のことを心から好きだったので、とても嬉しかった。

 アンドレアスから祝福の言葉を告げられ、グレンは照れくさそうに頭を掻いた。

「ありがとうございます」

「フローレス侯爵家のクレア嬢と言ったか。美人で評判のご令嬢だとか」

「いやいや……まあ、そうですね」

 グレンがそう答えると、アンドレアスはふっと笑った。そして感情のない声で「羨ましいな」と呟いた。

「殿下は、これからでしょう」と何気なくグレンが言うと、

「……私はこの身だからな。誰かと恋愛や結婚することなどとうに諦めている」

 微かに笑みを浮かべながら答えたアンドレアスに、グレンは慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ありません!」

「謝るな。……私には君がいてくれるだけで十分だ」

「殿下……」

 グレンは自分を恥じ、まだ幼い王子が自分の運命を受け入れていることに心を痛めた。そして、最期まで王子のために尽くすこと、それが自分に与えられた役目なのだと、改めて感じたのだった。
 そのことを、彼ははっきりと覚えている。



 そして現在、アンドレアスは。

「グレン、レティシアは今日どこに行ったか知っているか?」

「ああ、確か侍女と一緒に王都の森林公園へチューリップを見に出かけたとか」

「……。確かに、見所の季節だな。次の仕事まで時間が空いてるし、私も行ってくる」

 別の日。

「グレン、今日の予定は?」

「午前中からリーザ伯爵と面談、お昼はバクラ商会会長とのランチ、授業二本を終えた後、夜はジーニー侯爵家にお呼ばれしています」

「……ジーニー侯爵家とは、姉上の元婚約者の?」

「はい。侯爵から是非、娘のリリア嬢と共にディナーをと」

 ジーニー侯爵家は今波に乗っている貴族だったが、次男がイザベラ王女との婚約を破棄されたことで、ターゲットをアンドレアスに移した。あそこの当主は、娘をアンドレアスの婚約者にしたいと目論んでいる。どうしても子供を王家に捧げ、勢力を強めたいのだろう。
 
「……。今日はレティシアと夕食を一緒にできないのか」

 ぼそりと呟くアンドレアスの言葉を、グレンは聞こえない振りをした。

 あの日、恋愛や結婚など諦めていると言っていたアンドレアスはもういない。

 当たり前だ、成人まで生きられないと言われていた彼が、呪いが止まり、一転して王位を継ぐことになったのだ。

 今のアンドレアスなら、どんな貴族令嬢でも両手を挙げて婚約者になりたいと懇願するだろう。実際、アンドレアスが王宮に入り、呪いがストップしていることが公表された後、全国の貴族から結婚の打診が大量に届いている。

 しかし、アンドレアスはどんな高位貴族令嬢や美しいと評判の令嬢からの求愛にも目をくれず、ただレティシアという魔法使いの少女のことばかり気にしている。その姿は、鈍感だとよく言われるグレンですら呆れるほど分かりやすかった。


(殿下の気持ちも分かる。自分を救ってくれた少女に惹かれてしまうのは……しかし)

 やはり、聖女という触れ込みがあるとは言え、平民を妃にするというのは、あまりにも突飛だろう。そんなことになったら、この王宮内でどんな嵐を呼ぶとも限らない。

 心配になったグレンは勇気を出してアンドレアスに忠告した。レティシア嬢のことを好きなのは分かるが、やはり身分というものがある。レティシア嬢がどんな危険な目に合うかも分からないと。

「何故、私がレティシアのことを、す、好きだと……?」

 驚きに目を見開くアンドレアスに、グレンは心底呆れた。

「いや、分かりますよ……」

「……母上にも同じことを言われた……そんなにわかりやすいか?」

「ええ、とても」

 アンドレアスは顔を赤らめた。

「……グレン、忠告ありがとう。どの道、呪いが完全に解かれない限り、どの女性とも婚約話を進める気はない」

「……殿下」

 そんなやり取りをした数日後、庭園でアンドレアスとレティシアが密会しているのを目撃した。二人は手をつなぎ、真剣に向かい合って、何やら会話をしていた。
 グレンは思わず眉を寄せた。

 そして、なんだか、グレンはレティシアに対し、理不尽だが腹が立ってきた。あのロブ村で若い男衆にちやほやされていたこともそうだが、この娘は自分の外見が魅力的だということを利用して男を惑わす悪女なのではないかと思い始めた。
 そんな娘に、自分の主人であるアンドレアスが翻弄されているのは好ましくない。

 グレンはレティシアに忠告をすることにした。「世の中には身分というものがある」「自分が殿下とどうにかなれるとは考えないことだ」と。

 レティシアはぽかんと呆けたような顔をしていたが、とりあえず言ってやったと、グレンはほっとして踵を返し、その場を後にした。



 つづきます
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...