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王宮編
17話 幕間 デート②
しおりを挟む「あっ……!」
祭りの賑わいの中、レティシアは人混みに圧倒され、周囲の人々に押し流されそうになっていた。楽しげな声や笑い声が響き渡る中、彼女は不安げな表情を浮かべる。
その瞬間、アンドレアスは彼女の手をしっかりと握りしめた。
そのまま、繋がれた手を離さず二人は歩き出した。出店を巡りながら、レティシアのリクエストで香ばしいイカ焼きを買い、二人で仲良く頬張る。
さらに、物珍しいアンティーク調のアクセサリーなどを眺めながら、二人は時折目を合わせて笑い合う。
「……あ」
レティシアはふと洋服店のショーウィンドウの前で立ち止まり、目を奪われた。彼女の視線は、華やかに飾られた一着のワンピースに向けられている。
「どうした? この店が気になるか?」
アンドレアスは店の名前を確認する。特別女子のファッションに詳しくない彼でさえ、一度は耳にしたことがある、貴族女性に人気のブランドの店だった。
「ああ……いえ。この飾られているワンピース、私が七年前に王都の祭りで着ていたものとそっくりだと思って」
マリーゴールドがプリントされたそのワンピースは、華やかで、確かにレティシアに似合いそうだ。彼女の目には、懐かしさが宿っていた。
「と言っても、私が着用していたのは子供服なので、もちろんこれと同じものではないですが」
レティシアは、淡い思い出に浸るようにウィンドウに手を当て、その感触を確かめるようにした。
「入ろう」
「え?」
アンドレアスはそのまま彼女の手を引き、強引に店の中へと連れ込んだ。店内は柔らかな光に包まれ、色とりどりの服が並んでいる。
「お客様。今日はどのようなものをお探しで?」
品の良い店長らしき中年の男性と、従業員らしき女性が、にこやかに二人の前に現れる。彼らは勿論アンドレアスが王子であることには気づいていないが、彼の身なりから貴族または豪商であると思ったようだ。丁寧な接客が始まる。
「そこのマリーゴールドのワンピースと、後はこのドレスと、これと……他に数着、見繕ってくれ。この子に似合うやつを。あと、アクセサリーもいくつか」
「アンディ様?!」
「畏まりました」
あっという間に、あのワンピースと数着のドレス、イヤリングやネックレスなどが用意され、試着するよう促される。
「アンディ様、私には必要ありません。私の部屋にはいくつもドレスを用意していただいてます」
確かに、レティシアのクローゼットには、全てアンドレアスが見繕った美しいドレスが並んでいる。王宮で着るそれらは、どれも彼女に似合っていた。しかし、彼の心の中には、欲が芽生えていた。もっと色々な姿を見てみたい、
「……私が見たいだけだ」
正直に告げると、レティシアは「ええ??」と動揺し、真っ赤になった。
「旦那様、こちらは新進気鋭のデザイナーの最新作のドレスです。この背中のパックリ空いたデザイン……奥様にとてもお似合いかと」
「お、奥様?!!」
レティシアは驚愕し、目を大きく見開く。どうやら、この店主は二人のことを若夫婦だと思い込んでいるらしい。
「……では、それも」
その勘違いは悪くない……そう思ったアンドレアスは、軽く咳をして頷いた。
レティシアは口をパクパクとさせたまま、従業員の女性に連れられ、試着室へと消えていった。
それからはまるでファッションショーのように、レティシアは一着ずつ着替えてはアンドレアスに披露することとなった。
「うん、似合ってる」
「綺麗だ」
「まるで、妖精のようだな」
レティシアが服を着替えるたびに、アンドレアスの口からは思わず歯が浮くような台詞が飛び出す。レティシアはアンドレアスが褒めるたびに、頬が赤くし、混乱した表情で目を伏せる。
「も、もうご勘弁を……」
十着ほど着たところで、レティシアが根を上げた。
「うん。……店主、今着たやつ全部会計で」
「え!? アンディ様?!」
レティシアが焦る。
「ありがとうございます! あ、こちら新作のパジャマなのですが…」
店主の指示に従い、従業員の女性が奥から何やら持ってくる。それは、白いフリルが施された可愛らしいネグリジェであった。
「……」
「……」
二人は沈黙する。
「最近お若いご夫婦に人気で。この上品なフリル、奥様にぜひお似合いかと」
「……ああ、ではそれも」
「!?」
レティシアは仰天した顔をする。
「な、なななんで」
「……時間魔法をかけてくれるときに着てくれたら」
「……!!」
レティシアの顔が、一瞬で赤く染まる。
「なんて、調子に乗った。冗談だ、君が真剣に私に魔法をかけてくれているというのに……店主、それは大丈夫だ」
そう言って、アンドレアスは寝巻きを返そうとしたとき。
「ま、待ってください! そういえば、私が家から持ってきた寝巻き……もう結構古いので、ちょうど新しいのがほしくて」
「え?」
「そ、それ買ってもらっても?」
「良いのか?」
「……似合うかは分かりませんが」
「似合う! 絶対似合う!」
「よければ、試着してみますか?」
店長が尋ねる。
「……あ、じゃあ」
「……いや、ダメだ。他の男に見せたくない」
「ええ……?!」
二人を取り巻く空気は甘く、まるで花蜜のような心地よい香りが漂っている。色で言うなら、間違いなくピンク色だ。
つづきます
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