不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

文字の大きさ
上 下
15 / 64
王宮編

14話 自覚

しおりを挟む

  
 ※残酷な描写注意





「……レティシア、来たのか」
 
 扉の影に隠れていたジェイクが、笑みを浮かべながら声をかけると、レティシアは思わずビクリと震えた。ジェイクの手には、血の付いた灰皿が握られている。

「……お父様が、お姉様を?」

 震える声で尋ねるレティシアに、ジェイクは頷いた。

「ああ、そうだ。クレアは悪い子だよ。なんせ、父親に向かって『爵位を返上しろ』とか『貴族の資格はない』なんて、酷いことばかり言うんだ。」

「……レティシア、ごめんね……」

 涙を流しながら謝るクレアの頭に、レティシアは治癒魔法をかけた。しかし、悲しいかな、あまり得意ではないため、治せた傷は微々たるものだった。それでも、少しは楽になったのか、クレアの呼吸が落ち着いてくるのを見て、レティシアは彼女を部屋の隅に移動させた。

「全く、クレアはこの侯爵家を継ぐ器ではないな。強情すぎるのも困りものだ。いいか、貴族というのは清濁併せ呑むものだ」

 レティシアはすくっと立ち上がり、ジェイクを鋭く睨みつけた。その瞬間、パリンと窓ガラスが割れ、周囲を飛んでいたカラスたちが怒涛の勢いで室内に侵入してきた。

「何……っ?! ギャァ!!」

 鴉たちはジェイクに襲いかかり、鋭い嘴で彼の肌を突き刺し始めた。ジェイクは持っていた灰皿を振り回すが、鴉の攻撃は容赦なく続いていく。彼の服はあっという間にボロボロになり、露出した顔や手は血で真っ赤に染まった。痛みと恐怖が彼の目に浮かんでいる。

 レティシアが手で合図すると、鴉たちはぴたりと動きを止め、また外へと戻っていった。静寂が訪れる中、蹲っているジェイクの前にレティシアが静かに歩み寄る。

「……この魔女の生まれ変わりめ!! お前など捨てて当然だ。何をのこのこと戻ってきた。さっさとのたれ死んでしまえば、皆幸せだったのだ!」

 ジェイクの罵声は、彼の内心の狂気を反映していた。

「……言いたいことはそれだけか?」

 その時、部屋の扉の方から声が聞こえ、レティシアは振り返った。アンドレアスが立っている。

「……お、王子殿下?!」

 ジェイクは動揺し、アンドレアスを見つめた。その表情には焦りが見える。

「ア、アンディ様、何故ここに……?」

「今日、君がフローレス家に行くことを知っていたから、ちょっと様子を見に来たんだ」

 アンドレアスはレティシアの顔を見つめながら、冷静に言った。

「……そうしたら道中で挙動不審な奴らを見つけてな。話を聞くと、フローレス家からの帰りだというじゃないか。今、詳しいことをグレンが尋問しているが、どうやら人身売買組織を営み、この侯爵家に援助を受けていたと嘯いているらしい。……侯爵、何か心当たりはあるか?」

 アンドレアスは、血だらけのジェイクに冷たい視線を向けた。

「め、滅相もない……。ただの戯言でしょう」ジェイクの顔からは、冷や汗が噴き出る。

「いえ! 本当のことです。殿下、父は人身売買組織に妹を売り、さらに七年間その組織を支援してきました。帳簿等の証拠もあります」

 床に座り込みながらも毅然とした態度で報告するクレアに対し、ジェイクは鬼のような形相で睨み付けた。

「クレア! 貴様ァ……!!」

「……人身売買組織を支援となると、明らかに違法行為だな。侯爵、衛兵が間もなく来る。貴方の身柄を拘束する」

「そ、そんな……!!」

 ジェイクは目を見開き、恐怖に満ちた表情でガタガタと震え、項垂れた。
 
 何故、アンドレアスはレティシアの様子を見に来たのか。レティシアが「父とのわだかまりが払拭できた」と言った発言が嘘だと見抜かれていたのか。人身売買組織に父が援助をしていたという事実も、レティシアは全く知らなかった。

 先程、殴られたクレアを見て頭に血が上り、ジェイクを文字通り血祭りにしてしまったが、今はこの展開に呆然としていた。
 
 しばらくの沈黙の後、項垂れていたジェイクが小さな声で呟いた。

「……殿下に、お伝えしたいことがあります」

「……何だ?」アンドレアスは彼に目を向ける。

「何故、私がレティシアを捨てるほど疎んでいたか、その理由です。……殿下はレティシアのことを特別気に入っているようですが、これを知れば考えがお変わりになるはずです」

 薄ら笑いを浮かべ、ジェイクはアンドレアスの顔を見た。レティシアの心拍数が急激に上がる。
 
 ダメだ、言われてしまう。

「……ッ!! ?! ~~~!!」

 無意識のうちに、レティシアはジェイクがしゃべれないように口を塞ぐ魔法を使っていた。彼女はすぐに自分が魔法をかけていることに気付き、咄嗟にそれを解いた。

「ハァっ、ハァっ……この魔女がッ……うわ!!」

 レティシアに悪態をつくジェイクに、アンドレアスはツカツカと近寄り、その胸ぐらを掴んだ。

「例えどんな理由があろうと、自分の娘をないがしろにして良いわけがないだろう!」

 アンドレアスは激昂する。

「……フローレス家は誇り高く人々の模範となる貴族のはず。貴方にはその資格がない」

 アンドレアスが胸ぐらを掴んでいた手を放すと、ヘナヘナとジェイクが座り込んだ。意気消沈し、彼の顔は絶望に染まっていた。

 その後、すぐに衛兵たちがやってきて、ジェイクを連れて部屋を出て行った。レティシアは、クレアを彼女の部屋に運び、ベッドに寝かせると、すぐに医者を呼んだ。

 医者はクレアの傷の治療を施し、「全治一週間ってところでしょう。命に別状はありません」と診断し、すぐに帰って行った。レティシアはホッと息をつき、眠るクレアを見つめた。
 
「……アンディ様、ありがとうございました」
 
 付き添ってくれていたアンドレアスに礼をする。

「……いや、大丈夫か? 色々言われてただろう侯爵に」

 どこまでもアンドレアスはレティシアを気遣ってくれる。

「……アンディ様、父が言っていた、私を疎んでいた理由ですが」

 レティシアは切り出した。さっきはああ言ってくれたが、アンドレアスだって気になっているに決まっている。
 
 何よりもうアンドレアスに秘密を持ちたくなかった。自分の、全てを知ってほしい。

「……あの、……」

 しかし、言葉が出ない。貧民街で生活していた時の、大人たちの蔑みの目が思い出され、心の中に恐怖が蘇る。完全にトラウマになっているレティシアは、まるで自分で自分の口を塞ぐ魔法をかけてしまったかのように、ハクハクと口を動かすことしかできなかった。

「無理に言わなくて良い」

 アンドレアスが落ち着かせるように優しく言うので、レティシアは泣きそうになった。

 その時初めて、レティシアは自分の、アンドレアスへの気持ちを自覚した。
 
 

 ジェイクは捕まり、その内裁判が始まる。そうしたら、父は裁判内でレティシアの髪と瞳の事も証言するだろうし、その事実は明るみになる。
 その前に自分の口でアンドレアスに言いたい。

 レティシアはそう決心した。





しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...