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王宮編
14話 自覚
しおりを挟む※残酷な描写注意
「……レティシア、来たのか」
扉の影に隠れていたジェイクが、笑みを浮かべながら声をかけると、レティシアは思わずビクリと震えた。ジェイクの手には、血の付いた灰皿が握られている。
「……お父様が、お姉様を?」
震える声で尋ねるレティシアに、ジェイクは頷いた。
「ああ、そうだ。クレアは悪い子だよ。なんせ、父親に向かって『爵位を返上しろ』とか『貴族の資格はない』なんて、酷いことばかり言うんだ。」
「……レティシア、ごめんね……」
涙を流しながら謝るクレアの頭に、レティシアは治癒魔法をかけた。しかし、悲しいかな、あまり得意ではないため、治せた傷は微々たるものだった。それでも、少しは楽になったのか、クレアの呼吸が落ち着いてくるのを見て、レティシアは彼女を部屋の隅に移動させた。
「全く、クレアはこの侯爵家を継ぐ器ではないな。強情すぎるのも困りものだ。いいか、貴族というのは清濁併せ呑むものだ」
レティシアはすくっと立ち上がり、ジェイクを鋭く睨みつけた。その瞬間、パリンと窓ガラスが割れ、周囲を飛んでいた鴉たちが怒涛の勢いで室内に侵入してきた。
「何……っ?! ギャァ!!」
鴉たちはジェイクに襲いかかり、鋭い嘴で彼の肌を突き刺し始めた。ジェイクは持っていた灰皿を振り回すが、鴉の攻撃は容赦なく続いていく。彼の服はあっという間にボロボロになり、露出した顔や手は血で真っ赤に染まった。痛みと恐怖が彼の目に浮かんでいる。
レティシアが手で合図すると、鴉たちはぴたりと動きを止め、また外へと戻っていった。静寂が訪れる中、蹲っているジェイクの前にレティシアが静かに歩み寄る。
「……この魔女の生まれ変わりめ!! お前など捨てて当然だ。何をのこのこと戻ってきた。さっさとのたれ死んでしまえば、皆幸せだったのだ!」
ジェイクの罵声は、彼の内心の狂気を反映していた。
「……言いたいことはそれだけか?」
その時、部屋の扉の方から声が聞こえ、レティシアは振り返った。アンドレアスが立っている。
「……お、王子殿下?!」
ジェイクは動揺し、アンドレアスを見つめた。その表情には焦りが見える。
「ア、アンディ様、何故ここに……?」
「今日、君がフローレス家に行くことを知っていたから、ちょっと様子を見に来たんだ」
アンドレアスはレティシアの顔を見つめながら、冷静に言った。
「……そうしたら道中で挙動不審な奴らを見つけてな。話を聞くと、フローレス家からの帰りだというじゃないか。今、詳しいことをグレンが尋問しているが、どうやら人身売買組織を営み、この侯爵家に援助を受けていたと嘯いているらしい。……侯爵、何か心当たりはあるか?」
アンドレアスは、血だらけのジェイクに冷たい視線を向けた。
「め、滅相もない……。ただの戯言でしょう」ジェイクの顔からは、冷や汗が噴き出る。
「いえ! 本当のことです。殿下、父は人身売買組織に妹を売り、さらに七年間その組織を支援してきました。帳簿等の証拠もあります」
床に座り込みながらも毅然とした態度で報告するクレアに対し、ジェイクは鬼のような形相で睨み付けた。
「クレア! 貴様ァ……!!」
「……人身売買組織を支援となると、明らかに違法行為だな。侯爵、衛兵が間もなく来る。貴方の身柄を拘束する」
「そ、そんな……!!」
ジェイクは目を見開き、恐怖に満ちた表情でガタガタと震え、項垂れた。
何故、アンドレアスはレティシアの様子を見に来たのか。レティシアが「父とのわだかまりが払拭できた」と言った発言が嘘だと見抜かれていたのか。人身売買組織に父が援助をしていたという事実も、レティシアは全く知らなかった。
先程、殴られたクレアを見て頭に血が上り、ジェイクを文字通り血祭りにしてしまったが、今はこの展開に呆然としていた。
しばらくの沈黙の後、項垂れていたジェイクが小さな声で呟いた。
「……殿下に、お伝えしたいことがあります」
「……何だ?」アンドレアスは彼に目を向ける。
「何故、私がレティシアを捨てるほど疎んでいたか、その理由です。……殿下はレティシアのことを特別気に入っているようですが、これを知れば考えがお変わりになるはずです」
薄ら笑いを浮かべ、ジェイクはアンドレアスの顔を見た。レティシアの心拍数が急激に上がる。
ダメだ、言われてしまう。
「……ッ!! ?! ~~~!!」
無意識のうちに、レティシアはジェイクがしゃべれないように口を塞ぐ魔法を使っていた。彼女はすぐに自分が魔法をかけていることに気付き、咄嗟にそれを解いた。
「ハァっ、ハァっ……この魔女がッ……うわ!!」
レティシアに悪態をつくジェイクに、アンドレアスはツカツカと近寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「例えどんな理由があろうと、自分の娘をないがしろにして良いわけがないだろう!」
アンドレアスは激昂する。
「……フローレス家は誇り高く人々の模範となる貴族のはず。貴方にはその資格がない」
アンドレアスが胸ぐらを掴んでいた手を放すと、ヘナヘナとジェイクが座り込んだ。意気消沈し、彼の顔は絶望に染まっていた。
その後、すぐに衛兵たちがやってきて、ジェイクを連れて部屋を出て行った。レティシアは、クレアを彼女の部屋に運び、ベッドに寝かせると、すぐに医者を呼んだ。
医者はクレアの傷の治療を施し、「全治一週間ってところでしょう。命に別状はありません」と診断し、すぐに帰って行った。レティシアはホッと息をつき、眠るクレアを見つめた。
「……アンディ様、ありがとうございました」
付き添ってくれていたアンドレアスに礼をする。
「……いや、大丈夫か? 色々言われてただろう侯爵に」
どこまでもアンドレアスはレティシアを気遣ってくれる。
「……アンディ様、父が言っていた、私を疎んでいた理由ですが」
レティシアは切り出した。さっきはああ言ってくれたが、アンドレアスだって気になっているに決まっている。
何よりもうアンドレアスに秘密を持ちたくなかった。自分の、全てを知ってほしい。
「……あの、……」
しかし、言葉が出ない。貧民街で生活していた時の、大人たちの蔑みの目が思い出され、心の中に恐怖が蘇る。完全にトラウマになっているレティシアは、まるで自分で自分の口を塞ぐ魔法をかけてしまったかのように、ハクハクと口を動かすことしかできなかった。
「無理に言わなくて良い」
アンドレアスが落ち着かせるように優しく言うので、レティシアは泣きそうになった。
その時初めて、レティシアは自分の、アンドレアスへの気持ちを自覚した。
ジェイクは捕まり、その内裁判が始まる。そうしたら、父は裁判内でレティシアの髪と瞳の事も証言するだろうし、その事実は明るみになる。
その前に自分の口でアンドレアスに言いたい。
レティシアはそう決心した。
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