不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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出会い編

3話 呪痕

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 レティシアが魔導士オースティンの家はここだと告げると、アンドレアスは目を丸くした。

「ここが……?」

「はい。しかし申し訳ありませんが、現在オースティンは留守にしております。次に戻るのは三ヶ月後かと」

「そんなに……?」

 アンドレアスは明らかに肩を落とした。

「……昨晩、大層苦しそうにうなされていましたね。その黒い痣のことでこちらに来たのですか?」

「……!」

 アンドレアスは動揺した様子でレティシアの顔を見つめた。

「あのような病気は見たことがありません。一体何なのですか?」

「呪いだ」

 そうアンドレアスは答えた。

(やっぱり……)

 細い管状のものが体内を這い回る様子は、あまりにも非現実的だ。そして、宿主を苦しめ弄ぶようなその動き。呪い以外には考えられない。
 
 そうだ、思い出した。あの七年前、レティシアが攫われた日の王都の祭り。レティシアは、その日パレードで民衆に手を振る王族たちの姿を見ていた。目の前にいる少年は、まさにあの時のアンドレアス王子の成長した姿だ。

「……君は、オースティンの……?」

「私はオースティンの弟子です。師匠ほどではありませんが、一応魔法は使えますし、留守中の依頼は私に任されています」

「……」

 アンドレアスは、自分の体を見つめた。

 昨日、あの高さから馬車ごと落下したとき、アンドレアスは死を覚悟した。今、彼が生きていることは奇跡と言えるだろう。目の前の少女が救ってくれたことは明らかだった。

「その呪いの犯人は……魔女マチルダですか?」

「……ああ。百年前、当時の王妃であったカミーラが身ごもっているとき、マチルダに恨まれ呪いをかけられた。生まれた男子には、生まれつき体に黒い痣、呪痕があった。成長と共にその呪痕は痛むようになり、最終的には心臓発作で命を落とす。……この百年、王の実子の男子は皆、同じように呪われている。成人まで生き延びる者はいなく、故にここ何代かはずっと王女が王位に就いている」

 あまりにも惨いその内容に、レティシアは思わず表情を歪めた。

「レティシア、私はこの呪いを解いてもらうために、オースティンを訪ねてきた。この呪いには一般的な鎮痛薬などは効かない。王家専属の魔法使いによって、痛みを軽減する効果のある魔法はかけてもらっているが、最近はほぼ役に立たないほど呪いは進行している。……この呪いを解く方法はあるのか?」

 アンドレアスは、縋るようにレティシアを見つめた。

 正直なところ、レティシアは呪いについては全く明るくない。オースティンなら何とかできるかもしれないが、この問題は一刻を争う。

「上手くいくか分かりませんが……やってみます」

 レティシアがそう答えると、アンドレアスは安堵したように少しだけ顔を綻ばせた。


 ♢♢♢♢♢

 ひとまず、今日の分の治癒薬をアンドレアスに飲ませた。彼の骨折していた腕はほぼ全快し、あと一、二日もすれば足の方も治るだろう。

 レティシアは昨日もらった野菜で簡単なスープを作り、アンドレアスに振る舞った。素朴な味付けで王子の口には合わないかもしれないと思ったが、アンドレアスは文句を言わず、静かに食べ続けている。彼の真剣な表情からは、味に対する不満よりも、心身の回復に感謝している様子が伺えた。

 そんなアンドレアスを眺めながら、レティシアは疑問に思っていることを口にした。

「マチルダの死後も呪いが続くというのは、それだけ深い恨みから来たのか、それとも呪いのアイテムのようなものが存在し続けることによって、呪いの効果が保たれているのか。その辺りは分かっていますか?」

「……後者だ。マチルダは趣味で他国の珍しいものを持ち帰り収集する癖があった。その中には、幾つもの恐ろしい呪具が含まれていたという話だ」

「その呪具は見つかっていないのですか?」

「マチルダが捕まった際、ザリバン辺境伯邸にあった呪具は全て王家に没収されて破壊された。しかし、呪いが止まっていないということを考えると……同じ辺境伯の者に託したか、どこかに隠したかもしれない」

「……うーん」

 レティシアは頭を抱えた。最も良い解決策は、呪いをかけた呪具を壊すことだと思うが、それがどんな形をしているのか、現在どこに存在しているのか、何一つ分からないのが悩ましい。

 アンドレアスの話によれば、呪痕が暴れ出すのは深夜十二時を過ぎた辺りだという。レティシアとアンドレアスは、その時を待った。その間、レティシアは呪いを解く方法をずっと考え続けていた。

 十二時まで数分というところで、レティシアは言った。

「……とりあえず、実力行使で行ってみましょうか」

「え?」

 アンドレアスはきょとんとした表情を浮かべる。

「上を脱いで、ベッドに横になってください」

「……!? え、あ……ああ」

 レティシアの指示にアンドレアスは一瞬硬直したが、やがてパジャマのボタンをおずおずと外し始めた。指示通り上半身裸になり、彼は横たわった。

 レティシアはベッド脇の椅子に座り、アンドレアスの左胸にある呪痕に細い指を触れた。その瞬間、アンドレアスがの体がビクッと反応する。

「……今は、痛くはないのですか?」

「っ……ああ。……痛みはない」

 僅かに震えるアンドレアスにレティシアは気づかない。彼女は事前に用意していた太いチェーンで、アンドレアスの両手をベッドのパイプに括り付け、動かせないようにした。

「な、何を……?」

 アンドレアスは顔を赤らめ、驚愕の表情を浮かべたが、レティシアは何も言わない。

「……!! あっ、うああ!」

(来た!)

 呪いが発動し、アンドレアスが苦しみ出した。すぐにレティシアは近くに置いてあった透視サングラスを掛ける。

「あ、ハァ、ハァ、……? な、なんだ、そのサングラス? ……うあ、あ」

 突然サングラスをかけた目の前の少女の行動が理解できず、アンドレアスは痛みに喘ぎながらも問いかけるが、レティシアは何も答えない。

 呪いが発動すると、呪痕の内側から細い管を出す木の根のようなものが出現する。レティシアはそれを「呪痕の根」と呼ぶことにした。

 レティシアは治癒魔法があまり得意ではない。使えはするが、せいぜい擦り傷を治せる程度だ。しかし、攻撃魔法、特に火魔法には自信がある。今、彼女がやろうとしているのは、呪痕の根を魔法の炎で焼き切ることだった。しかし、その根は心臓に近い部分にあるため、魔法のコントロールを少しでも誤ると、死に繋がってしまう。暴れられると集中できないため、アンドレアスの腕を固定したのだ。

「う、あ、あぁ!」

 レティシアは、体内の呪痕の根に低温の炎を発生させた。心臓や他の臓器に燃え広がらないように、炎は小さく保たれる。ジワジワとレーザーのように焼いていくと、動き回っていた細い管がピタリと止まり、シュルシュルと呪痕の根に戻っていった。

 焦げ臭い匂いが部屋を漂う。


「うっ、あ、熱い……レティシア……」

「ごめんなさい、少しの辛抱です」

 いくら低温の炎と言っても、熱いものは熱いだろう。アンドレアスを宥めながら、レティシアは集中した。一時間ほど経ち、ついに呪痕の根を焼き切った。

 すると、左胸の呪痕がボロボロと乾燥したように剥け落ち、その下からピンク色の新しい皮膚が見えた。

「……ふぅ」

 レティシアは自分の額の汗を拭った。

「殿下、体内の呪痕の根を焼き切りました。お加減はどうですか?」

「……ハァ、ハァ……」

 アンドレアスは左胸の内側が少しだけ火傷したようにヒリヒリしているものの、あの言葉にできない苦しみから解放されていることに気付いた。

「……ああ、大丈夫だ」

 アンドレアスがそう答えると、レティシアはホッとして笑顔を向けた。

「良かった! お疲れ様でした。……あ、なんか飲むもの持ってきますね!」

「……ありがとう」

 レティシアはバタバタとキッチンへ行き、温かいお茶を入れる。部屋に戻ると、ベッドに両腕をチェーンで繋がれたままのアンドレアスが言った。

「とりあえず、これを解いてくれるか? レティシア」


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