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2話 浮気の証拠

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 その日、侯爵家に帰宅したレイラは、アシェルに部屋に呼び出されると大量の紙束をドンッと目の前の机に置かれた。

「えーと……アシェル、これは……」

「アイザック殿の浮気の証拠です」

 見ると学園の生徒達に聞き込みしたであろう、アイザックの浮気現場目撃の証言の数々が収められており、リリーだけじゃなく、学園内の侯爵令嬢や伯爵令嬢等他数名の浮気相手の名前も羅列されていた。

「ええ……。リリー様だけじゃないの……?」

「はい、あろうことか我がクラーク侯爵家とは別の派閥の侯爵家のご令嬢にまで手を出しています」

「……」 

(なんということかしら……)

「これはあまりにも姉上を軽んじていますし、我が侯爵家に対する侮辱です。これらの証拠をもとに、婚約破棄を申しでるべきです」

 アシェルが淡々と提案をする。彼の言うことはもっともだ。
 アイザックは、婚約者である自分や侯爵家にとんでもない裏切り行為を犯している。レイラはそのことを理解していた。

「……お父様はもうこの事をご存じなのかしら」

「……いえ、まだです。姉上が婚約破棄を決意されましたら、ご説明に行こうかと」

「だったら、まだ言わないで」

「……何故ですか、姉上?」

 アシェルが眉をひそめてレイラを見つめる。

(……分かっているわ、あなたが私を心配してくれているとっても姉思いの弟だってこと。私がアシェルと同じ立場でも、婚約破棄するよう働きかけると思うもの。でも……)

「……私、アイザック様のことが好きなのだもの……」

 レイラは昔からいつも身につけているお気に入りのネックレスをぎゅっと握りしめた。

 ――レイラがアイザックと婚約したのは、十三歳のときだった。いつ好きになったのかなんて彼女自身覚えていなかったが、でも覚えている限りレイラはずっとアイザックを慕っていた。

「……姉上……」

 アシェルは苦虫にがむしを嚙み潰した表情を浮かべる。
 
 レイラは、この義弟が自分や侯爵家のために言ってくれている、というのは痛いほどわかっていたが、どうしてもアイザックのことを諦められなかった。

「私の好意が重すぎて、アイザック様は負担に思われていたのかもしれないわ。それで他のご令嬢達に、……言い方悪いけど、逃げているのかも」

「……だとして、姉上との婚約関係を継続しつつ、他の女性達と深い関係になるのはおかしいかと」

「ええ。……だから私、少しアイザック様と距離をとってみようと思うの。押してダメなら引いてみろって言うでしょ! 意外と私のことを気になってくれて、好きになってくれるかも」

「はあ……?」

 アシェルは一瞬目を丸くした後、レイラの発言を理解すると眉間を押さえながらため息を吐いた。

「……分かりました、良いでしょう。一旦父上に報告するのは止めます。……でも姉上、条件があります」

「条件?」

「はい、今度学園創立記念のパーティーがありますよね? それにアイザック殿にエスコートしてもらい参加してください。それが条件です」
 
「それが条件? 私はアイザック様の婚約者よ。そんなの簡単じゃない」

「この前の新入生歓迎パーティーのときを忘れたのですか」

「……」

 痛いところを突かれた、とレイラは落ち込んだ。

 数か月前のアシェル達一年生を歓迎する生徒会主催のパーティーで、レイラはアイザックに「その日はエスコートできない」と事前に通告されてしまったのだ。

 アイザックは生徒会長としてパーティーの準備等が忙しくてレイラを相手にできないのだ、と納得していたのに、当日なんと彼はリリーを伴ってパーティーに現れたのだ。

 そのときのレイラの衝撃はどう表現したらいいのか。
 
 アイザックの代わりにエスコートをお願いしていたアシェルには本当に心配をかけてしまった。主役である新入生なのに、レイラの顔色が悪いのを気遣ってくれて、他の女を侍らせているアイザックに抗議しにいこうとするアシェルを、レイラは必死に止めたのだ。

 というわけで、今のレイラはアイザックにとって完全に二番目の女なのである。いや、リリーの他にも何人も女性がいるようだから、もっと下の可能性もある。

 なので、アシェルの条件である『創立記念パーティーでアイザックにエスコートされる』というのは、中々厳しいのかもしれない。

(婚約者なのに何で? って感じだけど)

「……分かったわ、アシェル。私、今度のパーティーまでにアイザック様の心を奪い、無事にエスコートしてもらうよう頑張るわ!」

「……。頑張ってください」

 アシェルは少し呆れた顔でため息を吐いたが、レイラは気にしなかった。
 
(……だって、私本当にアイザック様のことが好きなんだもの。彼に浮気相手が何人いようと、アイザック様を一番好きなのは私よ!)
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