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第十五章 フィナーレ
第十五章 フィナーレ(1)人類史の始まり
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機動要塞ベルクレスの中で、ダ=ティ=ユーラはスズランの出方をうかがっていた。
リリウム・ツーに搭載されているすべての兵装は、ベルクレスに対してほとんど有効でないことは明白だ。それに、頼みの綱のフラウロスはもはや打ち止めだ。
それに引き替え、機動要塞ベルクレスには戦艦を沈められるほどの反陽子砲台が無数に据え付けられている。さらに、マルスの巫女たるミューのレクトリヴ能力を以てすれば、リリウム・ツーは周辺の僚艦もろとも圧搾できるだろう。
それになにより、人類宇宙の知らない遠くの銀河の中心で誕生した高次の存在であるダ=ティ=ユーラにとっては、近場から適当なブラックホールを呼び寄せて、人類宇宙すべてを滅ぼすことさえ簡単だった。
それをしないのは、あくまでも、彼が人類を好んでいて、人類の導き手であろうという意識があるからだ。
「ダ=ティ=ユーラも物好きだねえ。あんな取るに足らない人間たちのために、待っていてあげてるんだからさ」
黒猫のペシェが、後ろ足で耳を掻きながらそう言った。
ダ=ティ=ユーラは小さく笑う。
「取るに足らない人間などいないさ。それに、あそこにいるのは、おれのなかでも特に好ましい人間たちだ」
「そうかい?」
「そうとも。もし人間に生まれられたら、あんな風になりたかったと思うくらいに」
「わからないね。せっかく猫に生まれたおいらとしては、なんで人間なんかになりたいのか」
「そうかい」
ダ=ティ=ユーラは窓の方へと歩きながら、窓の外を見つめているミューの肩を抱く。
「どうだい、ミュー。きみが生まれたこの宇宙は。そして、きみが産み直すこの宇宙は」
ミューは静かだった。
「ミュー?」
「……すべての準備は整っています。終わらせる準備も、始める準備も。幸福になる準備も……。同じように準備できていますか?」
「ああ、始めよう。人類の歴史と未来を」
「かみさま」
「うん?」
「あの子が、マルス・レコードに入り……、そして、通り過ぎました」
「……まさか!」
刹那、機動要塞ベルクレスに主砲を向けているリリウム・ツーが、白く輝き始める。
そして、宇宙すべてが、真っ白な光に包まれた。
◇◇◇
ミューは、宇宙のただなかを漂っていた。
気がついたときには、機動要塞ベルクレスも、リリウム・ツーも、統合宇宙政体やギデス大煌王国の戦艦も、見知った惑星もなにもなかった。
はるか遠くの星々に囲まれている。ひときわ強く輝いている恒星もあるが、どこのなんという星だか見当もつかない。
ここは、狭くない。
ミューは腕を伸ばす。
いまや、彼女の知覚の腕が全宇宙を満たしており、岩石惑星の大地の表面も、恒星の炎の踊る様も、ブラックホールの滑らかさも、すべてを知ることができていた。
彼女はいまや、なんでもできる存在だったが、なにもしなかった。
ただひとつのことが明らかなだけで、彼女は満足していたのだ。
――かみさまが、わたしだけのものになった。
ここはどこか知らない宇宙だ。人間社会がなく、知的生命体さえもどこにも存在しない。それゆえに、侵略するものもされるものもいない。
ここでは、ありとあらゆるものが生まれる前の状態だ。原初の宇宙と言って差し支えないのかもしれない。
ダ=ティ=ユーラは目の前にいた。
問おう、人類よ。愛すべき人類種の最後のひとりよ。
人類を救うには、どうすればいい?
おれは、人類になにをしてやれる?
問いをかけるダ=ティ=ユーラに対し、ミューは両腕を伸ばした。機械仕掛けの両腕だ。
――かみさま、すべてが終わりました。
ああ、俺たちの知っている人類は終わった。
――かみさま、すべてがここから始まります。
ああ、ここから始まるんだ。
――かみさま、幸福になるご準備を。
幸福に……、きみたち人類ではなく、おれに幸福になれというのかい? おれが幸福になるなんて、考えたこともなかった。
――人類はわたしたちではなく、わたしです。
ああ、そうだった。もう、人類はきみだけだ。
――だから、全人類への愛を、最後のひとりである、わたしに全部ください。
ミューはダ=ティ=ユーラを、機械仕掛けの胸に抱きしめる。
――そして、人類の最後のひとりは最初のひとりとなります。
彼女は彼に頬ずりをした。
――この宇宙で、人類の歴史は、これから始まるのですから。
それは、楽しみだ。
大好きな人類の繁栄の歴史の始まりに、まさかおれ自身が関わることができるなんて……!
◇◇◇
リリウム・ツーに搭載されているすべての兵装は、ベルクレスに対してほとんど有効でないことは明白だ。それに、頼みの綱のフラウロスはもはや打ち止めだ。
それに引き替え、機動要塞ベルクレスには戦艦を沈められるほどの反陽子砲台が無数に据え付けられている。さらに、マルスの巫女たるミューのレクトリヴ能力を以てすれば、リリウム・ツーは周辺の僚艦もろとも圧搾できるだろう。
それになにより、人類宇宙の知らない遠くの銀河の中心で誕生した高次の存在であるダ=ティ=ユーラにとっては、近場から適当なブラックホールを呼び寄せて、人類宇宙すべてを滅ぼすことさえ簡単だった。
それをしないのは、あくまでも、彼が人類を好んでいて、人類の導き手であろうという意識があるからだ。
「ダ=ティ=ユーラも物好きだねえ。あんな取るに足らない人間たちのために、待っていてあげてるんだからさ」
黒猫のペシェが、後ろ足で耳を掻きながらそう言った。
ダ=ティ=ユーラは小さく笑う。
「取るに足らない人間などいないさ。それに、あそこにいるのは、おれのなかでも特に好ましい人間たちだ」
「そうかい?」
「そうとも。もし人間に生まれられたら、あんな風になりたかったと思うくらいに」
「わからないね。せっかく猫に生まれたおいらとしては、なんで人間なんかになりたいのか」
「そうかい」
ダ=ティ=ユーラは窓の方へと歩きながら、窓の外を見つめているミューの肩を抱く。
「どうだい、ミュー。きみが生まれたこの宇宙は。そして、きみが産み直すこの宇宙は」
ミューは静かだった。
「ミュー?」
「……すべての準備は整っています。終わらせる準備も、始める準備も。幸福になる準備も……。同じように準備できていますか?」
「ああ、始めよう。人類の歴史と未来を」
「かみさま」
「うん?」
「あの子が、マルス・レコードに入り……、そして、通り過ぎました」
「……まさか!」
刹那、機動要塞ベルクレスに主砲を向けているリリウム・ツーが、白く輝き始める。
そして、宇宙すべてが、真っ白な光に包まれた。
◇◇◇
ミューは、宇宙のただなかを漂っていた。
気がついたときには、機動要塞ベルクレスも、リリウム・ツーも、統合宇宙政体やギデス大煌王国の戦艦も、見知った惑星もなにもなかった。
はるか遠くの星々に囲まれている。ひときわ強く輝いている恒星もあるが、どこのなんという星だか見当もつかない。
ここは、狭くない。
ミューは腕を伸ばす。
いまや、彼女の知覚の腕が全宇宙を満たしており、岩石惑星の大地の表面も、恒星の炎の踊る様も、ブラックホールの滑らかさも、すべてを知ることができていた。
彼女はいまや、なんでもできる存在だったが、なにもしなかった。
ただひとつのことが明らかなだけで、彼女は満足していたのだ。
――かみさまが、わたしだけのものになった。
ここはどこか知らない宇宙だ。人間社会がなく、知的生命体さえもどこにも存在しない。それゆえに、侵略するものもされるものもいない。
ここでは、ありとあらゆるものが生まれる前の状態だ。原初の宇宙と言って差し支えないのかもしれない。
ダ=ティ=ユーラは目の前にいた。
問おう、人類よ。愛すべき人類種の最後のひとりよ。
人類を救うには、どうすればいい?
おれは、人類になにをしてやれる?
問いをかけるダ=ティ=ユーラに対し、ミューは両腕を伸ばした。機械仕掛けの両腕だ。
――かみさま、すべてが終わりました。
ああ、俺たちの知っている人類は終わった。
――かみさま、すべてがここから始まります。
ああ、ここから始まるんだ。
――かみさま、幸福になるご準備を。
幸福に……、きみたち人類ではなく、おれに幸福になれというのかい? おれが幸福になるなんて、考えたこともなかった。
――人類はわたしたちではなく、わたしです。
ああ、そうだった。もう、人類はきみだけだ。
――だから、全人類への愛を、最後のひとりである、わたしに全部ください。
ミューはダ=ティ=ユーラを、機械仕掛けの胸に抱きしめる。
――そして、人類の最後のひとりは最初のひとりとなります。
彼女は彼に頬ずりをした。
――この宇宙で、人類の歴史は、これから始まるのですから。
それは、楽しみだ。
大好きな人類の繁栄の歴史の始まりに、まさかおれ自身が関わることができるなんて……!
◇◇◇
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