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第十四章 ベルクレス
第十四章 ベルクレス(2)いてくれて、ありがとう
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マルス・レコードの奥へと潜っていくと、数え切れないほどのビジョンが周囲を流れていった。
大河を渡る猿たち。
石器をつくる原始人。
顔に紋様の入った支配者を恭しく迎える奴隷たち。
重厚な鎧を着て斬り合う戦士たち。
銃を担ぎ行進する兵士たち。
ジャングルの中で沼に潜んで敵を狙うゲリラ。
閃光で焼き払われる大都市。
巨大な航空戦艦と戦闘機。
宇宙コロニーを破壊し尽くす戦闘艦。
いくつもの小さな太陽で焼かれ、うち捨てざるを得なくなった、人類の故郷である惑星。
そして――。
レクトリヴという能力に出会った人類が、宇宙の現象を書き換えるその力を際限なく求めた結果として、計算機構造物で覆われていく銀色の天体、惑星マルス――。
目の前に見える、銀色の惑星マルスのビジョンを、ぼくは掴もうと手を伸ばした。
すると、別な手に、ぼくの腕が掴まれる。
「なんだ、お前、こんなところにいたのか」
そうだ。彼女だ。マルスの巫女となって、マルス・レコードに繋がっている彼女なら、ここで、ぼくを見つけることだってできたはずだ。
「言ったろ、お前のことは、命に替えても守るって――」
◇◇◇
リリウム・ツーのブリッジで倒れていたスズランは、目を覚ました。そして、ぼくの姿を見上げると、いつもの自信ありげな笑みを浮かべる。
「……遅いお帰りじゃないか、ユウキ」
ぼくはといえば、半透明の、光の妖精のような姿で、宙に浮かんでいる。スズランたち普通の人間の肩に乗れそうな大きさだ。
というのも、ぼくはマルス・レコードを内部からコントロールすることで、マルス・レコードのもつ宇宙を書き換える能力を行使し、リリウム・ツー艦内の空間上に、自分の姿を小さく映し出すといった芸当を行っているのだ。
身体を失ったいまのぼくでは、これが精一杯の自己表現だ。
「ユウキ!? 無事……、だったのか? 本当に、よかった……」
車椅子に乗っているネージュは、妖精の姿になってしまったぼくをみて、掛け値なしに喜び、嬉し涙を流してくれた。
五体満足で帰って来れなかったのが申し訳ないけれど、そもそも脳だってないんだから、五体以前の問題だった。
ネージュはぼくに言う。
「ユウキ、いてくれて、ありがとう。帰ってきてくれて、ありがとう……」
こんなぼくの、いまの状態でも、「いる」うちに入るのだろうか。「存在している」うちに入るのだろうか。……そう考えてくれるなら、そんなにありがたいことはないと思う。
カイも涙目で、照れ隠しに鼻を掻きながら、ひと言。
「なんだ、無事だったのか。心配させやがって」
リッジバックも首を縦に振る。
「理屈は判らんが……、よく帰ってきたな」
「そうじゃとも、ユウキ君。きみの帰還は絶望的だと聞いたところじゃわい。よくぞ無事で」
「本当に心配したのよ、ユウキ君。帰ってきてくれてよかったわ」
ゴールデン司令もランナ博士も、ぼくのことを迎え入れてくれた。
ぼくがいなくなってから、どれだけの時間がたったのかはわからない。けれども、全員がぼくのことを待ち望んでいてくれたみたいだ。
本当に嬉しい。
◇◇◇
リリウム・ツーの窓の外では、機動要塞がこちらを睨んでいた。
通信が入る。映し出されたのは、ぼくの身体の持ち主だった。
『ほう、そちらではあの疑似人格が形を得たというのか、面白い。最後の最後に、面白いものを見せてくれるな』
こいつがすべての黒幕なんだろう。けれども、ぼくはこいつのことを一切知らない。
「スズラン、こいつは?」
「あいつはダ=ティ=ユーラ。人間より高次の存在で、ギデス大煌王国をつくった影の支配者だ。いまはギデスも統合宇宙政体もともに破壊して、全人類をミューに産み直させようとしている」
途中までは理解できたけれど、後半はよく解らなかった。産み直すってなんだろう?
「とにかくだ。あいつらを倒さないと、人類の歴史が塗り変わってしまう。過去が否定され、人類は別のものになる。なんとしても、あの機動要塞ベルクレスを堕とさないと――」
「あの規模の要塞を堕とすにしては、こちら側の戦力が不足しているよ、スズラン。あれじゃあ、有効なのはフラウロスくらいなんじゃあ……」
「ユウキ、それはもうやったんだ。フラウロスの二発のうち、一発はもう撃った。でも、ダ=ティ=ユーラの力で弾かれてしまうんだ」
なんという強敵だろう。でも、それくらいのことはできておかしくないのかもしれない。ぼくがあいつの身体を使っていたとき、レクトリヴ能力を全開にすれば要塞を叩き切ることだってできたんだから。
「じゃあ、スズラン。もう、ニューマ・コアは試してみた?」
「ニューマ・コア? ブラスターガンの威力を強化するくらいには使えるようになったけど、それくらいの威力じゃ……、あっ」
最初はきょとんとしていたけれど、スズランは気がついたみたいだ。ぼくたちがいま、とんでもない武器を持っているということに。
スズランはすぐさま、艦内に命令を出す。
「確率干渉ビーム砲、フラウロスにエネルギー再充填!」
リリウム・ツーのブリッジ内にざわめきが起こる。そりゃそうだろう。スズランの言う通り、フラウロスはダ=ティ=ユーラには効かなかったのだから。
慌てたランナ博士が、スズランを止めようとする。そうだ、彼女はフラウロスの運用に深く関わっていたから、その兵器自体に思い入れがある。
「スズラン! こんなところでフラウロスの最後の一発を使ってしまうなんて!」
「これしかないんだ、ランナ。それに、今度は勝算がある」
「どういうことなんじゃ?」
ゴールデン司令が理由をきこうとする。
スズランが説明するのはこうだ。
「あたしは惑星マルスに行って、マルスの巫女になった。それで宇宙との合一を図る力、ニューマ・コアの力を身につけた。これで、フラウロスの力を強化する」
あまりにも突拍子のないアイデアに、ブリッジのクルーたちは息を飲んだ。
それでも、ランナ博士は退かなかった。そりゃそうだろう。ぼくもそれだけでは足りないと思う。それに、スズランはまだ、肝心なことを話していない。
「それはいくらなんでも……」
「ああ、だから、ユウキの力を借りるのさ」
「そう、それだよ、スズラン」
スズランが考えていたことは、ぼくの考えと同じだ。彼女はさらに説明する。
「ユウキはいま、マルス・レコードの中にいる。つまり、あたしとユウキが繋がれば、マルス・レコード、ユウキ、あたし、そしてフラウロスという連結ができる!」
ぼくたちがつくりあげるのは、マルス・レコードからフラウロスまでの直結回路だ。こんなもの、考えられる中で最強の武器に決まってる。
この話を聞いて、ブリッジにいる特務機関シータの面々も、可能性を信じるようになった。
「うむ、それじゃ……。それしかない!」
ゴールデン司令も賭けに乗った。他の仲間たちも、慌ただしくフラウロス発射の準備に取り掛かる。
砲塔が機動要塞ベルクレスに向けられる。
妖精くらいの大きさになってしまったぼくは、スズランの肩に乗って、彼女とぼくとの間に繋がりを形成した。
そして、マルス・レコードに想いをつなげる。
人類の歴史、叡智、喜びと嘆きが、一気に押し寄せ、ぼくの意識を通じて、スズランになだれ込む。
スズランは一瞬驚いたように痙攣したが、すぐにそれを押さえ込んだ。人類の過去と未来の全てを、その細い身体で受け止める覚悟だ。
すっと息を吸い込み、それからスズランはリリウム・ツー艦内を震わせるほどの声で、指示を出した。
「確率干渉ビーム砲、フラウロス、撃て!!」
リリウム・ツー全体に衝撃が走った。
赤黒い光線が砲身から放たれ、機動要塞ベルクレスを襲う。
直撃かと思われた瞬間に、やはりビームは拡散し、はね退けられる。
……大事なのはここからだ。一度バラバラにされ、細かく撒き散らされたフラウロスのビームが、進行方向を曲げて、再度ベルクレスに向かって集結する。
ありとあらゆる方向からビームに刺された機動要塞ベルクレスは大破し、ついに平衡を失った。
大河を渡る猿たち。
石器をつくる原始人。
顔に紋様の入った支配者を恭しく迎える奴隷たち。
重厚な鎧を着て斬り合う戦士たち。
銃を担ぎ行進する兵士たち。
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宇宙コロニーを破壊し尽くす戦闘艦。
いくつもの小さな太陽で焼かれ、うち捨てざるを得なくなった、人類の故郷である惑星。
そして――。
レクトリヴという能力に出会った人類が、宇宙の現象を書き換えるその力を際限なく求めた結果として、計算機構造物で覆われていく銀色の天体、惑星マルス――。
目の前に見える、銀色の惑星マルスのビジョンを、ぼくは掴もうと手を伸ばした。
すると、別な手に、ぼくの腕が掴まれる。
「なんだ、お前、こんなところにいたのか」
そうだ。彼女だ。マルスの巫女となって、マルス・レコードに繋がっている彼女なら、ここで、ぼくを見つけることだってできたはずだ。
「言ったろ、お前のことは、命に替えても守るって――」
◇◇◇
リリウム・ツーのブリッジで倒れていたスズランは、目を覚ました。そして、ぼくの姿を見上げると、いつもの自信ありげな笑みを浮かべる。
「……遅いお帰りじゃないか、ユウキ」
ぼくはといえば、半透明の、光の妖精のような姿で、宙に浮かんでいる。スズランたち普通の人間の肩に乗れそうな大きさだ。
というのも、ぼくはマルス・レコードを内部からコントロールすることで、マルス・レコードのもつ宇宙を書き換える能力を行使し、リリウム・ツー艦内の空間上に、自分の姿を小さく映し出すといった芸当を行っているのだ。
身体を失ったいまのぼくでは、これが精一杯の自己表現だ。
「ユウキ!? 無事……、だったのか? 本当に、よかった……」
車椅子に乗っているネージュは、妖精の姿になってしまったぼくをみて、掛け値なしに喜び、嬉し涙を流してくれた。
五体満足で帰って来れなかったのが申し訳ないけれど、そもそも脳だってないんだから、五体以前の問題だった。
ネージュはぼくに言う。
「ユウキ、いてくれて、ありがとう。帰ってきてくれて、ありがとう……」
こんなぼくの、いまの状態でも、「いる」うちに入るのだろうか。「存在している」うちに入るのだろうか。……そう考えてくれるなら、そんなにありがたいことはないと思う。
カイも涙目で、照れ隠しに鼻を掻きながら、ひと言。
「なんだ、無事だったのか。心配させやがって」
リッジバックも首を縦に振る。
「理屈は判らんが……、よく帰ってきたな」
「そうじゃとも、ユウキ君。きみの帰還は絶望的だと聞いたところじゃわい。よくぞ無事で」
「本当に心配したのよ、ユウキ君。帰ってきてくれてよかったわ」
ゴールデン司令もランナ博士も、ぼくのことを迎え入れてくれた。
ぼくがいなくなってから、どれだけの時間がたったのかはわからない。けれども、全員がぼくのことを待ち望んでいてくれたみたいだ。
本当に嬉しい。
◇◇◇
リリウム・ツーの窓の外では、機動要塞がこちらを睨んでいた。
通信が入る。映し出されたのは、ぼくの身体の持ち主だった。
『ほう、そちらではあの疑似人格が形を得たというのか、面白い。最後の最後に、面白いものを見せてくれるな』
こいつがすべての黒幕なんだろう。けれども、ぼくはこいつのことを一切知らない。
「スズラン、こいつは?」
「あいつはダ=ティ=ユーラ。人間より高次の存在で、ギデス大煌王国をつくった影の支配者だ。いまはギデスも統合宇宙政体もともに破壊して、全人類をミューに産み直させようとしている」
途中までは理解できたけれど、後半はよく解らなかった。産み直すってなんだろう?
「とにかくだ。あいつらを倒さないと、人類の歴史が塗り変わってしまう。過去が否定され、人類は別のものになる。なんとしても、あの機動要塞ベルクレスを堕とさないと――」
「あの規模の要塞を堕とすにしては、こちら側の戦力が不足しているよ、スズラン。あれじゃあ、有効なのはフラウロスくらいなんじゃあ……」
「ユウキ、それはもうやったんだ。フラウロスの二発のうち、一発はもう撃った。でも、ダ=ティ=ユーラの力で弾かれてしまうんだ」
なんという強敵だろう。でも、それくらいのことはできておかしくないのかもしれない。ぼくがあいつの身体を使っていたとき、レクトリヴ能力を全開にすれば要塞を叩き切ることだってできたんだから。
「じゃあ、スズラン。もう、ニューマ・コアは試してみた?」
「ニューマ・コア? ブラスターガンの威力を強化するくらいには使えるようになったけど、それくらいの威力じゃ……、あっ」
最初はきょとんとしていたけれど、スズランは気がついたみたいだ。ぼくたちがいま、とんでもない武器を持っているということに。
スズランはすぐさま、艦内に命令を出す。
「確率干渉ビーム砲、フラウロスにエネルギー再充填!」
リリウム・ツーのブリッジ内にざわめきが起こる。そりゃそうだろう。スズランの言う通り、フラウロスはダ=ティ=ユーラには効かなかったのだから。
慌てたランナ博士が、スズランを止めようとする。そうだ、彼女はフラウロスの運用に深く関わっていたから、その兵器自体に思い入れがある。
「スズラン! こんなところでフラウロスの最後の一発を使ってしまうなんて!」
「これしかないんだ、ランナ。それに、今度は勝算がある」
「どういうことなんじゃ?」
ゴールデン司令が理由をきこうとする。
スズランが説明するのはこうだ。
「あたしは惑星マルスに行って、マルスの巫女になった。それで宇宙との合一を図る力、ニューマ・コアの力を身につけた。これで、フラウロスの力を強化する」
あまりにも突拍子のないアイデアに、ブリッジのクルーたちは息を飲んだ。
それでも、ランナ博士は退かなかった。そりゃそうだろう。ぼくもそれだけでは足りないと思う。それに、スズランはまだ、肝心なことを話していない。
「それはいくらなんでも……」
「ああ、だから、ユウキの力を借りるのさ」
「そう、それだよ、スズラン」
スズランが考えていたことは、ぼくの考えと同じだ。彼女はさらに説明する。
「ユウキはいま、マルス・レコードの中にいる。つまり、あたしとユウキが繋がれば、マルス・レコード、ユウキ、あたし、そしてフラウロスという連結ができる!」
ぼくたちがつくりあげるのは、マルス・レコードからフラウロスまでの直結回路だ。こんなもの、考えられる中で最強の武器に決まってる。
この話を聞いて、ブリッジにいる特務機関シータの面々も、可能性を信じるようになった。
「うむ、それじゃ……。それしかない!」
ゴールデン司令も賭けに乗った。他の仲間たちも、慌ただしくフラウロス発射の準備に取り掛かる。
砲塔が機動要塞ベルクレスに向けられる。
妖精くらいの大きさになってしまったぼくは、スズランの肩に乗って、彼女とぼくとの間に繋がりを形成した。
そして、マルス・レコードに想いをつなげる。
人類の歴史、叡智、喜びと嘆きが、一気に押し寄せ、ぼくの意識を通じて、スズランになだれ込む。
スズランは一瞬驚いたように痙攣したが、すぐにそれを押さえ込んだ。人類の過去と未来の全てを、その細い身体で受け止める覚悟だ。
すっと息を吸い込み、それからスズランはリリウム・ツー艦内を震わせるほどの声で、指示を出した。
「確率干渉ビーム砲、フラウロス、撃て!!」
リリウム・ツー全体に衝撃が走った。
赤黒い光線が砲身から放たれ、機動要塞ベルクレスを襲う。
直撃かと思われた瞬間に、やはりビームは拡散し、はね退けられる。
……大事なのはここからだ。一度バラバラにされ、細かく撒き散らされたフラウロスのビームが、進行方向を曲げて、再度ベルクレスに向かって集結する。
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