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第十三章 エルツェンゲル

第十三章 エルツェンゲル(5)好きなことに理由が必要かい

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 統合宇宙政体もギデス大煌王国もともに滅ぼすのが目的だったと語るユウキに、スズランとリッジバックは戦慄した。

 スズランは疑問を口にする。

「な、なぜそんなことを……。自分が作り上げた帝国を、自分で解体するなんて……」

「人類の未来を救うためさ。……きみたちはまだ知らないだろう。これから人類は、今まで接したことのない外宇宙の文明から侵略を受けることになる」

 ダ=ティ=ユーラはすまし顔だ。突然、規模の大きな話をしているというのに。

「外宇宙……? 人類宇宙の版図外から? そんなバカな。そんな話は聞いていないぞ」

「彼らは次元潜航技術を持っているからね。いまもここへ向かって時空跳躍を繰り返しているが、人類のいかなる観測機器でもまだ捉えられていない。……それだけ、人類よりも年老いた文明がやって来るというわけさ」

「侵略、と言ったな。そいつらは本当に人類宇宙を侵略しに来るというのか? 友好関係になれる可能性は……?」

 ダ=ティ=ユーラは首を横に振る。

「彼らは意思疎通を重視していない。彼ら自身共に食い合い、破壊し合ってこれまでやってきたんだ。実際、おれも先行して彼らと会話を試みたが、無駄に終わった」

「そんな……」

「まあおれは、彼らに限らず、これから永久的に現れ続ける人類文明の侵略者に抵抗できような手段を、人類に授けたかったのさ」

「なぜお前は、人類を助けようとするんだ? ギデス大煌王が言うには、お前は人間じゃない。高次の存在というじゃないか。外宇宙に文明があるなら、そちらの肩を持ってもおかしくないじゃないか」

 スズランの問いかけに、ダ=ティ=ユーラは優しげに笑う。

「おれはね、スズラン。人類という種族のことが好きなんだよ。この人類宇宙に広がる、数多くの人類の一人ひとりがね」

「それがなぜだときいているんだ」

「好きなことに理由が必要かい? きみたち人類も、好き嫌いにはそれほど理由はなかったと思うけれど」

「それは……」

 スズランには答えがたかった。ダ=ティ=ユーラの言うことは間違っていない。これは「なぜ」を突き詰めても意味のない話だ。

 ダ=ティ=ユーラは深呼吸し、話を続ける。

「とにかく、そんなときに出会ったのがあのギデスだ。ギデスは強大な帝国を作れば、侵略者に対抗できると主張した」

「……あのギデスが、そんなことを」

「だがね、やってみてわかったが、ギデス大煌王という存在は失敗だったんだ。人類の統一帝国という試みは、単にギデスという男の承認欲求を満たしただけだった」

 ふっと、ダ=ティ=ユーラはため息をつく。彼のそばにひざまづいているミューが、彼の膝の上にしなだれかかる。

 スズランは黙り込んだ。ダ=ティ=ユーラはギデスを手伝い、人類宇宙の半分を支配する大帝国を建設し、そして見切りをつけ、解体を決めた。そんな大帝国を惜しげもなく捨てるなんて、信じられない。

「統合宇宙政体とギデス大煌王国をともに解体するには、両方にバランスブレイカーを配置して、両方に破壊させるのがいいと考えた。それで、おれはギデス大煌王国にミューを置いた。そして――」

 そこまで聞いて、スズランははっとした。

「統合宇宙政体には、“ユウキ”を置いたというわけか」

「ご明察。おれ自身が統合宇宙政体の中で別人として動くために、おれはおれ自身の人格を眠らせたのさ。おれの代わりに、おれの身体を動かしていたのが人工知能の疑似人格であるユウキだ」

 そこで、黒猫のペシェが、くくくと笑って口を挟む。

「きみたちが知っているユウキは、その疑似人格にすぎないのさ。それすらも、惑星マルスで棄てたからここにはもうないしね。可哀想に、統合宇宙政体はそんなゴミのようなものに希望を抱いていたんだから」

「そんな……」

 正直なところ、スズランは一縷の望みに賭けていた。つまり、ダ=ティ=ユーラにはユウキとしての人格もあり、なんらかの方法で呼びかければ、ユウキが目を覚ましてくれるのではないかということだ。

 しかし、ダ=ティ=ユーラとユウキは別物で、ユウキは人工知能に過ぎず、しかも廃棄されてしまった。これではどう足掻いても、ダ=ティ=ユーラの中にユウキを取り戻すのは不可能だ。

 ダ=ティ=ユーラは語る。

「ユウキの人格を作るときに、どんなのがいいかとペシェと相談したんだ。結局、やはり、おれにとって最も知っている人間、ギデスをモデルにするのがいいと判断した」

「あの、ギデス大煌王を?」

「ああ。ギデスは猜疑心が強く、自尊心が強く、傷つきやすく、嫉妬心が強くて幸福を感じづらい。そんな人間が渇望しながら統合宇宙軍を駆け上がっていくシナリオを考えついたのさ。いわば、統合宇宙政体側のギデスだ」

「そして、プログラムしたのはおいらだ」
 
 黒猫が自慢げに胸を張った。

 なんということだろう。ユウキの人格は完全な作りもので、それをつくったのはこの悪魔のようなネコだというのだ。

 スズランはうつむきかかっていた頭をあげ、まっすぐにダ=ティ=ユーラを見据えた。そうだ、まだ、肝心なことをきいていない。

「そうやって、お前は統合宇宙政体とギデス大煌王国の両方を見事に滅ぼしたな。それで、このあとどうする気なんだ?」

 ダ=ティ=ユーラは笑い始める。

「それが、きみをここへ案内した理由だよ、スズラン。奇しくも、おれときみの目的は一致している」

「なんだと?」

「おれの目的はね、全ての人類を幸福にすること。幸福の国をつくることだ。……きみの望みと同じだろう?」

「それは……」

「人類が幸福に生きられる世界のためには、統合宇宙政体もギデス大煌王国も不十分だし邪魔だった。きみもそう考えていたはずだ」

 当たっている。統合宇宙政体やギデス大煌王国に勝る、幸福の国を創るというのがスズランの理想だ。(もしかして、ダ=ティ=ユーラはあたしとユウキの会話をずっと聞いていたのか)と彼女は思った。

「……そうだ。あたしはそう考えていた。その通りだ」

「そんなきみは、いまやもうひとりのマルスの巫女だ。さあ、おれと手を組まないか? おれたちは協業できる。ともに、人類の永遠の繁栄をつくろうじゃないか」

 椅子に座ったまま、ダ=ティ=ユーラは手を伸ばしてきた。スズランがこの手を取れば、合意は成立する。人類宇宙の繁栄のために、ダ=ティ=ユーラはギデス大煌王を捨て、ミューやスズランを選ぶと言っているのだ。

 手を取るのは容易なことだ。けれど、スズランにはひとつだけ、引っかかることがあった。ダ=ティ=ユーラはまだ、大事なことを話していない。

「統合宇宙政体を滅ぼすのもいい、ギデス大煌王国を滅ぼすのもいい。だが、ダ=ティ=ユーラ。お前はもう、国を創ることはしないはずだ。ギデス大煌王国という失敗で、もうそれは理解したはずじゃないか」

「……ほう?」

 ダ=ティ=ユーラは笑う。その笑みには、不気味なものがあった。彼がまだ話していない真相に、スズランが自力で近づいていくことが楽しいのだろう。

「だから、お前が言う『幸福の国』は本当は国家じゃない。何かの比喩にすぎないはずだ。……お前はいったい、何をしようとしているんだ?」

「ははは、さすがだな、スズラン」

「答えろ!」

 ダ=ティ=ユーラはじっとスズランを見据えた。スズランはそこから逃げず、同じように視線を返した。ダ=ティ=ユーラはそっとミューの頭を撫でる。

「全人類に、生まれ直してもらうのさ」
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