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第十二章 惑星マルス・下
第十二章 惑星マルス・下(5)彼の不在
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それから、スズランたちは撤退戦を行った。
宇宙要塞バル=ベリトは撃破し、ヴァルクライも打ち負かした。けれども、ユウキは連れ去られ、ブニは負傷した。この状態で戦いを続けるよりは、一旦リリウム・ツーに戻ったほうがいい、とスズランは判断した。
ギデス兵たちはスズランたちを少しばかり追い回しはしたが、彼女らがバギーに乗って撤退すると、それ以上深追いはしなかった。ニウス博士が止めたのかもしれないし、バル=ベリトを失った彼らにしても、それどころではなかったのかもしれない。
◇◇◇
リリウム・ツーに戻ると、ユウキが誘拐されたという話が、特務機関シータじゅうを駆け抜けた。
このところ、ユウキはとどまることを知らないほどに強くなっていた。その彼が行方知れずということは、とりもなおさず、特務機関シータそのものが大きく弱体化したということに他ならない。
リリウム・ツーのブリッジでその報せを聞いて、ゴールデン司令は頭を抱えた。
「ここまできて、ユウキ君なしでどうすればいいんじゃ……」
「どうもなにも……」
スズランは気丈に振る舞っていた。虚勢を張っていた。ユウキを守るという誓約を守れなかった分、ここで折れていることは許されないと思っていた。
彼女は言う。
「ユウキが連れ去られた先は、おそらくギデスの本拠地、最終要塞エルツェンゲルだ。あたしたち、リリウム・ツーはそこへ乗り込むんだ」
「しかし……、彼の力なくして、そんなことは……」
「あたしはマルスの巫女になった。リッジバックだってすぐに完治して戻ってくる。何も問題はない」
本当は問題は山積みだ。スズランのマルスの巫女としての能力はいまだに発展途上で、もうひとりのマルスの巫女であるミューの力とはまったく比較にならない。リッジバックはレクトリヴ能力者としては明確に強いほうだが、それでもユウキの穴を埋められるほどではない。
ゴールデン司令と同様に、ユウキ誘拐の報せに、ネージュは動揺していた。とはいえ、彼女の動揺は純粋にユウキを心配してのことだった。
「ごめん、スズラン。こんなときに……、私のこの脚では、なにもできない。すまない……」
ネージュの脚は治っていない。いや、これから先も治ることはないかもしれない。車椅子の車輪が、キイ、と鳴った。
「いいよ、ネージュ。あんたがつらくなることなんて、ユウキは喜ばないと思う。ここで帰りを待って、帰ってきたら迎えてやってくれ。いまはそれだけを頼む」
「でも……、いや、そうだな。そうするよ」
ネージュは反論しかけたが、状況を受け入れると、うなずいた。
だが、スズランにもネージュにも、薄々解っているのだ。ユウキにとって、ネージュが特別な存在であることを。そして、本当に、彼の帰りを待ち望んでやるだけで、彼が心底喜ぶだろうということを。
それからスズランは、ザネリウスのほうを見て話す。ザネリウスは負傷したブニの手当を行っている間、リリウム・ツー内で待つことにしていた。
「ザン、できれば、あんたにもあたしたちと一緒に惑星オルガルムまで来てほしいんだ。あんたのニューマ・コアの強さは破格だ。一緒に、ギデス大煌王国と戦ってくれないか?」
だが、ザネリウスは、少しだけ考えると、すぐに断る。
「残念だが、俺はこのマルスに残る。だいいち、俺は軍人じゃなくて技術者だ。もともと誰が宇宙の支配者になろうと関係はない。それに……、確かめたいことがあってな」
「確かめたいこと?」
「ああ……。だが、複数の仮定の上に成り立つ仮説だ。不確かすぎていまは話せない」
「……?」
スズランはザネリウスに対して怪訝な表情を向けたが、惑星オルガルム――最終要塞エルツェンゲルでの戦いへ、無理に連れて行くことはできないと理解した。
一方、ザネリウスは手のひらの上で、丸い玉を転がしていた。それは、ミューが吐き出し、地面に投げ捨てたものだ。
スズランには、どうして彼がそんなものをわざわざ拾って持ち帰ってきたのか理解できなかった。
ザネリウスがここでキツネのブニを連れて降りるということは、戦力的にはかなり痛手になるが――
「問題はない」
スズランは自分に言い聞かせるようにそう言う。
「ユウキはきっと無事で、最終要塞エルツェンゲルのどこかにいる。要塞を攻略すれば、かならずユウキは帰ってくる。そうすれば、要塞をまるごと破壊することだって可能なはずだ」
話を聞いていたカイも首を縦に振る。
「そうさ。あのユウキが敵にいいようにされるわけがねえ。絶対にしぶとく生き残ってるよ」
それには、ネージュも同じ意見だった。
「ああ、なんなら、ユウキならエルツェンゲルを内部から崩壊させかねないさ。早いところ行って、合流しよう」
スズランは、特務機関シータのメンバーからのユウキへの信頼の厚さを再確認した。
「よし。惑星マルスにずっと留まってもいられないんだ。行こう、最終要塞エルツェンゲルに――ユウキのところに!」
ブリッジの中心で彼女がそう言うと、仲間たちが呼応した。
◇◇◇
ザネリウスはキツネのブニを連れて、“テラのかけら”にある彼の小屋へと帰ってきた。ブニは負傷していたものの、胴体に巻かれた包帯がまだ取れないくらいで、ほとんど治りかかっていた。
「帰ったか、ザンよ」
小屋の中には、タケシマ老人がひとり座っていた。彼はフォシン集落のジュードー道場にいたはずだが、稽古が終わり弟子たちが帰って退屈になったのだろうか。
「じいさん、来てたのか」
ザンはタケシマ老人を見るなりそう言った。ザンに抱きかかえられていたブニは床の上に飛び降りると、タケシマ老人の近くに駆け寄った。
「タケちゃん」
「おお、ブニ。怪我をしたのか」
「うん。でも、もうなおるところだよ」
「そうかそうか」
足下にやってきたブニを、タケシマ老人は優しく撫でる。
その間に、ザネリウスは部屋の奥の端末へとまっすぐに向かった。そして、端末の前の椅子に座ると、机の上に丸い玉を置く。
その姿を見ながら、タケシマ老人が問う。
「いつもに増して、元気が良さそうじゃのう。なんぞ面白いものでも拾ってきたか」
「……さすが、じいさんは鋭いな。ちょっと、調べてみる価値がありそうなものを見つけてな」
ザネリウスは丸い玉を端末に、そしてその先に繋がっているマルス・レコードへと接続をはじめたのだった。
宇宙要塞バル=ベリトは撃破し、ヴァルクライも打ち負かした。けれども、ユウキは連れ去られ、ブニは負傷した。この状態で戦いを続けるよりは、一旦リリウム・ツーに戻ったほうがいい、とスズランは判断した。
ギデス兵たちはスズランたちを少しばかり追い回しはしたが、彼女らがバギーに乗って撤退すると、それ以上深追いはしなかった。ニウス博士が止めたのかもしれないし、バル=ベリトを失った彼らにしても、それどころではなかったのかもしれない。
◇◇◇
リリウム・ツーに戻ると、ユウキが誘拐されたという話が、特務機関シータじゅうを駆け抜けた。
このところ、ユウキはとどまることを知らないほどに強くなっていた。その彼が行方知れずということは、とりもなおさず、特務機関シータそのものが大きく弱体化したということに他ならない。
リリウム・ツーのブリッジでその報せを聞いて、ゴールデン司令は頭を抱えた。
「ここまできて、ユウキ君なしでどうすればいいんじゃ……」
「どうもなにも……」
スズランは気丈に振る舞っていた。虚勢を張っていた。ユウキを守るという誓約を守れなかった分、ここで折れていることは許されないと思っていた。
彼女は言う。
「ユウキが連れ去られた先は、おそらくギデスの本拠地、最終要塞エルツェンゲルだ。あたしたち、リリウム・ツーはそこへ乗り込むんだ」
「しかし……、彼の力なくして、そんなことは……」
「あたしはマルスの巫女になった。リッジバックだってすぐに完治して戻ってくる。何も問題はない」
本当は問題は山積みだ。スズランのマルスの巫女としての能力はいまだに発展途上で、もうひとりのマルスの巫女であるミューの力とはまったく比較にならない。リッジバックはレクトリヴ能力者としては明確に強いほうだが、それでもユウキの穴を埋められるほどではない。
ゴールデン司令と同様に、ユウキ誘拐の報せに、ネージュは動揺していた。とはいえ、彼女の動揺は純粋にユウキを心配してのことだった。
「ごめん、スズラン。こんなときに……、私のこの脚では、なにもできない。すまない……」
ネージュの脚は治っていない。いや、これから先も治ることはないかもしれない。車椅子の車輪が、キイ、と鳴った。
「いいよ、ネージュ。あんたがつらくなることなんて、ユウキは喜ばないと思う。ここで帰りを待って、帰ってきたら迎えてやってくれ。いまはそれだけを頼む」
「でも……、いや、そうだな。そうするよ」
ネージュは反論しかけたが、状況を受け入れると、うなずいた。
だが、スズランにもネージュにも、薄々解っているのだ。ユウキにとって、ネージュが特別な存在であることを。そして、本当に、彼の帰りを待ち望んでやるだけで、彼が心底喜ぶだろうということを。
それからスズランは、ザネリウスのほうを見て話す。ザネリウスは負傷したブニの手当を行っている間、リリウム・ツー内で待つことにしていた。
「ザン、できれば、あんたにもあたしたちと一緒に惑星オルガルムまで来てほしいんだ。あんたのニューマ・コアの強さは破格だ。一緒に、ギデス大煌王国と戦ってくれないか?」
だが、ザネリウスは、少しだけ考えると、すぐに断る。
「残念だが、俺はこのマルスに残る。だいいち、俺は軍人じゃなくて技術者だ。もともと誰が宇宙の支配者になろうと関係はない。それに……、確かめたいことがあってな」
「確かめたいこと?」
「ああ……。だが、複数の仮定の上に成り立つ仮説だ。不確かすぎていまは話せない」
「……?」
スズランはザネリウスに対して怪訝な表情を向けたが、惑星オルガルム――最終要塞エルツェンゲルでの戦いへ、無理に連れて行くことはできないと理解した。
一方、ザネリウスは手のひらの上で、丸い玉を転がしていた。それは、ミューが吐き出し、地面に投げ捨てたものだ。
スズランには、どうして彼がそんなものをわざわざ拾って持ち帰ってきたのか理解できなかった。
ザネリウスがここでキツネのブニを連れて降りるということは、戦力的にはかなり痛手になるが――
「問題はない」
スズランは自分に言い聞かせるようにそう言う。
「ユウキはきっと無事で、最終要塞エルツェンゲルのどこかにいる。要塞を攻略すれば、かならずユウキは帰ってくる。そうすれば、要塞をまるごと破壊することだって可能なはずだ」
話を聞いていたカイも首を縦に振る。
「そうさ。あのユウキが敵にいいようにされるわけがねえ。絶対にしぶとく生き残ってるよ」
それには、ネージュも同じ意見だった。
「ああ、なんなら、ユウキならエルツェンゲルを内部から崩壊させかねないさ。早いところ行って、合流しよう」
スズランは、特務機関シータのメンバーからのユウキへの信頼の厚さを再確認した。
「よし。惑星マルスにずっと留まってもいられないんだ。行こう、最終要塞エルツェンゲルに――ユウキのところに!」
ブリッジの中心で彼女がそう言うと、仲間たちが呼応した。
◇◇◇
ザネリウスはキツネのブニを連れて、“テラのかけら”にある彼の小屋へと帰ってきた。ブニは負傷していたものの、胴体に巻かれた包帯がまだ取れないくらいで、ほとんど治りかかっていた。
「帰ったか、ザンよ」
小屋の中には、タケシマ老人がひとり座っていた。彼はフォシン集落のジュードー道場にいたはずだが、稽古が終わり弟子たちが帰って退屈になったのだろうか。
「じいさん、来てたのか」
ザンはタケシマ老人を見るなりそう言った。ザンに抱きかかえられていたブニは床の上に飛び降りると、タケシマ老人の近くに駆け寄った。
「タケちゃん」
「おお、ブニ。怪我をしたのか」
「うん。でも、もうなおるところだよ」
「そうかそうか」
足下にやってきたブニを、タケシマ老人は優しく撫でる。
その間に、ザネリウスは部屋の奥の端末へとまっすぐに向かった。そして、端末の前の椅子に座ると、机の上に丸い玉を置く。
その姿を見ながら、タケシマ老人が問う。
「いつもに増して、元気が良さそうじゃのう。なんぞ面白いものでも拾ってきたか」
「……さすが、じいさんは鋭いな。ちょっと、調べてみる価値がありそうなものを見つけてな」
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