データ・ロスト 〜未来宇宙戦争転生記

鷹来しぎ

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第十二章 惑星マルス・下

第十二章 惑星マルス・下(4)きみの仕事はここで終わりなんだから

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 ぼくがロックを手放していた間に、ミューはギデス天幻部隊の大将としての彼女に戻ってしまっていた。

 はじめのうち、ぼくは彼女の知覚のスイッチを入れたのは、ギデス軍かギデス兵器研究所なのだと思っていた。だが、どうにも雰囲気が変だ。

「いいかい、ミュー。きみの神様がもう一度現れる日は近い。おいらとともに来るんだ」

「わかりました、ペシェ」

 自分の肩に乗って人語を話している黒猫のペシェに対して、ミューは驚きもせず、丁寧に接していた。あたかも、ペシェがミューを従えているかのようだ。

「まさか、ペシェ、おまえが……」

 ぼくがそこまで言うと、ペシェはぼくの心を読んで理解したようだった。

「そうさ、ユウキ。ミューのスイッチを入れたのは、このおいらさ」

「いったいどうして、そんなことを」

「ミューは巫女であり、供物なのさ。彼女が神と見なす存在のね。――いまやすべてが整った。だから、動き出すのさ」

「やっぱり……、ミューさんがマルスの巫女だったのか。彼女に何をさせるつもりだ」

「神の降臨に、そして新世界の創造に立ち会ってもらうのさ。彼女はいまや、宇宙最強のレクトリヴ能力者だ」

 ペシェの物言いに、一番鋭く反応したのはヴァルクライだった。やつは強いとか弱いとかいう表現に極めて敏感だ。

「ああ? なんだと? そいつが最強のレクトリヴ能力者だと?」

 ヴァルクライはザネリウスと戦っていて、どちらかといえば苦戦していたけれども、戦いを中断してまでペシェの発言に食いついたのだった。

 ヴァルクライはミューの顔をまっすぐに見ると、怪訝な表情を浮かべる。

「この女……、見たことがあるぞ。バトラの野郎やニウスの野郎が実験用ポッド――“金魚鉢”に入れていた女だ。あいつら、こんな隠し球を持ってやがったのか」

 ミューは自分の近くにやってきたヴァルクライに視線を向ける。けれど、数秒ののち、もう興味が尽きたのか、すぐに目を背けた。

 ヴァルクライには、それが意味を持つ行為に見えたのだろう。ぼくにだって、ミューの視線は流し目のように色っぽく見えたのだから。彼女のことだから、そこに意味などないはずだけど。

「美しい……」

 ひと目見て判るくらい、ヴァルクライはミューに心を奪われていた。あのヴァルクライが、放心したようになっている。

「美しいぞ、貴様! 貴様が最強のレクトリヴ能力者だと? 上等じゃねえか。俺と戦え! 醜くぶっ壊してやる! 俺と戦え!」

 ヴァルクライが興奮し、必死にあおっても、ミューは全く動じなかった。ぼくにはわかる。ミューにはまるで興味がないのだ。やつに対する興味が。

 瞬間的に怒りが沸騰したのか、ヴァルクライは一切の容赦なく、レクトリヴ知覚の手をミューに向かって伸ばす。

  ぼくが守らなければ、と思ったのもつかの間、ゾ……という気配が空間を舐めたことに気がついた。

 ヴァルクライの知覚の腕は一本残らずへし折られている。

 たとえるなら、この惑星マルスがまるごとひとつの手に握られたかのような感覚だ。なにもかもが、ミューの手の内にある。

「あわ……、っぱ」

 刹那、稲光がしてヴァルクライの身体がはじけ飛んだ。全身が焼け焦げ、顔も身体も焼けただれている。やつは地面に倒れてのたうち回っている。死んではいない。ミューが殺さなかったのだ。

 ミューにしてみれば、いたずらをしようとした子供の手の甲をつねった程度の感覚だったのだろう。

「たかだか天幻兵士ふぜいが、マルスの巫女に敵うはずもないのになあ」

 黒猫のペシェがミューの肩から降りて、くくっと笑った。この黒猫――この悪魔は、いったい、何を考えているんだろう。

「ペシェ、おまえ本当は何者なんだ? なぜここにいる? なんのためにぼくに接触した? なんのために――」

「それに答える必要はないよ。ユウキ、きみの仕事はここで終わりなんだから」

「な、に――?」

 気がつけば、ぼくはミューに背後を取られていた。そして、後ろから抱きかかえられる格好になる。

 どんな攻撃が来るのかと警戒した。天幻知覚の腕をのばして、背後をさぐる。けれども、ミューのほうは知覚の手を出してこない。

 おかしい、何をする気だ――

 次の瞬間、ぼくは、首筋を、ミューに噛みつかれたのだった。

「ユウキ!」

 スズランの声がしたけれど、急速に遠ざかっていく。

 意識に火花が走って、そして、暗転する。

 ◇◇◇

 ミューはユウキの首筋にしばらく口を当てたあと、ゆっくりと放した。ユウキはぐったりとしていて、意識がないようだ。彼の身体は、崩れ落ちないよう彼女が抱えている。

「ミュー!」

 スズランはミューに対して構えた。しかし、飛びかかって攻撃することには躊躇した。まだミューの意図がはっきりとはしない。それに、ユウキに何をしたのかさえ解らない。

 カイも、ザネリウスも様子を見ていた。彼らにしてみれば、より一層状況が把握できない。さきほど拾った衰弱した女性が、突然脅威となってユウキに襲いかかったのだ。状況が飲み込めるはずもない。

 キツネのブニも、同様に状況を見定めようとしているばかりだった。

 ミューは何かを口の中でコロコロと転がしたあと、手のひらの上にペッと吐いた。それは、丸い、小さな玉だった。彼女はそれをしばらく眺めていた。

 黒猫は彼女の肩の上に再度よじ登ると、手の上の玉を見つめている彼女に言う。

「ミュー、そいつはもう用済みだよ。ここで棄てるんだ」

「でも……、かぞく、だから……」

「家族と神様とどっちが大事なんだ。ひとつしか選べないよ」

「……」

 ミューはしばらくの間、抗議したそうに黙り込んだが、諦めたのか、丸い玉を地面に投げ捨てる。そして、気を失ったユウキを両手で愛おしそうに抱きしめる。

「じゃあ、もう行くんだ、ミュー。おい! ニウス!」

 黒猫はニヤニヤ笑いながら様子を見ていたニウス博士を大声で呼んだ。

「なんだネ?」

「小型の航宙艇を使わせてもらうぞ。構わないな?」

「そう言うと思っテ、すぐそこに用意しているヨ」

「相変わらず、気の利くやつだな」

「フフ、光栄だヨ」

 それから黒猫は、ミューの耳元でささやく。

「さあ、ミュー。そいつを連れてあの航宙艇に乗るんだ。きみの神様が現れるのは近いよ」

 その言葉を聞いて、ミューはいそいそと航宙艇へと向かう。ユウキを抱えたまま。

「ま、待て!」

 スズランは惑星マルスの力を借り、ミューをその場に足止めしようとした。ミューの背に向かって手を伸ばす。けれど、何も起こらない。

 ミューはそのまま歩き去って行く。

「な、なんで!?」

 狼狽しているスズランの肩に、ザネリウスが手を置く。スズランはザネリウスの顔を見たが、彼は首を横に振った。

「スズラン、あいつを相手にするのは分が悪すぎる。いま、この惑星はすべて、あいつの支配下にある。あいつがいなくなるまで、ニューマ・コアもレクトリヴも使えない」

「そんな……」

 スズランたちがミューの背を見つめている間に、ヴァルクライが息を吹き返した。彼はミューの稲妻に焼かれて、顔も身体も黒く焼け焦げている。

「き、さ、ま、らぁ~~~~~~!!!」

 ヴァルクライはフラフラながらも立ち上がると、スズランに襲いかかった。天幻知覚レクトリヴは機能していない。まだ、ミューがこの惑星にいるからだ。

 レクトリヴが使えないいまの状態でも、スズランになら危害を加えられると思ったのだろう。

「小娘、貴様、いたぶられろ! 俺に! 俺にいいい!」

「スズラン! あぶない!」

 だが、ヴァルクライの拳は、スズランの前に飛び出したキツネのブニによって阻まれる。ブニはスズランを守ったけれども、殴り飛ばされて地面に叩きつけられた。

「こ……の……、害獣がぁ……っ!」

「害獣はどっちだよ」

 一足でヴァルクライの懐に飛び込んだザネリウスの拳が、ヴァルクライの顎を打ち上げる。

 白目を剥き、ヴァルクライは赤茶けた大地の上に、どうと仰向けに倒れた。気を失っている。

 そうしている間に、ユウキを抱えたミューは航宙艇に乗り込み、そのまま船を発進させる。航宙艇は空を駆り、大気圏の外へと消えていく。

「なにも、できないなんて……。命に替えても守るって、約束したのに……、ユウキ……」

 スズランを肩を落とす。悔しさが溢れ、両の拳を握りしめる。

 その様子を見ながら、ザネリウスは同情の気持ちを顔に浮かべたけれども、何も言わずに、黒猫がミューに棄てさせた丸い玉を拾い上げる。

「これが、やっこさんの家族、ねえ……。もしかすると、まだ、終わっちゃいないってことかもな」

 ◇◇◇
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