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第十一章 惑星マルス・上

第十一章 惑星マルス・上(1)王子の負傷と姫の責任

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 ぼくたち特務機関シータが乗ったリリウム・ツー、エージー、ビーエフの三艦は、惑星マルスの大地に着陸した。

 惑星マルスは、地表のほとんどを銀色の計算機構造物で覆われている。数千年前に人類がこの惑星に暮らしていたときの、超文明が存在した名残だそうだ。

 だから、この星は宇宙から見ればほとんど銀色の惑星なのだが、壁のようにそびえ立つ計算機構造物どうしの間には、赤茶けた元々の大地が残っている。リリウム・ツーが着陸したのは、こういった茶色の土の上だ。

 この惑星は数千年前にはテラフォーミングが完了しているから、船外に出ても何ら問題はない。

 事実、この惑星には少ないながらも人が住んでいる。彼らは、何千年も前、ほとんどの人類がこの惑星を脱して新たな土地に移住したときに、ここに棄てて行かれた民だといわれている。

 巨大な銀の計算機構造物が立ち並ぶ船外の景色を、ぼくはスズランと共にブリッジで見ていた。

「ユウキ、スズラン」

 と、ぼくたちを呼ぶ声がする。振り返ったところにいたのは、車椅子に乗ったネージュだった。いまの彼女は病人着のままで、軍服ではない。

「脚の調子は……、ダメそう?」

 ぼくの問いかけに、ネージュは首を横に振る。ダメということだ。宇宙要塞バル=ベリトでの戦いでミューに脳を攻撃されて以来、彼女の両脚は動かなかった。レクトリヴ知覚も剥奪されている。

 ネージュから少し遅れて、ゴールデン司令がやって来る。彼も見るからに気落ちしていて、いつものような迫力は感じられなかった。

「せっかく惑星ザイアスから無事に戻ってきたというのに……、脚が動かなくなってしまうとはのう……。バル=ベリト攻略作戦参加は反対すべきじゃった……」

 これには、スズランもすぐに何か言葉を返すことが出来なかった。ネージュをバル=ベリト潜入班に組み入れたのはスズランだ。だから、彼女にはこの事態への責任がある。

「すみません、司令。ぼくがいたのに……」

 ぼくにだって責任があった。ネージュがミューに攻撃されたとき、そばにいたのはぼくだけだ。守れなかったのはぼくだ。

「それは違う」ネージュはぼくに言った。「私は中尉で、お前は少尉じゃないか。私にはお前より大きな責任があった。お前が気に病むことじゃない」

「でも、ぼくにはきみを守れたはずなんだ……、ごめん」

「だからいいと言ってるだろう」

「ぼくは知ってるんだ。きみが宇宙の平和のために戦っていること。そして、宇宙の平和とは何かと問い続けていること……。なのに、脚も動かない、レクトリヴ能力もない状態にしてしまって……」

 ぼくの言葉を聞いて、ネージュは溜息をつく。

「それこそ余計な心配だ。脚が動かない、レクトリヴ能力が使えないくらいでは、さして問題にはならない」

「でも……」

 どれほど強くなっても、なにもかもままならないということは、ぼく自身がよく知っている。力があっても問題が解決できないのに、力を失って平気なことなんてあるものか。

「でもじゃない。私が問題ないと言ったら問題ないんだ。司令も、余計なことは言わないでください。私は軍人です。負傷することだってあります」

「じゃが……。お前は元々軍人などでは……」

「司令!」

「……いや、わしが悪かった。すまん」

 ゴールデン司令はそう言ってネージュに謝り、次にぼくとスズランにも頭を下げた。

「いえ、あたしの采配で人が傷ついたことについては、全責任はあたしにあるので」

 スズランは静かに、ただ力強くそう言いきる。そして、ゴールデン司令に頭を下げる。

 ネージュは慌てて、スズランを制止しようとする。けれど、車椅子に座ったままでは、手も届かない。

「スズラン艦長! あなたの采配は間違っていなかった」

「ネージュ、あたしはあたしの判断が間違っていたなんて思っていないよ。戦闘行動にはいつも犠牲がつきものだ。たとえ、犠牲が最小限に出来る采配を振るったとしても、あたしにはその犠牲への責任がある」

 スズランは、自分の国をつくると言っていた。そのためには、統合宇宙政体ともギデス大煌王国とも対立を辞さない、と。その目的のためには、どうしても犠牲がつきまとうだろう。

 彼女は、死者や負傷者の山を越えていかなければならない。いったい、彼女はどれだけの犠牲をその両肩に背負うつもりなのだろうか。

 重苦しい空気になってしまったので、ぼくは話題を変えることにした。

「ところで、ひとまずこうして惑星マルスに不時着したけど、ここでできることをしよう。まずは、食料と水の補給かな」

 ぼくが目先を変えようとしていることを察したゴールデン司令は、この話題に乗ってくれる。

「そうじゃな。この惑星もギデス軍が占領しつつあるから、早めに行動してしまうのがいいじゃろう。あまり大人数で動くわけにもいかんから、少数精鋭で動きたいものじゃが」

「それなら」とスズラン。「ユウキがいい。ユウキが出るなら、もちろんあたしも出る。リッジバックはまだ修復中だから……。荷物運びはカイかな」

「いまの特務機関シータじゃと、その三人が一番身動きしやすいじゃろう。調達物資のリストはすぐにつくるとしよう」

 ゴールデン司令はそう言って、ブリッジから出て行った。情報を集めて司令室でリストをつくってくれるのだろう。

 ネージュは車椅子を少し進めてぼくのそばへ来ると、ぼくの手を取った。

「お前には苦労をかけさせるな。すまない」

 ぼくは驚いた。ネージュに謝られるなどとは思わなかったから。

「そんな。ぼくこそ、ネージュに苦労を強いているんじゃないかと……」

「そんなことはない。私はお前に助けられているよ」

 ネージュはぼくの手を強く握る。なんとなく、安心させられる気がする。

「……ネージュ」

「だから、心配はしなくていいよ。お・姫・様」

 彼女の自信ありげな貴公子スマイルの中に、いたずらっぽい笑みが含まれる。

 ぼくはといえば、彼女がぼくを「お姫様」と呼んだ、惑星ザイアスでのあの夜のことを思い出して、顔が熱くなってしまった。

「お姫様?」

 腕を組んでぼくたちの様子を見ていたスズランが、首をかしげる。

 ◇◇◇

 ぼくはスズランと一緒にバギーに乗り、リリウム・ツーの着陸地点から一番近いという廃墟都市を目指した。

 荷台のあるバギーを持ち出してきたのは、移動時間の兼ね合いもあるけれど、水などの重さのあるものを調達するためだ。

 また、カイはエージーから連れ出してきたのだが、彼はバイクを運転することになった。

 バギーを運転しているのはスズランで、ぼくはその助手席に乗せてもらっている。やはり、こういう乗り物系はスズランが得意な分野だ。

 空の上には、リンゴの種のような黒い点々が飛んでいる。ギデス軍の艦隊だ。惑星マルスの大気圏外はすでにギデス大煌王国に制圧されてしまっている。

 ギデス軍の一部は、すでに地上に降りているだろう。

 やつらの目的ははっきりとしない。けれど、ゴールデン司令が言っていた話だと、この惑星マルスを覆うコンピューター、マルス・レコードを書き換えて、レクトリヴ能力者の力を強めるのではないかということだった。

 残念ながら、いまのぼくたちには、やつらと真っ正面からことを構えて勝てる状況にはない。体勢を立て直せるまでの間は、見つからないようにしなければ。

 ぼくたち三人は、全員私服に着替えて出てきた。ギデスに支配されつつある惑星で、統合宇宙軍の軍服を着ているのは何かと問題がありそうだから。

「おおー? あれかー?」

 バイクに乗ったカイが声をあげる。

 ぼくたちはビルのようにそびえ立つ銀色のコンピューターの間を走っている。ぼくたちの行く先に、本物のビル――ただし、何千年も前にうち捨てられたもの――が見えてくる。

「あれだ。あれがマルスの都市だ。あの街が生きていないか、見てみよう」

 ハンドルを握りながら、スズランがそう言う。

 あのビル群は数千年前の古代都市だ。なにがあるのだろう。ぼくも自然、興味を惹かれた。

 ◇◇◇
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