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第十章 セクター・デルタ

第十章 セクター・デルタ(4)ギデス大煌王国の頂点②

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 バトラ大将はジェットパックを背負っていて、ぼくたちのほうに向けて文字通り飛んできた。そして、フラウロス・ブレードを一閃。

 ぼくはスズランを脇に抱えて、レクトリヴの力をまとって床を蹴った。ブレードが頭の上をかすめていく。

 脇に抱えられながら、スズランはバトラ大将に向けてブラスターガンを連発した。うち何発かはバトラ大将の機械化された腕などに命中したが、損傷を与えるには至らなかった。

「そっちの小娘、強化人間のたぐいかと思ったが、レクトリヴ能力者か!」

 あいかわらず、ぱっと見て、ぼくのことは小娘と判定されてしまう。小僧と言われるならまだしも……。いや、どっちでもいいか。

「ならば……、貴様には手加減無用だな!」

 バトラ大将の腕から小型のミサイルが撃ち出され、同時に背中から顔を出したマシンガンから銃弾が撃ち出される。

 スズランはさっとぼくから離れると、すばやくバック転を繰り返して銃撃をかわしていく。ミサイルの攻撃は、ぼくが超知覚を使って撃墜する。

「消え……去れえええっ!」

 フラウロス・ブレードがぼくの頭上に振り下ろされる。

 防御は無意味だ。ぼくの超知覚はバトラ大将の右腕を掴み、ブレードが振り抜かれるよりも前に、その腕を切り飛ばす。

 フラウロス・ブレードが回転しながら宙を舞った。

 すべてのものを消し去る赤黒い光を失ったフラウロス・ブレードが床に突き刺さり、そして一拍遅れて、切り離されたバトラ大将の機械の腕が床の上に落ちる。

「貴様……っ! この俺が、たかが小娘ふたりに……!」

 忌々しげに睨みながら、バトラ大将がぼくから距離を取る。

 そんなに悔しいなら、ぼくが「小娘」ではないと教えてやろうかと思ったけれど、とくにそんな必要はないと考え直した。

 床に突き刺さったフラウロス・ブレードを、そばにいたスズランが抜き、そして動力のスイッチを入れる。赤黒く光り輝く刃を見て、彼女はニヤッと笑う。

「バトラ大将、これなーんだ?」

「こ、小娘が……っ!」

 スズランはフラウロス・ブレードを振りかぶった。叩き下ろそうとするその先は、漆黒の法の発生機関である、赤黒く輝く巨大な球体だ。

「や、やめろ、そんなことをしたら……!」

 バトラ大将が言うことを、スズランは聞き入れない。彼女は無慈悲にもフラウロス・ブレードを漆黒の法発生機関にたたきつける。

 ぼくは走った。そんなことをすれば、きっと大変なことになる。彼女を守らなければ。

 外殻を叩き割られた『漆黒の法』発生機関は、強烈な光を放つ。フラウロス・ブレードが中心から真っ二つに折れる。

 エネルギーの塊が吹き出した。

 ◇◇◇

 ネージュとリッジバックは宇宙要塞バル=ベリトの最下層へとたどり着いた。

 ここへ来る途中、リアクターを発見したので、それはきっちりと破壊しておいた。リアクターを護衛しているドローンもいたので、それについても撃破ずみだ。

 最下層は、なんらかの研究所といった風情だった。なにかの生体部品を保管するためのポッドのようなものが壁際にびっしりと並べられている。

 薄明かりの中で辺りを見回しながら、リッジバックは溜息をつく。

「バトラ大将か『漆黒の法』発生機関のどちらかはあるかと思ったが、これはどちらも上層にあったのかもしれんな」

「そのようだな。念のため奥の部屋も確認したら、急いで上にあがるとするか」

 ネージュも同意した。あまりにも静かなこの場所に、そんな重要なものがあるとは思えなかった。

 巨大な自動ドアを開け、区画の最奥へ行くと、またしてもポッドを発見した。けれど、これまで見たものよりもやや厳重で、ポッドには無数の機械が接続されていた。

「これは……?」

 ポッドの中には、女性が眠っていた。その姿に、ネージュもリッジバックも息を呑む。

「ミュー!?」

 ネージュはその名を口にした。

 ポッドの中の女性はミューだった。ネージュが惑星ザイアスのスラムで助けたミューその人だった。

 だが、いまのミューはギデス大煌王国の軍服をまとっており、マントを羽織って目を瞑っていた。

 胸の階級章から読み取れる階級は、グレード一位、大将。

 リッジバックも絶句していたが、やがて、ひと言、喉の奥から言葉がこぼれ出した。

「ミュー、義姉さん……」

 刹那、バル=ベリト全体が強烈な振動に見舞われた。何かの衝撃が上から襲ってくる。

 天井が割れ、光が漏れ出してくる。

 ◇◇◇

 ぼくはシールドを展開して、スズランを守った。

 床が割れ、ぼくたちもバトラ大将も下の階層へと落ちていった。

 結果的に宇宙要塞バル=ベリトの上層は吹き飛んだ形になるが、すぐに隔壁が下りて、破損したブロックはパージされ、機密性は回復しいた。

 『漆黒の法』発生機関から溢れだしたエネルギーは、バル=ベリトの中間の階層を打ち抜き、間にあったすべてのものを吹き飛ばした。

 天幻知覚レクトリヴの手を壁に伸ばし、落下速度を減退させながら落ちたのが奏功し、一番下の床に着地したときに、ぼくもスズランも怪我をせずにすんだ。

「ユウキ! スズラン!」

 ネージュの声だった。振り返ると、そこにはネージュとリッジバックがいる。

 ということは、ここはバル=ベリトの最下層か。

 ぼくたちと一緒に落下してきたバトラ大将は瓦礫の中に倒れていたが、すぐに起き上がる。さすが、強化人間は頑丈だ。

 プシューッ、と機密扉が開く音がする。振り返ると、ポッドが開き、中から人が出てくるところだった。

 その人物は、ギデスの軍服を着て、マントを羽織っていたけれど――その儚げな表情と、クセの強い長い髪には見覚えがあった。

「ミューさん……」

 あのミューに違いなかった。惑星ザイアスで悪い商人に捕まっているところを助けて、ネージュとともにアルムの丘の宮殿に届けた――あのミューだ。なんだって、こんなところに。

 ミューが地面に足をつき、一歩、ポッドから歩き出す。

 その姿を見て、スズランは目を見開いていた。

「ミュー……、生きていたのか」

「スズラン、ミューを知っているのか?」

 スズランはうなずく。

「ミューは、あたしのいとこで、リッジバックの兄の婚約者だったんだ。でも事故で、リッジバックも兄もミューも、全員死んだはずだったんだ。ギデスの科学力で、リッジバックだけがサイボーグになって蘇ったんだと思っていた。けれど、まさか……」

 ポッドから出てきたミューを見て、バトラ大将が忌々しげに言う。

「ミュー大将、ここでお目覚めか」

 大将? ミューがギデス軍の関係者だとは判っていたけれど、大将だって? そんなまさか。

「今回は、またずいぶん長く眠らせてくれたものね、バトラ大将」

 ミューの言葉に、バトラ大将は苦虫を噛み潰したような顔をする。その発言に何か含むところでもあるのだろうか。

 ミューはあたりを見渡し、バトラ大将以外の四人に視線を投げかける。

「久しぶりに目覚めたと思ったら、懐かしい顔ぶれね、リッジバックにスズラン。それに、ユウキとネージュには、あちらのわたしがお世話になったわね」

「そんな」ネージュが言う。「ミュー、きみが――いや、あなたがギデス軍の大将だったなんて」

「正しくは、ギデス天幻部隊の大将よ、ネージュ中尉」

 天幻部隊の大将ということは、ネージュやリッジバックの所属していた組織の長だったということになる。

 次に、リッジバックがミューに話しかける。

「まさか、ミュー義姉さんが生きていて、俺と同じようにギデスの将校になっていたとは……」

「あなたがギデスに来ていたことは知っていたわ、フォ・ダ・リッジバック大佐。グレード二位の天幻部隊軍人」

「知っていたなら、なぜ言ってくれなかった!?」

「その必要がなかったからよ。すべてのことが正しく進んでいるのに、余計なことをする必要がどこにあるの?」

「余計なことだって……? じゃあ教えてくれ! もしかして、兄さんも生きているわけじゃないのか?」

「あの人は……、かわいそう。ギデスにとって価値があると思われなかったから、助けられなかった」

「な、に……!?」

「わたしはね、かみさまに会ったのよ。この身はもう、かみさまとだけ、共にあるのよ」

 そう言って、ミューは微笑む。しかし、その優しい笑みは、ぼくたちを震え上がらせた。
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