データ・ロスト 〜未来宇宙戦争転生記

鷹来しぎ

文字の大きさ
上 下
36 / 66
第十章 セクター・デルタ

第十章 セクター・デルタ(1)宇宙要塞バル=ベリト

しおりを挟む
 政府機能ステーション・ビシュバリクが消滅してから、ぼくたちはリリウム・ツーの艦内で何日も過ごすことになった。

 統合宇宙軍はその主力部隊が失われてしまった。それに、高級将校をほとんど喪失してしまったのが痛い。統合宇宙軍側の戦力はまだ各星系に残されていたけれど、それらを統一的に指揮する戦略機関がないために、有効利用からはほど遠い。

 不幸中の幸いに、特務機関シータには幹部クラスが全員残っていた。ゴールデン司令もランナ博士も無事だ。レクトリヴ能力者部隊もほぼ無事。研究者は相当数を失ったけれども。

 ビシュバリクもろとも大統領官邸が消失し、艦内時間で丸一日が経過して、いよいよ大統領である父の生存可能性が絶望的になったとき、スズランは泣いた。ただし、ほんの少しの間だけ。

 スズランは涙を流した。けれども、泣き言は言わなかった。事実に反して無闇に希望的観測を述べることもしなかったし、ギデス大煌王国にたいして父を殺した事実を以て憎しみをぶつけるようなこともしなかった。

 ただ、肉親を失ったという事実の重さを吐き出すように、無言で泣いたのだった。

 彼女が部屋で泣いている間、ぼくは何も言えずに、そばに座っていることしかできなかった。

 ◇◇◇

『われわれ統合宇宙軍はギデスをこのままにしてはおけない。ギデスの残存艦隊は各方面から跳躍を繰り返し、惑星マルスへと向かっていることが判った。われわれはセクター・デルタにて彼奴ばらを叩く』 

 統合宇宙軍の軍事用回線では、そんな内容の放送が行われていた。それを、ぼくたちはリリウム・ツーの艦内放送を通じて聞いた。

 統合宇宙軍の残存勢力は、ギデス大煌王国バトラ大将軍の旗艦・宇宙要塞バル=ベリトを落とすために、続々とセクター・デルタへ向かっていた。

 セクター・デルタとは、惑星マルスの衛星・ダイモスの周辺の宙域を指す。何千年も前にこの場所にデルタ要塞という軍事要塞があったと言われていて、歴史的経緯からこの宙域をセクター・デルタと呼ぶようになったという。

「リリウム・ツーも惑星マルス――セクター・デルタへ向かう」

 ブリッジで、スズランは言った。これには、特務機関シータの仲間たちも異存はない。

「けれども、特務機関シータは統合宇宙軍とは独立に動くものとする。いまの統合宇宙軍は指揮系統が混乱しており、多数の部隊がわれわれに矛盾する指令を下すだろう。それらを、全部無視する」

 これは、もうほとんど、特務機関シータという独立の機関の創設を宣言しているに等しかった。

 ブリッジに集まった仲間たちに、ピリッとした空気が流れたのがわかる。

 肩書き上、一番責任の重いゴールデン司令が、スズランの宣言に同意しながら質問する。

「これから独立行動を行うという点については問題はないが、この場合、セクター・デルタの戦いの作戦目標はどのように置くつもりじゃ?」

「もちろん、宇宙要塞バル=ベリトの沈黙が作戦目標だ。だけど、リリウム・ツー、エージー、ビーエフの三艦で正面から殴り合えるわけもない。だから、原則として、他の艦隊を盾にしながら進む」

「まさか……」口を開いたのはぼくだ。「いつものあれをやるっていいうんじゃあ……」

「その通りさ。防御網をかいくぐって、バル=ベリトに直接乗り付けて、内側から破壊する」

 これまでのどの戦いでもそうだったけれど、スズランはこういう戦い方を好む。つまり、直接対決を避け、敵の懐に入り込んで敵将を討ち取る。

 うなずきながら、ランナ博士が作戦目標を分解する。今回の場合、何をすれば、バル=ベリトを“内側から破壊”したことになるのかというと……。

「バル=ベリトに乗り込んで、『漆黒の法』の発生機関を無力化し、バトラ大将を撃破する……ということになるわね」

「そういうこと。バトラ大将軍の撃破まで行けたら、戦局もいくらかマシにはなるんだと思う」

「あまり焦りすぎないほうがいいわね。スズラン艦長、突入時のメンバーは?」

「出し惜しみの必要はないと思う。ユウキを出す。あたしはユウキの護衛。それから、リッジバック、ネージュ、カイ隊とジロン隊だね」

 ジロンというのはビーエフに乗艦しているレクトリヴ能力者隊の隊長だ。ちなみに、カイはエージーのレクトリヴ能力者隊の隊長をしている。

「じゃあ、スズラン艦長たちが出払っている間は、わたしが操舵を受け持つわね」

「よろしくお願い」

 スズランとランナの間では、そうして作戦に同意が持たれたけれども、ひとり、ゴールデン司令だけは何か言いたげだった。

「バル=ベリトへの突入にも反対はせん。しかし、ユキ――いや、ネージュ中尉まで連れて行く必要はないんじゃないかのう」

 ゴールデン司令の孫であることが判明したネージュは、本名はユキというのだけれども、本人にとってあまり馴染みがないために、今でもネージュと呼ばれていた。

「ネージュをリリウム・ツーに残すのももったいない話です。現場に出てもらわなければ」

「じゃ、じゃが、人手は足りとるんじゃないか?」

「司令」今度反論したのはネージュ本人だった。「私はスズラン艦長に賛成です。バル=ベリトに乗り込めば私にはできることがある」

「本人がそう言うならのう……」

 ゴールデン司令の声は後半、消え入りそうだった。そして、ぼそりと「司令じゃなくてお爺ちゃんと呼んでほしい」などと呟いていた。

 これで方針は定まった。

 とはいえ、ぼくにはまだよくわからないことがある。なぜ、宇宙要塞バル=ベリトをはじめとしたギデス大煌王国の主要艦隊が惑星マルスを目指しているのか。そこに何があるというのだろう?

「やつらは――ギデスは何を目標に動いているんだろう? 惑星マルスに何かあるのかな?」

 この質問に答えてくれたのはゴールデン司令だ。

「前にも言ったじゃろう。惑星マルスにはこの宇宙を司るマルス・レコードがあると。そして、レクトリヴ能力者はマルス・レコードへのアクセスを持つ人間であると」

 そんな話を、たしかに前に聞いた気がする。

「となると、惑星マルスへの侵攻は、レクトリヴ能力者がらみの話ということになるんですか?」

「……明確な目的はわからん。だが、やつらはマルス・レコードを押さえて、天幻部隊を強化するのかもしれん」

 なるほど、という感じだ。ギデス大煌王国だって、先の戦いで少なくない損失を被っているはずだ。もし、マルス・レコードを利用して天幻部隊――レクトリヴ能力者を強化することができるのならば、軍事力強化のための安い投資ということになるのかもしれない。

 ◇◇◇

 特務機関シータの艦艇、リリウム・ツー、エージー、ビーエフがセクター・デルタに侵入したとき、すでに戦闘は始まっていた。

 宇宙要塞バル=ベリトとギデス大煌王国艦隊を中心にしながら、統合宇宙軍艦隊がこれらを囲んで攻撃していた。

 しかしながら、大方の予想通り、統合宇宙軍艦隊はほとんど統率が取れていなかった。

 あたかもひとつの生き物のように有機的に動くギデス軍艦隊に、統合宇宙軍艦隊は一方的に屠られていた。宇宙要塞バル=ベリト周縁の防衛ラインを、統合宇宙軍艦隊はほんの少しも越えられない。

 統合宇宙政体に加盟する星系政府のどれもが、「前進しろ、バル=ベリトを撃沈せよ」としか命令していないのではと疑うばかりだ。いずれの艦隊も、連携を取れずにギデス軍艦隊に潰されていく。

 さらに、『漆黒の法』だ。統合宇宙軍は続々と新たな艦隊を投入していたが、それらが交戦エリアに入る前に、バル=ベリトは漆黒の法で消し去った。この兵器は艦隊をまるごと消滅させることができる。強力すぎる。

 壊滅しながら敗走する艦船が相次ぐなか、リリウム・ツーは残りの二艦を伴って戦場を駆け抜ける。

 宇宙要塞バル=ベリトまで、あと少しだ。

 ◇◇◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――

黒鯛の刺身♪
SF
 半機械化生命体であるバイオロイド戦闘員のカーヴは、科学の進んだ未来にて作られる。  彼の乗る亜光速戦闘機は撃墜され、とある惑星に不時着。  救助を待つために深い眠りにつく。  しかし、カーヴが目覚めた世界は、地球がある宇宙とは整合性の取れない別次元の宇宙だった。  カーヴを助けた少女の名はセーラ。  戦い慣れたカーヴは日雇いの軍師として彼女に雇われる。  カーヴは少女を助け、侵略国家であるマーダ連邦との戦いに身を投じていく。 ――時に宇宙暦880年  銀河は再び熱い戦いの幕を開けた。 ◆DATE 艦名◇クリシュナ 兵装◇艦首固定式25cmビーム砲32門。    砲塔型36cm連装レールガン3基。    収納型兵装ハードポイント4基。    電磁カタパルト2基。 搭載◇亜光速戦闘機12機(内、補用4機)    高機動戦車4台他 全長◇300m 全幅◇76m (以上、10話時点) 表紙画像の原作はこたかん様です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

Panssarivaunu Saga

高鉢 健太
SF
ふと気が付くとどうやら転生したらしい。 片田舎の村でのんびりスローライフが送れていたんだけど、遺跡から多脚戦車を見つけた事で状況が変わってしまった。 やれやれ、せっかくのスローライフを返してほしい。 ビルマの鉄脚の主人公「戦闘騎」を魔法世界へ放り込んでみた作品。

「磨爪師」~爪紅~

大和撫子
歴史・時代
 平安の御代、特殊な家系に生まれた鳳仙花は幼い頃に父親を亡くし、母親に女手一つで育てられた。母親の仕事は、宮中の女房たちに爪のお手入れをすること。やんごとなき者達の爪のお手入れは、優雅で豊かな象徴であると同時に魔除けの意味も兼ねていた。  鳳仙花が八歳の頃から、母親に爪磨術について学び始める。この先、後ろ盾がなくても生きていけるように。  鳳仙花が十二歳となり、裳着の儀式を目前に母親は倒れてしまい……。親の後を継いで藤原定子、そして藤原彰子の専属磨爪師になっていく。   長徳の政変の真相とは? 枕草子の秘めたる夢とは? 道長が栄華を極められたのは何故か? 藤原伊周、隆家、定子や彰子、清少納言、彼らの真の姿とは? そして凄まじい欲望が渦巻く宮中で、鳳仙花は……? 彼女の恋の行方は? 磨爪術の技を武器に藤原定子・彰子に仕え平安貴族社会をひっそりと、されど強かに逞しく生き抜いた平安時代のネイリストの女の物語。  第弐部が5月31日に完結しました。第参部は8月31日よりゆっくりじっくりのペースで進めて参ります。    ※当時女子は平均的に見て十二歳から十六歳くらいで裳着の儀式が行われ、結婚の平均年齢もそのくらいだったようです。平均寿命も三十歳前後と言われています。  ※当時の美形の基準が現代とものと著しく異なる為、作中では分かり易く現代の美形に描いています。  ※また、男性の名は女性と同じように通常は通り名、または役職名で呼ばれ本名では呼ばれませんが、物語の便宜上本名で描く場合が多々ございます。  ※物語の便宜上、表現や登場人物の台詞は当時の雰囲気を残しつつ分かり易く現代よりになっております。  ※磨爪師の資料があまり残って居ない為、判明している部分と筆者がネイリストだった頃の知識を織り交ぜ、創作しております。  ※作中の月日は旧暦です。現代より一、二か月ほどズレがございます。   ※作中の年齢は数え歳となっております。  ※「中関白家」とは後世でつけられたものですが、お話の便宜上使用させて頂いております。  以上、どうぞ予めご了承下さいませ。

処理中です...