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第九章 戦勝記念パーティー
第九章 戦勝記念パーティー(5)過去の影、大煌王国の興り
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声が響く。
よく知っている声が、ぼくのことを呼んでいる。
目を覚ませ――と。
◇◇◇
そいつは、宇宙の中心で生まれた。
暗黒の宇宙の底で、一糸まとわぬ姿で、そいつは目を覚ました。
そこから始まったのは、長い長い旅だった。星々の大海原を漂い、同類を探すまでの、気の遠くなるような旅だ。
何十万年もの時間を費やして、そいつが宇宙の片隅で見つけたのは、人間というちっぽけな種族だった。
人間たちは数千年前に故郷の惑星を追われた哀れな種族だ。
自らが誕生した最初の惑星を、自分たちの過ちのために失った。
そればかりではない。
次に入植した第二の故郷ともいうべき惑星さえも、ろくろく棲めない姿に変えてしまった。
以来、人間たちは、この宇宙の片隅で、故郷から遠いいくつかの惑星に散らばって入植することになった。
そして、この哀れな種族が歴史の終わりを迎えようとしていることに、そいつは気がついた。このままでは、人類は自らの終焉が近いことに気づきさえもせず、この宇宙からひっそりと姿を消すことになる。
単なる気まぐれだったのかもしれないが、そいつは、そんな人類という種を哀れに思った。
だから、人間の代表と話をしようと思った。人間をどうするのが一番良いか、人間と決めるのが一番だ。
けれど、そのときのそいつは、人間のことをあまりに知らなかった。人間の知性が個体ごとに別のものであることさえ、解っていなかった。人間社会がどのような階層を成しているのかさえ、気づいていなかった。
だからそいつは、惑星オルガルムと呼ばれる有人惑星に降り立って、廃墟の天辺で力なくたたずむ青年に話しかけたのだ。
なぜ彼を選んだって? そんなのはきまぐれだ。
――人類を救うには、どうすればいい?
そんな風に問われた青年は驚いたし、恐怖さえした。けれども、そいつに敵意がないことを理解すると、青年は次第にこれは好機だと考えるようになっていった。
――私は、政治には誰よりも詳しいのです。
青年はそいつに向かって、必死に持論を説明した。人類社会をより強くするためには、“完全なる統合”が必要であると――。
そのときの統合宇宙政体は形式上人類社会最大の意思決定機関であるものの、その実は各星系に勃興する独立国家の寄り合い所帯でしかなかった。
だから、独立国家間の利害調整に大半の時間と労力を取られてしまう。お世辞にも効率的なシステムとはいえない。利害がなによりも優先されてしまうから、誰を利することもない人類普遍の課題になど、誰も見向きをしないのだ。
であるなら、と青年は言う。人類は別種の統合方法を持たなければならない。漫然とした形式上の統合ではなく、思想的な完全なる同化を行わなければならない、と。
繰り返そう。そいつは、人類のことを何も知らなかった。
だからそいつは、青年が熱っぽく“完全なる統合”について話すと、それは人類にとっては正しいことなのだろうと思った。そして、そいつは青年に力を貸すことにした。
それから、青年は大煌王を名乗り、国を建設した。国の名を「ギデス大煌王国」といった。
はじめのうち、ギデス大煌王国は狂人扱いされていた。それが次第に力を付け、ならず者の集団と言われ、テロ組織と言われ、小国と呼ばれるに至るまで、それほど時間は掛からなかった。
それもすべて、そいつの後押しがあってこそだった。
惑星オルガルム全土を支配下に置くと、ギデス大煌王国は次に、人類の棲む全星系に向けて、ギデスは本来的に全宇宙の支配権を有すると宣言した。
それから、ギデス大煌王国が人類宇宙の半分を獲得するまでには、三十年の歳月を要した。全人類がその版図を広げるのに掛けた時間に比べれば、わずか三十年といえるだろう。
だが――、そいつはギデス大煌王から、たびたび本音のようなものを聞いた。
ギデス大煌王は青年時代、惑星オルガルム政府の政治学研究所で働いていた。それも学者ではなく、雑用係として。
彼は求められもしないのに、自分の考えた政治理論をたびたび開陳した。同僚に向けて、学者たちに向けて、そしてついに、研究所を訪問した政治家に向けて直談判し、そのために解雇されたのだった。
――ただ私は、自説の正しさを知らしめたかったのです。
青年は間違いなく、人類社会において影響力の乏しい存在だった。多くの者から劣っていると見なされていたし、取るに足らないとさえ思われていた。
――見返してやりたかったんですよ、あいつらも、あいつらも。
青年――ギデス大煌王は、自分に向けられる視線が我慢ならなかった。だから、自分を虐げていた人間を、すべて自分の下にひれ伏させたいと思った。そして、自分の思想を、すべての人類に受け入れさせたいと思ったのだ。
それこそが、『ギデスによる宇宙平和』の本質だ。
――これが結果的に、人類を救済する方法なんですよ。
はたして、そうだろうか? と、そいつは思った。これは何か、やり方が違った気がする。けれども、まあいい。
やり直せば、いいだけだ。幸い、今ならまだ間に合う。
◇◇◇
ぼくの目の前には、あの黒猫がいた。黒猫のペシェだ。
「ペシェ」
「また会ったねえ、ユウキ。調子はどうだい?」
「……」
背景は真っ黒だ。ここはどこだろう? 宇宙空間……? いや、そんなところで呼吸ができているはずがない。
「ついにやったねえ。統合宇宙政体は壊滅だ。これで、人類社会の半分はほとんど崩壊だ。折り返し地点だねえ」
「……何をしに来たんだ」
「約束通り、きみに力を返しに来たのさ。きみは優れた者のみが幸福になれると信じているんだろう? 喜べよ、あともう少しで、この宇宙で最も幸福たりえる存在になるんだ」
「……それはおかしい」
「うん?」
黒猫のペシェは首をかしげ、見下したように笑う。
「ぼくは知ってる。社会的地位が高い、高潔な心の持ち主であるネージュが、人々を苦しみから救えなくて苦悩していることを」
「ふうん?」
「ぼくのような利己的な人間からすれば、ネージュはまぶしすぎる。彼女は間違いなく心の強い人間だ。だけど、能力の高さや軍事力の強さは彼女の問題を解決しなかった」
「利己的でもいいじゃないか。問題でもあるのかい?」
「利己的で戦闘能力が高かったのは、ヴァルクライだ。やつの力は圧倒的だった。ぼくとリッジバックのふたりがかりでやっとだったんだ。だけど、やつは劣等感と嫉妬心の塊だ。とても幸福には見えない」
「へえ、あんな風にはなりたくない、と?」
「あ……、あれは、少なくとも、ぼくがなりたかったものじゃない」
「そうだろうさ。あんな雑魚、いまのきみからすれば比較にもならないよ」
「あのヴァルクライが……雑魚?」
「そうさ、きみはもう少しで、願いが叶うところまで来たんだ。きみ自身と、全人類のね」
真っ暗な背景が白く光り始める。黒猫は光の中へ溶けていく。
「ま、待て、それはどういう――」
意味なんだ、と問おうとして、ぼくの意識も光の中へ飲み込まれていく。
◇◇◇
「ユウキ、おい、目を覚ませ!」
聞き覚えのある声に誘われて、ぼくは目覚めた。
ぼくはベッドの上に横たわっていて、そこに覆い被さるように、スズランが覗き込んできていた。
「スズ……ラン? ここは?」
「眠ったまま起きないのかとヒヤヒヤしたじゃんかよ。ここはリリウム・ツー。なんとかギリギリ間に合ったんだよ」
「間に合った……って、なんの話さ?」
「ビシュバリクは消滅した。ギデスの宇宙要塞バル=ベリトの漆黒の法にやられたんだ」
「そんな……。みんなは無事なのか? 特務機関シータのみんなは?」
「残念ながら……、半数近くの研究員は連絡が取れない。だけど、ネージュとカイが護衛してくれたゴールデン司令やランナたちは無事だ。レクトリヴ能力者隊はだいたい連絡が付いた。だけど、統合宇宙軍は……」
「そうか……」
夢の中で黒猫のペシェが言っていたとおり、統合宇宙政体はほとんど崩壊してしまったということらしい。
ぼくはベッドの上で身を起こす。
艦内放送が鳴り響く。どこかの生き残った将校が、同盟の艦隊に向けて発信しているもののようだ。
『われわれ統合宇宙軍はギデスをこのままにしてはおけない。ギデスの残存艦隊は各方面から跳躍を繰り返し、惑星マルスへと向かっていることが判った。われわれはセクター・デルタにて彼奴ばらを叩く』
「セクター・デルタか……」
スズランがつぶやく。それがどこなのかは、ぼくにはわからない。だけど、そこでまた大規模な戦闘が行われるのだろう。おそらく、統合宇宙軍の最後の戦いになるだろう。
「ユウキ、行けるか? ブリッジでみんなが待ってる」
「うん。行こう」
ぼくは、スズランが差し出した手を取り、ベッドから立ち上がる。ブリッジへと繋がる通路が、新たな戦いへ至る道のように思われた。
よく知っている声が、ぼくのことを呼んでいる。
目を覚ませ――と。
◇◇◇
そいつは、宇宙の中心で生まれた。
暗黒の宇宙の底で、一糸まとわぬ姿で、そいつは目を覚ました。
そこから始まったのは、長い長い旅だった。星々の大海原を漂い、同類を探すまでの、気の遠くなるような旅だ。
何十万年もの時間を費やして、そいつが宇宙の片隅で見つけたのは、人間というちっぽけな種族だった。
人間たちは数千年前に故郷の惑星を追われた哀れな種族だ。
自らが誕生した最初の惑星を、自分たちの過ちのために失った。
そればかりではない。
次に入植した第二の故郷ともいうべき惑星さえも、ろくろく棲めない姿に変えてしまった。
以来、人間たちは、この宇宙の片隅で、故郷から遠いいくつかの惑星に散らばって入植することになった。
そして、この哀れな種族が歴史の終わりを迎えようとしていることに、そいつは気がついた。このままでは、人類は自らの終焉が近いことに気づきさえもせず、この宇宙からひっそりと姿を消すことになる。
単なる気まぐれだったのかもしれないが、そいつは、そんな人類という種を哀れに思った。
だから、人間の代表と話をしようと思った。人間をどうするのが一番良いか、人間と決めるのが一番だ。
けれど、そのときのそいつは、人間のことをあまりに知らなかった。人間の知性が個体ごとに別のものであることさえ、解っていなかった。人間社会がどのような階層を成しているのかさえ、気づいていなかった。
だからそいつは、惑星オルガルムと呼ばれる有人惑星に降り立って、廃墟の天辺で力なくたたずむ青年に話しかけたのだ。
なぜ彼を選んだって? そんなのはきまぐれだ。
――人類を救うには、どうすればいい?
そんな風に問われた青年は驚いたし、恐怖さえした。けれども、そいつに敵意がないことを理解すると、青年は次第にこれは好機だと考えるようになっていった。
――私は、政治には誰よりも詳しいのです。
青年はそいつに向かって、必死に持論を説明した。人類社会をより強くするためには、“完全なる統合”が必要であると――。
そのときの統合宇宙政体は形式上人類社会最大の意思決定機関であるものの、その実は各星系に勃興する独立国家の寄り合い所帯でしかなかった。
だから、独立国家間の利害調整に大半の時間と労力を取られてしまう。お世辞にも効率的なシステムとはいえない。利害がなによりも優先されてしまうから、誰を利することもない人類普遍の課題になど、誰も見向きをしないのだ。
であるなら、と青年は言う。人類は別種の統合方法を持たなければならない。漫然とした形式上の統合ではなく、思想的な完全なる同化を行わなければならない、と。
繰り返そう。そいつは、人類のことを何も知らなかった。
だからそいつは、青年が熱っぽく“完全なる統合”について話すと、それは人類にとっては正しいことなのだろうと思った。そして、そいつは青年に力を貸すことにした。
それから、青年は大煌王を名乗り、国を建設した。国の名を「ギデス大煌王国」といった。
はじめのうち、ギデス大煌王国は狂人扱いされていた。それが次第に力を付け、ならず者の集団と言われ、テロ組織と言われ、小国と呼ばれるに至るまで、それほど時間は掛からなかった。
それもすべて、そいつの後押しがあってこそだった。
惑星オルガルム全土を支配下に置くと、ギデス大煌王国は次に、人類の棲む全星系に向けて、ギデスは本来的に全宇宙の支配権を有すると宣言した。
それから、ギデス大煌王国が人類宇宙の半分を獲得するまでには、三十年の歳月を要した。全人類がその版図を広げるのに掛けた時間に比べれば、わずか三十年といえるだろう。
だが――、そいつはギデス大煌王から、たびたび本音のようなものを聞いた。
ギデス大煌王は青年時代、惑星オルガルム政府の政治学研究所で働いていた。それも学者ではなく、雑用係として。
彼は求められもしないのに、自分の考えた政治理論をたびたび開陳した。同僚に向けて、学者たちに向けて、そしてついに、研究所を訪問した政治家に向けて直談判し、そのために解雇されたのだった。
――ただ私は、自説の正しさを知らしめたかったのです。
青年は間違いなく、人類社会において影響力の乏しい存在だった。多くの者から劣っていると見なされていたし、取るに足らないとさえ思われていた。
――見返してやりたかったんですよ、あいつらも、あいつらも。
青年――ギデス大煌王は、自分に向けられる視線が我慢ならなかった。だから、自分を虐げていた人間を、すべて自分の下にひれ伏させたいと思った。そして、自分の思想を、すべての人類に受け入れさせたいと思ったのだ。
それこそが、『ギデスによる宇宙平和』の本質だ。
――これが結果的に、人類を救済する方法なんですよ。
はたして、そうだろうか? と、そいつは思った。これは何か、やり方が違った気がする。けれども、まあいい。
やり直せば、いいだけだ。幸い、今ならまだ間に合う。
◇◇◇
ぼくの目の前には、あの黒猫がいた。黒猫のペシェだ。
「ペシェ」
「また会ったねえ、ユウキ。調子はどうだい?」
「……」
背景は真っ黒だ。ここはどこだろう? 宇宙空間……? いや、そんなところで呼吸ができているはずがない。
「ついにやったねえ。統合宇宙政体は壊滅だ。これで、人類社会の半分はほとんど崩壊だ。折り返し地点だねえ」
「……何をしに来たんだ」
「約束通り、きみに力を返しに来たのさ。きみは優れた者のみが幸福になれると信じているんだろう? 喜べよ、あともう少しで、この宇宙で最も幸福たりえる存在になるんだ」
「……それはおかしい」
「うん?」
黒猫のペシェは首をかしげ、見下したように笑う。
「ぼくは知ってる。社会的地位が高い、高潔な心の持ち主であるネージュが、人々を苦しみから救えなくて苦悩していることを」
「ふうん?」
「ぼくのような利己的な人間からすれば、ネージュはまぶしすぎる。彼女は間違いなく心の強い人間だ。だけど、能力の高さや軍事力の強さは彼女の問題を解決しなかった」
「利己的でもいいじゃないか。問題でもあるのかい?」
「利己的で戦闘能力が高かったのは、ヴァルクライだ。やつの力は圧倒的だった。ぼくとリッジバックのふたりがかりでやっとだったんだ。だけど、やつは劣等感と嫉妬心の塊だ。とても幸福には見えない」
「へえ、あんな風にはなりたくない、と?」
「あ……、あれは、少なくとも、ぼくがなりたかったものじゃない」
「そうだろうさ。あんな雑魚、いまのきみからすれば比較にもならないよ」
「あのヴァルクライが……雑魚?」
「そうさ、きみはもう少しで、願いが叶うところまで来たんだ。きみ自身と、全人類のね」
真っ暗な背景が白く光り始める。黒猫は光の中へ溶けていく。
「ま、待て、それはどういう――」
意味なんだ、と問おうとして、ぼくの意識も光の中へ飲み込まれていく。
◇◇◇
「ユウキ、おい、目を覚ませ!」
聞き覚えのある声に誘われて、ぼくは目覚めた。
ぼくはベッドの上に横たわっていて、そこに覆い被さるように、スズランが覗き込んできていた。
「スズ……ラン? ここは?」
「眠ったまま起きないのかとヒヤヒヤしたじゃんかよ。ここはリリウム・ツー。なんとかギリギリ間に合ったんだよ」
「間に合った……って、なんの話さ?」
「ビシュバリクは消滅した。ギデスの宇宙要塞バル=ベリトの漆黒の法にやられたんだ」
「そんな……。みんなは無事なのか? 特務機関シータのみんなは?」
「残念ながら……、半数近くの研究員は連絡が取れない。だけど、ネージュとカイが護衛してくれたゴールデン司令やランナたちは無事だ。レクトリヴ能力者隊はだいたい連絡が付いた。だけど、統合宇宙軍は……」
「そうか……」
夢の中で黒猫のペシェが言っていたとおり、統合宇宙政体はほとんど崩壊してしまったということらしい。
ぼくはベッドの上で身を起こす。
艦内放送が鳴り響く。どこかの生き残った将校が、同盟の艦隊に向けて発信しているもののようだ。
『われわれ統合宇宙軍はギデスをこのままにしてはおけない。ギデスの残存艦隊は各方面から跳躍を繰り返し、惑星マルスへと向かっていることが判った。われわれはセクター・デルタにて彼奴ばらを叩く』
「セクター・デルタか……」
スズランがつぶやく。それがどこなのかは、ぼくにはわからない。だけど、そこでまた大規模な戦闘が行われるのだろう。おそらく、統合宇宙軍の最後の戦いになるだろう。
「ユウキ、行けるか? ブリッジでみんなが待ってる」
「うん。行こう」
ぼくは、スズランが差し出した手を取り、ベッドから立ち上がる。ブリッジへと繋がる通路が、新たな戦いへ至る道のように思われた。
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