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第八章 天幻要塞・下
第八章 天幻要塞・下(1)大地を裂くフラウロス
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翌朝、ぼくは結局、ネージュと一緒にアルマの丘の宮殿を出発した。目的地はもちろん、山の上のザイアス要塞だ。
ネージュは昨夜、「明日からは敵同士だ」と言っていたけれど、これはどうやら敵同士になる時間が延期されているらしい。彼女は特段、ぼくに襲いかかってきたりはしない。
彼女は迎賓館で軍服を調達した。以前のものは道中で捨ててしまったから、新しいものが必要だったのだ。
色々あったので、彼女に対する警戒心はなくなっていた。それは、彼女のほうも同様だろう。おかげさまで、ぼくたちの間の張り詰めたような空気は溶けて消えていた。
それよりも、ぼくとしては、もうネージュと戦う気がなくなってしまったのが問題だった。彼女は敵軍の将校だというのに。……その点については、彼女も同じ気持ちなのかどうかは、正直ちょっと判然としない。
空を見れば、多数の軍用艦が宇宙から下りてきているところだった。リリウム・ツーもそこに含まれている。
統合宇宙軍が帰ってきたのだ。
状況を理解したぼくとネージュは、ザイアス要塞へ向かう足取りを速めたのだった。
◇◇◇
ぼくたちの上空で、戦闘が始まった。
特務機関シータの艦船、エージー、ビーエフも空中戦に参加している。他には、統合宇宙軍の戦闘機が下りてきている。地上降下部隊からは戦闘ヘリが飛び立ち合流した。
一方、ザイアス要塞からも、ギデス軍側の無数の戦闘ヘリが飛び立った。
だが、リリウム・ツーは混戦には参加せず、一歩引いた場所で旋回しつつ状況全体を見ている。曲がりなりにも特務機関シータの旗艦だから、最前線には出ないということだろうか。
今回は前回とは違って、要塞に先遣部隊を送り込んで内側から破壊するという策は採っていないようだ。
先日の戦闘で相当数を失ったはずの地上部隊だったが、いま上空に浮かんでいる輸送艦隊艦船の数が回復していることを鑑みると、地上制圧のためにあとから合流する予定だった部隊を投入したのだろう。
激しい空中戦だ。ブラスターキャノンの光弾が雨あられと降っている。戦闘機が、戦闘ヘリが、轟音を立てて市街地へと落下する。
ザイアス要塞の正面に、ラーム中将の巨大なホログラムが映し出される。余裕のある笑みを浮かべた彼は、両手を広げ、統合宇宙軍に対して歓迎しているようなポーズをとる。
『統合宇宙軍の雑兵諸君。我がアモンの制空権へようこそ。広角電磁蒸発機の鉄壁の守りをご覧に入れよう』
「まずいぞ、ユウキ」
要塞へと走りながら、ネージュが言った。
「何がまずいのさ」
「アモンが発動すれば、このあたりは一帯、すべて蒸発してしまう。要塞の中に飛び込むか、一旦遠くに避難するか、ふたつにひとつだ」
「なら……、飛び込もう!」
「わかった。それじゃあ!」
ネージュは鉱山地帯に止めてあったバイクに走り寄ると、チェーンロックを破壊し、鍵を差し込んでエンジンに点火した。
「それ、きみのバイク?」
「違う。ギデスの将校は民間ビークルのマスターキーを持ってるんだ。緊急避難だ」
「すごいな」
ネージュはさっとバイクにまたがる。
「お前も乗れ。急げよ、時間がない」
ぼくも慌ててネージュの後ろに乗る。
バイクは急速発進し、山道を駆け上る。途中所々、でこぼこ道で跳ね上がりながら。
空気が熱を帯びてくる。
間に合うだろうか。
◇◇◇
『再突入までのカウントダウンを開始します。三十、二十九、二十八、……』
リリウム・ツーのブリッジで、スズランは艦内に流れるカウントダウンを聞いていた。
ユウキが行方不明になってから、二晩が経過した。地上との通信はジャミングがされていて行えない。無事でいるだろうか。
「スズラン君、ユウキ君のことは……」
スズランと同じことを、ゴールデン司令も考えていたようだ。
「大丈夫。あいつはああ見えて、レクトリヴの能力はやたら強いんだ。きっと大丈夫」
大丈夫、を繰り返すスズランの、その表情はあまり明るくない。彼女だって本当は、ユウキのことが心配でたまらない。命に替えても守ると言ったユウキのことだから、なおさらだ。
「わかっておる。だが、きみはユウキ君のことを特別可愛がっておったから……」
「司令、その話はあと。いまは段取りのことを考えよう」
「あ、ああ……」
無理をして気丈に振る舞おうとしているのが伝わり、ゴールデン司令は口ごもる。
段取りをとスズランは言ったが、地上降下の段取りは極めてシンプルだったし、鍵となる一カ所を除いては、ほとんど統合宇宙軍の仕事だった。
「降下とともに最初に必要になるのは、制空権の再奪取だ。このあたりは主に統合宇宙軍第三十五輸送艦隊が担うから、あたしたちはその後方支援を担う」
第三十五輸送艦隊というのは、前回の突入よりあとで合流した、惑星ザイアス地上制圧のための部隊だ。しかし、前回降下が失敗に終わったので、その作戦目標は地上制圧から要塞無力化に変わっている。
「そうじゃな。特務機関シータの主力は、その時点ではエージーとビーエフじゃろう。とはいえ彼らも前進しすぎる必要はない」
「リリウム・ツーはあくまでも戦闘を避ける。リリウム・ツーに任されているのは、あのアモンの突破だ」
「確率干渉ビーム砲、フラウロス」
「フラウロスの初の実戦投入がこういう形になるとはね。だけど、宇宙から大気圏まで機動性の優れた機体で運べる、破壊半径の大きな兵器となれば、適任といえば適任だ」
◇◇◇
ぼくとネージュがバイクでザイアス要塞に飛び込んだとき、その瞬間、ラーム中将の虎の子の超兵器アモンが空を焼き尽くすはずだった。
しかし、結果は違った。
リリウム・ツーが装備しているもうひとつの超兵器フラウロスから放たれた赤黒い光線が、ザイアス要塞を貫く。要塞を貫通した光線はそのあと急激に膨張し、要塞の建物を見る間に巻き込んでいった。
攻撃が止んだときには、ザイアス要塞の建造物は巨大な円で切り取られたあとだった。ただし、切り取られたほうの部分は消滅していて、周囲のどこにも残骸が見当たらなかった。
要塞の前に映し出された巨大なラーム中将のホログラムはまだ消えていなかったが、苦々しげな表情をしていた。
『な、なに、アモンが……消滅した……だと?』
フラウロスによる大規模な攻撃は、要塞のどこにあるのかわからないアモンの発生装置を、要塞の大部分とともに消し去るためのものだった。
今回の攻撃で要塞が吹き飛んで初めて発覚したことだが、この要塞は地下深くに構造が伸びているのだった。ラーム中将が無事のように見えることからも、重要な施設は下層――山の地下にあるのだろう。
上部構造を失った要塞の地下から、次々に武器を担いだ兵隊や、ヘルメットで顔を隠した天幻兵士たちが掛けだしてくる。
ザイアス要塞の城門の内側にバイクを停め、ネージュは空を見上げる。空には、無数の統合宇宙軍の艦船がひしめいている。
「あんな超兵器を持っていたのか、統合宇宙軍……」
あの超兵器はフラウロスといって、ぼくの乗っている艦に搭載されているものだとは、言いづらかった。
ともあれ、これで統合宇宙軍が尻込みする必要はなくなった。アモンは沈黙しているから、戦闘機や戦闘ヘリはザイアス要塞に近づいても構わない。
輸送艦からは兵士や戦車が降下し、急激な勢いで、要塞を攻める攻撃の手が激しくなっていく。
◇◇◇
ネージュは昨夜、「明日からは敵同士だ」と言っていたけれど、これはどうやら敵同士になる時間が延期されているらしい。彼女は特段、ぼくに襲いかかってきたりはしない。
彼女は迎賓館で軍服を調達した。以前のものは道中で捨ててしまったから、新しいものが必要だったのだ。
色々あったので、彼女に対する警戒心はなくなっていた。それは、彼女のほうも同様だろう。おかげさまで、ぼくたちの間の張り詰めたような空気は溶けて消えていた。
それよりも、ぼくとしては、もうネージュと戦う気がなくなってしまったのが問題だった。彼女は敵軍の将校だというのに。……その点については、彼女も同じ気持ちなのかどうかは、正直ちょっと判然としない。
空を見れば、多数の軍用艦が宇宙から下りてきているところだった。リリウム・ツーもそこに含まれている。
統合宇宙軍が帰ってきたのだ。
状況を理解したぼくとネージュは、ザイアス要塞へ向かう足取りを速めたのだった。
◇◇◇
ぼくたちの上空で、戦闘が始まった。
特務機関シータの艦船、エージー、ビーエフも空中戦に参加している。他には、統合宇宙軍の戦闘機が下りてきている。地上降下部隊からは戦闘ヘリが飛び立ち合流した。
一方、ザイアス要塞からも、ギデス軍側の無数の戦闘ヘリが飛び立った。
だが、リリウム・ツーは混戦には参加せず、一歩引いた場所で旋回しつつ状況全体を見ている。曲がりなりにも特務機関シータの旗艦だから、最前線には出ないということだろうか。
今回は前回とは違って、要塞に先遣部隊を送り込んで内側から破壊するという策は採っていないようだ。
先日の戦闘で相当数を失ったはずの地上部隊だったが、いま上空に浮かんでいる輸送艦隊艦船の数が回復していることを鑑みると、地上制圧のためにあとから合流する予定だった部隊を投入したのだろう。
激しい空中戦だ。ブラスターキャノンの光弾が雨あられと降っている。戦闘機が、戦闘ヘリが、轟音を立てて市街地へと落下する。
ザイアス要塞の正面に、ラーム中将の巨大なホログラムが映し出される。余裕のある笑みを浮かべた彼は、両手を広げ、統合宇宙軍に対して歓迎しているようなポーズをとる。
『統合宇宙軍の雑兵諸君。我がアモンの制空権へようこそ。広角電磁蒸発機の鉄壁の守りをご覧に入れよう』
「まずいぞ、ユウキ」
要塞へと走りながら、ネージュが言った。
「何がまずいのさ」
「アモンが発動すれば、このあたりは一帯、すべて蒸発してしまう。要塞の中に飛び込むか、一旦遠くに避難するか、ふたつにひとつだ」
「なら……、飛び込もう!」
「わかった。それじゃあ!」
ネージュは鉱山地帯に止めてあったバイクに走り寄ると、チェーンロックを破壊し、鍵を差し込んでエンジンに点火した。
「それ、きみのバイク?」
「違う。ギデスの将校は民間ビークルのマスターキーを持ってるんだ。緊急避難だ」
「すごいな」
ネージュはさっとバイクにまたがる。
「お前も乗れ。急げよ、時間がない」
ぼくも慌ててネージュの後ろに乗る。
バイクは急速発進し、山道を駆け上る。途中所々、でこぼこ道で跳ね上がりながら。
空気が熱を帯びてくる。
間に合うだろうか。
◇◇◇
『再突入までのカウントダウンを開始します。三十、二十九、二十八、……』
リリウム・ツーのブリッジで、スズランは艦内に流れるカウントダウンを聞いていた。
ユウキが行方不明になってから、二晩が経過した。地上との通信はジャミングがされていて行えない。無事でいるだろうか。
「スズラン君、ユウキ君のことは……」
スズランと同じことを、ゴールデン司令も考えていたようだ。
「大丈夫。あいつはああ見えて、レクトリヴの能力はやたら強いんだ。きっと大丈夫」
大丈夫、を繰り返すスズランの、その表情はあまり明るくない。彼女だって本当は、ユウキのことが心配でたまらない。命に替えても守ると言ったユウキのことだから、なおさらだ。
「わかっておる。だが、きみはユウキ君のことを特別可愛がっておったから……」
「司令、その話はあと。いまは段取りのことを考えよう」
「あ、ああ……」
無理をして気丈に振る舞おうとしているのが伝わり、ゴールデン司令は口ごもる。
段取りをとスズランは言ったが、地上降下の段取りは極めてシンプルだったし、鍵となる一カ所を除いては、ほとんど統合宇宙軍の仕事だった。
「降下とともに最初に必要になるのは、制空権の再奪取だ。このあたりは主に統合宇宙軍第三十五輸送艦隊が担うから、あたしたちはその後方支援を担う」
第三十五輸送艦隊というのは、前回の突入よりあとで合流した、惑星ザイアス地上制圧のための部隊だ。しかし、前回降下が失敗に終わったので、その作戦目標は地上制圧から要塞無力化に変わっている。
「そうじゃな。特務機関シータの主力は、その時点ではエージーとビーエフじゃろう。とはいえ彼らも前進しすぎる必要はない」
「リリウム・ツーはあくまでも戦闘を避ける。リリウム・ツーに任されているのは、あのアモンの突破だ」
「確率干渉ビーム砲、フラウロス」
「フラウロスの初の実戦投入がこういう形になるとはね。だけど、宇宙から大気圏まで機動性の優れた機体で運べる、破壊半径の大きな兵器となれば、適任といえば適任だ」
◇◇◇
ぼくとネージュがバイクでザイアス要塞に飛び込んだとき、その瞬間、ラーム中将の虎の子の超兵器アモンが空を焼き尽くすはずだった。
しかし、結果は違った。
リリウム・ツーが装備しているもうひとつの超兵器フラウロスから放たれた赤黒い光線が、ザイアス要塞を貫く。要塞を貫通した光線はそのあと急激に膨張し、要塞の建物を見る間に巻き込んでいった。
攻撃が止んだときには、ザイアス要塞の建造物は巨大な円で切り取られたあとだった。ただし、切り取られたほうの部分は消滅していて、周囲のどこにも残骸が見当たらなかった。
要塞の前に映し出された巨大なラーム中将のホログラムはまだ消えていなかったが、苦々しげな表情をしていた。
『な、なに、アモンが……消滅した……だと?』
フラウロスによる大規模な攻撃は、要塞のどこにあるのかわからないアモンの発生装置を、要塞の大部分とともに消し去るためのものだった。
今回の攻撃で要塞が吹き飛んで初めて発覚したことだが、この要塞は地下深くに構造が伸びているのだった。ラーム中将が無事のように見えることからも、重要な施設は下層――山の地下にあるのだろう。
上部構造を失った要塞の地下から、次々に武器を担いだ兵隊や、ヘルメットで顔を隠した天幻兵士たちが掛けだしてくる。
ザイアス要塞の城門の内側にバイクを停め、ネージュは空を見上げる。空には、無数の統合宇宙軍の艦船がひしめいている。
「あんな超兵器を持っていたのか、統合宇宙軍……」
あの超兵器はフラウロスといって、ぼくの乗っている艦に搭載されているものだとは、言いづらかった。
ともあれ、これで統合宇宙軍が尻込みする必要はなくなった。アモンは沈黙しているから、戦闘機や戦闘ヘリはザイアス要塞に近づいても構わない。
輸送艦からは兵士や戦車が降下し、急激な勢いで、要塞を攻める攻撃の手が激しくなっていく。
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