データ・ロスト 〜未来宇宙戦争転生記

鷹来しぎ

文字の大きさ
上 下
26 / 66
第七章 丘の上の屋敷

第七章 丘の上の屋敷(6)かみさま、待ってる

しおりを挟む
 ぼくとネージュは、ミューをどこか安全なところへ連れて行こうということで意見が一致した。

 識別票の修理の件からこっち、寄り道をしてばかりだが、この際だ。しっかり面倒を見ようと思う。

 ミューとの会話は非常に不安定だが、どこから来たか、本人にまず聞いてみるのが一番だろう。そういうことになって、とりあえず、ぼくが質問してみると、答えはこうだった。

「ミュー、丘の上のお庭にいたの」

「庭?」

「広いお庭。白いお家。ミュー、お庭、好き」

「庭って、どこの?」

「白いちょうちょも大好き」

 話は途端に通じなくなる。

 それっぽっちしかない手掛かりから、ネージュは仮説を立てる。

「きっと、アルマの丘の宮殿だろう」

「宮殿?」

「ああ。旧ザイアス共和国の大統領官邸だな。今では、迎賓館として使われているらしい。水辺のガーデンが絶景だと有名だ。このあたりでそれらしい場所といえば、そこだろう」

 なるほど。さすが、この惑星ザイアスに長く住んでいるだけのことはある。

 ところで、ネージュはいまでは、軍服のジャケットを脱ぎ捨ててしまった。こう何度も軍服が災いの種になるとなれば、軍人だとわからない格好になってしまったほうがいいだろう。彼女はいまや、上衣は紺色のタンクトップ一枚だ。

 ぼくたちは一度、アルマの丘方面に向かうバスに乗ろうとした。バスを待っている間はなにも問題もなかったのだけど、到着したバスに乗り込もうとした瞬間、ミューが騒ぎ始めた。

「いや! 狭いの! 怖い!」

 結局、バスには乗れずじまいだった。なので、ぼくたちは仕方なく歩くことにしたのだが、ミューは屋外でも、人通りの多いところでは怖がり、歩みが極端に遅くなった。

 ミューは実に色々なものを怖がるのだ。

 彼女はぼくやネージュが手渡した食べ物や飲み物を受け取れずによく空振りする。目がはっきりと見えていないのか、距離感覚が掴めていないのかはわからない。

 大きな音は怖がるし、ふらふらとしてまっすぐ歩けない。身体の色々な器官が弱いのだとは思うが、一方ではジャンク屋の店主にどれだけ殴られても平然としていたように、常識外れの頑丈さもある。

 いや、共通して言えるとしたら、視覚、聴覚、平衡感覚、そして痛覚のどれもが鈍かったり鋭敏すぎたり――要は適切なレベルでバランスが取れていないのだ。

 松葉杖をついてゆっくり歩きながら、ネージュはミューに問う。

「ミュー、きみは迎賓館――いや、白い家にずっといたのかい? あそこは長期間滞在できるような場所ではないと思うけど……」

「ずっといたの。けんきゅうじょ。狭いところ、怖いところ」

「研究所……? 惑星オルガルムにいたのかい?」

「オルガルム、しらない。狭いところから広いところ。お庭。小川。お魚」

 手掛かりがほとんどない。……いや、待て。狭いところから広いところに来たという証言は、意味がありそうだ。彼女は狭い場所を極端に嫌う。パニック症状を起こすほどだ。

 元々狭い場所にいたけれど、例によってパニックを起こし、そのため広い場所が確保できるアルマの丘の宮殿に移されてきたということだろうか。

 今度はぼくが、ミューに質問をする。

「白い家には知り合いがいるんですか? 誰か、面倒を見てくれるような人が」

「白い家。かぞく、いっぱい。レスミル、パルカ、アニモ、ヘーサ、……」

 ミューは人の名前らしいものを列挙していく。家族が? そんなにたくさんいるのだろうか。

 名前を列挙しながら、ふと、ミューは発言を止める。そして、ぼくを、そしてネージュを指さす。

 何かと思って、ぼくとネージュは顔を見合わせたが、どうやら名前を聞いているらしいと思い至った。

「ぼくはユウキ」

「私はネージュだ」

 ミューの表情が明るくなる。彼女は満面の笑みを浮かべた。

「ユウキ、ネージュ、かぞく」

 どうやら、ぼくたちはミューに受け入れられているらしい。それにしても、彼女のいう家族という言葉は、家族そのものを意味するのではないらしい。仲間、とか、味方くらいの意味なのだろう。

「ダ=ティ=ユーラはかみさま」

 突如として、ミューはここにいない誰かの名前を挙げた。唐突だったので、ネージュには、その名前が一回では聞き取れなかった。

「ダ=ティ……?」

「神様?」

「ダ=ティ=ユーラはかみさま」

 もういちど、はっきりとした発音で、ミューはそう言った。彼女は笑顔だ。

「ミュー、ダ=ティ=ユーラ、まってる。かみさま、まってる」

 彼女は何を言っているのだろう? わからない。彼女は「かぞく」の話をして、それから「かみさま」の話をした。「かみさま」の話は、彼女にとってそれだけ身近な話なのだろうか。

 ミューは、神様を、待っている……?

 ◇◇◇

 夕暮れ前に、ぼくたちはアルマの丘の宮殿にたどり着いた。

 宮殿の敷地は高い鉄柵で囲まれていて、背の高い門扉の前に、ブラスターライフルを担いだギデス軍人がふたり立っていた。

 ぼくらが近づくと、ギデス軍人たちは怒鳴るようにきいてきた。

「何だ! お前たちは!」

 これに対しては、ネージュが堂々と答える。

「私は天幻部隊所属、ネージュ中尉だ! 女性を保護してここへ来た」

「なにが中尉だ軍服もなく……。い、いえ、これは中尉どの!」

 近づくにつれて、ネージュに見覚えがあったのか、ギデス軍人たちは居住まいを正した。

「こちらの女性を保護した。確認してくれないか」

 ネージュは門を守っている軍人たちにそう言った。軍人たちは疑うような眼差しをミューに向けたが、その一瞬あとには驚きの声をあげていた。

「ミュー様!」

「なんということだ。こんなに汚れてしまって。すぐに連絡いたします!」

 ギデス軍人たちは門扉を開け、うちひとりが奥の迎賓館に向かって走って行った。通信機で連絡を取らないということは、まだギデスの側も通信妨害が掛かっているのだろう。

「ミュー“様”か……」

 ネージュはギデス軍人たちの驚きように圧倒されていた。

「もしかして、ミューさんって、貴族か何かなのかな?」

 ぼくはそうきいたが、ミューはただただ「うふふ」と笑って何も答えなかった。

 ◇◇◇

 ぼくたち三人は迎賓館の中へと通された。

 高い天井と豪華なシャンデリア、高くまで続く大階段のホールにつくと、ミューは風呂と着替えのためといってメイドたちに連れて行かれてしまった。

 さて、残ったぼくたちはどこへ連れて行かれるのだろうと思っていたら、唐突に、ギデス兵たち三人にライフルを突きつけられたのだった。

「え、な、何?」

「小僧、お前には統合宇宙軍の関係者という疑いが掛かっている。別室へ来い」

 困ったことにこの疑いは正当だ。ギデス大煌王国政府の施設にノコノコと入ってしまったのがまずいといえばまずい。

 だけど、それをネージュは制止した。

「お前たち、待て。彼女は私の友人だ。何をしている」

「いや、しかし、ネージュ様。この小僧は映像記録にある統合宇宙軍のスパイと似ておりまして……」

「その小僧というのをやめろ。“彼女”は私の友人だと言っているだろう。墜落した私の手当をしてくれた恩人だ」

「し、失礼いたしました!」

 ネージュが凄んでくれたおかげで、ギデス兵たち三人はライフルをぼくに向けるのをやめ、敬礼してからそそくさと去って行った。

「あ、ありがとう……」

「……こんなところで騒ぎを起こされてもかなわんからな。今回だけだ」

「それでも、助かるよ」

 ぼくが笑いかけると、ネージュは口を尖らせて視線を逸らし、頬を掻いた。

 ◇◇◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

令和の中学生がファミコンやってみた

矢木羽研
青春
令和5年度の新中学生男子が、ファミコン好きの同級生女子と中古屋で遭遇。レトロゲーム×(ボーイミーツガール + 友情 + 家族愛) 。懐かしくも新鮮なゲーム体験をあなたに。ファミコン世代もそうでない世代も楽しめる、みずみずしく優しい青春物語です!  第一部・完! 今後の展開にご期待ください。カクヨムにも同時掲載。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...