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第七章 丘の上の屋敷

第七章 丘の上の屋敷(2)記憶のないエリート軍人

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 ぼくとネージュは、夜のスラムを歩いた。

 ネージュは松葉杖をついて歩いているので、そんなに速く進むことはできない。ぼくはその速さに合わせる。

 ぼくたちはこんな遅い時間でも受け付けてくれそうなホテルを探していた。

 ついさっきはギデスの軍服を着たネージュでさえ襲われそうになったけれども、普通なら、軍の人間が少し無理を言えばホテルも受け付けてくれるだろうと考えていた。

 ぼくは惑星ザイアス降下からこっち、ずっと私服でいたのはラッキーだった。ギデス軍服はともかく、統合宇宙軍軍服はここでは悪目立ちするだろう。

 静かだった。

 ときどき、遠くから野犬の吠え声が聞こえるほかは、何の音もしない。寝静まった街。

 不意に、ネージュが口を開く。

「お前、どうして軍人なんかやってるんだ。みたところ、まだ幼いんじゃないのか?」

 ぼくとしては、自分が幼いつもりは全くないけれど、外見がどうしてもそう見えるようだ。

「学校はもう終わったからね。卒業――みたいなかたちで、統合宇宙軍に入隊したんだよ」

「なんだ、その見た目で意外と年相応なのか」

「よく言われるよ」

「それで、なぜ軍人に?」

「ん……」

 言いよどんでしまう。軍人になる前から軍人だったと、どうして言えるだろう。

「どうしても強くなりたかったんだ。強くなって、英雄になって、認められれば、何かが変わると思ったんだ。でも……実際にはなかなか難しいね」

 ぼくの言葉を聞いて、ネージュは怪訝な顔をする。

「お前みたいな強さの軍人でも、認められるのは難しいのか? 統合宇宙軍のレクトリヴ部隊は想像以上に強者揃いなんだな」

「いや……何というか、そうではないんだけど」

「それにしても、その歳でずいぶん思い詰めたものだな」

「それを言ったらきみもそうなんじゃないの? 見たところ、ぼくと年格好は変わらないと思うけど」

 今でこそ、負傷し、砂埃で汚れて、疲れ切った顔をしているからそうは見えないものの、艶のある金髪に透き通った碧眼、なめらかな玉の肌、無駄のない筋肉の載った細い体つき――良家のお嬢さんと言われれば信じただろう。

「私はかつてギデス大煌王国に拾われ、天幻部隊軍人として育てられた。尉官にも取り立ててもらったし、暮らし向きもいい。だから、私はこの場所で認めてもらっているんだと思う」

「拾われた……って?」

「……ホテルに着いたぞ。部屋が空いてるかきいてみよう」

「う、うん……」

 ◇◇◇

 こんな深夜だというのに、ネージュの軍服は効果を発揮した。ぼくたちは二階の空き部屋に通された。

 ベッドはふたつ。ネージュは壁を背にベッドの上に座った。ぼくはまだ暫くは追っ手を警戒したかったので、ベッド脇の小さなテーブルつきの椅子に腰掛けた。

 ゆるく、生臭いけれど、涼しい風が窓から入ってくる。

「……ギデスによる宇宙平和はいまだ途上だが、これほどまでに浸透していないのかとよくわかった」

「“ギデスによる宇宙平和”?」

「そうだ。それこそがギデス大煌王の目指す恒久的宇宙平和。この宇宙を、人間を導くためには、賢い人による統率が必要なんだ」

「その統率を執るのが、統合宇宙政体ではなくギデス大煌王国だって言うんだね」

「ああ。このスラムもいずれ改善されなければならないが、まさか同じギデス軍内にあのような汚物がいるとは……」

 汚物、というのは先ほど彼女を襲おうとした、よれた軍服のギデス兵のことだった。あれは汚物と言ってもさしつかえないだろう。

「もし上手く統率できるなら、ギデスでなくてもいいということにはならない? もし統合宇宙政体にできるなら……」

 ネージュは首を横に振る。

「私はそうは思わない。統合宇宙政体には無理だ。ギデス大煌王国にしかできない偉業だ。それに……」

「それに?」

「私はギデスに恩義がある。みなしごだった私を拾い、レクトリヴ知覚の才能を見いだして、訓練してくれた。こんなことが統合宇宙政体に可能だったとは思えない」

 恩義がある、か……。そういえば、あのリッジバックも、似たような理由でギデス大煌王国に肩入れしているのだと言ってたっけ。

「そこが意外なんだよね。ネージュ、育ちが良さそうに見えるから。みなしごだったなんて」

「……それは、ギデス大煌王国が私に施してくれた教育の賜物だと思う」

「なるほど。拾われてから、いまのきみがあるんだね」

 想像したよりも、ギデスの教育というのは行き届いているらしい。たしかにこれは、統合宇宙政体に可能かどうか怪しい。

「だが……」

「うん?」

「拾われる前に、どんなだったのか、気にならないわけでもない」

「……どういうこと?」

「私には、ギデスに拾われる前の記憶がない」

「記憶が……、ない?」

「私の記憶は、五年前にギデスの研究所で目覚めるところから始まっている。それ以前の記憶は……ほとんどおぼろけでわからないんだ」

「え……」

「いや、こんな話、お前にしたところでどうしようもなかったな。忘れてくれ」

「ううん、ぼくにもわかる。あるとき目覚めた以前の記憶は曖昧で……あるいは全くなくて……。そして、気づいたらレクトリヴ能力者になっている」

 ネージュの生い立ちは、完全にぼくのことだった。

 ぼくには、シータ研究所で目覚めたあの日以前のユウキとしての記憶はない。南勇季としての記憶はそれなりにあるけれど、それだってもはや実感のない記録のようなものだ。

 そして、目を覚ましたのと同時に、天幻知覚レクトリヴの能力にも目覚めている――。

 ぼくの境遇と、ネージュの境遇は、不思議なくらい符合している。

「はあ? お前が? お前も、昔の記憶がなくて、目覚めたらレクトリヴ能力者になっていたって?」

「うん。そうさ」

「……本当に?」

「ほんとうに」

 ネージュは片手で額を押さえて、うつむいた。大きく息を吐き、また息を吸い込む音が聞こえる。

「はあ、私以外に、そんな人間がいるとはな」

「ぼくも驚きだよ」

「……いまや、統合宇宙政体は、ギデスが私を育てたようなやり方でレクトリヴ能力者を育てているということか」

「……どうだろう。そうではないと思うけど」

 統合宇宙政体が、シータ研究所がぼくの能力を見いだしたのは、完全に偶然だと思う。

「ともかく、私は明日、計算機部品を扱っている店を回ろうと思う。さっきのやつに私の識別票を壊されてしまったから……。要塞に戻る前に、新品のチップに個人情報を入れ替えておきたい」

「……わかった。変な話、ぼくの目的地もザイアス要塞だから、目的地まではつきあうよ」

 こうして、ぼくとネージュ、同じ境遇をもつ敵味方同士で要塞を目指すことになったのだった。

 ◇◇◇
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