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第七章 丘の上の屋敷
第七章 丘の上の屋敷(1)こんなところにいられない
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夜風に当たりながら、ぼくは木箱に腰掛けていた。
ここは惑星ザイアスのスラム街だ。夕方頃はそこそこ人出もあったけれど、夜ともなるとほとんど人通りがなかった。ときおり、建物の向こうから、車かバイクの音がする程度だ。
通りの向こうのほうに酔っ払いの三人組が現れたと思うと、お互いを口汚く罵り合い、取っ組み合いを始めた。ひとりが殴られて昏倒すると、残りのふたりは気まずそうにしながら――しかし相変わらず罵倒しながら去って行った。
そうやって、ときどき騒がしくなっては、また急に静けさを取り戻す。
ぼくは溜息をつきながら、通信機をポケットに仕舞い込んだ。
一向に、通信は回復しない。
ザイアス要塞での戦闘が始まってからというもの、要塞を中心にかなり広い範囲で通信妨害が行われているらしい。
「ダメか……」
リリウム・ツーとの連絡は、今夜じゅうには難しいだろう。
木箱から立ち上がると、ぼくはそばの家の戸を開け、地下へと下りていった。
◇◇◇
地下の薄暗い部屋に入ると、ベッドの上でやつれた顔をした金髪の少女が身を起こしていた。
ネージュだ。
彼女はぼくが部屋を出るまでは眠っていたけれど、外で通信を試している間に目を覚ましたらしい。
「お前……っ!」
ぼくはベッド脇の椅子に座る。
「落ちついて、ネージュ。ぼくは敵じゃない。それに、きみは怪我をしてるんだから」
「怪我って、痛――っ!」
「ヘリコプターが墜落したときに、右足を折ったみたいなんだ。あと全身にいくつかの打撲。一応、手当はしてもらったけど」
ネージュの身体の打撲傷は、重度のものから順に消毒がされている。それに、骨折した右足は木材と包帯でしっかりと固定されている。
「て、手当って、お前がやったのか?」
「さすがに、そこはお医者さんまかせだよ。墜落地点から一番近い診療所がここだったんだ」
ぼくたちが会話をしていると、ぼくの後ろの扉が開き、血の気のない土色の顔をした医者がやって来る。
「起きたのか?」
「ええ、おかげさまで」
ネージュが黙っているので、ぼくが代わりにそう答えた。
「十分な治療装置があれば、骨折くらいすぐ完治できるんだがな。あいにく、このスラムにはその手の機械はないものでな」
「いえ、でもありがたいです」
「……ふん、そうか」
医者はそれだけ言って、またドアの向こうに帰って行った。扉は閉められる。
ネージュは深く息を吐いた。複雑な感情がこみ上げて、まずなんと言っていいのかわからない様子だった。
だが、しばらくしてまた口を開く。
「助けてくれたことについては一応、感謝する。だが、お前は敵だ。お前は私の部隊を壊滅させた」
「うん、それはそうだね。統合宇宙軍とギデス帝国は戦っているから……。ごめん」
「そうだ。あれは戦争の一環だ。だからお前に謝る必要はない。だが、あれでは私の面目が丸つぶれだ」
ネージュにはずっと、ぼくの名前を呼ばれていない気がする。そうだ、そういえば、自己紹介もする時間がなかった。
「……ユウキ」
「うん?」
「ぼくの名前、ユウキっていうんだ。“お前”じゃない」
「お前なんか“お前”で十分だ」
「そうか……」
ぼくは肩を落とす。これだけ敵視されているのだから、頑なな態度は無理もないだろう。
墜落したヘリから、気を失った彼女をここまで運んだくらいでは、気安く付き合える仲にはならないだろう。
「でも、ユウキか……。どこかで聞いたことがあるような……」
「聞いたことが――って?」
「痛――っ!」
ネージュは頭を押さえる。
墜落時に頭も打っていたのだろうかと心配したが、どうもそうではないらしい。
「大丈夫?」
「いや、なんでもない。一瞬痛んだだけだ」
突発的な頭痛で、しかももう収まったらしい。
そこで、ふと、ぼくは通信妨害のことを思い出した。ぼくの通信機は使えないけれど、ネージュのものなら使えるかもしれない。
「ネージュ、ぼくの通信機はジャミングが掛かっていて使えないんだけれど、きみの通信機は使えるかな? もし使えるなら、ギデス兵を送ってもらって要塞に帰るといいよ」
「いいのか? そんなことをすれば、お前は捕まるぞ」
「さすがに捕まる前にはどこかに行くよ。でも、怪我人を抱えて移動するよりも、怪我人をギデスに帰してから移動したほうが都合がいいから」
「そうか」
ネージュはジャケットの内側から通信機を取り出すと、それで要塞との通信を試みた。けれど、一向に繋がらない様子だ。
「ここは地下だから、電波状況が悪いかもしれないけど」
「……どうもそういう感じじゃない。ジャミングが私の通信機も妨害してるみたいだ。統合宇宙軍だけでなく、ギデス軍もジャミング対象か」
「味方まで通信を妨害しているのか」
「……いや、そう珍しいことじゃない。戦闘中は、通信機を奪われることもあるからな」
「なるほど……」
そのとき、階段のほうからドカドカと人が下りてくる足音が聞こえた。
ぼくは天幻知覚レクトリヴの手を、振り返らないまま、階段のほうへと伸ばす。
五人。成人男性ばかりだ。
ぼくたちのいる部屋の扉が、勢いよく蹴り開けられた。
現れたのは予想通りの男性五人。ひとりは汚れてよれたギデス軍服を着ていたが、ほかの四人は柄シャツにズボンというゴロツキ風の出で立ちだった。
「なんだお前たちは!」
ネージュがベッドの上から叫ぶ。だが、彼女はそこから動くことはできない。
「俺たちはここにギデスの将校がいると聞いたのさあ。だが来てみれば、女子供だけかあ」
よれたギデス軍服の男がそう言った。この男の肌は浅黒く乾いていて、髭も左右非対称に、いびつに生え散らかしていて、お世辞にも上品とはいえなかった。
ぼくは一応、ネージュに尋ねる。
「ネージュ、さっきの通信で、ギデス軍に連絡が付いていたのか?」
「いや……、そんなはずはない。私の通信は繋がらなかったはずだ」
よれた軍服の男は下卑た笑いを浮かべている。
「通信だあ? そんなもんは無駄無駄。ずっとジャミングされてて誰も呼べないっつの。俺たちはここの医者から、将校が運ばれてきたって聞いたからよ」
「……あの医者から聞いたのか?」
「そうよォ。あの医者は俺たちに借金があるからよ。今回は、ここに運ばれてきたギデス女将校の身柄でチャラにしてやることにしたのよ」
それを聞いて、ネージュが激高する。
「なんだと、貴様! どこの所属だ! 階級は!」
「所属ぅ? あほくさ、そんなもん。ド底辺の一兵卒で、このあたりのスラムに配属された俺みたいなやつに、そんなものに意味があるとでも?」
「貴様、それでもギデス軍人か!」
「あいにくと、これでもギデス軍人なのよォ」
「私は上官だぞ! その口の利き方は何だ!」
「上官? なら持ってますよねえ、識別票。確認させてもらえませんかねえ」
「持ってる。確認したければしろ」
ネージュは首から掛かっている小さなタグを外すと、よれた軍服の男に向かって投げた。
その男は彼女の識別票を読む。
「これはこれは……、中尉どのでございましたかあ。ネージュ中尉どの。天幻部隊ザイアス要塞ネージュ隊隊長。グレード五位……と」
「それでわかっただろう。さあ、識別票を返せ」
だが、よれた軍服の男は識別票を返さずに、――指で折り曲げてしまった。
「これで、あんたがギデスの将校だって証明するものはなくなったってわけだ」
「お、お前……っ!」
「俺みたいな一生底辺を這いずり回るようなクズ軍人にとっては、階級が高いほど恨めしいのよォ! おかげで、こうしてスラムのゴミどもとは仲良くやれてるんだけどな」
ぼくの中でも、このよれた軍服の男の強い悪意について、予感から確信に変わった。
「ギデス大煌王国は惑星ザイアスを侵略したんだろ? なんで侵略した側の軍人と、街のゴロツキが結託してるんだ」
ぼくの質問には、ゴロツキ四人のうちひとりが答える。
「この旦那はなあ、俺たちと同じクズの仲間さ。ギデスにすべてを奪われ、カネもない、女にも縁がない。そんな俺たちに、その全部の憂さ晴らしをさせてくれるんだ。神様みてえなもんさあ」
よれた軍服の男がにやり、と笑う。
「そういうこと。あんたはこれから俺たちクズの餌になるのさあ。ギデスに人生のすべてを奪われた可哀相なゴミどもを慰めてやってくれや。中尉どの」
「底抜けのクズだな、貴様ら……!」
怒りに打ち震えながら、ネージュは声を絞り出した。
よれた軍服の男は、彼女のその様子をみていよいよ嗤うばかりだった。
「どんどん貶めてくださいよ。これからあんたは、人間以下の人間、ウジ虫以下のウジ虫に食われるんだから。看病しているそこのお嬢ちゃんも一緒にな」
お嬢ちゃん、と言われたのは案の定、ぼくだった。
もうこれ以上、この連中の戯言を聞いていても仕方がないと思った。
ぼくは椅子から立ち上がると、よれた軍服の男と四人のごろつきの前に立ちはだかった。ぼくは両手を軽く広げる。
「おお、なんだあ、お嬢ちゃん。自分が先にってことかい? 健気だねえ。ん?」
レクトリヴの知覚を展開した。きっかり五人。全員の周囲の空間を完全に掌握する。
右手を前に出し、拳を握り締める。
五人の男たちは周囲から爆縮する衝撃波に身をあおられ、お互いに頭を強打した。全員が一撃で気絶する。
「お前……」
ネージュがぼくの背に向かってそう言った。
無言で、ぼくは部屋の出入り口のドアを開ける。そこには、先ほどの医者が立っていた。
「わ、わ、わ、私は……!」
「あんたがぼくたちを売ったんだってね? あいつらの借金のカタに」
「し、仕方ないんだ! ザイアスで医者を続けるには……、人を助けるには、金が必要だったんだ……!」
「で、なんでそこにいるわけ? あいつらに混ざる気だったんだろ?」
「ち、ち、違う! 違う! たまたま様子を見ていただけだ! 本当だ!」
医者は恐怖のあまり、震えながら尻餅をつく。
こんなやつを相手にしていても仕方ない。ぼくは振り返ると、ネージュに告げた。
「行こう、ネージュ。こんなところにはいられない」
ネージュは真剣な表情で頷いた。
◇◇◇
ここは惑星ザイアスのスラム街だ。夕方頃はそこそこ人出もあったけれど、夜ともなるとほとんど人通りがなかった。ときおり、建物の向こうから、車かバイクの音がする程度だ。
通りの向こうのほうに酔っ払いの三人組が現れたと思うと、お互いを口汚く罵り合い、取っ組み合いを始めた。ひとりが殴られて昏倒すると、残りのふたりは気まずそうにしながら――しかし相変わらず罵倒しながら去って行った。
そうやって、ときどき騒がしくなっては、また急に静けさを取り戻す。
ぼくは溜息をつきながら、通信機をポケットに仕舞い込んだ。
一向に、通信は回復しない。
ザイアス要塞での戦闘が始まってからというもの、要塞を中心にかなり広い範囲で通信妨害が行われているらしい。
「ダメか……」
リリウム・ツーとの連絡は、今夜じゅうには難しいだろう。
木箱から立ち上がると、ぼくはそばの家の戸を開け、地下へと下りていった。
◇◇◇
地下の薄暗い部屋に入ると、ベッドの上でやつれた顔をした金髪の少女が身を起こしていた。
ネージュだ。
彼女はぼくが部屋を出るまでは眠っていたけれど、外で通信を試している間に目を覚ましたらしい。
「お前……っ!」
ぼくはベッド脇の椅子に座る。
「落ちついて、ネージュ。ぼくは敵じゃない。それに、きみは怪我をしてるんだから」
「怪我って、痛――っ!」
「ヘリコプターが墜落したときに、右足を折ったみたいなんだ。あと全身にいくつかの打撲。一応、手当はしてもらったけど」
ネージュの身体の打撲傷は、重度のものから順に消毒がされている。それに、骨折した右足は木材と包帯でしっかりと固定されている。
「て、手当って、お前がやったのか?」
「さすがに、そこはお医者さんまかせだよ。墜落地点から一番近い診療所がここだったんだ」
ぼくたちが会話をしていると、ぼくの後ろの扉が開き、血の気のない土色の顔をした医者がやって来る。
「起きたのか?」
「ええ、おかげさまで」
ネージュが黙っているので、ぼくが代わりにそう答えた。
「十分な治療装置があれば、骨折くらいすぐ完治できるんだがな。あいにく、このスラムにはその手の機械はないものでな」
「いえ、でもありがたいです」
「……ふん、そうか」
医者はそれだけ言って、またドアの向こうに帰って行った。扉は閉められる。
ネージュは深く息を吐いた。複雑な感情がこみ上げて、まずなんと言っていいのかわからない様子だった。
だが、しばらくしてまた口を開く。
「助けてくれたことについては一応、感謝する。だが、お前は敵だ。お前は私の部隊を壊滅させた」
「うん、それはそうだね。統合宇宙軍とギデス帝国は戦っているから……。ごめん」
「そうだ。あれは戦争の一環だ。だからお前に謝る必要はない。だが、あれでは私の面目が丸つぶれだ」
ネージュにはずっと、ぼくの名前を呼ばれていない気がする。そうだ、そういえば、自己紹介もする時間がなかった。
「……ユウキ」
「うん?」
「ぼくの名前、ユウキっていうんだ。“お前”じゃない」
「お前なんか“お前”で十分だ」
「そうか……」
ぼくは肩を落とす。これだけ敵視されているのだから、頑なな態度は無理もないだろう。
墜落したヘリから、気を失った彼女をここまで運んだくらいでは、気安く付き合える仲にはならないだろう。
「でも、ユウキか……。どこかで聞いたことがあるような……」
「聞いたことが――って?」
「痛――っ!」
ネージュは頭を押さえる。
墜落時に頭も打っていたのだろうかと心配したが、どうもそうではないらしい。
「大丈夫?」
「いや、なんでもない。一瞬痛んだだけだ」
突発的な頭痛で、しかももう収まったらしい。
そこで、ふと、ぼくは通信妨害のことを思い出した。ぼくの通信機は使えないけれど、ネージュのものなら使えるかもしれない。
「ネージュ、ぼくの通信機はジャミングが掛かっていて使えないんだけれど、きみの通信機は使えるかな? もし使えるなら、ギデス兵を送ってもらって要塞に帰るといいよ」
「いいのか? そんなことをすれば、お前は捕まるぞ」
「さすがに捕まる前にはどこかに行くよ。でも、怪我人を抱えて移動するよりも、怪我人をギデスに帰してから移動したほうが都合がいいから」
「そうか」
ネージュはジャケットの内側から通信機を取り出すと、それで要塞との通信を試みた。けれど、一向に繋がらない様子だ。
「ここは地下だから、電波状況が悪いかもしれないけど」
「……どうもそういう感じじゃない。ジャミングが私の通信機も妨害してるみたいだ。統合宇宙軍だけでなく、ギデス軍もジャミング対象か」
「味方まで通信を妨害しているのか」
「……いや、そう珍しいことじゃない。戦闘中は、通信機を奪われることもあるからな」
「なるほど……」
そのとき、階段のほうからドカドカと人が下りてくる足音が聞こえた。
ぼくは天幻知覚レクトリヴの手を、振り返らないまま、階段のほうへと伸ばす。
五人。成人男性ばかりだ。
ぼくたちのいる部屋の扉が、勢いよく蹴り開けられた。
現れたのは予想通りの男性五人。ひとりは汚れてよれたギデス軍服を着ていたが、ほかの四人は柄シャツにズボンというゴロツキ風の出で立ちだった。
「なんだお前たちは!」
ネージュがベッドの上から叫ぶ。だが、彼女はそこから動くことはできない。
「俺たちはここにギデスの将校がいると聞いたのさあ。だが来てみれば、女子供だけかあ」
よれたギデス軍服の男がそう言った。この男の肌は浅黒く乾いていて、髭も左右非対称に、いびつに生え散らかしていて、お世辞にも上品とはいえなかった。
ぼくは一応、ネージュに尋ねる。
「ネージュ、さっきの通信で、ギデス軍に連絡が付いていたのか?」
「いや……、そんなはずはない。私の通信は繋がらなかったはずだ」
よれた軍服の男は下卑た笑いを浮かべている。
「通信だあ? そんなもんは無駄無駄。ずっとジャミングされてて誰も呼べないっつの。俺たちはここの医者から、将校が運ばれてきたって聞いたからよ」
「……あの医者から聞いたのか?」
「そうよォ。あの医者は俺たちに借金があるからよ。今回は、ここに運ばれてきたギデス女将校の身柄でチャラにしてやることにしたのよ」
それを聞いて、ネージュが激高する。
「なんだと、貴様! どこの所属だ! 階級は!」
「所属ぅ? あほくさ、そんなもん。ド底辺の一兵卒で、このあたりのスラムに配属された俺みたいなやつに、そんなものに意味があるとでも?」
「貴様、それでもギデス軍人か!」
「あいにくと、これでもギデス軍人なのよォ」
「私は上官だぞ! その口の利き方は何だ!」
「上官? なら持ってますよねえ、識別票。確認させてもらえませんかねえ」
「持ってる。確認したければしろ」
ネージュは首から掛かっている小さなタグを外すと、よれた軍服の男に向かって投げた。
その男は彼女の識別票を読む。
「これはこれは……、中尉どのでございましたかあ。ネージュ中尉どの。天幻部隊ザイアス要塞ネージュ隊隊長。グレード五位……と」
「それでわかっただろう。さあ、識別票を返せ」
だが、よれた軍服の男は識別票を返さずに、――指で折り曲げてしまった。
「これで、あんたがギデスの将校だって証明するものはなくなったってわけだ」
「お、お前……っ!」
「俺みたいな一生底辺を這いずり回るようなクズ軍人にとっては、階級が高いほど恨めしいのよォ! おかげで、こうしてスラムのゴミどもとは仲良くやれてるんだけどな」
ぼくの中でも、このよれた軍服の男の強い悪意について、予感から確信に変わった。
「ギデス大煌王国は惑星ザイアスを侵略したんだろ? なんで侵略した側の軍人と、街のゴロツキが結託してるんだ」
ぼくの質問には、ゴロツキ四人のうちひとりが答える。
「この旦那はなあ、俺たちと同じクズの仲間さ。ギデスにすべてを奪われ、カネもない、女にも縁がない。そんな俺たちに、その全部の憂さ晴らしをさせてくれるんだ。神様みてえなもんさあ」
よれた軍服の男がにやり、と笑う。
「そういうこと。あんたはこれから俺たちクズの餌になるのさあ。ギデスに人生のすべてを奪われた可哀相なゴミどもを慰めてやってくれや。中尉どの」
「底抜けのクズだな、貴様ら……!」
怒りに打ち震えながら、ネージュは声を絞り出した。
よれた軍服の男は、彼女のその様子をみていよいよ嗤うばかりだった。
「どんどん貶めてくださいよ。これからあんたは、人間以下の人間、ウジ虫以下のウジ虫に食われるんだから。看病しているそこのお嬢ちゃんも一緒にな」
お嬢ちゃん、と言われたのは案の定、ぼくだった。
もうこれ以上、この連中の戯言を聞いていても仕方がないと思った。
ぼくは椅子から立ち上がると、よれた軍服の男と四人のごろつきの前に立ちはだかった。ぼくは両手を軽く広げる。
「おお、なんだあ、お嬢ちゃん。自分が先にってことかい? 健気だねえ。ん?」
レクトリヴの知覚を展開した。きっかり五人。全員の周囲の空間を完全に掌握する。
右手を前に出し、拳を握り締める。
五人の男たちは周囲から爆縮する衝撃波に身をあおられ、お互いに頭を強打した。全員が一撃で気絶する。
「お前……」
ネージュがぼくの背に向かってそう言った。
無言で、ぼくは部屋の出入り口のドアを開ける。そこには、先ほどの医者が立っていた。
「わ、わ、わ、私は……!」
「あんたがぼくたちを売ったんだってね? あいつらの借金のカタに」
「し、仕方ないんだ! ザイアスで医者を続けるには……、人を助けるには、金が必要だったんだ……!」
「で、なんでそこにいるわけ? あいつらに混ざる気だったんだろ?」
「ち、ち、違う! 違う! たまたま様子を見ていただけだ! 本当だ!」
医者は恐怖のあまり、震えながら尻餅をつく。
こんなやつを相手にしていても仕方ない。ぼくは振り返ると、ネージュに告げた。
「行こう、ネージュ。こんなところにはいられない」
ネージュは真剣な表情で頷いた。
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