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第四章 ドゥーン=ドゥ

第四章 ドゥーン=ドゥ(2)商業船を制圧せよ

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 操舵室では、スズランが支配権を獲得していた。彼女の周りでは協力者たちが操縦士、副操縦士を拘束し、警備員たちを気絶させ、縛り上げていた。

「さて、こちらは片付いたぞ。あとは何食わぬ顔で、針路を政府機能ステーション・ビシュバリクに向けてとればいい」

 スズランはブラスターライフルを手に立っていた。いまのところ、これを人間に向けて撃ち込んではいない。

 携帯端末が鳴る。スズランは端末を取り上げ、耳に当てた。

「ユウキか?」

 ◇◇◇

「スズラン、こっちの仕事は終わった。今向かってる」

 ぼくはヌイ中将を連れて、客席から操舵室へと向かう通路を歩いていた。

『了解。こっちも片付いた。気をつけて来てくれ』

「オーケー。それじゃあまたあとで」

 通話を終え、端末をポケットに仕舞い込もうとしたところで、向こうから歩いてくる人影があった。

「あーあーあー! なぜそうなるのダ! あー! この無能! 無能! 無能! 素晴らしいほどに深遠! 興味深い! あー!」

 明らかに危険な様子の人物だった。白衣を着た、ギデスの科学者だった。彼は何やらわけのわからないことを叫びながら、こちらへ向かって歩いてくる。

 そして、すれ違おうというとき、彼はぼくに向かってニッコリ笑い、話しかけてきたのだった。

「ははあ、お散歩ですかナ。ヌイ中将」

「うう……」

 薬が回っているせいで、ヌイ中将にはまともな受け答えができない。こんな状況、怪しまれないほうがおかしい。ぼくは身構えた。

 しかし――

「そうですか、そうですか。よろしいですナア。客席にばかりおるのも窮屈でしょう。このような美しい人とお散歩トハ、空気もほどよくなるでしょう」

 科学者は笑いながら、勝手な会話を続けていた。彼は笑っている。しかし、その目は鈍く濁っていて、この世の何も見ていないかのようだった。

「そ、それでは失礼……」

 ぼくは軽く会釈して、この科学者をやり過ごそうとした。ヌイ中将もぼくについて来る。

「それではごきげんよう、少年」

 少、年――?

 こいつ、ぼくが女装していると知りながら、ヌイ中将を連れて行こうとするのを黙って見過ごそうというのか?

 そのとき、通路の先の四辻を曲がってきたギデスの士官が、ぼくのほうを見て駆けてきた。

「お前! そこの女! 止まれ! ヌイ中将をどこへ連れて行く気だ!」

 しかし、その士官の必死さとは対照的に、例の科学者は落ち着き払い、士官に挨拶をした。

「ほほう、リッシュ大佐、これはこれはお元気そうデ」

「ニウス最高研究主任! 何をしている、ヌイ中将が危ないのだぞ!」

 こいつ――リッシュ大佐とは戦うしかない。

 殴りかかってくる相手に合わせて、ぼくは身をかがめ、天幻知覚レクトリヴを纏った拳の一撃を腹に打ち込んだ。

 真空の刃が敵のリッシュ大佐の腹を切り裂く。形勢が悪いと踏んだ彼は、走って逃げ、通路の分かれ道で操舵室ではない方向へと曲がっていった。

 ぼくはヌイ中将の手を引き、操舵室のほうへと急いだ。その姿を、ニウス最高研究主任はニッコリと笑ったまま見ていた。

 ◇◇◇

 そこから先は大変だった。ギデス帝国の兵隊が現れては撃ってくる。

 もちろん、相手もヌイ中将を傷つけないようにしているから、そう無茶なやり方はしてこない。とはいえ、人間に銃は必殺の兵器なのだ。一発だってもらえない。ぼくはレクトリヴを使って銃弾を逸らし、身を守る。

 商船の中で撃ってくるとは、なんて非常識な連中なんだろうと思ったけれども、彼らのボスを誘拐したぼくが言えた義理じゃあなかった。

 携帯端末にコールが入る。スズランだ。

『ユウキ、お前何かやったか? ギデスの兵たちがここを攻撃し始めた。操舵室付近は戦闘状態だ』

「ごめん。敵にばれた。今逃げてる」

『ちょっとおおおおおおおお。生物兵器も投入されてきたんだけど!』

「なに? 生物兵器? ……ちょっと、一旦広いところへ出ていいかな。そっちで派手に行動して、敵を引きつけたい」

『わかった。気をつけてな』

「うん、大丈夫」

 ぼくは操舵室のほうへ向かうのはやめ、階層を下りることにした。下の階層には、貨物や小型艇のための格納庫がある。そちらのほうがこのあたりの通路よりも広い。

 ◇◇◇

 ぼくがやってきたのは貨物用の格納庫のようだった。そこかしこにコンテナが積んである。そしてなにより、一番迫力があったのは軍艦用の砲台――ギデス大煌王国の新兵器らしいものだった。

 格納庫にやって来てしばらくすると、ぼくの来た道から丸坊主で素っ裸の宇宙人たちが襲いかかってきた。その数、八。

 肌の色が灰色で目が大きく、昔どこかで見たグレイタイプの宇宙人そのものだった。そいつらが、有無を言わさずぼくに襲いかかってくる。

 一体一体の脅威はさほどでもない。けれども――。

 ぼくがレクトリヴで一体を引き裂いても、ほかの個体がまったく怯まなかった。恐怖心がないのか?

 これがスズランの言っていた。“生物兵器”なのか。
 
 群れを成して襲ってくる灰色の怪人たちを、ぼくは真空の刃で切り裂き、また攻撃をかわしては斬りつけた。

 真空斬りの応用として、衝撃波で複数個体を跳ね飛ばすこともおぼえた。これは一発の威力は真空斬りにはかなり劣るけれども、相手をまとめて間合いの外へ追いやることで、体勢を立て直すのにはうってつけだった。

 敵の灰色の怪人八体を倒しきると、ぼくはヌイ中将を砲台のそばに座らせた。砲台の足があるおかげで、今後誰かに銃撃されても間違って当たってしまう心配が減るだろう。

 そのタイミングで、ブラスターライフルで武装したギデス兵四人が格納庫になだれ込んできた。銃口はぼくの方を向いている。

 彼らの後ろからやって来たのは、負傷したリッシュ大佐、そしてニウス最高研究主任だった。

 リッシュ大佐の両手には見慣れない金属製のグローブが装着されていた。

「女、貴様レクトリヴ使いか。わが大煌王国の生物兵器をそこまで簡単に潰してしまうとはな」

 ぼくは、リッシュ大佐はまだぼくのことを女だと勘違いしているのだなと思った。

「所詮、数が作れるだけが利点の生物兵器なんてェそんなものですよォ、リッシュ大佐」

 ときどき裏返る声で、ニウス最高研究主任はそう言う。

「やはり、生物兵器はもっと高機能でなきゃア。最高に醜くて、最強で惨めなやつヲ」

「今後は期待させてもらおう、ニウス最高研究主任。だが今回は、この確率制御兵器の実戦テストといこうじゃないか」

 リッシュ大佐は両手を顔の前に構える。どう考えても、リッシュ大佐の両手の金属製のグローブが、ブラスターライフルよりも強い武器には思えない。

 でも、確率制御兵器って、なんだ?

 ギデス兵たちがぼくに向かって一斉に引き金を引く。飛んでくるビームを、ぼくはレクトリヴの力を使って撥ねのける。床を蹴り、ロケットのように彼らのところへ跳躍すると、片っ端から真空の刃で切り裂いた。

 彼らギデス兵たちは、泡を食って同士討ちをせんばかりにブラスターライフルを乱射したが、そのどれもがぼくのシールドの前にはじき返されていった。

 ◇◇◇

「制圧完了です! スズラン准尉!」

「よーし、よくやったぞ、みんな。帰ったら、あたしがメシをおごってやる」

 操舵室に陣取っていたスズランたち――彼女と六人の協力者たちは、攻め入ってくるギデスの兵隊四人と灰色の生物兵器たちを無力化させることに成功した。
 
 六人の協力者たちはそれぞれにブラスターライフルを持ち、激しい打ち合いの末に敵陣営を壊滅させた。

「准尉の手料理がいいであります!」

「よく言った。お前にはあたしが直々にビルル虫を焦がしたのをくれてやる。上質なタンパク源だぞ」

「イエス・マム」

 スズランは操舵室から一歩、外へと踏み出した。もう航路は政府機能ステーション・ビシュバリクに向けてあるから、心配は要らない。今気がかりなのは、ヌイ中将を連れて逃げているユウキのことだ。

「よし、ユウキを助けにいく。アイラを含めた四人はあたしについて来るように。残りのふたりはこの場のお守りを頼む」

「イエス・マム」

 ◇◇◇
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