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第四章 ドゥーン=ドゥ

第四章 ドゥーン=ドゥ(1)中将とワンピースの女

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 スズランとその協力者たちの駆るリリウム・ツーで、ぼくたちは商業ステーション・ドゥーン=ドゥのドッキングベイへと到着した。

 ドゥーン=ドゥは中立の商業ステーションなので、統合宇宙政体側の人々も、ギデス大煌王国側の人々も共に行き交っていた。

 店舗を構えている店もあれば、通路にゴザを敷いて商売をしている者もいる。この店が並ぶ様を、人々はバザールと呼んでいた。商業ステーションと言えばたいそうだが、高額な艦船から小さな機械部品まで、さまざまな品が取引されていた。

 しかし、ここは軍事施設ではないから、軍人は極めて少ない。統合宇宙政体にせよ、ギデスにせよ、こんなところで出くわして不要な争いはしたくないということだろう。

 だからこそ、ギデス大煌王国の将校および兵隊の一団の存在は、ここでは際立っていた。

「前情報通り、あいつらがヌイ中将とその部下みたいだ」

 バザールの一角に身を隠しながら、スズランは言った。仲間たちもうなずく。どうやら彼女の言っていることは正しそうだ。

 ヌイ中将は小太りな男で、軍人という割にはあまり強そうではない。貴族のような高い身分の出身で、軍隊内でも昇進が早かったような、そんな人物なのだろうか。

 ヌイ中将は対照的に体格のがっしりした士官と、ひょろっとした白衣の科学者を連れていた。彼らの護衛のために、八人程度の兵隊が取り巻いている。

 科学者一名を除けば、向こうの兵員数は総勢十名と見える。

 彼らは巨大な砲台を前にして、商人らしい男と何か会話をしていた。彼らはこの砲を買うために、この商業ステーション・ドゥーン=ドゥまで買いに来たのだろうか?

 (いや、違うか)と、ぼくは思い直す。きのうスズランがゴールデン司令の端末から読み取った情報によると、ギデスの将官たちは「新兵器の完成のための重要物品の調達のため」ドゥーン=ドゥに来ているとのことだった。

 この砲台自体はギデス大煌王国が開発した新兵器で、ドゥーン=ドゥへはあくまでもその完成に必要な物品の調達に来ているのだ。

 売買が完了したのか、砲台がクレーンで運ばれ、商業船のひとつに積み込まれる。どうやらこの商業船が惑星タリバル方面に向かうもので、ヌイ中将たちが乗船するものらしい。

「あたしたちは、民間人を装ってあの船に乗り込む。頃合いが来たら、ヌイ中将を拘束し、操舵室を乗っ取る。そのままビシュバリクに帰ってヌイを引き渡すんだ」

 スズランが計画――かなり荒っぽいが――を話すと、協力者たち六人は同意した。みんなよくもまあ、こんな無茶な計画につきあうものだよと思ったけれども、よく考えるとぼくもその一員だった。

「それと……ユウキはちょっと来い」

「え、何?」

「準備だよ、準備」

 スズランはぼくの来ているパーカーを見ながらそういった。ここに来るまでに軍服から私服に着替えてある。その服にまだ何か問題でもあるのだろうか。

「ちょっとした小細工で手間が減るなら、そのほうがいい。そうだろう?」

 ◇◇◇

 惑星タリバル行きの商業船が発進した。ヌイ中将の座っている座席はファーストクラス。彼以外には、取り巻きの士官ひとりと科学者ひとりしかこのエリアにはいない。

 タリバルへ向けて数時間航行したころ、ヌイ中将はワインを飲みながらまどろみかかっていた。同行の士官も科学者も席を外している。

 そこへ、薄紫色のワンピースを着た女性がやってくる。彼女はワインを持ったままヌイ中将の隣の席にまで来ると、そこに座った。

 ヌイ中将は隣の席には誰も座っていなかったはずだと思ったが、それを問題にする気はすぐに失った。女性は微笑む。

「ギデス大煌王国の将校さんね。とても偉い方なのかしら? 任務中?」

「あ、ああ。そ、そういうお嬢さんは……」

「ふふ」女性は笑った。「お嬢さんだなんて」

「わ、我輩は惑星タリバルの総督であるぞ。お嬢さんは、タリバルの市民か?」

「いいえ。わたしは惑星オルガルムの市民だけど、これからしばらくはタリバルで過ごすのよ。素敵でしょう?」

「も、もちろんだとも。タ、タリバルにはギデス領内きっての景勝地もある。よい滞在になることは、わ、我輩が保障する」

「あらありがとう、総督さん。まずはわたし、第三十二地区に行くの。ディルミア・ホテル、ご存じでしょ? それから、第三十三地区のブルーローズビーチへ行くの。なんとかって有名なカクテルがあるんですってね。それから……、あなた素敵ね」

「す、すす、素敵とな」

 そこへ、キャビンアテンダントの女性が通りかかる。ワンピースの女性は彼女を呼び止め、話しかける。

「ブルーローズビーチの有名なカクテル、名前は何だったかしら」

「ミルキーウェイローズでございます、お客様」

「そう、ミルキーウェイローズ。そんな名前だったわ。ありがとう」

「ところでお客様、お飲み物はいかがでしょうか?」

「ワインをもう少し欲しいわ。ね? もう少しいい気分に浸りたいでしょう? あなたも」

 ワンピースの女性はそう言いながら、隣の席のヌイ中将の肩をつつく。「素敵」と言われてから顔を真っ赤にしていた彼は、慌てて、「そそそ、そうだな!」と無闇矢鱈に力強く返事をしたのだった。

 キャビンアテンダントの女性から差し出されたワインを手に取ると、ヌイ中将はそれを思い切りあおり、そして、がっくりと頭を垂れた。

「ぐ……むう……」

「さて、と……」

 ワンピースの女性――“ぼく”は深い溜息をついた。

 なんというか、気分は複雑だが、ヌイ中将はまんまとぼくの女装に引っかかったというわけだ。

 バザールでスズランが買ってきたワンピースを着て、それに合わせたサンダルを履いている以外は、ちょっと口紅を引いたくらいで派手に盛ったわけでもないのに、ものの見事に女装が上手く機能してしまった。

 髪は元々肩までの長さがあったので、それを特にいじってはいない。ぼくは顔に掛かった髪を後ろに払いのける。

 キャビンアテンダント役をやったのはアイラさんだ。彼女は船のスタッフの振りをして、薬の入ったワインをヌイ中将に渡してくれた。

「ユウキさん、それでは、ヌイ中将を連れて操舵室のほうへ」

「了解。操舵室は、そろそろスズランが制圧したかな。アイラさんもできるだけ早めに来てくださいね」

「もちろんです」

 そのまま、何ごともなかったかのようにアイラさんは通路を歩いて行き、ぼくはヌイ中将を引っ張り起こして、船の前方へと歩き始めた。ヌイ中将は意識が朦朧としているようだが、引っ張ればその方向に歩いてくれる。

 さあ、もう少しで任務完了だ。

 ◇◇◇
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