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第58話
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寮の自分の部屋に籠っているテンセイシャは、バーナード達がショックを受けていると言った割には随分元気な様子で何かを書きつけていた。
「今頃エリザベスの中の奴は悪者扱いされてるんだろうなぁ。いい気味~」
彼女はそう言いながらノートのエリザベスの項目に「階段突き落とし事件達成☆」と書き、「婚約破棄」と書かれている箇所まで矢印を引く。
「魔法のおかげで大した怪我にならずに済んだし、アクシデントはあったけど無事に達成して良かった」
テンセイシャは大きく伸びをする。
あの時できた打ち身と捻挫は保健室に常駐している養護教論の魔法のお陰ですっかり治ったし、怖くてエリザベスと会うのが怖いと泣きつけば彼らは直ぐに信じてくれた。
あたかも突き落とされたかのように狙ったから、きっと目撃したモブは話を広めてくれるだろう。
あとは自分はバーナードの誕生日が来るまで部屋でゆっくりしていれば良い。外に遊びに行けないし、周りから責められて絶望するエリザベスの顔は見れないのは残念だが、そんなのは彼の新しい婚約者になればいくらでもできるし、ほんの二、三日の我慢だ。
(早く誕生日が来ないかなぁ。そうすればアイツの絶望顔が見れるのに)
彼女の脳裏に浮かぶのは最後まで同じ転生者だと白状しなかったエリザベスの姿。無理して気高い侯爵令嬢(笑)を気取らずに素直に負けを認めて泣きつけば考えてあげたのに。
ちっぽけなプライドの所為でエリザベスは婚約破棄された後、自分が罪を許してあげる代わりに言うことを何でも聞くお友達という名の奴隷になるか、奴隷になるのを拒んで平民に落とされるかの選択しかない。
転生者の知識を活かしてヒロインに手を出したりしなければ安泰だと思っていただろうけど、自分の方がひと回りもふた回りも上だったという訳である。
全くエリザベスの中の人間は考え方が甘い。自分はヒロインでアイツは悪役。悪役はヒロインへの惨い仕打ちを裁かれて悲惨な運命を辿る。この世界はそういう風にできているのだ。
得意げに心の中で鼻を鳴らす彼女だが、学校では彼女の想定していなかったことが起きていた。大階段での出来事は、故意ではなく不幸な事故だったのでは?と唱える者が徐々に増えてきたのだ。
きっかけは、一人の生徒が誰かの会話を偶然耳にしたことから始まる。会話をしている生徒のうちの一人は「もしかしてあれは不幸な事故だったんじゃないか?」と唐突に言い出したのだ。
事故?と鸚鵡返しするもう一人の生徒に、その生徒は更に続ける。
「例えばクラークが暴れて反射的に抵抗したとか、クラークが落ちそうになるのを助けようとしてかえって悪い結果になったとか、そっちの方が俺は有り得ると思うんだよな」
「じゃあだとしたら何でエリザベス様は逃げたんだ?」
「それは分からんけど……。犯人扱いされるのが怖くなったとかじゃね?」
エリザベスはあの時やったのかやっていないのか、自分の中で答えを出せず悩んでいた生徒は天啓を受けたような気がした。
そうだ。自分だっていくら気に入らない人間相手でも、このままでは死ぬかもしれないと分かっていて無視するのは、流石に良心が咎める。
それに彼女がエリザベスに危害を加えようとして暴れたのは有名な話だ。咄嗟に身を守ろうと、手を振り払ってその反動で階段から落ちてしまっても何らおかしくはない。
あの場には殿下達も居合わせていたと言うし、婚約者に敵意の目で見られるのが怖くて反射的に逃げたとしたら全ての辻褄が合う。
きっとそういうことだと思った生徒は直ぐに聞いた会話を友人達に話した。
そして人から人へと話は伝わり、あの出来事は不幸な事故の可能性が高いと半ば真相のように広まった。
特にあの時のエリザベスの激怒具合を目の当たりにした者達は、彼女の性格を考えるなら故意に突き落とすよりは、事故や身を守ろうとした結果とする方が信憑性があると納得した。
そんな流れが変わるきっかけとなった会話をしていたのは、勿論生徒に紛れ込ませたリンブルクの部下達である。
実は人間は相手から直接聞かされる情報ではなく、第三者の会話から耳にした情報の方が信じやすい傾向にあるのが、心理学でも明かされている。
この心理を利用し、事故の可能性の会話を偶然を装って複数の生徒に聞かせたのだ。
そんな展開になっているとは思いもしないテンセイシャが鼻唄を歌っていると、ドアの外からバーナードの来訪を告げるメイドの声が聞こえて来る。
彼女は慌ててベッドに潜ると弱々しい声で入れるよう命じる。極力音を立てないよう入って来たバーナードは、気遣わしげな表情で今の調子を聞く。
「怪我の方はもうすっかり大丈夫なんだけど……。学校に行くのは怖くて……」
「無理しなくて良い。あんな怖い目にあったんだ、そう思っても仕方がないさ。見舞いの品も持って来た」
起き上がったテンセイシャが菓子折りを見ると、自分の好きな店のやつだった。「好きだろう?」の言葉にうんと頷く。
お菓子に釣られてつい笑ってしまったが、気を引き締めないとと彼女は憂いの表情を作る。更に労しさを演出する為にシーツを握りしめた。
「私……学校に行けるようになるかな……?」
深いのは身体ではなく心の傷だと強調する。シーツを握る手に彼の手が重なった。
「行けるようになるさ。必ず……」
切なげな顔をする彼と目が合う。決してエリザベスには向けない眼差しに、優越感と達成感が湧き上がって自然とニヤけてしまう。
「私ね、部屋から出られるようになったら、あの日の続きをしたいの」
彼女は顔を見られないようゆっくりと彼の肩に身体を預ける。「あの日の?」と聞き返す彼に、夢見るように目を瞑って語る。
「ダンスパーティの続き。2人だけで踊って話をして、そうして一晩中過ごすの」
いつこのイベントが起こるのかずっと待っていたけど、きっとエンディング後の隠し要素なのだ。エリザベスが婚約破棄されて、自分が新しい婚約者になって、昼間は式典で国中からお祝いされて、そして夜になったら二人だけのお祝いをするのだ。
「……そうだね、そうしよう……」
「嬉しい……!」
彼女は喜びを露わに抱き付く。彼もまるでそうするのが当然だと自然に抱きしめ返した。
これで良い。これでバーナードは婚約破棄を決意する。彼女は腕に抱かれながら悪役さながらにほくそ笑んだ。
一方、腕の中に居る彼女が下劣なことを考えているとは露知らず、バーナードは愛おしい目で彼女を見詰める。
(やはり、こんなに怖がって苦しんでいる彼女が嘘を吐いているとは思えない……)
あの時、エリザベスに初めて激怒された彼はあれからよく考えてみたのだ。
確かに人並みに良識のあるエリザベスが、死ぬかもしれないとわかっていながら人を階段から突き落とすと言うのは考えにくい。
そこで部屋に篭っているだろう彼女の様子を見て改めて考えようと思い、お見舞いも兼ねて来たのだ。
だが一日経った今も恐怖で怯えていて、この先ずっと外に出られないかもしれない未来に苦しむ彼女の姿は、見ていてとても痛ましかった。
やはり彼女は本当に怖い目に遭ったんだ。
エリザベスが卑劣なことはしない性格だというのは知っている。しかし、こういう言葉もあるだろう。「魔が差した」と。
不幸な事故だったとの噂話も耳にしたが、彼女が暴れるなんてあり得ないし、助けようとしたのならエリザベスが逃げる意味が分からない。
やはりエリザベスは魔が差して彼女を突き落としてしまったのだと、バーナードは最後の違和感に蓋をした。
数々の引き返せる分岐点を通り過ぎた彼女と彼等は、こうして運命の日を迎えたのである。
「今頃エリザベスの中の奴は悪者扱いされてるんだろうなぁ。いい気味~」
彼女はそう言いながらノートのエリザベスの項目に「階段突き落とし事件達成☆」と書き、「婚約破棄」と書かれている箇所まで矢印を引く。
「魔法のおかげで大した怪我にならずに済んだし、アクシデントはあったけど無事に達成して良かった」
テンセイシャは大きく伸びをする。
あの時できた打ち身と捻挫は保健室に常駐している養護教論の魔法のお陰ですっかり治ったし、怖くてエリザベスと会うのが怖いと泣きつけば彼らは直ぐに信じてくれた。
あたかも突き落とされたかのように狙ったから、きっと目撃したモブは話を広めてくれるだろう。
あとは自分はバーナードの誕生日が来るまで部屋でゆっくりしていれば良い。外に遊びに行けないし、周りから責められて絶望するエリザベスの顔は見れないのは残念だが、そんなのは彼の新しい婚約者になればいくらでもできるし、ほんの二、三日の我慢だ。
(早く誕生日が来ないかなぁ。そうすればアイツの絶望顔が見れるのに)
彼女の脳裏に浮かぶのは最後まで同じ転生者だと白状しなかったエリザベスの姿。無理して気高い侯爵令嬢(笑)を気取らずに素直に負けを認めて泣きつけば考えてあげたのに。
ちっぽけなプライドの所為でエリザベスは婚約破棄された後、自分が罪を許してあげる代わりに言うことを何でも聞くお友達という名の奴隷になるか、奴隷になるのを拒んで平民に落とされるかの選択しかない。
転生者の知識を活かしてヒロインに手を出したりしなければ安泰だと思っていただろうけど、自分の方がひと回りもふた回りも上だったという訳である。
全くエリザベスの中の人間は考え方が甘い。自分はヒロインでアイツは悪役。悪役はヒロインへの惨い仕打ちを裁かれて悲惨な運命を辿る。この世界はそういう風にできているのだ。
得意げに心の中で鼻を鳴らす彼女だが、学校では彼女の想定していなかったことが起きていた。大階段での出来事は、故意ではなく不幸な事故だったのでは?と唱える者が徐々に増えてきたのだ。
きっかけは、一人の生徒が誰かの会話を偶然耳にしたことから始まる。会話をしている生徒のうちの一人は「もしかしてあれは不幸な事故だったんじゃないか?」と唐突に言い出したのだ。
事故?と鸚鵡返しするもう一人の生徒に、その生徒は更に続ける。
「例えばクラークが暴れて反射的に抵抗したとか、クラークが落ちそうになるのを助けようとしてかえって悪い結果になったとか、そっちの方が俺は有り得ると思うんだよな」
「じゃあだとしたら何でエリザベス様は逃げたんだ?」
「それは分からんけど……。犯人扱いされるのが怖くなったとかじゃね?」
エリザベスはあの時やったのかやっていないのか、自分の中で答えを出せず悩んでいた生徒は天啓を受けたような気がした。
そうだ。自分だっていくら気に入らない人間相手でも、このままでは死ぬかもしれないと分かっていて無視するのは、流石に良心が咎める。
それに彼女がエリザベスに危害を加えようとして暴れたのは有名な話だ。咄嗟に身を守ろうと、手を振り払ってその反動で階段から落ちてしまっても何らおかしくはない。
あの場には殿下達も居合わせていたと言うし、婚約者に敵意の目で見られるのが怖くて反射的に逃げたとしたら全ての辻褄が合う。
きっとそういうことだと思った生徒は直ぐに聞いた会話を友人達に話した。
そして人から人へと話は伝わり、あの出来事は不幸な事故の可能性が高いと半ば真相のように広まった。
特にあの時のエリザベスの激怒具合を目の当たりにした者達は、彼女の性格を考えるなら故意に突き落とすよりは、事故や身を守ろうとした結果とする方が信憑性があると納得した。
そんな流れが変わるきっかけとなった会話をしていたのは、勿論生徒に紛れ込ませたリンブルクの部下達である。
実は人間は相手から直接聞かされる情報ではなく、第三者の会話から耳にした情報の方が信じやすい傾向にあるのが、心理学でも明かされている。
この心理を利用し、事故の可能性の会話を偶然を装って複数の生徒に聞かせたのだ。
そんな展開になっているとは思いもしないテンセイシャが鼻唄を歌っていると、ドアの外からバーナードの来訪を告げるメイドの声が聞こえて来る。
彼女は慌ててベッドに潜ると弱々しい声で入れるよう命じる。極力音を立てないよう入って来たバーナードは、気遣わしげな表情で今の調子を聞く。
「怪我の方はもうすっかり大丈夫なんだけど……。学校に行くのは怖くて……」
「無理しなくて良い。あんな怖い目にあったんだ、そう思っても仕方がないさ。見舞いの品も持って来た」
起き上がったテンセイシャが菓子折りを見ると、自分の好きな店のやつだった。「好きだろう?」の言葉にうんと頷く。
お菓子に釣られてつい笑ってしまったが、気を引き締めないとと彼女は憂いの表情を作る。更に労しさを演出する為にシーツを握りしめた。
「私……学校に行けるようになるかな……?」
深いのは身体ではなく心の傷だと強調する。シーツを握る手に彼の手が重なった。
「行けるようになるさ。必ず……」
切なげな顔をする彼と目が合う。決してエリザベスには向けない眼差しに、優越感と達成感が湧き上がって自然とニヤけてしまう。
「私ね、部屋から出られるようになったら、あの日の続きをしたいの」
彼女は顔を見られないようゆっくりと彼の肩に身体を預ける。「あの日の?」と聞き返す彼に、夢見るように目を瞑って語る。
「ダンスパーティの続き。2人だけで踊って話をして、そうして一晩中過ごすの」
いつこのイベントが起こるのかずっと待っていたけど、きっとエンディング後の隠し要素なのだ。エリザベスが婚約破棄されて、自分が新しい婚約者になって、昼間は式典で国中からお祝いされて、そして夜になったら二人だけのお祝いをするのだ。
「……そうだね、そうしよう……」
「嬉しい……!」
彼女は喜びを露わに抱き付く。彼もまるでそうするのが当然だと自然に抱きしめ返した。
これで良い。これでバーナードは婚約破棄を決意する。彼女は腕に抱かれながら悪役さながらにほくそ笑んだ。
一方、腕の中に居る彼女が下劣なことを考えているとは露知らず、バーナードは愛おしい目で彼女を見詰める。
(やはり、こんなに怖がって苦しんでいる彼女が嘘を吐いているとは思えない……)
あの時、エリザベスに初めて激怒された彼はあれからよく考えてみたのだ。
確かに人並みに良識のあるエリザベスが、死ぬかもしれないとわかっていながら人を階段から突き落とすと言うのは考えにくい。
そこで部屋に篭っているだろう彼女の様子を見て改めて考えようと思い、お見舞いも兼ねて来たのだ。
だが一日経った今も恐怖で怯えていて、この先ずっと外に出られないかもしれない未来に苦しむ彼女の姿は、見ていてとても痛ましかった。
やはり彼女は本当に怖い目に遭ったんだ。
エリザベスが卑劣なことはしない性格だというのは知っている。しかし、こういう言葉もあるだろう。「魔が差した」と。
不幸な事故だったとの噂話も耳にしたが、彼女が暴れるなんてあり得ないし、助けようとしたのならエリザベスが逃げる意味が分からない。
やはりエリザベスは魔が差して彼女を突き落としてしまったのだと、バーナードは最後の違和感に蓋をした。
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