テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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第56話

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 リンブルクとの打ち合わせはこうだ。テンセイシャからの呼び出しが来たら、どこか一人になれる場所へ行って例の指輪で入れ替わる。
 入れ替わった後は何食わぬ顔をして他人の前に姿を現して、その後はずっと他の生徒と一緒に居るのだ。
 
 きっと今頃は入れ替わったヘスターが代わりに大階段へと向かっていることだろう。ゆっくり向かってくれているとはいえ、早く待ち合わせ場所に行かないと間に合わないかもしれない。
 エリザベスは脚を叱咤して懸命に動かして近くの緑樹に身を隠すと、走って来たと悟られないよう一旦呼吸を整える。

 そして十分汗も引き、呼吸も落ち着いた頃に何事も無かったかのように彼女達の前へと現れた。

「エリザベス様、早かったですわね?」
「落とし物を学生課に届けただけだから」

 表面上は平静を装う彼女だが、内心では心臓が早鐘を打っていた。顔や仕草に不審な点は無いだろうか。ヘスターは今どこに居るんだろうか。何分このような立ち回りをしたのは初めてで、不安は尽きない。

 待ち合わせ場所には幸いにも、友人達の他にも休み時間中に声をかけた令嬢達の殆どが集まっていた。



 一方エリザベスと入れ替わったヘスターは、ここが恐らく1-Bの教室近くのトイレだろうと辺りをつけると、個室から出て鏡の前で変装に問題が無いか、魔石の記録機能はオンになっているか最終チェックする。
 
 想定していた通り、テンセイシャはより多くの生徒に見られようと早速行動に移したらしい。いつエリザベスからの呼び出しに応じても良いように、体調不良という名目で数日休みを取ったのは正解だった。お陰で衆目で瞬時にエリザベスと入れ替わるなんて芸当を披露させずに済んだ。

 悠々とトイレから出るとゆっくりした足取りで目的の場所まで向かう。時間稼ぎをしているが大階段までの距離はそう遠くはない。無事に友人達の前に出られただろうかと窓から外を見ていると、グラウンドの木に隠れて彼女の姿があった。

 無事に他の生徒と合流したのを見届けてからヘスターはそっと窓から離れる。顔を認識されないよう魔術をかけると大階段まで足を速めた。
 
 近くまで来てから魔術を解き、三階の大階段がある場所へと着くと、テンセイシャが既に勝ち誇ったかのような顔をして待ち構えていた。

「やっと来た。遅いから怖気づいて逃げ出したのかと思った」
「話とは何ですか?」

 生憎とこちらは向こうの挑発に乗ってやる義理も義務も無い。テンセイシャの言葉を無視して端的に用件を問うと、彼女は本来は愛らしい顔を、敵意を剝き出しに醜く歪めた。

「知ってんのよ、アンタ転生者なんでしょ?しらばっくれても無駄よ。どんなに見せつけてもちっとも嫌がらせしてこないし、バーナードに嫌われないよう必死で可哀想」

 最後はこちらを見下すように嗤う。
 エリザベスの行動の変化は自分達の介入によるものなのに、先入観とはかくも恐ろしいものだ。

「見てて分かんないの?あぁ、分かりたくないだけかぁ。残念だけどもうバーナードは私のものなの。悪役令嬢のアンタがどんなに抗ったところで、世界は私に都合の良いようにできてるの」

 ヘスターは彼女の動きを注意深く観察する。彼女はまだこの時点では階段を背にしていなかった。
 お互いの背中の向こう側に通路が伸びているこの立ち位置では、階段の下の方から見れば自分とテンセイシャが向かい合って会話をしているのがさぞやよく見えるだろう。

「殿下を敬称無しで呼ぶのは不敬ですよ」

 彼女の言葉には取り合わずマナーの注意をすると、目の前の少女は「はぁ?」と不愉快だと言いたげに目を釣り上げる。
 
「この期に及んでまだ強がり言ってんの?いくらアンタが何もしてなくても私がちょっと泣けばアイツらは簡単に私を信じてくれるの。アンタは悪役らしく私に負けていれば良いのよ」
「『悪役』とか『負け』とか一体貴女は何を言っているんですか?」
「ふん、あくまで白を切るつもりなんだぁ」

 テンセイシャはバカにするような表情を向けると、ゆっくりと足を動かす。丁度彼女が階段を背にするように立ち位置を変えると、例の彼らが階段下に現れて「アマーリエ!」と手を振った。
 
 彼女はそれには答えず、少しずつ後ずさりしながら懐から杖を取り出して防御魔法をかける。彼女は悟られないよう隠していたが、ヘスターの目は見逃さなかった。
 
「負けを認めればこれは止めてあげようかなと思ってたけど、バカな奴」
「アマーリエさん、それ以上下がると危ないわよ」

 階段まであと半歩の所まで来た彼女を助けるフリをして、あえて誘いに乗る。近づいた自分を見てしめたと思ったのか、歪だった口角を更に上げた。
 
「これでアンタも終わりよ」

 彼女は蔑んだ目でこちらを見ながら背中を階段へと預ける。そのまま彼女は大きな悲鳴を挙げて盛大に階段を転げ落ちた。

 周りが一斉に階段から落ちたテンセイシャの方を向き、一番下まで落ち切った彼女は一度こちらをチラリと見た後、弱々しげに目を瞑る。
 完全に全員の視界から外れた隙に、ヘスターは再び魔術で顔を認識できないようにすると、野次馬に溶け込んで観察を続けた。

 派手にもんどり打った割には足がどこにも変な方向に曲がっていない。実践系だけは優秀なだけある。おそらく軽い打ち身や捻挫だけで済むだろう。

 怪我の具合を確認し、ひとまず命に別状はないと判断した彼等は、階段を見上げて「逃げたな!」と悔し気に怒鳴る。逃げるも何も本当のエリザベスは最初からこの場には居ないのだが。

 その後彼等の中で1番鍛えているベンジャミンが彼女を横抱きにし、保健室へと運んで行った。

 きっと彼女にとっては目を瞑る直前に呆然と佇んでいる自分が見えたことだろう。こちらの制服の上着のポケットに差し込んでいるペンのクリップに付いた魔石が、これまでの会話や落ちる寸前のこちらを嘲笑う表情まで全て記録しているとも知らずに。

 ヘスターの脳裏にテンセイシャの可哀想という言葉が思い浮かぶ。果たして、本当に可哀想なのはどちらなのか。
 
 婚約者の心が離れたのを悲しみながらも見切りを付け、今は自分の為に色々と活動をしているエリザベス。
 片や現実を見ようとせず、罠に嵌められたのは自分の方だとほんの僅かでも気付けず、自分はヒロインだからと世界は自分の思いのままだと盲目的に信じている彼女。
 
 道化という意味ではテンセイシャの方が余程憐れで愚かである。

 しかしヘスターはだからといって彼女を許してやる気は毛頭無かった。気付けるチャンスはいくらでもあったのに全く考えず、平気で他人を踏み躙るような人間は野放しにはしておけない。

 リンブルクを敵に回したこと絶対後悔させてやる。
 
 テンセイシャも彼等も去って行くと、野次馬達もチラホラと散って行く。何が起きたか見ておらず事態を掴めていない者、彼女が落ちる瞬間を目の当たりにした者、どちらも驚きと興奮を隠せないでいた。
 この分だと明日までには学校中に話が周っているだろう。
 
 ヘスターは彼等が去って行った方を真顔で見ると、フンと一つ鼻を鳴らして背を向けた。
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