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第55話
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「そうだ、貴方方にお話ししたいことがありまして……」
校内での対処が粗方決まって安心していると、ふと父が彼等に窺いを立てる。リンブルクの当主は居住まいを正し、自分の変装をしていた彼女は元の姿に戻った。
「実はメルツァリオのアルベール殿下から、決着を付ける場には自分を呼んでほしいと打診がありまして……」
「アルベール殿下が……?」
さしものリンブルクもアルベールの動きは想定していなかったようで、二人は驚いたように目を見開く。
「お忍びで出かけていた際にテンセイシャと偶然接触し、変装していた姿を向こうが罵倒したそうで……。既に彼女がテンセイシャであることも、彼女の横入りで殿下とエリザベスの仲が良くない噂も把握した上でこのような打診を……」
父の説明に二人は「はぁ……」と、どう返事したら良いものやらな反応をしていた。急にこんなことを説明されても、そうするしかないなと思いながら黙って成り行きを見守る。
エリザベス達は知り得ない話であるが、アルベールが学校の文化祭に来ていたのはヘスターから既に報告が上がっている。だが彼が決着を付ける場に呼んでほしいと打診して来たのが予想外で、困惑しているのだ。
「確かにアルベール殿下の証言は強力なカードになりうるでしょうが……」
当主は遠回しに難色を示す。なにせ公の場に他国の王子を出すのは準備がいるし、国王も王妃も息子の恥をこれ以上外に晒すのは渋い顔をするであろう。
「それに事件のからくりを説明する為にも、我々はどうしてもあの場に居る必要がありますし、難しいですね……」
リンブルクは魔術の特殊性から王から直接命令を受けて活動している一族だ。いくら友人とは言え、彼等の存在を知られるのは良くないとエリザベスにも分かっていた。
かと言って私的な場でどうやってアルベールとテンセイシャを対面させるか。中々タイミングや場所選びが難しいところである。
「牢屋はどうでしょうか?」
しばらく考え込んでいると、ヘスターが良いことを思いついたと声を挙げる。
「公の場で彼女の企みを暴いた後で彼女を牢に入れておくんです。そして秘密裏に殿下を彼女の居る牢まで案内すれば対峙させられるかと。殿下には少々我慢して頂かなければなりませんが……」
貴族用の牢ならともかくとして、罪人用の牢ははっきり言って快適とは言い難い。そこに一国の王子を連れて行くのは戸惑われたが、今のところ有効な案はそれしかなかった。
「陛下への嘆願はウィンウッドお願いしましょう。叶った場合はアルベール殿下への説明もそちらに」
ウィンウッドとはアルベールが滞在している家の名である。彼は頭脳スポーツ以外にも工業や産業などの視察をしており、それを方便に使わせてもらうことにした。
視察の流れでルカヤの文化祭を見物した際の出来事にすれば、状況説明に不自然は無いであろう。
この当主の意見にエリザベス達にも否やは無く、ウィンウッドへと話は齎された。
オブライエンとリンブルクの話し合いから二日後、ウィンウッドの当主は国王との謁見を果たしていた。
他国の王子がお忍びで視察していたのは意外だったが、それは自分達もリゾート目的でしていることもあるので文句は言えない。
それよりもこの国で他国の王子に暴言を放った人間が居るというのが大問題であった。
いや、彼がアレをテンセイシャだと知っているのならこうすれば良い。アレは図々しくもこの国の貴族の身体を乗っ取った我が国とは全く無関係の人間。つまり自国も被害者だ。
これは下手に断って要らぬ確執を生むよりは、鬱憤を晴らす機会を用意してあげて「我が国は少女を乗っ取っている人物を擁護するつもりはない」と、暗に示した方が無難である。
それに自分にはリンブルクが居る。彼らの助力で主だった貴族たちの前でアレの正体を明かし、被害者である少女を元に戻せば貴族達からの不満も上がらないだろう。
そう判断した王は牢屋、もしくは別室での体面に許可を出し、説明されたアルベールも快く了承した為、この秘密裏の体面は決定された。
細かな話し合いも行われ全ての準備が整った後、エリザベスが登校すると机の中に一通の手紙が入っていた。差出人はアマーリエとある。
開けると丸っこい字で話し合いがしたいので、今日の放課後に大階段で待っているという旨が書かれていた。
大階段は正面玄関から真っ直ぐの位置に設置されている校舎を象徴する階段である。一階から一気に三階に行き来したい場合は、生徒も教師もこの階段をよく使っているので人の往来も多い。
何も知らないでいたら人目があるから大丈夫だと呼び出しに応じていたかもしれない。
しかしテンセイシャの計画を知らされていたエリザベスは、ホームルームが始まる前にトイレに行くフリをして教室から出ると、誰も見ていないのを確認してから隠し持っていた笛を吹いた。
これはリンブルクから渡された人間の耳には聞こえない笛であり、これを吹くと彼の家が飼育している鳥が来てくれると説明を受けていた。
数回吹いて待っていると、窓の向こうから小さな黒い点が現れた。それは徐々に大きくなり、真っ直ぐこちらへと向かっている。
羽ばたかせながら窓枠に着地した鳥はタカやワシのような猛禽類だった。鳥に手紙を差し出すと、危なげなく嘴で加えて元来た方向へと飛び去っていく。
リンブルクへの知らせはこれで済んだ。あと自分がやるべきことは教師への共有とアリバイ作りである。
教室に戻るとギリギリだったらしく、間を開けずに担任が入って出席確認が始まった。
エリザベスはホームルーム中に小さなメモ用紙に、テンセイシャから呼び出しされたこと、リンブルクに共有したことを端的に書くと、教室から出ようとする担任を呼び止める。
「先生、昨日のここの部分が分からないんですけど」
教科書を広げるフリをして先程書いたメモを見せる。担任はサッと目を通すと、教えるフリをしてさりげなくメモ用紙を回収した。
その後、授業にて魔法の担当をしている教師から、近日中に小テストを行う旨が伝えられた。困惑や嘆きの声が挙がる中、彼女はこれを口実にアリバイ作りをしろという意味だと直ぐに察した。
「エリザベス様、放課後にテスト対策をしませんか?」
授業が終わった直後のジュリエットの誘いにあえて一拍返答を置く。もしテンセイシャがこの会話を聞いていた場合のことを考えたのだ。
「少し用事があるから、それを済ませたらやりましょう」
即答しては怪しまれてしまうかもしれない。そこであえて「用事」という言葉を使っった。こうしておけば例え向こうに聞かれても、呼び出しに応じるつもりがあると解釈してくれるだろう。
その後休み時間が来るたびにテンセイシャや彼等の目が無い所で、テスト対策をしないかと複数の有力な家の令嬢に声をかけた。他の家の令嬢でも参加したいと声をかけられれば受け入れた。アリバイを証明してくれる人は多ければ多い程良い。
そしていよいよ放課後となると、テンセイシャが教室を出た直後に友人達に用事を済ませて来ると伝えて、彼女の後を追うように鞄を持って教室を出た。
彼女はこのまま大階段に向かうつもりなのだろう。エリザベスは彼女に見られないよう、そっと近くのトイレに入る。
トイレの個室にて以前リンブルクの当主から借りた、魔力を込めると対を持つ者と入れ替われる指輪に魔力を込める。
すると瞬きのうちにトイレの壁から校舎の外へと眼の前の景色が変わった。
少し周りを見回して自分が通用口近くの、校門からは死角になる場所に居ると分かったエリザベスは、友人達が居るであろう待ち合わせ場所へと一目散に駆け出した。
校内での対処が粗方決まって安心していると、ふと父が彼等に窺いを立てる。リンブルクの当主は居住まいを正し、自分の変装をしていた彼女は元の姿に戻った。
「実はメルツァリオのアルベール殿下から、決着を付ける場には自分を呼んでほしいと打診がありまして……」
「アルベール殿下が……?」
さしものリンブルクもアルベールの動きは想定していなかったようで、二人は驚いたように目を見開く。
「お忍びで出かけていた際にテンセイシャと偶然接触し、変装していた姿を向こうが罵倒したそうで……。既に彼女がテンセイシャであることも、彼女の横入りで殿下とエリザベスの仲が良くない噂も把握した上でこのような打診を……」
父の説明に二人は「はぁ……」と、どう返事したら良いものやらな反応をしていた。急にこんなことを説明されても、そうするしかないなと思いながら黙って成り行きを見守る。
エリザベス達は知り得ない話であるが、アルベールが学校の文化祭に来ていたのはヘスターから既に報告が上がっている。だが彼が決着を付ける場に呼んでほしいと打診して来たのが予想外で、困惑しているのだ。
「確かにアルベール殿下の証言は強力なカードになりうるでしょうが……」
当主は遠回しに難色を示す。なにせ公の場に他国の王子を出すのは準備がいるし、国王も王妃も息子の恥をこれ以上外に晒すのは渋い顔をするであろう。
「それに事件のからくりを説明する為にも、我々はどうしてもあの場に居る必要がありますし、難しいですね……」
リンブルクは魔術の特殊性から王から直接命令を受けて活動している一族だ。いくら友人とは言え、彼等の存在を知られるのは良くないとエリザベスにも分かっていた。
かと言って私的な場でどうやってアルベールとテンセイシャを対面させるか。中々タイミングや場所選びが難しいところである。
「牢屋はどうでしょうか?」
しばらく考え込んでいると、ヘスターが良いことを思いついたと声を挙げる。
「公の場で彼女の企みを暴いた後で彼女を牢に入れておくんです。そして秘密裏に殿下を彼女の居る牢まで案内すれば対峙させられるかと。殿下には少々我慢して頂かなければなりませんが……」
貴族用の牢ならともかくとして、罪人用の牢ははっきり言って快適とは言い難い。そこに一国の王子を連れて行くのは戸惑われたが、今のところ有効な案はそれしかなかった。
「陛下への嘆願はウィンウッドお願いしましょう。叶った場合はアルベール殿下への説明もそちらに」
ウィンウッドとはアルベールが滞在している家の名である。彼は頭脳スポーツ以外にも工業や産業などの視察をしており、それを方便に使わせてもらうことにした。
視察の流れでルカヤの文化祭を見物した際の出来事にすれば、状況説明に不自然は無いであろう。
この当主の意見にエリザベス達にも否やは無く、ウィンウッドへと話は齎された。
オブライエンとリンブルクの話し合いから二日後、ウィンウッドの当主は国王との謁見を果たしていた。
他国の王子がお忍びで視察していたのは意外だったが、それは自分達もリゾート目的でしていることもあるので文句は言えない。
それよりもこの国で他国の王子に暴言を放った人間が居るというのが大問題であった。
いや、彼がアレをテンセイシャだと知っているのならこうすれば良い。アレは図々しくもこの国の貴族の身体を乗っ取った我が国とは全く無関係の人間。つまり自国も被害者だ。
これは下手に断って要らぬ確執を生むよりは、鬱憤を晴らす機会を用意してあげて「我が国は少女を乗っ取っている人物を擁護するつもりはない」と、暗に示した方が無難である。
それに自分にはリンブルクが居る。彼らの助力で主だった貴族たちの前でアレの正体を明かし、被害者である少女を元に戻せば貴族達からの不満も上がらないだろう。
そう判断した王は牢屋、もしくは別室での体面に許可を出し、説明されたアルベールも快く了承した為、この秘密裏の体面は決定された。
細かな話し合いも行われ全ての準備が整った後、エリザベスが登校すると机の中に一通の手紙が入っていた。差出人はアマーリエとある。
開けると丸っこい字で話し合いがしたいので、今日の放課後に大階段で待っているという旨が書かれていた。
大階段は正面玄関から真っ直ぐの位置に設置されている校舎を象徴する階段である。一階から一気に三階に行き来したい場合は、生徒も教師もこの階段をよく使っているので人の往来も多い。
何も知らないでいたら人目があるから大丈夫だと呼び出しに応じていたかもしれない。
しかしテンセイシャの計画を知らされていたエリザベスは、ホームルームが始まる前にトイレに行くフリをして教室から出ると、誰も見ていないのを確認してから隠し持っていた笛を吹いた。
これはリンブルクから渡された人間の耳には聞こえない笛であり、これを吹くと彼の家が飼育している鳥が来てくれると説明を受けていた。
数回吹いて待っていると、窓の向こうから小さな黒い点が現れた。それは徐々に大きくなり、真っ直ぐこちらへと向かっている。
羽ばたかせながら窓枠に着地した鳥はタカやワシのような猛禽類だった。鳥に手紙を差し出すと、危なげなく嘴で加えて元来た方向へと飛び去っていく。
リンブルクへの知らせはこれで済んだ。あと自分がやるべきことは教師への共有とアリバイ作りである。
教室に戻るとギリギリだったらしく、間を開けずに担任が入って出席確認が始まった。
エリザベスはホームルーム中に小さなメモ用紙に、テンセイシャから呼び出しされたこと、リンブルクに共有したことを端的に書くと、教室から出ようとする担任を呼び止める。
「先生、昨日のここの部分が分からないんですけど」
教科書を広げるフリをして先程書いたメモを見せる。担任はサッと目を通すと、教えるフリをしてさりげなくメモ用紙を回収した。
その後、授業にて魔法の担当をしている教師から、近日中に小テストを行う旨が伝えられた。困惑や嘆きの声が挙がる中、彼女はこれを口実にアリバイ作りをしろという意味だと直ぐに察した。
「エリザベス様、放課後にテスト対策をしませんか?」
授業が終わった直後のジュリエットの誘いにあえて一拍返答を置く。もしテンセイシャがこの会話を聞いていた場合のことを考えたのだ。
「少し用事があるから、それを済ませたらやりましょう」
即答しては怪しまれてしまうかもしれない。そこであえて「用事」という言葉を使っった。こうしておけば例え向こうに聞かれても、呼び出しに応じるつもりがあると解釈してくれるだろう。
その後休み時間が来るたびにテンセイシャや彼等の目が無い所で、テスト対策をしないかと複数の有力な家の令嬢に声をかけた。他の家の令嬢でも参加したいと声をかけられれば受け入れた。アリバイを証明してくれる人は多ければ多い程良い。
そしていよいよ放課後となると、テンセイシャが教室を出た直後に友人達に用事を済ませて来ると伝えて、彼女の後を追うように鞄を持って教室を出た。
彼女はこのまま大階段に向かうつもりなのだろう。エリザベスは彼女に見られないよう、そっと近くのトイレに入る。
トイレの個室にて以前リンブルクの当主から借りた、魔力を込めると対を持つ者と入れ替われる指輪に魔力を込める。
すると瞬きのうちにトイレの壁から校舎の外へと眼の前の景色が変わった。
少し周りを見回して自分が通用口近くの、校門からは死角になる場所に居ると分かったエリザベスは、友人達が居るであろう待ち合わせ場所へと一目散に駆け出した。
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