上 下
52 / 61

第51話

しおりを挟む
 二日目は朝からバーナードは馬達の世話と、障害競技で設置したハードルなどの片付けの手伝い。ベンジャミンは模擬試合に向けてウォーミングアップの真っ最中。

 現在一緒に行動しているのは一日フリーのセオドアとマリアス、演奏会のリハーサルが午後から入っているアランだけだった。

「そろそろ試合が始まるね。何か買って行く?」

 マリアスに聞かれたテンセイシャは数ある模擬店を見回して考える。
 模擬試合の観客席は飲食自由で、見物客は自分の好きな食べ物を持って客席入りしている。模擬試合でも決着がつくまでに一時間以上かかるので、小腹を満たす物を持っておくのは重要なのだ。

「サンドイッチとジュースは絶対として、あとは片手で食べられるスイーツ系かな?」
「じゃあドーナツにしよっかぁ?アマーリエは何が良い?」
「オールドファッションが良いかなぁ?」

 買う物が決まった彼らは手分けして購入しようと一旦離れる。その間、彼女はベンチに座って彼等が来るのを待っていた。

 その時棒付きキャンディを持って走り回っていた子どもが滑って転び、テンセイシャにぶつかった。
 慌てて後を追っていた母親が「申し訳ございません」と謝罪しながら子供を助け起こすと、子どもが持っていた棒付きキャンディはテンセイシャの制服のスカートにべったりとくっついてしまった。
 
 「何するのよ!」

 テンセイシャは激昂して立ち上がると、急いでキャンディを外す。しかしスカートは憐れにも目立つ汚れが残ってしまった。
 彼女は怒りでキャンディを地面へと叩きつけると悪魔のような表情で、子どもを睨む。身なりからして比較的裕福のようだが、平民である限り自分より下だ。

「どうするのよ!コレ!こんなに汚して!」
「申し訳ございません!家で洗濯しますから!」
「できるわけないでしょ!この布自体が高級品なんだから!」

 父親も駆けつけ、両親共に真っ青な顔で平謝りする。子どもは今にも泣き出しそうな顔しているが、泣きたいのはこっちの方だ。
 たかがモブが、しかも平民がせっかくのデートを邪魔しておいて許される訳がないだろう。

 高額の弁償を突きつけてやろうとしたが、横から無粋な声がかけられた。

「おい、子ども相手にそれはやり過ぎだ」
「はぁっ!?」

 私のやることにケチつける気かと振り返ると、若い男が立っていた。いくら身なりはそれなりでも、顔は攻略キャラとは全然違うソバカスだらけの冴えない男だった。
 女にモテない地味な根暗男が頑張ってイキっているような雰囲気に、彼女は「ハッ」とバカにしたように嗤った。

「部外者は黙ってろよ。それとも何?アンタがこの汚れをどうにかしてくれる気?」

 どうせできないだろうと高を括っていたが、男は杖を取り出して一振りするとスカートの汚れは綺麗さっぱり無くなった。

(コイツ……!魔法が使えるのかよ……!)

 まさか一瞬で解決できるとは思わず、ギョッとしてしまう。

「これで問題無いな」

 地味で陰キャなくせに得意げに言った顔に腹が立つ。
 
 だからといってこのガキがやったことが帳消しにされるわけじゃないし、魔法というのは自分のように選ばれた人間だけが使える特別な能力だ。こんな地味男が使えるなんて魔法の価値が下がるじゃないか。
 何もかもがムシャクシャして思い通りにならなくて、怒りの吐き出す場所を無意識で探す。

「私はデート中だったのに服を汚されたの!傷付いたの!コイツの所為で!」

 テンセイシャは勢いよく立ち竦んでいる子どもを指差す。子どもはとうとう彼女の剣幕に耐え切れずに泣き出してしまった。

「泣けば許してもらえると思うな!私の方が……!」
「いい加減にしないか!」
 
 突然男に大声で一喝され肩をビクリと震わせる。その隙に男は今だ泣いている子どもを親に預けると、早く行けと目で示す。親は何度もお辞儀をしながらこの場から離れて行き、事なきを得た。

「君には寛容というものがないのか。あんな子ども相手に常識を疑うぞ?」
 
 男はさっきとは声を抑えて、しかし言葉の端々から憤りを孕んで彼女を諫める。
 何が常識だ。たかがゲームなのに常識もへったくれもないだろ。「何ですって!」と反論しようとして口を開きかけるが。
 
「また彼女よ……」
「あんな小さな子に大人気ないわね……」

 生徒達の声が耳に入る。周りを見渡せばこの学校の人間が集まってヒソヒソと囁き合っていた。自分を見る視線はどう見ても好意的なものではない。

「しかも汚れは取れたっていうのに神経疑うわ……」
「さっきの子も可哀そうに……」

 マズい。ここでまた問題起こしたら今度こそ退学になってしまうかもしれない。
 ここを離れたらこの男に言いまかされたようでムカつくが、やむを得ない。これは逃げじゃなくて戦略的撤退だ。

 彼女はそう言い聞かせながら、舌打ちを一つ吐くと「地味男のくせにイきがるんじゃねえよ」と嫌味を捨て台詞に足早にこの場から離れた。

(ムカつくムカつく!モブの地味男のくせに!私をコケにしてただで済むと思うなよ!)

 本来は地味男ごときが美少女の私に話しかけるのさえリンチものなのに、その上怒鳴るとは。一体何様のつもりだ。バーナードと婚約したら必ず探し出して身ぐるみ全部引っぺがしてやる。
 怒りを煮えたぎらせながらズンズンと進んでいると、後ろから「アマーリエ!」と声がかかる。

「離れたら駄目じゃないですか!俺達一瞬探しちゃいましたよ!」

 人数分の飲食物を持った三人が焦った様子で駆け寄って来る。気不味くてあそこから離れてしまったけど、そういえば彼等を待っていたんだった。
 でもそれもこれもあのクソ親子と地味男の所為だ。ガキンチョが迂闊に転ばなければ、親がちゃんとガキを見ていれば、地味男がイきがらずに黙ってビクビクしていれば、あの場から離れる必要も無かったんだから。
 
「ごめんなさい、興味惹かれたものがあったから、つい……」
「でも見つかって良かったぁ。早くしないと試合が始まっちゃうよぉ」

 彼女は咄嗟にネコを被り直すと眉を下げて言い訳をする。
 あの子ども連れも男もムカつくが、今は捨ておこう。せっかくキャラと一緒にいるのに、頭の中をあいつらで占めておくのは勿体ないから。


 一方テンセイシャが立ち去った場では、男は「騒がせてすまない」と外見に似合わず洗練された仕草で周囲に一礼し、校舎の方へと静かに立ち去っていった。
 張り詰められた空気が緩み、居合わせた者たちは胸を撫で下ろす。その中には奇しくもアマーリエとヘスターも居た。
 
 テンセイシャと男の騒ぎ─彼女が一方的に騒いだだけだが─の場は、慈善委員会が開催しているチャリティーの売店の近くだった。そこでアマーリエは接客をしており、ヘスターは丁度客として来ていたのだ。
 
「びっくりしました……。止めてくれた人が居て良かったですね」

 一時はどうなることかと思ったが、家族も男性も無事に済んで良かった。そう思っていると彼女は「そうだね」と同意する。

「でもあの人が心配です。もしかしたら逆恨みされるかもしれないし……」

 自分以外を人間扱いしていない彼女の思考は危険だ。しかもバーナードを味方に付けているから、あの男性に処罰を下してもらうようおねだりするかもしれない。
 
 心配だが自分にはどうすることもできないと心を痛めていると、目の前にいるヘスターから「それは大丈夫」と、妙に自信ありげな言葉が返ってきた。
 
「どうしてですか?」
「むしろアイツは今ので墓穴掘ったから」

 頭の上で疑問符を浮かべるアマーリエに、ヘスターは「後で教えるから」としか説明してくれなかった。

 校舎に入った男が向かった先はボードゲーム部が主催しているゲーム会場だった。
 客が来たのでエリザベスが対応しようと近付くと、男は一枚の紙を彼女に差し出す。

「招待、ありがとう」

 男の手にはエリザベスの名前入りのチケットがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...