テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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50話

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 文化祭当日は多くの人で賑わっていた。普段は生徒達の憩いの場になっている庭は、家族連れや恋人達が思い思いの一時を過ごし、各部活動は自分達の活動を宣伝しようと様々なデモンストレーションを披露している。
 
 バーナードが所属する馬術部では馬との触れ合いの他にも、馬と一体となって音楽に合わせて行う演技や、様々な色や形の障害物を跳び越す障害競技が披露されていた。

 学校内では腫れ物扱いされている彼もこの時ばかりは、事情を知らない平民から憧憬の目で見詰められながら舞台に立っていた。見物にはテンセイシャも来ているので、彼も演技に熱が入るというものである。

「ねぇ今の見た!?バーナード様、凄くかっこいいわ!」

 テンセイシャが褒めると、ベンジャミンとアランは同意しながらもバーナードに対し対抗心を燃やす。

「俺も明日の模擬試合、活躍するから楽しみにしてくれよな!」
「俺も素敵な演奏を届けますからね」
「うん!両方楽しみにしてる!」

 文化祭は三日間開催だ。そのうち二日目はベンジャミンが所属するラグビーの模擬試合が、三日目はアランの所属する演奏部による簡易コンサートが開かれる。そこでカッコ良いところを見せるからしっかり目に焼き付けて欲しいとアピールしているのだ。
 
 今日は馬術観戦した後でマリアスが居るジュース店を覗きつつ食べ歩き。腹がくちくなったらセオドアから軽くテニスのやり方を教えてもらって、その後みんなでなんちゃってダブルスをする。
 準備中は暇だったのとは一変、今日からスケジュールはみっちりと詰まっていた。

 周りを取り囲む平民からは幸い、彼女はどちらかの男子とはカップルでもう一人とは友人だと思われていた。これが最初で最後の奇異の目で見られずに済んだ一時だったのだが、モブの視線なんか眼中にない彼女はそれに気づいていなかった。

 一方アマーリエはというと、友人達と一緒にヘスターの作品が飾られている美術部に来ていた。
 
 彼女は手芸部での対応が午後から、友人達はクラリスの合唱部が一日目のトップバッター、マーガレットは二日目の演劇に向けて午後からリハーサル、キャサリンは一日目と二日目の午前は空いてるが、それ以降は演奏コンサートで忙しい。
 他にも委員会などが重なり、全員が集まれる時間はこのタイミングしか無かったのだ。

 
「流石美術部、どの作品も圧巻ね……」

 コンクールの入賞者も所属しているだけあって、展示されている作品はどの生徒の物も技術や表現が洗練されていた。
 いくつか既に予約済みの札が貼られている作品もあり、うかうかしていると欲しい作品は早々に売れてしまうかもしれない。

 本物は買えなくても、印刷した物なら安価で買えると説明されたので、各々気に入った絵を見つけようとじっくりと吟味する。

「あ、これお姉様の作品だわ」
「本当?……ウフフッ」

 絵を見たキャサリンが思わず吹き出す。額縁の中には、見事に毛糸に絡まってこちらを見ている猫の絵が飾られていた。
 タイトルも「見てないで助けろ」とあり、確かに途方に暮れている感じがある。

 他にも「なぜ意地でもそこから飲もうとするのか」というタイトルで、頑張って舌を伸ばして人間用のグラスから水を飲もうとしている猫など、ヘスターの絵は兎に角猫だらけだった。

「猫を題材にしてるの、珍しいねぇ」

 クラリスが感嘆するように独り言ちる。

 絵画というものは人間が主体だと往々にして決まっている。例え動物も描かれていても、あくまで一緒に描かれた人間が主役であって、動物が主役という作品は殆ど無かった。
 
 ところがヘスターの作品は動物である猫が主役となっている。人間が描かれていても手や足などの体の一部だけで、圧倒的に本質を占めているのは猫だった。
 これはクラリスの言う通り非常に珍しい作風だ。

 熱心に絵を眺めているのはきっと猫好きのお客さんだろう。そこそこ人気があるとは聞いていたが、こういうのでお客を獲得しているのかと合点がいった。本人の趣味もあるだろうが確かにこの戦略を取っていれば、少なくとも猫好きにはウケるのは確実だ。

「見て見て、この絵のネコ、ちょっと変で面白いですわよ!」

 キャサリンが指差す先には妙に脚が長く伸ばし、首や背を縮めている猫の絵があった。首が無い代わりに自棄に脚が長い、ちょっと体のバランスが変な感じが面白くて、他の絵は上手いのにこれだけ少し浮いていた。

「いや、アン様って猫をよく知ってるのね」

 しかし実家でネコを飼っているマーガレットが感心した様子で食い入るように見つめる。

「うちの猫、こんな体勢よくしてるわよ?」
「え?そうなの?」
「他にもこんなのとかよくやってるわ。ネコ飼ってる人なら凄く分かるわ」

 それは真四角なバスケットにきっちり収まっていて、「ネコは液体」というタイトルの絵だった。彼女は「言い得て妙だわ……」と実感が籠った呟きをしている。
 他の客も「あるある」とか「共感しかない」と頻りに囁き合っていて、自分達から見たら奇妙な絵でも、ネコ飼いには分かるらしい。

「そう言ってくれると嬉しいわ」
「お姉様」
「アン様。こんにちは」

 いつの間にか傍まで来ていたヘスターが本当に嬉しいのか、喜色を露わに話しかけてきた。

「全部共感しかないです。もしかしてアン様のお家もネコを飼ってるんですか?特にこの『ネコは液体』ってタイトル、とても秀逸です!」
「ううん、ネコ好きやネコ飼いの人から話を聞いて描いてるの。タイトルも誰かが言ってたのをそのまま拝借しただけで」

 きっと家に居る人(?)達から話を聞いたんだろうなぁと、アマーリエは思い当たる。あそこには「ネコちゃんしか勝たん!」などの変わったフレーズを叫ぶネコ好きもいるから。
 
「そうなんですか!?再現度が凄いです!」
 
 「もうネコの作品印刷だけでも全部買います!」とすっかり心躍っているマーガレットに、ヘスターは「無理はしないでね」と返す。印刷でも枚数が重なると大きな出費となるからだ。
 
 そんな二人のやりとりを見ているうちに「犬は描かないのかな」とアマーリエはぼんやりと思った。これだけネコの絵を活き活きと描く彼女ならイヌの絵もさぞかし魅力的だろうに。
 
「犬は描かないんですか?」
 
 出来れば実家で飼っているロジーのような子を描いてほしくて聞いてみると、ヘスターは「犬も好きだけど……」を困ったように眉を下げた。

「犬を飼ってる人って結局のうちの子が一番だと思ってるから、違う犬を描いてもあまり見てくれないの。反対に猫を飼ってる人は他のネコの絵も見てくれるから必然的にね……」

 それを言われてしまうとぐうの音も出ない。あの時自分は確かにロジーのような子を描いてほしいと思ってしまった。
 絵はコンクールで表彰されるか売れなければ意味が無い。動物の絵はコンクールよりも売買向きだから、どうしたらより多くの人に見てもらえるかというのは戦略上重要だ。

「そうですか……」
「ごめんねぇ。前に依頼されて飼われているイヌを描いたこともあるけど、『うちの子と全然違う』って修正を何回も入れられちゃって……。少しトラウマなの」

 しかも既に洗礼を受けた後だった。自分もその依頼人と同じことをする自信がある。益々描いてくれとは言えなくなってしまった。

「モニカ、諦めなさいな」
「残念だけど……ね?」

 友人にも宥められ、アマーリエはションボリと肩を落とす。
 
 こうして一日目は何事も無く終わったが、問題は二日目に起きた。
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