テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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第47話

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「同級生の腕を強引に掴もうとし、更に暴れたそうだな。理由を説明してくれ」

(今日は厄日って奴?マジ勘弁してほしいんだけど……)

 教師の鋭い視線にも全く反省の色が無い。外面で誤魔化せばこの場はいくらでも切り抜けられると踏んだ彼女は、お得意の悲しげな表情を作った。

「違うんです。私、エリザベス様と仲良くしたくて……。それに暴れたのは本気じゃなくて、ちょっと驚かせたら逆に打ち解けるかなと思っただけで……。そう、冗談なんです」
 
(冗談ってことにしておけば全部それで済むもんね)

 それは彼女がこの世界に来る以前からずっと使っている手だった。
 
 どんな言動をしようと何でも冗談にしておけば許される。相手が怒ったら「何ムキになってんの?」って笑えば良い。
 冗談を本気に受け止めるような空気の読めない奴がバカなのだ。だからあの時のことは全て冗談で済ませてしまえばそれで済む。
 
 冗談だから、本気でやってないから、だから大丈夫。

「そうか、冗談か」

 良かった、先生も納得してくれた。冗談なんだから許さない方がおかしいのだけれど。

「はい!冗談です!」
「それで済ませられると思っていたら大した愚か者としか言いようがないな」
「は?」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。目を合わせれば教師の鋭い視線は、見下したようなものに変わっていた。
 
 馬鹿にされたと理解した途端、彼女の顔が真っ赤になる。陰口を叩かれることはあれど、こんな真正面から罵倒されたのは初めてだった。

「どういう意味ですか!?バカにしてるんですか!?」
「おっと、今の言葉は冗談だ。本気にしないでくれ」

 教師は待ったをかけるように片手を胸の前で上げて首を横に振るが、その顔は薄ら笑いのままである。どう見ても教師の態度は、自分を馬鹿にしていた。
 
「何が冗談なの!?ふざけないで!」
「そのふざけたことを君はしたんだが?」

 自分のことを棚に上げて吠えると、薄ら笑いを浮かべていた教師は瞬時に真顔になる。

「それとこれとは別で……」
「同じだ。肉体による暴力も言葉による暴力も冗談では済まされない」

 一旦黙り込むテンセイシャだが、口答えすれば面倒になる空気を察して口を噤んだだけで、何ら自分を顧みようとしない。
 例え教師にそう言われても、昨日のことと今のことは違うという主張を変えるつもりは無かった。

 なぜこんなにも反省しようとしないのか。彼女は自分が弱そうだと思った人間に対しては平気で傷つけるくせに、自分が同じようなことをされた時には怒りを覚える。そういうタイプの人間だからである。

(何が冗談では済まされないだ。前の学校ではそんなこと誰も言わなかったってのに、めんどくさぁ……)

 転生する前に通っていた学校では、こんな面倒な人間は居なかったのにと内心で愚痴を溢す。しかしそれは彼女が「冗談なんだから許せ」という空気を作る側の人間であり、似たような思考の人間とばかり付き合っていたからである。

 だが生憎とこの学校はその空気を消して許さない。冗談という言葉で逃してはやらない。

「もし昨日のことが冗談だとして、わざとやったのなら性根が曲がっているし、わざとでないなら人への配慮が欠落してるな」

 (そこまで言う?)

 教師に怒られていることは理解していてもなぜ怒られたのかは理解できず、彼の言葉をひたすら理不尽だと受け止める。
 
 無論教師の方も言葉で気付いてくれるとは全く期待していない。これは警告だという意味合いの方が強かった。
 要は何らかの処分を下す前に警告はしたという大義名分を得る為にしているのだ。

 反省せずむくれているばかりの彼女に、これなら無視できないだろうと、教師はある言葉を言う。

「今回で二回目だ。あと一回、問題を起こせば学校としては君を退学処分にせざるを得ない」

 一回目はテストをわざと白紙で提出し、それを何者かが仕組んだことだと吹聴しようとした事件。二回目が今回の出来事である。
 
「え!?うそ!?」

 退学の二文字に流石も彼女も黙ってはいられず反応する。

 まだ好感度も上げていないし未回収のイベントやスチルもある。それに何よりエリザベスの断罪イベント前に退学だなんて、そんなのヒロインとしてあり得ない。

(もしかして隠し要素とかで学校側にも好感度が設定されてたの!?それで一定の数値を下回ると退学とか?それってめっちゃヤバくない?)

 目に見えて焦り出した彼女に、教師は「これでしばらくは大人しくしてくれるか」と溜息を吐いた。
 
 本当はこれだけ問題を起こしていれば直ぐにでも退学処分は可能だ。しかしそれをしたところで彼女を妄信している生徒から抗議の声が挙がるのは必須だし、最悪な事態が起きる可能性もある。
 
 それは彼女がエリザベスに逆恨みをし、危害を加えようとすることである。
 
 学校は生徒の安全を最優先に考えなければならない。ならば実際に退学処分を下すよりも、退学をちらつかせて脅し、大人しくさせておいたほうが賢明だと判断したのだ。

「分かったのならこれからは真面目になることだ」

 警告も入れたしあまり大人を舐めない方が良いとも忠告した。用を終えた教師は後は自己責任だと彼女を解放する。
 
 教師からの言葉の意味を全く考えず廊下に出た彼女は、やっと長いお説教から解放されたと伸びをする。ドアで遮られて見えないからと随分とコケにしている。
 さしもの彼女も当分は大人しくしているつもりだが、それもこれも断罪イベントさえ起こしてしまえばどうにでもなると、大して重く受け止めていなかった。

 そこに心配そうな声がかかる。

「アマーリエ!」
「クラスの噂を耳にしたんだが何かの間違いだよな!?いきなり生徒指導室なんて!?」

 放送を聞いていたのか、攻略キャラ達が駆け付けて来ていた。

 放送を聞いた彼等は、彼女がなぜ生徒指導室に呼ばれる事態になったのか知ろうとしたのだが、今や学校の殆どの生徒から避けられている彼等に、教えてくれるような親切な人間は居なかった。
 
 そこで彼等は品が無いが聞き耳を立てて、周囲の噂話を間接的に聞いて情報を得ていたのである。

 しかし彼女の影響で物事を都合よく解釈する癖ができていた上に、上手く話を聞き取れなかったのもあってか、彼等の中での昨日の出来事は、かなり事実とはかけ離れたものになってしまっていた。

 例えばちょっと手を握ろうとしたのをエリザベスが大袈裟に吹聴しているだけ。暴れたのはスタッフの手を少し振り払おうとしただけ。などなど彼女に悪意はなかったのに、誰かの悪意やタイミングの悪さが重なって真実が歪められたと思い込んだのだ。
 
 特にバーナードなど仮にも婚約者だろうに、腕を掴まれそうになったエリザベスの心配など全くしておらず、彼等から見て悪意ある噂を広められた彼女の心配ばかりしていた。

「ちょっと手が当たっただけなのに『暴れた』なんて酷い言い草だな」
「エリザベスも神経質で困った奴だ。いくら気に入らないからって過剰に反応し過ぎだ」

 キャラ達に何か言われるかもしれないと思い一瞬身構えた彼女だったが、彼らから発される都合の良い言葉に、顔を伏せたままニヤリと醜悪に笑んだ。
 
 そうだ、彼等の勘違いを利用してやろう。そうすれば自分は彼等の中で悲劇のヒロインになれる。

(断罪イベントをする為にもアイツには悪役でいてもらわなきゃ)

 涙を流すのは朝飯前だ。瞳を潤ませて庇護欲をそそる表情を作ると顔を上げる。
 
「私……ただ、エリザベス様と仲良くなりたかっただけなのに、こうなっちゃって……」

 彼等はやっぱりかという顔をすると彼女を慰めようとする。
 
「周りがどんなにお前のことを悪く言っててもオレ達は味方だよぉ!」
「大丈夫ですよ!俺達が絶対何とかしますから!」

 そうだ。有象無象がどんなに言ったところでキャラ達は信じてくれている。あの日が来るまで問題を起こさないようにさえしていれば自分は大丈夫だ。
 
 その認識自体が間違いだと夢にも思わないまま、彼女は幸せになれる道をひたすら進み続けている。
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