テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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第37話

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 エリザベスは不安な気持ちを抱えて彼と顔を合わせていた。あんな意味深な呼び出し、本当にボードゲームの続きがしたいのか、別の込み入った話をしたいのかがサッパリ読めない。

「滞在中はこの家に厄介になってるんだ。祖母の実家がこの家の血筋だからな」
「そうなんですか……」
 
 いそいそと盤面に駒を並べるアルベールに当たり障りのないことしか返せない。何が目的なのか分からない以上、下手なセリフは即詰みだ。

「……もしかしてオレの正体が分かってるとか?」

 エリザベスの雰囲気から何かを感じ取ったのか、彼女方を見ずに質問する。
 平静を保とうとしたが、駒を持つ手が少しだけ揺れてしまう。彼の言葉は声色からして疑問ではなく、ほぼ確認であった。
 
「な、何のことでしょうか……?」
「良い、良い。侯爵家の人間に隠し通せるとは思ってないし」

 悪足掻きでしらばくれてみたが、彼は片手を振って無理しなくて良いと暗に言う。やっとバーナードとの婚約が無効になったからか、近頃は気が緩んでいるような気がする。
 
 いけない、自分は侯爵家の人間なんだから緊張感を持たねばと肩に力を入れる。駒を並び終えアルベールを先手としてゲームを開始した。

「キミはバーナード殿の婚約者だったな。王妃教育ってどんなことを学ぶんだ?」

 アルベールが駒を動かしながら口を開く。
 今回のゲームは大会のような緊迫感のあるものではなく、お茶や会話を楽しみながらのカジュアルな雰囲気のものらしい。それにしてもそんなことを聞いてどうするのか。

「そうですね……。各国のマナーや歴史、言語。他にもダンスや歌などの芸術も学びます」

 他国の王子の手前、当たり障りのない内容を述べる。これに加えて視察の同行や、孤児院を始めとした施設への慰問なども含まれるが、基本的には王を支える為の妃教育である。

「それは王となるバーナード殿を支える為のものか?」
「……はい……」

 もう無効になったので意味は無くなったが、彼には知り得ない情報だ。複雑な気持ちになりながらも、この場ては伏せておくべきだと肯定しておく。

「オレの友人には兄が居るんだがな」

 唐突に話が飛んだ。先程の会話と何の関係があるのか不明だが、とりあえずそのまま耳を傾ける。

「家督を継いだ兄を常に立てるよう、兄より劣ったフリをするよう周囲から言い聞かせられているんだ。キミはこれについてどう思う?」

 言っていることの意味がわからなかった。彼ではなく周囲の言葉のことである。
 貴族として家督を継いだ者を立てなければならないのは納得できる。身内に侮られる当主など、外の人間にも侮られるからである。

 しかし、だからといって劣ったフリをしろとは、そんな立て方があるものか。その周囲とやらは随分と考え方がズレているようだ。

「それは政敵を油断させる為の作戦では……」
「ないんだなこれが。周りはそれが当主を立てる方法だと心底信じている」

 それらしき理由は潰えた。あの家の当主の周りは凡庸な人間しかいないと、油断させる為にあえて実力を隠しているのなら一理あるが、益々もって意味が分からない。

「当主より優秀だからといって当主を侮ることには繋がりません。当主を優秀な身内や側近が支える形もありますし、周囲の考え方は間違っていると思います」

 エリザベスは自分の考えをハッキリと語る。魔法に優れた子が当主となる仕組みのこの国とは違い、隣国のメルツァリオでは長男が当初となる仕組みだと聞いている。
 
 つまり優れた人間が当主になるとは限らないし、もし当主が凡庸な人間だった場合は周りの人間はより劣った能力に見せなければならず、政が上手くいかなくなってしまう。
 
 当主のあり方は一つではない。この国でも魔法と政治両方に優れた人間は珍しい。当主に足りない部分は周りが補っていけば良いのだ。
 
 それにアルベールはあくまで友人の話だとしているが、恐らく彼自身の環境のことを話しているのだろう。
 彼の賢さは既に目の当たりにしている。無理に抑えつけるのではなく、優れた政治家として教育していけばさぞかし国の為になるだろうに。

 彼女の見解を聞いたアルベールは「キミもそう考えるか」と、心なしか安堵したような顔をしていた。否定したくても周囲に言われ続けていると精神に来るのだろう。
 
「だから友人はそんな教えに意味など無いと立証する為に、最近自分の頭の回転の速さを周囲に印象付けて噂と違うと疑問を持たせようとしているらしい。人脈作りも同時にな」

 成程、だから様々なサロンに顔を出しては並いる貴族達をボードゲームで負かしているのか。何か考えがあるとは思っていたがそんな意味があったとは。
 
「そういえばキミはチェスもポーカーも強いのだし、政治に興味を持ったりすることはないのか?」
「興味が無いと言えば嘘になりますが……」

 一人っ子なのでバーナードの婚約者になっていなければ、エイワーズの当主となって政治に関わる道もあっただろう。メルツァリオと違い、このニーグレアでは女でも魔法に優れていたり一人っ子であれば家督を継げる。
 
 しかし彼の婚約者となったことで、優秀なフォロー役となるよう然るべき教育を受けてきた。
 社交で根回しをすることはあれど、あくまで政治の表舞台に立つのはバーナードで、自分は裏方である。

 今までずっとそう言い聞かされてきた。
 でも彼との話が流れた今ではどうだろう。

「なぁ、こんな話知ってるか?巧みな話術と人心掌握術で、優秀な外交官として恐れられた王妃の話」
「トタンカリの魔女の話ですか?」
 
 トタンカリの魔女とは、昔実在していた国のある王妃の仇名である。
 
 外交で手腕を発揮した王妃は、やがて周辺国から「トタンカリの魔女」と呼ばれ畏怖されるようになった。
 なぜなら一度彼女と話したが最後、瞬く間に仲良くなってしまい、最終的には彼女の要求を呑んだり譲歩をしたりしてしまうのである。例えどんなに強硬な構えをしていたとしても。
 
 その能力でかつて一触即発だった国同士を取り持って戦争を回避した実績も持つ。

 そんな彼女は国王との夫婦仲は非常に良好で、夫の為なら頑張れる、夫は自分に無いものを持っていると常に周囲に語っていた。
 この話は魔女の有能さと同時に、理想の夫婦のあり方の一つとしても語り継がれている。

 つまり彼はこう言いたいのだろうか。バーナードの婚約者に、誰かの妻となるからといって裏方に徹する必要は無い。双方がお互いの得意分野で表舞台に立っても良いのではないかと。
 
「オレには婚約者は居ないんだが、相手さえ良ければどちらが表とか裏とか関係無く活躍していけば、きっと楽しいと思うんだ」

 ずっとバーナードをサポートすることばかり考えていた。しかし彼とはもう赤の他人となった以上、それをする必要は無い。

 よくよく考えてみれば今の自分には選択肢ができているのだ。家督を継いで婿を取っても良いし、他の家に嫁いでも良い。
 後者だとしても双方政治家としてお互い高め合える人を選べば良い。

 彼とテンセイシャが一緒に居るところを見てももう悩まされずに済むんだと、解放感ばかりに浸っていたけど、これから何をどう頑張るのかは自分の自由なのだ。

「今からでも間に合うでしょうか……」

 しかし不安はある。政治の勉強をする前に婚約者となったから、どんな人と話を合わせられるよう知識や教養は頭に詰め込んでも、政治に触れたことはない。
 幼い頃から当主となるべく育った人間とは大分ハンデがある。

「キミには賢さと努力できる才能がある。それに留学という手もあるぞ。オレもここに滞在してまだ日は浅いが、得る物は多い」

 留学、何という魅力的な響きだろう。文化や言語の違いを直接見聞きし、直接肌で感じる体験は書物では決して得られないものである。

「もし留学するのなら招待しよう。前向きに検討してくれ」

 彼の言葉は社交辞令なのかもしれない。だがメルツァリオの地に降り立つ自分を想像してしまい、駒に触れる指に熱が籠った。
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