テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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第36話

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「聞いた?クラークさんって『自分は光属性の筈だ』って先生に詰め寄ったらしいわよ?」
「知ってる。杖や的を不良品だって言いがかりつけたんですって?」

 テンセイシャが自分の属性について抗議をした出来事は翌日には学校中に知れ渡っていた。
 普段はモブの言動など眼中に無いテンセイシャでも、昨日の今日で赤っ恥をかいたばかりでは流石に気になってしまう。
 
「なんだかクラークさんって、自分が見たいものしか見えてないというか……」
「そこまでいくともう痛々しいわね……」

 周りからの憐れみや嘲笑の視線が突き刺さる。
 嫉妬や僻みならいくら受けても屁でもない。だってそれは羨ましいという裏返しだからだ。でも憐れみの視線だけは屈辱だ。

(見てんじゃねぇよ!私はヒロインなんだよ!光属性以外あり得ないのに!絶対なんかあったんだ!)
 
 魂が違うからだと知らないテンセイシャは「あのクソ教師、王太子妃になったら絶対クビにしてやるんだから」と憎悪を募らせる。

 とうとう教室に居られなくなって昼休みは逃げるように飛び出すと屋上でふてくされる。今はキャラとのランチなんて気分にもなれなかった。

「やっぱりここに居た」
「あっち行って」
 
 キャラ達が追いかけて来てくれたけど今は正直邪魔だ。視線を一回向けたが直ぐに背けて校舎の外の景色を見る。
 しかし彼等は全く引こうとしない。空気読めよと舌打ちしそうになった時、セオドアが「アマーリエ、よく聞いてねぇ」と膝を着き目線を合わせた。

「知ってる?実は極稀にだけどぉ、数種類の属性を持っている人もいるんだよぉ?」
「数種類?」

 そんなのゲームには無かった設定でテンセイシャは気になって顔を上げる。やっと目が合ったぁ、とセオドアは少女のように可愛らしい顔をニッコリとさせた。

「数種類の属性を持ってるとねぇ、今一番強い属性の魔力を的は感じ取るんだぁ。だからアマーリエは火と光の最低二属性は持ってるのかもねぇ」
「そんなことがあるんだ……」

 初めて知った。確かにアマーリエはこのゲームの主人公なんだから、複数の属性を持ってても何らおかしくはない。
 そう考えると、光属性を持っているのに的は火属性の赤色に光ったのは辻褄が合う。

「特に火と光は密接な関係にあるからさぁ、その両方を持ってても別におかしくはないんだよぉ。訓練を積んでいったら光属性も強化されるんじゃなぁい?」

 そっか、火属性の方が強く出ただけなのか。なんだ。理由が分かったらスッキリした。
 
 じゃああの教師はクビにはしないであげよう。でもセオドアは丁寧に説明してくれたのに、あの教師は何も言ってくれなかったな。
 もしかして知らなかったとか?教師のくせに知識不足なんじゃないの?知識不足で王太子妃に恥をかかせた罪として減給と降格処分にしてやろう。

「やっといつものアマーリエに戻ったな」

 ベンジャミンのホッとした声でいつの間にか笑っていたことに気付く。顔だけだと思ってたのにこいつらも案外役に立つじゃん。

「スッキリしたところでカフェテリアに行こうか!腹減っただろ?」

 確かに疑問も消えたし、屈辱感も晴れた今では腹の虫が鳴き出している。現金なものだ。

 勿論セオドアの説明はテンセイシャへの盲信でも、元気付ける為の方便でも無かった。魔法師の家系から得た知識は正しいし、推測も問題ないものである。
 魔法師には己の持つ魔力や魔法に関する、ある種の勘を持っている場合が多い。例えば自分は何となくこの属性や、この魔法が得意かもしれない、などである。
 
 だからセオドアはテンセイシャの「自分の属性は光である」という言葉を魔法師としての勘として受け取った。ゲームでの主人公の設定をそのまま自分にも適用されると思い込んでいるとは知らなかったから。

 両者の間の決定的な認識のズレには気付かないまま、テンセイシャは上機嫌でカフェテリアへと移動した。
 
 さっきまで肩身狭そうに俯いていたのに、もういつものふてぶてしさを取り戻したと周囲は忌々しそうに彼女の方を見ているのだった。

 

 そしてテンセイシャとは対照的に周囲も祝福する祝い事として、アマーリエとナタリアがソル・マッセで読み聞かせた絵本の評判が伝わり、製本の注文をもらったのだ。それも複数から。
 
 なんでも絵本の噂が他の孤児院から孤児院へと伝わり、運営している貴族から同じ絵本を贈りたいと相談があったらしいのだ。

「凄いわナタリア!私達の作った本がこんなに認められるなんて!」
「フフ、モニカったら子どもみたいにはしゃいじゃって」

 そう言っているナタリアも平静を保とうとしているが、頬が喜びを表すかのように紅潮している。
 
 手芸部の部員達が「おめでとう!」「頑張ってましたもんね!」と祝いの言葉を述べる。

 初めての本作りで右も左もわからない分、それはそれは苦労した。絵本作家から絵本作りについての話を聞いたり、ストーリーに詰まったらエリザベスに何度もアイデアを請うた。
 写真を撮る際の構図にも悩んだし、スケジュールの前倒しで連日ヘロヘロになったこともある。

 それでもこうして作品が認められると頑張って良かったと思う。苦労が報われた瞬間だ。

「このまま人気になれば第二弾の制作の可能性もありそうね!」
「まだまだこれからなのにもう?気が早いわねぇ」

 目を輝かせるアマーリエにナタリアが呆れるような、しょうがない子だと言うような顔を向ける。

 探偵ジャックはシリーズ物の構成になっている。これは最初から決まっていたことではなく、ストーリーを作っていく上でこんなキャラを出せたら良いなとか、こんな出来事があるかもしれないねなど、双方アイデアが降って来た結果である。
 
 第二弾、第三弾と続けば温めていたアイデアを放出できるし、単純に成功者の夢を見てしまうのは誰しもある。
 ナタリアも、上手くいかなかった場合に深く落ち込まない為の予防線でそう言っているのであって、実は期待してしまっているのだ。

「でも、きっとエリザベス様も知ったら喜ぶわね」
「明日にでも話してみたら?」
 
 巷で評判になるかもしれない絵本の、三人目の功労者であるエリザベスはこの場には居ない。
 どうしているのかというと、ボードゲーム部にて温かい拍手をもらっていた。正月のマインドゲーム大会のポーカー部門で見事優勝したお祝いである。


「おめでとうございます!賞金の使い道は考えてあるんですか?」
「ありがとうございます。まだ迷っていまして……」
 
 幸い家の経済事情は良くもなければ悪くもない。両親へのプレゼントや使用人への労いにも使いたいし、ドレスの一着でも作って上手く着回せば何年か持つかもしれない。
 一人では決められないので家族と話し合って決める予定である。
 
 それよりも自分の努力が報われたあの瞬間は、何よりも代えがたい幸福だった。思えば彼の婚約者となってから今まで努力してきたがそれが叶うことは無かった。

 ボードゲームに没頭したのはその虚しさからの逃避だったからかもしれない。しかし途中でこう思うようになったのだ。「自分の為に頑張るのって何て楽しいんだ」と。
 
 自分自身がこうしたいこうなりたいからと努力し、仲間やライバルと切磋琢磨し、目標に到達する工程は今までに無かった快感だった。
 こういう種類の努力もあるのだと初めて知った。それが一番の収穫である。

 エリザベスは幸せな気持ちに浸りながら帰宅すると、侍女から預かった一通の手紙を手渡される。
 差出人の欄には自国の貴族の家の名前が記されていたが、封を開けて見るとこんなことが書かれていた。

 
『またあの時の大会の続きをしましょう。
 
           ─貴女を負かした人間より─』
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