テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

文字の大きさ
上 下
32 / 70

第31話

しおりを挟む
 みんなが待ちに待ったソル・マッセ当日。街ではお出かけを楽しむカップルや家族連れで溢れ、幸せそうな空気に満ちている。
 
 普段は質素に暮らしている孤児院でもこの日ばかりは楽しそうな笑い声でいっぱいになっていた。
 一人一人が滅多に食べられない美味しいお菓子とおもちゃを配られ、頬をリンゴのように赤く染めてはしゃぎ回っている。
 
 職員の言うことを聞いて行儀良くしつつも、喜びを爆発させる子ども達の様子に、慈善委員会のメンバーも目を細める。やはり子ども達は笑顔でないと。

 そしていよいよもう一つのメインイベントである絵本の読み聞かせが始まる。
 この日の為に練習してきたアマーリエが前に出ると、残りのメンバーは部屋の後ろに移動し様子を見守る。その中には絵本の制作に協力したナタリアや、彼女の友人であるエリザベス達も応援に来ていた。

 子ども達がワクワクとした表情で座り、物語の始まりを待っているとやはり緊張は高まっていく。ウケなかった時の為に既存の絵本も持って来たが、出番が無いを切に願うばかりである。
 
 この日の為に喉の調子も整えて来た。リンブルク家の人達からもアドバイスをもらった。
 キャラのセリフを喋る時はオーバーに、地の分も普段よりゆっくりめに、あと特に大事なのは自分が楽しむこと。

 控え目に深呼吸をするとアマーリエは子ども達に見えるように本を開く。

「『ジャック、お客さんだよ』ある大きな街で探偵をしているジャックに一人のお嬢さんがやって来ました……」

 出だしは好調。焦らずゆっくり落ち着いてと自分に言い聞かせながら話を語り、時折子ども達の様子を見る。

 子どもの反応は悪くない。中には内容を理解できないくらいの幼い子も居るが、そんな子も真剣に話に聞き入っていた。

「……ジャックは見事依頼を解決し、お礼を言うメアリーにこう言いました。『いえいえ、私は紳士ですからね』……おしまい……」

 締めくくると子ども達からお世辞ではない拍手が沸き上がる。「楽しかった」と口々に笑顔で言われ、ホッとしてナタリアの方を見た。
 彼女も成功の空気に喜びを顔にみなぎらせて目を合わせ、周りを取り囲む友人達が「良かったわね!」と祝福の言葉をかける。
 
 充足感に浸りながら本を閉じると、もらったばかりのクマのぬいぐるみを大事そうに抱き締めた女の子がやって来る。そしてアマーリエの足元でチョコンと首を傾げると、こんなことを聞いて来た。
 
「お姉ちゃん、『しんし』ってどういう意味なの?」

 アマーリエは少し考え込む。紳士とは一般的に社会的地位の高い男性を指すが、この場合は違う意味になる。

「そうねえ……頭が良くて、礼儀正しくて、優しい男の人ってことかな?例えば女の人には優しくしてくれて、困っている人がいれば助けてくれて、乱暴なことを言ったりしたりしない人のこと」
「ジャックみたいに?」

 アマーリエは「そうだよ」と頷く。探偵ジャックは教養が高く、奉仕精神が高い設定にしている。
 ナタリアと決めゼリフのようなものがほしいねと話した時に、彼のキャラクター性を一言で表す「紳士ですから」というフレーズが生まれ、そこから彼の人物像も自然と浮き上がったからである。

 女の子は一つ笑みを深くすると、「私、ジャックみたいなしんしと結婚する!」と高らかに宣言する。彼女に釣られて他の子も紳士と結婚したいと理想の結婚を次々とアピールし始める。
 女子達にとって物腰が穏やかで優しく、頭の良い「紳士」という人間は見事に刺さったようだった。これは男の子も頑張らなければならないだろう。

 その後他の孤児院でも絵本は好評で、訪問が無事終了したお祝いに、委員会でささやかなパーティが開かれた。絵本作りの制作に携わったナタリアやエリザベス達も一緒である。
 会話には時折制作の苦労話や、エリザベスの話作りのアイデアなどの制作秘話が交じり、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。

 気付けばもう夕方に差し掛かり、そろそろ家族と過ごす時間となる。バタバタしながら各々家へと帰って行き、アマーリエも今の家であるリンブルク家へと帰路を急ぐ。

 家に近づくにつれてアマーリエの心臓の鼓動が高鳴る。家族はもう来ているだろうか。本当に会えるだろうか。
 はやる気持ちで家に着くと、使用人に迎えられて応接室へと案内される。当主の向かい側のソファには夢にまで見た両親と弟が座っていた。
 
 沢山心配をかけてしまったからか両親は最後の記憶よりも少しやつれていて、それでも元気そうだった。ルイはあれから少し背が伸びている。

「お父様!お母様!」
「……?もしかしてアマーリエなの……?」

 今の彼女はアイリーンの身体を借りている。最初はいきなり初対面の人間に呼ばれて訝し気に見ていた三人だが、最初に母親が気付いてハッとした顔になる。
 アマーリエは一生懸命首を縦に振ると、母親は泣きそうな顔で腕の中に迎えた

「あぁ!アマーリエ!」

 少し苦しいくらいに抱き締められるのがこんなに嬉しくて安心するものなんて知らなかった。自然と視界がぼやけてきて我慢していると、懐かしい声と共に苦しさと温もりが増してくる。

「姿が変わってしまってごめんなさい。今はアイリーンって子の身体を借りてるの」
「良いのよ。アイリーンにも感謝しなくちゃね」
「そうだ。謝る必要は無いんだぞ」
 
 ようやく再会できた彼女達は離れていた時間を埋めるように抱きしめ合う。たとえ姿が変わっていようと、それは確かに家族の姿であった。
 
 一頻り温かさや匂いを堪能して離れると、見守っていた当主に詫びを入れる。彼は構わないと首を横に振った。
 
「姉様ごめんなさい、ロジーは連れて来られなかったよ。子どももまだ小さいし……」
 
 申し訳なさそうにしている弟に大丈夫だと微笑む。実家で飼っている犬のロジーは子どもを産んだばかりの母犬である。まだ子どもも三カ月くらいだし、長旅にはまだ耐えられそうにないだろう。
 身体を取り戻して堂々と実家に帰れるようになったら、思う存分親子まとめて愛でるつもりである。

「さあ、積もる話もあるだろうしお茶を運ばせよう。その後はパーティだ、クラーク夫妻もルイ君も存分に楽しんでくれ」
 
 その日のアマーリエは今までできなかった分を取り戻すように親に甘え、弟を慈しんだ。
 手紙には書ききれなかった話も沢山した。リンブルク家の人のこと、新しく出来た友達と最近何をしていたか、自分が今何を頑張っているか、今日の孤児院での出来事などを。

 その日ばかりは月が真上を越えても自然と瞼が落ちるまで、ずっと部屋から話し声は絶えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...