テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

文字の大きさ
上 下
29 / 70

第28話

しおりを挟む
「は?何を……?」

 バーナードは婚約者のあまりの言いように、笑い飛ばそうとして失敗したような歪な顔になる。
 自分達が?わざと?盗んだ?彼女に依存させる為に?

「し、失礼にも程がありますよ!なぜそんなことをしなければならないのです!」

 アランが吠えるがエリザベスは両肩を竦めてさらりと軽く受け流す。

「先程述べたでしょう?それに今まさにアマーリエさんは縋ってらっしゃるじゃないですか。貴方達の思惑通りに」

 エリザベスは今さっき思いついたことを話す。彼等にとって愛らしいテンセイシャが他の人間に目が向かないよう、わざとイジメを演出して自分達だけは味方だと印象付ける。
 そうすれば彼等の言葉を信じたテンセイシャは、感激して彼等以外の人間には寄り付かず、依存するようになるという寸法である。

 彼等にとっては実に馬鹿馬鹿しい理論だが、周囲にとってはそうは思えなかった。
 
 エリザベスの推測はあくまで自分達を犯人扱いする婚約者に、いい加減嫌気が差して思い付きで言ってみた、でまかせのようなものである。
 だが最近の彼等の言動が常軌を逸しているのも相まって、彼女の推測は信憑性を持たせるのに十分であった。
 
 現に周囲から「確かにあり得ないとは言い切れない……」や「前に別の場所でそんな騒動があったと聞いたことがある」と彼等に疑いの目を向ける。

「そんなくだらない推測をよくも僕達の前で話せたな!分を弁えろ!」

 良くない空気を感じ取ったバーナードが王子の威厳で悪い流れを断ち切ろうとする。しかし彼女達は一切怯む様子がない。
 
「貴方方の推測も私達から言わせれば『くだらない』の一言に尽きますよ」

 エリザベスも負けない。侯爵令嬢と王妃教育で培った支配者の空気を醸し出して対抗しようとする。
 一触即発な雰囲気の中、破ったのは彼等の元友人達だった。

「バーナード、そろそろ先生が来る。この話はもう止めにしよう」

 バーナードの元友人達が彼等を抑えて席に着かせようとする。女性達も壁になって彼等の視線からエリザベス達を隠した。

「待ってくれ!まだ話は……!」

 尚も引き下がろうとしないバーナードに、元友人の一人が彼の耳元に囁く。

「お前陛下の下にオブライエン家からの苦情が山程着てるのを知らないのか?」

 それは彼にとっては寝耳に水で、固まってどうしてと言いたげな顔をする彼に、友人は不快な表情を隠しもせずに説明した。

「最近のお前の言動があまりにもエリザベス嬢に配慮が無いって苦情が来てるそうだ。それこそわざわざそんな嫌がらせしなくとも相手の家に苦情を入れれば良いだけの話だろ?」

 それだけ伝えると振り返りもせずに友人は自分の席に着く。
 
 知らないことだらけで愕然とする。苦情?なぜ?自分はただ独りぼっちの彼女が可哀想で見ていられなくて助けているだけで、それでなぜ苦情を入れられなければならないんだ。
 大体距離が近いのもエリザベスの気にし過ぎで、彼女が嫉妬深いだけなのに、なぜ父上は反論しないのだろうか。
 
 嫌がらせだって苦情を入れても腹の虫がおさまらないとかの理由でやった筈なのに。それを自分達がアマーリエを依存させる為にやっただなんて。
 何でみんなも馬鹿馬鹿しいと言ってくれないんだ。何でそんな目で僕達を見ているんだ。

 純真で素直なアマーリエが嘘なんか吐かない筈で、そんな彼女が悲しそうな顔をしているということは確実に何かあっということで。僕は王子だから下の者を守らなくちゃならなくて、だからアマーリエのことも守っているのに、何でみんなしてそんな目で見てくるんだ。

 バーナードの思考や情緒はぐちゃぐちゃで、最早何の為に考えているのかすら自分でも分からなくなっていた。

 自分が媚を売っている相手の顔色が悪いのにも気付かず、テンセイシャは唇を噛む。
 上手くいったと思っていたのに、まさかそんな返しをしてくるとは予想外だった。エリザベスの口の上手さを舐めていた。
 しかもそれなりにあてにしていたモブ達の反応が薄いのも、計画には無かったことで腹立たしい。モブのくせにどうしてこう思った通りに動いてくれないんだ。

 計画ではここで完全にモブを味方に引き入れて物量でエリザベスに対抗するつもりだったのに、これじゃあ現状と何も変わらないじゃないか。

 仕方ない、この際モブ達は切り捨てる。所詮声を大きくする為の布石でしかないし、攻略キャラさえ仕事してくれれば問題は無い。

 どうせキャラの心を掴んでいるのは自分の方だ。エリザベスが今更どう足掻こうとも、どっちの言うことを聞いてくれるかは明白だ。
 次は目立たずに彼等にだけこっそり嫌がらせの報告をしよう。周りには誰にも頼れないとでも言えばさっきのこともあるし、きっともっと同情してくれる。

 しかし朝の出来事は既に教師に伝わっていたらしく、担任から不安であれば自分だけ別教室にする提案をされ、私物を使った罪の擦り付けは断念せざるを得なかった。

 そこで代わりに言葉による嫌がらせを報告することにした。言葉のイジメであれば言わなかった証拠も無いが、言われなかった証拠も無い。
 また教師に話が行っては面倒なので大事にしたくないと殊勝なフリをしてやれば、なんて優しい子だと賞賛の声がかかる。
 なんだ、最初からこうすれば良かったんだ。もうモブに期待するのは止めとこう。その方が手間もかからないし。

 だがテンセイシャは後に自身が切り捨てたモブによって窮地に立たされるなど思いもしていなかった。


 

 ルカヤの生徒は貴族や商家など経済的に余裕がある家が多い。ソル・マッセが近い日には慈悲深き王の逸話に倣い、授業の一環として炊き出しを行う。実際に平民との交流を通して上に立つ者に必要なノブレスオブリージュの精神を学ぶのだ。

 その授業では本格的に炊き出しに使う食材の調達から始まる。市場に買いに行くのも良し、商人や農民から売り物にならない商品を買い付けるのも良し、運動がてら狩りに行くのも良し。
 犯罪行為でなければ調達の方法は生徒の自由だが、これは食料がどうやって手に入るのか、どの程度の手間がかかるのか、肌で実感させる為の学校側の考えである。

 そうして持って来た食材は当然生徒一人で運べる量ではなく、その日は寮や学校の使用人も総出で食材運びを手伝うのである。
 あらかじめ教師が念押ししたからか、テンセイシャも食材を用意していた。しかし彼女が持って来た食材の量はたった一人分しかなかった。

「アマーリエ、もしかしてそれだけなのかい?炊き出しだから到底足りないよ?」

 気付いたアランがそう言うとテンセイシャは目を見開く。
 
「え!?そうなの?私知らなかったぁ」

 知らなかったではない。余程悪辣な貴族でなければ炊き出しなどの慈善事業は行っているし、その子ども達も後学の為に何度か見学をしている筈だ。
 それなのにそれっぽっちの量で済むと本気で思っていたら頭が足りないとしか言えない。これが運ぶ途中で事故などで食材がダメになったのなら同情できたのだが。
 
 しかも彼女に焦っている様子は一切無い。知らなかったんだからしょうがないみたいな雰囲気だ。

「仕方がないなぁ。俺のを分けてあげるよ」

 果たしてそれは本当に仕方がないのか。これが他の人がやらかしたのなら恐らくあり得ないなどと叱責するだろうに、彼女にはうっかりで済ませている。
 アラン以外にも例の生徒達は注意する様子が見られず、更には自分の食糧を分けてあげる始末である。周囲はつくづく彼女を前にすると盲目になるなと、失望を通り越して心が冷めていった。
 
 しょっぱなから不安だらけのスタートとなった今年の炊き出しだが、当然クラスメイト達の不安は的中した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

処理中です...