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第21話
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テンセイシャは再試験は流石に白紙で提出などしなかったが、やはり散々な結果に終わった。試験勉強など全然していないから当然の結果である。
それを彼女は攻略キャラ達には「動揺して実力を出せなかった」と言い訳をし、彼等はそれですんなりと納得してしまっていた。
彼等の中ではテンセイシャはあくまで不正をされてしまい、犯人の目処はついているものの証拠がない所為で立証できなかった悲劇の少女である。
だが彼等と他の生徒にはこの時点で既に大きな隔たりができていたのである。
「だからさ、俺はエリザベス嬢が怪しいと思ってる訳よ。だって彼女は権力もあるし取り巻きだって沢山居るし、他の生徒に命令して不正をさせたんだよ」
ベンジャミンは久々に見習い騎士仲間との会話に興じていた。最近はテンセイシャを中心としたお決まりのメンバーで会話していることが多かったが、他の友人と話をしたい気持ちや白紙答案についての賛同者を増やしたかったのもあり、久方振りに彼等と会話していたのである。
ベンジャミンは気付いていないが、騎士仲間達は彼の熱弁を全く聞いていなかった。白けた顔をする者、窓の外を眺めている者、聞き流している者と三者三様だが、彼の考察をちっとも信じていないのは共通していた。
自分の世界に入っている彼は尚を話を続ける。
あの時のアマーリエからのバーナードへ向けた縋るような目、あれはきっと犯人はエリザベスであるというアイコンタクトに違いない。前にも彼女の差し金で他の女子生徒から無視されているとほのめかしていたし、嫉妬のあまり恥をかかせようとしたんだ。
「なあ、そんなこと本気で思ってんのか?」
鼻息荒く持論を展開するベンジャミンに仲間の一人が煩わしそうに言う。唐突に水を差されて眉間に皺を寄せながら彼等の方を見遣るベンジャミンだったが、仲間達の顔に困惑の色を表した。
仲間達は一様に呆れたような顔を隠そうともせずに自分の方を見ている。おかしい、なぜみんなそんな目で自分を見るんだ。
「だから、いくらエリザベス嬢が侯爵家の令嬢で取り巻きが居るからって、そんなことができると本気で思ってんのか?」
「な、何言って……?」
だって見れば分かるじゃないか。アマーリエはあんなに試験勉強を頑張ってたのに、それをエリザベスは自分で手を下さずに恥をかかせようとしたんだ。いくら嫉妬に駆られたとはいえ、やって良いことと悪いことがあるだろう?
「そういうことを言ってるんじゃない。先生が散々説明してただろ?鍵を盗んで人の目を掻い潜って、その上更に認識阻害がかかっている答案にどうやって細工をしろっていうんだよ?絶対途中で失敗するぜ?」
「それは……」
ベンジャミン言いよどむ。確かに教師が講じた不正対策はかなり盤石で不正を実行するのはかなり厳しい。しかしエリザベスは侯爵家だ。彼女の家で独自に伝えられている魔術があってもおかしくないし、それを使えば学校の対策も無効にできるかもしれない。
「お前って彼女のことをそんな人だって思ってたんだな」
自分の話を黙って聞いていたヘンリーがポツリと呟く。それは幻滅の色を含んでいた。
ヘンリーから見たエリザベスはプライドが高い人間である。それは決して傲慢という意味ではなく、常に令嬢達の手本となるように知識や教養、マナーや所作と己を磨き続けてきた。侯爵家たるもの、恥となるような人間になってはならないと常に己に言い聞かせているからである。
ましてや嫌がらせの為に誰かに恥をかかせるなど、下劣で貴族の風上にも置けない行為だと嫌悪する側だと、彼女を知る人間であれば誰もが分かる筈である。
バーナードと仲の良いベンジャミンなら自分達よりもエリザベスの性格について彼から聞いているだろうに、そんなとんでもない持論を本気で考えて自分達に熱弁する姿に、変わってしまったなと失望していた。
「悪いけど俺は今のお前とは付き合えない」
「僕も」
一人がガタリと席を立ち上がれば他の仲間たちも次々と立ち上がってベンジャミンに背を向ける。ベンジャミンからすれば晴天の霹靂で、狼狽しながら慌てて引き留めようとする。
「待ってくれよ!一体みんなどうしたんだ!」
引き留めようとした手はそのまま宙を彷徨い、彼は一人呆然としたままその場に突っ立っていたのだった。
「本当にそんなことが……?」
隣の教室から聞こえて来たテンセイシャの声について、事の顛末を聞いたアマーリエはどこか現実味の無い話に半ば信じられない気持ちでいた。
ヘスターの話を疑うつもりなどは毛頭無いが、同情を引く為だけに答案を白紙で提出するなんて将来を棒に振る行為だ。そんな愚かなことをするだなんて自分では到底考えられなかった。
「殿下と結婚して王太子妃にでもなれば学校の成績なんて関係無いとでも思ってるんでしょうね」
紅茶で喉を潤しながらヘスターはあっけらかんと言い放つ。確かに王太子妃になれば将来は約束されたようなものだけれど、だからといってそんな賭けに出る勇気なんて持てない。
「しょうがないよ。向こうにとって学校はあくまで彼等と恋愛をする為の舞台。成績よりも彼等の気を引く方が大事なの」
それを聞くととことんテンセイシャは異質な存在なのだと思う。仮に王太子妃になったとしても学校の成績は人々の話題に挙がるだろうに。
恐らくテンセイシャにとっては彼等の世界だけが本物で、この世界は上がりにゴールすれば良いだけの双六のようなものなのだろう。ゴールの先に道は無いのだから。
「そういえばうちのクラスにアランさんとベンジャミンさんの友達が居たみたいなんですけど、あの事件で完全に付き合いを止めてしまったと言ってました」
大分様子がおかしかった彼等だが、それでも友人達との縁は完全には切れていなかった。最近の彼等は婚約者達に不誠実だし、一人の女子と有体に言えばベタベタしていたが、いつか目を覚ましてくれる筈だと友人達は信じていたのである。
ところがあの白紙答案事件でどんな方程式が成り立ったのか、頻りにエリザベスを疑っていて、しかも周りにその推論を吹聴しようとする彼等になけなしの信用も崩れ去ってしまった。
確かに動機だけ見ていればエリザベス達がやっててもおかしくはない。しかし不正防止策を掻い潜って答案に細工ができるかと言ったらよっぽどの運の良さが無ければ不可能だし、第一彼女の性格上そんなことはしないだろう。
彼等はそこの部分を全く考慮しようとしない。しかもそれを誰かが指摘すれば誤魔化したり無かったことにしようとする。その振る舞いは一言で言えばとても見苦しかったのである。
原因は女一人だがその女で身を持ち崩し、説得も無駄とあればこれ以上付き合えない。そうして友人だった者達は離れて行って彼等は今や完全に孤立してしまっていた。
「でもそうなるとエリザベス様達が心配だなぁ。何も起きないと良いんだけど」
「どうしてですか?」
もう既に大変なことが起きているが、これ以上のものがあるのだろうか。アマーリエが首を傾げていると、ヘスターが「これは私の杞憂だと良いんだけどね」と前置きする。
「何かの本で読んだ記憶があるんだけど、テンセイシャと彼等の関係性ってカルト宗教の教祖と信者の関係性と似てる気がしない?」
それを彼女は攻略キャラ達には「動揺して実力を出せなかった」と言い訳をし、彼等はそれですんなりと納得してしまっていた。
彼等の中ではテンセイシャはあくまで不正をされてしまい、犯人の目処はついているものの証拠がない所為で立証できなかった悲劇の少女である。
だが彼等と他の生徒にはこの時点で既に大きな隔たりができていたのである。
「だからさ、俺はエリザベス嬢が怪しいと思ってる訳よ。だって彼女は権力もあるし取り巻きだって沢山居るし、他の生徒に命令して不正をさせたんだよ」
ベンジャミンは久々に見習い騎士仲間との会話に興じていた。最近はテンセイシャを中心としたお決まりのメンバーで会話していることが多かったが、他の友人と話をしたい気持ちや白紙答案についての賛同者を増やしたかったのもあり、久方振りに彼等と会話していたのである。
ベンジャミンは気付いていないが、騎士仲間達は彼の熱弁を全く聞いていなかった。白けた顔をする者、窓の外を眺めている者、聞き流している者と三者三様だが、彼の考察をちっとも信じていないのは共通していた。
自分の世界に入っている彼は尚を話を続ける。
あの時のアマーリエからのバーナードへ向けた縋るような目、あれはきっと犯人はエリザベスであるというアイコンタクトに違いない。前にも彼女の差し金で他の女子生徒から無視されているとほのめかしていたし、嫉妬のあまり恥をかかせようとしたんだ。
「なあ、そんなこと本気で思ってんのか?」
鼻息荒く持論を展開するベンジャミンに仲間の一人が煩わしそうに言う。唐突に水を差されて眉間に皺を寄せながら彼等の方を見遣るベンジャミンだったが、仲間達の顔に困惑の色を表した。
仲間達は一様に呆れたような顔を隠そうともせずに自分の方を見ている。おかしい、なぜみんなそんな目で自分を見るんだ。
「だから、いくらエリザベス嬢が侯爵家の令嬢で取り巻きが居るからって、そんなことができると本気で思ってんのか?」
「な、何言って……?」
だって見れば分かるじゃないか。アマーリエはあんなに試験勉強を頑張ってたのに、それをエリザベスは自分で手を下さずに恥をかかせようとしたんだ。いくら嫉妬に駆られたとはいえ、やって良いことと悪いことがあるだろう?
「そういうことを言ってるんじゃない。先生が散々説明してただろ?鍵を盗んで人の目を掻い潜って、その上更に認識阻害がかかっている答案にどうやって細工をしろっていうんだよ?絶対途中で失敗するぜ?」
「それは……」
ベンジャミン言いよどむ。確かに教師が講じた不正対策はかなり盤石で不正を実行するのはかなり厳しい。しかしエリザベスは侯爵家だ。彼女の家で独自に伝えられている魔術があってもおかしくないし、それを使えば学校の対策も無効にできるかもしれない。
「お前って彼女のことをそんな人だって思ってたんだな」
自分の話を黙って聞いていたヘンリーがポツリと呟く。それは幻滅の色を含んでいた。
ヘンリーから見たエリザベスはプライドが高い人間である。それは決して傲慢という意味ではなく、常に令嬢達の手本となるように知識や教養、マナーや所作と己を磨き続けてきた。侯爵家たるもの、恥となるような人間になってはならないと常に己に言い聞かせているからである。
ましてや嫌がらせの為に誰かに恥をかかせるなど、下劣で貴族の風上にも置けない行為だと嫌悪する側だと、彼女を知る人間であれば誰もが分かる筈である。
バーナードと仲の良いベンジャミンなら自分達よりもエリザベスの性格について彼から聞いているだろうに、そんなとんでもない持論を本気で考えて自分達に熱弁する姿に、変わってしまったなと失望していた。
「悪いけど俺は今のお前とは付き合えない」
「僕も」
一人がガタリと席を立ち上がれば他の仲間たちも次々と立ち上がってベンジャミンに背を向ける。ベンジャミンからすれば晴天の霹靂で、狼狽しながら慌てて引き留めようとする。
「待ってくれよ!一体みんなどうしたんだ!」
引き留めようとした手はそのまま宙を彷徨い、彼は一人呆然としたままその場に突っ立っていたのだった。
「本当にそんなことが……?」
隣の教室から聞こえて来たテンセイシャの声について、事の顛末を聞いたアマーリエはどこか現実味の無い話に半ば信じられない気持ちでいた。
ヘスターの話を疑うつもりなどは毛頭無いが、同情を引く為だけに答案を白紙で提出するなんて将来を棒に振る行為だ。そんな愚かなことをするだなんて自分では到底考えられなかった。
「殿下と結婚して王太子妃にでもなれば学校の成績なんて関係無いとでも思ってるんでしょうね」
紅茶で喉を潤しながらヘスターはあっけらかんと言い放つ。確かに王太子妃になれば将来は約束されたようなものだけれど、だからといってそんな賭けに出る勇気なんて持てない。
「しょうがないよ。向こうにとって学校はあくまで彼等と恋愛をする為の舞台。成績よりも彼等の気を引く方が大事なの」
それを聞くととことんテンセイシャは異質な存在なのだと思う。仮に王太子妃になったとしても学校の成績は人々の話題に挙がるだろうに。
恐らくテンセイシャにとっては彼等の世界だけが本物で、この世界は上がりにゴールすれば良いだけの双六のようなものなのだろう。ゴールの先に道は無いのだから。
「そういえばうちのクラスにアランさんとベンジャミンさんの友達が居たみたいなんですけど、あの事件で完全に付き合いを止めてしまったと言ってました」
大分様子がおかしかった彼等だが、それでも友人達との縁は完全には切れていなかった。最近の彼等は婚約者達に不誠実だし、一人の女子と有体に言えばベタベタしていたが、いつか目を覚ましてくれる筈だと友人達は信じていたのである。
ところがあの白紙答案事件でどんな方程式が成り立ったのか、頻りにエリザベスを疑っていて、しかも周りにその推論を吹聴しようとする彼等になけなしの信用も崩れ去ってしまった。
確かに動機だけ見ていればエリザベス達がやっててもおかしくはない。しかし不正防止策を掻い潜って答案に細工ができるかと言ったらよっぽどの運の良さが無ければ不可能だし、第一彼女の性格上そんなことはしないだろう。
彼等はそこの部分を全く考慮しようとしない。しかもそれを誰かが指摘すれば誤魔化したり無かったことにしようとする。その振る舞いは一言で言えばとても見苦しかったのである。
原因は女一人だがその女で身を持ち崩し、説得も無駄とあればこれ以上付き合えない。そうして友人だった者達は離れて行って彼等は今や完全に孤立してしまっていた。
「でもそうなるとエリザベス様達が心配だなぁ。何も起きないと良いんだけど」
「どうしてですか?」
もう既に大変なことが起きているが、これ以上のものがあるのだろうか。アマーリエが首を傾げていると、ヘスターが「これは私の杞憂だと良いんだけどね」と前置きする。
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