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第19話

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 そして本番を迎えたテスト当日。ペンの音だけが響く教室内で、テンセイシャは目をグワリと剥きながら問題用紙をこれでもかと睨みつけていた。
 
(はぁ!?何だよこの問題!記述式もあるって聞いてないんだけど!あと選択式も何で私の知らない問題があんだよ!?)

 案の定イケメンとの時間を満喫するばかりで勉強をサボっていたテンセイシャは見事に落とし穴に陥っていた。とりあえず分かる部分だけ埋めたもののハッキリ言って赤点確定である。楽勝だと思っていたのにいきなりピンチになってしまった。

(どうすれば良いんだよ。このテストで70点以上出さないと全員との好感度上がらないし、そうなったらこの先詰むぞ?)

 今は問題の作成者に悪態ついてもどうにもならない。他の解答をカンで埋めても流石に70点以上は余程運に恵まれない限り無理。
 どうすれば良いんだと悩む彼女だったが、急に頭を押さえていた手を離す。そして何を思ったのか、せっかく埋めていた解答欄を消しゴムで綺麗に消すと、何も書かずに後はひたすらペンで机を突いて問題を解いているフリをした。それを全教科全て行ったのである。



「難しかったですわねぇ」
「でも勉強会を開いた甲斐はあったわ」

 二日間のテストを終えた生徒達は解放感に浮かれながら廊下を歩く。早い時間に終わったのもあり、カフェテラスでスイーツに舌鼓を打つ者、街へ遊びに出かける者と過ごし方は様々だ。

「そうだわ、街で良さそうなカフェを見つけたの。そこでお茶でもして行かない?」
「良いわねそれ!」

 クラリスの提案に全員の目が輝く。最近できた新しいカフェらしく、ドリンクのメニューも豊富でケーキも美味しいらしい。
 
「だったらお姉様も誘いたいのだけれど、良いかしら?」

 ヘスターの顔が思い浮かんだアマーリエが友人達に彼女も加えて良いかと窺えば、みんな快く了承してくれる。あの勉強会にて、独特の雰囲気を持つが人当たりの良いヘスターを友人達は受けいれていたのである。
 
 彼女のクラスへと向かうと目的の人物は教室内に居た。しかしなにやら難しい顔をしている。

「お姉様、クラリスさんが素敵なカフェを見つけたんですって。一緒に行きません?」
 
 声をかけるとこちらに気付いたヘスターが難しい顔を崩して振り返る。

「あぁ、モニカ?テストはどうだったの?」
「全力は出せたと思います。それでお姉様さえ良ければ一緒に行きたいのですけれども……」

 テストは難しかったが、勉強会のお陰で躓いていたところは解けたし力は出せた筈だ。それを言えば彼女は「良かったね」と喜び、そして眉を下げた。

「ごめんね。実はこの後先生に用があって……。また誘ってくれるかな?」
「そうですか……」

 アマーリエはシュンとした表情で肩を落とす。テスト勉強で潰れたヘスターとのお茶の時間を久しぶりに楽しめると思ったのだが、用事があるなら仕方がない。「また来れるわよ」と友人達に慰められながらアマーリエは教室を出て行った。

 その背中を見届け、ヘスターは周りに誰も居ないのを確認すると部下の幽霊を呼び出し、自分の顔を他人に認識できないよう術をかけてもらう。更に念を入れてアップにしていた髪を解いて、色変え魔法で髪色を赤から茶色に変えると職員室へと向かった。

「リンブルク家の者です。担当の教師はいらっしゃいませんか?」

 突然現れたリンブルク家の人間に職員室は俄かに騒ぎだす。対応の教師が手を上げ、来客用の別室へと通された。

 ヘスターはここではあくまでモナウ家のアンとして在籍している。自分の正体は学校でも伏せているので、リンブルク家として学校関係者と顔を合わせる際には、顔を認識できなくなる相貌失認の術をかけた上で髪色も髪型も変え、アンとの関係性を無くしているのだ。

「突然申し訳ございません。前日から二日間にかけてこちらでは定期テストが行われていたようですが、その時のテンセイシャの行動が気になりましてね。念の為お伝えしようと伺った次第です」

 紅茶で喉を潤すと自分が来た経緯を説明する。学校側もテンセイシャの動向を警戒して彼女が居るクラスには試験監督が特に目を光らせていた。しかし特に不審な行動の報告は上がっていなかった筈である。

「他の生徒の監視もしなければなりませんし、見落としても仕方がありません。実は彼女は全教科の解答を白紙で提出したのですよ」
「白紙で!?」

 聞き間違いじゃないかと教師は一瞬自分の耳を疑う。しかし向かい合って座る彼女は頷きで肯定していて、聞き間違いという現実逃避を否定してくる。
 
 とりあえず余白を無くそうと、分からない問題を適当な言葉で埋める生徒は多数居る。いわゆる一種の悪足掻きだ。しかし全教科を白紙で提出するなんて生徒は少なくとも自分は聞いたことも無かった。

「ええ。しかも最初のテストでせっかく正解していた問題もわざわざ消していました。これはもう故意としか言いようがありません」
「一体何の為に……」

 ヘスターはそれには「現時点では分からない」と答える。しかしあの時の彼女は何か企んでいる雰囲気だったそうだ。
 
「これは推測ですが彼女が騒ぎを起こすとすれば、恐らく答案用紙が帰ってきた後だと思われます」
「帰って来た後……。例えば答えを誰かが消したと騒ぐやもしれませんね。以前そう訴えて来た生徒がおりました。勿論不正はありませんでしたがね」

 それは10位以内を狙っていた生徒があと一答のところで逃してしまい、どうしても諦めきれずにやってしまった騒ぎである。

「成程……。他にも答案用紙のすり替えがあったと騒ぐかもしれませんね。誰かの……特に殿下の婚約者であるエリザベス様による陰謀だと冤罪をかけようとするかもしれません」
「あり得そうなのが怖いですね……」

 担当の教師は痛む頭を押さえる。
 教師達の目から見てもテンセイシャは自分達のことを案山子か何かだと思っている節がある。悪い意味で興味が無いのだ。
 
 しかしエリザベスに関しては悪意の執着を見せていて、他の生徒からも彼女達を心配する声が届いている。
 もし答案用紙がすり替えられたとテンセイシャから主張があったとして、危ういのはエリザベス達だ。

「了解しました。直ちに他の教員とこのことを共有し、テンセイシャの答案用紙については対策いたします。迅速なご連絡ありがとうございます」

 リンブルク家の少女はこちらもできる限り対応はする旨を言い残し、応接室から去って行く。見送りを申し出たが「教師が生徒を見送りするのは変に思われますよ」と断られてしまった。そういえば少女はどうやって入手したのか、学校の制服姿だった。

 一人になった応接室でカップを片づけながら、教師はこれからどう動くか考えを巡らせる。まずは校長と教頭に報告。そして手の空いている教員を全て集めて職員会議で対策を練らなければならない。
 まったくこっちは採点で忙しいのに、こうも問題を起こしてくれるものだ。しかし彼の家のお陰で先手を打つことは可能だ。何もかも向こうの好き勝手にさせてはルカヤの恥さらしである。

 すぐさま職員会議が開かれ、テンセイシャが起こすあらゆる可能性の予測とそれに対する対応の仕方が議論されまとめられた。
 生徒の進路が決まる成績の大半を占めるテストにおいて、不正があったと疑われれば今後の沽券に関わる。何としてでも防ぐにはなりふり構っていられない。
 
 そして問題のテスト返却日、ヘスターの予想通りに騒動は起こったのである。
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