テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

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第18話

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「すまない……。婚約者に君の友人になってほしいと頼んでみたんだが、断られてしまった。不甲斐なくて申し訳ない……」
「は?」

 テンセイシャは一瞬何のことを言われたのか分からなくて、普段被っているネコも忘れて素で聞き返す。
 そしてよくよく聞いてみたら自分に同性の友達が居なくて淋しそうだからと、攻略キャラが勝手に自分の婚約者に友達になってくれないかと頼んだらしい。

(何で?マジで意味分かんない。何で余計なことしようとすんだよ?これでうんとか言ったらどうすんだ頭おかしいだろ?)
「ううん。全然大丈夫だよ」
 
 彼等に心の声を聞く力があったら、恐らくあまりの口汚さと罵りように卒倒していただろう。
 
 というか昨日の話を聞いていなかっただろうかとテンセイシャは訝しがる。自分は「みんなが居てくれれば大丈夫」と言ったのに、まさか攻略キャラに裏切られるとは思ってもみなかった。これで同性の友達なんかできたら最悪だ。
 
 そもそも元の世界ならともかくとして、この世界で友達を作ること自体が有り得ないのだ。そんなのは頭のおかしい人間か、二次元に行きたいなどとほざいているキモいオタクのやることで、あんなのと一緒にしないでほしい。

 大体友達なんてみんな言ってるが所謂ぼっち除けであって、こちらがマウントできた時は優越感に浸れるが、向こうがマウントして来た時は一日中気分が悪い。誰かの悪口言い合うのだけが楽しい存在なのにわざわざここで作るメリットなんて何も無かった。

 友達という名のパシリなら考えてもやらないが、前に折角パシリに使えそうな地味子でも見繕ってやったら、なんと生意気にも盾ついて来たのだ。地味子のくせに。
 しかもヒロインの家の男爵は貴族の中でも爵位が一番下で、あの地味子よりも下だったのである。ヒロインなのに何で地味子よりも爵位が下なのか納得がいかない。

 しかもエリザベスと友達なんて何の罰ゲームなのか。これから「エリザベス様にイジメられているんですぅ」って泣きつく為に、頑張って周りに見せつけて嫌がらせされようとしているのに、友達なんかになったらまるで意味が無い。

 それにあの高ビー女は侯爵で、自分は男爵で、万が一友達とかになったとしたら絶対にいちいち偉そうに指図してきそうだ。こっちはヒロインなのに悪役令嬢なんかにズケズケ言われるなんて絶対にゴメンだ。

「私はあなた達のこと友達だと思ってるんだけど……、あなた達の方は違うの?」
「違わないさ!ただ同性でしかできない話もあるし、そういった友達が居た方が安心できるだろう?」
(……チッ、マジで空気読めねぇなコイツ等。モブやエリザベス如きとは関わりたくねぇって言ってんだよ察しろよ)
 
 テンセイシャは心の中で舌打ちする。
 しかしこのままだとまた勝手に友達になってくれそうな人間を探して来そうで正直いたちごっこだ。パシリならまだしも友達なんて普通に要らないのに。
 
 その時彼女の頭の中である考えが閃く。そうだ、同性の友達ができないのをエリザベスの所為にしてしまえば良いんだと。
 神妙な顔をして「実は、周りの子に話しかけても無視されたり避けられてしまって……」と言えば、向こうは直ぐに信じるしエリザベスの婚約破棄に一歩近づく。一石二鳥だ。
 
「本当に良いの。きっとこの学校で友達はできないだろうし」
「なぜだ?」

 意味深な言葉を言えば向こうは簡単に食いついてくれた。ヒロインの顔で悲しそうな顔をすればこんなのはチョロい。

「実は……ずっと前から他の子には無視とか、避けられたりしてて……。あなた達と仲が良いからって……」

 ゲームでも攻略キャラと仲の良いヒロインに、モブが嫉妬してハブにする場面があった。それの真似をしたらみんな怒ったような顔になる。

「もしかしてエリザベスの差し金で……!」
「それは…………」
 
 あえて黙っていれば後は勝手に向こうが想像してくれる。これで完璧だ。
 良い感じに空気も重くなってマジファインプレーだと自画自賛する。ゲーム内では単なる個人的な嫉妬だったものが上手くエリザベスの所為に誘導できた。
 
 (私ってあったま良いー!コイツ等が勝手なことしてきた時はマジふざけんなって思ったけど、これが雨降って地固まるってやつ?)

 火のない所に煙は立たぬと言うが、自分の所にある火をさも違う場所にあると吹聴したテンセイシャは、早くエリザベス達がざまぁされないかとその日が来るのを心待ちにしていた。




「そうだったの。貴女も同じようなことを……」
「はい……。私悔しくて…………」
 
 エリザベスは涙ぐむジュリエットとフィリッパの目元にハンカチを当てる。他の子も友人達のされた仕打ちにカンカンに憤っていて、相手に文句さえ言えないこの状況を非常に残念がっていた。
 
「皆さん無神経過ぎます!特定の女子との距離が近いだけでなく、その子と友人になれと言うなんて!」

 普通の神経をしていたらそんな惨いことは絶対にできない筈なのだ。エリザベスはテンセイシャが関わっていると説明されたが友人達は違う。リンブルク家から手を出すなと忠告はされてもアマーリエの正体がテンセイシャだとは知らないのだ。
 
 こちらの独断でテンセイシャ絡みだと話すこともできず、依然として何らかの要因で彼等の意識や価値観がまったく変わってしまっていると説明するしかない。
 自分もテンセイシャが関わっているのだから仕方ないと今まで己の心を騙して来たが、今回の件は失望させるに充分だった。

 このままでは自分達はあまりに報われない。いくらテンセイシャに魅了されたとはいえ、もう婚約者との未来を想像できなくなってしまった。表面上は以前の通りに戻ったとしても、もし愛人などが出来たらまた無神経な対応をされやしないかと、常に不安が付き纏ってしまうのだ。
 
 この国では愛人が認められているし、基本的に正妻の子が優先だが、愛人の子も家督を継げられる法律になっている。
 もし将来彼に愛人ができたとして、自分そっちのけで愛人の元に入り浸るようになったら。更には自分の子を差し置いて愛人の子に家督を譲ると言いだしたら。

 それにあれ以降はこう考えてしまうのだ。テンセイシャに歪まされていたとしても、彼は元からそういう気質を持っていたのではないだろうかと。単に今まで口に出していなかっただけで、今の彼はその気質が増幅した結果なだけなのではと。

 そこでエリザベスは、これを機に最近なんとなく考えていたことを、思い切ってみんなに話してみることにした。

「実はバーナード様との婚約を白紙にできないか、近いうちにお父様に相談するつもりなの」
「殿下との婚約を!?」
 
 一様にギョッとした顔をする友人達に、やはり言わなかった方が良かっただろうかと緊張が走る。
 
 彼女達のことは表向きには友人と称しているが、実際には取り巻きと言った方が正しい。完全な利害関係で築かれている訳ではないが、友情だけで結ばれているとも言えば嘘になる。

 だからこれを言えば止めようとするかもしれないし、もしバーナードとの婚約が白紙になれば彼女達は離れて行くかもしれない。
 覚悟を決めていたエリザベスだが、友人達の言葉は意外なものだった。

「エリザベス様……大きな決断を下す程にお辛かったのですね……」
「え……?」

 ナタリアが痛ましい顔をしながらの発言に他のみんなも頷く。まさか肯定されると思わず「止めようとしないの?」とつい聞いてしまった。
 
「何を仰いますか。私は今まで彼に何度も距離感を考えてほしいと苦言してきました。でもセオドア様はいつも『そういうつもりじゃない』とか『彼女はただの友人だ』とか言い訳ばかりで……。嫌だという気持ちを全然受け取ってくれないんです」
「私もです。婚約者ですもの、嫉妬だってします。ですがマリアス様は『その程度で嫉妬するな』と……。なぜ以前は線引きできていたことができなくなってしまったのか、私の嫉妬は彼にとってはその程度でしかないのだと思ったら、虚しさが込み上げてきて……」
 
 婚約者を持つ二人がまた涙をホロホロと零しながら切々と訴える。
 距離が近い。それはエリザベスもリンブルク家からの知らせが来るまで何度も言ってきた言葉だ。今では言うのを止めてしまったが。
 
 何も言わなくなった時の彼の顔を今も覚えている。これで大変なことをしてしまったと自覚してくれるのならまだ期待は持てた。しかし彼は「やっと分かってくれたか」という顔をしたのだ。
 あの時泣かなかった自分を褒めてやりたい。いや、今考えれば泣いた方が良かったのかもしれない。
 
「そうなの……。今はもう顔すら見たくない気持ちが出てしまって……」
 
 そしてここに来ての友人になってほしい旨の依頼。この人はどこまで自分を蔑ろにすれば気が済むのか。そう思ったらもう頑張れなくなってしまったのだ。彼の隣に相応しくあろうとする努力も、彼と歩み寄る努力も。

 そうだ、自分はずっと辛かったのだ。これまで自分の気持ちを彼に軽く扱われて顧みられず、ずっと辛かったのだ。

(やっぱり、婚約の白紙をお父様にお願いしよう。断られても何度も何度も説得してみよう)
 
 思いがけず背中を押されたエリザベス。そして彼女の勇気に触発された二人も、それぞれの父親に婚約の白紙を願い出ることを決めた。

 そして幾ばくかの不穏を孕みながらも学年初のテストの日を迎える。
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