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第17話

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「アマーリエの友人になってくれないかい?」
「はい?」

 久しぶりに婚約者が話かけてくれたというのに、彼の口から出た言葉に思わず呆けてしまう。少なくない時間を彼と過ごしてきたが、こんなに理解できない言葉を聞いたのは初めてだった。
 
 おかしい、彼が話している言葉は母国語の筈だ。それなのに理解できない、理解したくない。彼は自分という婚約者を持つ身でありながら別の女性と親しくし、あまつさえ心が波立つ元凶と友達になってくれと厚かましいお願いをしてきたのだ。

 ここが人気の無い所で助かった。悪い意味で噂になっている女生徒の為に自分の婚約者に無茶な頼み事をするなんて場面、誰かに見られていたらあっという間に学校中に知れ渡るところだった。

「私は自分のお友達は自分で選びたいと思っております」
「そこをなんとか。爵位が気になるだろうけど見ていられないんだ」

 言外に断ると返事をしても察しが悪く粘られる。気にしているのは爵位ではない。婚約者の居る異性との距離の近さを問題にしているのだ。しかも複数の異性に対しても同じような対応を平気でしているのが、こちらとは絶対的に相容れない。
 
「彼女は貴方達に囲まれて楽しそうに過ごしているように見えますが?」

 何度か観察してみたが、件の人物は本当に図太い神経の持ち主だ。腫れ物に触るような扱いを受けても、白い目で見られても、さりげなく避けられてもてんで堪えていない。
 
 一応マナーとして、無視されたと言いがかりをつけられない為の自衛として、クラスメイト達は挨拶くらいはしているのだが、それも悉く無視をする。まるで彼女の目には誰の姿も映っていないかのように。
 
 それでいて一部の……要は彼女が狙っている生徒にだけは、猫被りで自分から挨拶をするのだ。

 断言しよう。彼女はバーナード達以外の人間をそこらの石ころ程度にしか思っていない。石ころだからどんな対応をされても、何か動いている、何か話している、ぐらいの認識しかしないのだ。
 
 それは教師が相手でも変わらない。担任や他の教師が何度か遠まわしに注意をしている場面を目撃したが、どれも「よく分からないことを言ってるな」という目で見ていたのを覚えている。
 中には懇切丁寧に説明してくれる教師も居たのだが、それすらも彼女は聞き流していた。
 
 以前誰かがこんな言葉を言っていた。「愚か者に分かるように説明しても、そもそも愚か者は話を聞いていない」と。彼女の場合は愚かというよりも、石ころが話しかけたと認知が歪んでいるのかもしれないが。

 自分はというと彼女の方から話しかけてくる数少ない人間だが、それは決して好意的なものではない。婚約者である彼との仲を見せつけて、嘲笑っている視線をいつも感じるからである。

 だから我慢して婚約者のお願い通りにしたとしても、向こうは十中八九「なんで貴女と仲良くしなくちゃいけないの?」という目で見てくるに違いない。自分もわざわざそんな視線を浴びに行くのはごめん被りたい。

 そんな気持ちと、ついでに嫌味も込めてみたのだが、随分耄碌してしまったのか無駄だった。わざわざ「異性に囲まれて楽しそうにしている」と、今の彼等が外から見た際にどのように見えているのか指摘したのだが、気付く素振りは全くない。
 
「そう見えても心の中ではきっと寂しい気持ちを抱えているんだ。僕達の前では隠しているだけであって」

 呆れのあまり思わず吹き出してしまいそうになった。どう見ても顔が良く、権力がある家の息子を手玉に取るのが楽しくて仕方がないようにしか思えないのだが。
 
 こちらがどんなに遠巻きにしたところで、あの女はそれを寂しがるような繊細な心は持ち合わせていない。でなければニヤニヤと下卑た顔なんか向けないだろうに。
 
 彼の中で一体どんな妄想が繰り広げられているのか、いっぺん頭の中を見てみたいものである。しばらく離れているうちに随分と毒されたのか、とんだ節穴になってしまったようだ。
 
 事実エリザベスの見解の方が正解で、時折テンセイシャが誰も居ない場所で苦しそうに眉を寄せている姿を、目撃したバーナードが「友人が居なくて寂しい」と勘違いをしているだけなのだ。
 実際は嫌がらせの頻度が落ちて「ゲームと違う!」と苛ついている姿なのだが。

「そもそもなぜ、貴方はこのようなお願いをなさろうと思ったのですか?」

 とりあえずはこれを聞かなければ何も始まらない。別にあの女は彼等さえ傍に居れば後はどうでも良いと思っている節があるし、こちらを巻き込まないでほしいものだが。

「ほら、僕達はどうしたって男だろう?アマーリエはやっぱり女性だし、女性同士でしかでない話もあるだろうしさ?」
「あぁ、そういうことですか……」

 つまり同性の友達が居ない彼女の為に要らない気を回しているのか。もっと他に気を回すところがあるだろうに。
 しかもよりによって自分に頼むなんて、いつからこんなに無神経になったのだろうと嘆息する。

「だろう?だから……」
「遠慮させて頂きます」
「え?」
 
 やっと分かってくれたかとでも言うように顔を明るくさせるバーナード。だがエリザベスはそれ以上彼が余計なことを言う前に拒否を示した。断られるとは思っていなかったのか、彼はポカンと口を開けたまま呆ける。

「彼女、貴方達には愛想が良いですが、他の生徒には挨拶をされても基本無視か嫌そうな顔をするんですの。そのような方とお友達になるのは心理的な壁がありますので」
「それはきっと……。そう、たまたま彼女の機嫌が悪かったんだろう」
 
 周囲に目を向ければ直ぐに彼女の対応の差に気付けただろうに。今の今まで知らなかった時点でてんで話にならない。
 しかも都合の良い言い訳をするあたり、他の人間がどんなに忠告をしようが逆立ちをしようが、彼の中ではアマーリエは良い子でそれ以外にあり得ないのだろう。

「つまり機嫌が悪ければ態度を悪くしても良いということなのですね?」
「リズ、そういうことを言っているんじゃないんだ」
 
 わざと揚げ足を取るようなことを言えばバーナードは分かりやすく不機嫌になる。
 こんな時にだけ愛称で呼ぶなんてと、悟られないよう鼻で嗤った。
 
 遠回しではどんなに指摘しても無駄。かと言って直接言えば怒りを露わにするのはほぼ確実。非常に面倒臭いし、これ以上付き合ってられない。
 
 そう思ったと同時に自分の中の彼への情が急激に薄れていくのを、他人事のような心地で感じていた。頭は冷えて、以前は彼を前にすれば自然と湧き上がっていた「愛しい」という感情が、今ではどうでも良いとさえ思えてしまう。

 侯爵家の娘として、未来の国母として己を律するよう躾けられたとはいえ、エリザベスはまだ十代の少女である。テンセイシャを相手にしているのだから、どんな屈辱を受けようと全てを我慢して受け入れろというのは中々酷な話だ。
 
 婚約者に自分を蔑ろにされれば悲しいし、悔しいと思うのは当然で。他の女の気持ちを推し量ろうとするばかりで、自分の気持ちをちっとも考えようとしない彼の姿に何の期待も持てなくなってしまった。

(本当に全部テンセイシャの所為で歪んでしまっただけなのかしら?それともこれが彼の本性なのかしら……?)
「リズ?何とか返事をしたらどうなんだい?」
 
 黙ったままのエリザベスにバーナードは苛立ちを募らせる。

「そういう訳で私と彼女とでは相性が合わないようですし、別の方に声をかけてみてはいかがでしょうか?」
「待て、まだ話は……」

 手を伸ばして追い縋ろうとする彼を無視して背を向ける。そして一切後ろを振り返らず、速足で人目のある所へと急いだ。今までの婚約期間でこんな対応をしたのは初めてだった。

 後日エリザベスは、友人達も己の婚約者に同じような頼みごとをされていたと知ることになる。
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