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第14話

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 手芸部の部室で先輩から粗方活動の説明を受けたアマーリエは、早速色とりどりの生地を手に取っては真剣に悩んでいた。流石お金持ちの学校だけあって部費にかけられる金額も多いのだろう。生地だけでも種類が多過ぎてドレスの素材をどれにすれば良いのか決められないのだ。

「どうしよう……。これも可愛いし……こっちも光沢が良い感じだし……」
「こっちの生地の方が形を作りやすいわよ」

 悩んでいると横から手が伸びて右手に持っていた花柄の生地を指差す。驚いて顔を上げると、いつの間にか隣にはエリザベスの友人のうちの一人であるナタリアが立っていた。

「あなたは……」
「ごめんなさい、挨拶をしていなかったわね。私はナタリア・ウィンスター。私も手芸部に入っているの」

 なんと、エリザベスの友人が手芸部だったなんて世間は案外狭いようだ。アマーリエも挨拶を返して生地を選んでくれたお礼を述べる。

「良いわよ。ところであなたは何を作るつもりなの?ぬいぐるみやお人形に着せるお洋服で合ってるかしら?」
「はい!元々ぬいぐるみ用の洋服やドレスを作るのが好きでして。ナタリア様はどんなのを作るんですか?」
「ナタリアで良いわ。こっちは子爵だし」
 
 ウィンスターと言えばかつての王家の末裔で名門なのだが、彼女はとても気さくなようだ。固辞しては反って失礼となる為、こちらも好意に甘えて敬称無しで呼ばせてもらうことにした。

 ナタリアは一冊の本を取り出すと開いて見せてくれる。そこには今まで彼女が作ったらしき数々のあみぐるみの写真が収められていた。
 
 この世界では魔道具と呼ばれる魔石で動く機械が発明されている。カメラなどの製品はまだ高価で高嶺の花だが、金持ちや貴族などによる写真ブームも起きている。
 また白黒だが、一瞬で絵よりも正確に目の前にある風景を映し出してくれるカメラは、より確実性を求められる報告書にも活用されている。
 
 最近だとカラーで現像できるフィルムの開発もされているらしい。ナタリアは自分の作品の記録として写真に撮って本に貼り付けて保管しているようであった。
 

「キャア!可愛い!」

 クマやウサギ、ネコといった可愛らしくもしっかりとした作りのあみぐるみに魅了されてしまったアマーリエは、つい興奮して大きな声を出してしまった。それが思った以上に部室に響き、作業していた部員がびっくりしてこちらを振り返る。

 アマーリエは恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながら周りに頭を下げ、次に目を見開いて固まっているナタリアに謝罪した。

「ご、ごめんなさい。あんまり可愛かったからつい……」
「そ、そう?良かったら他のも見ても良いわよ?」

 ナタリアは特に気に障る様子もなく、むしろ少し顔を赤らめている。視線を忙しなくウロウロさせているのが多少気になるが、可愛いの誘惑に勝てずに隅から隅まで見させてもらう。
 
 彼女の技術は相当なもので、可愛い動物達が活き活きとポーズを取っていた。
 可愛いのを眺めるのは大好きだし上手い人の作品を観察するのも楽しい。楽しいと大好きがかけ合わさって時間も忘れて見入ってしまった。

「……ハッ!」

 気が付けば一時間以上見入ってしまったようで、時計の針の位置が全然違う場所にあった。こんなに長く見てしまって怒っていないかと恐る恐るナタリアを窺うと、彼女はあみぐるみを作成していた。

「す、すみません……。こんなに長く見てしまって……」
 
 またやってしまったと肩を小さくさせながら冊子を返せば、ナタリアは「あら?もう良いの?」とあみぐるみを作る手を止めて普通に受け取ってくれた。怒ってはいないようだ。

「自分の作品を熱心に見てもらえるのは嬉しいことでしょう?この子達も本望だわ」

 そう愛おしそうに冊子を撫でた彼女は小さくだが笑っていた。
 
 その時アマーリエの脳内にある願望が沸き上がった。こんなことをお願いするのは分不相応とは分かっている。でもあの作品を見たらどうしてもやりたくなってしまったのだ。

「あ、あの……実はお願いがあって……」
「ん?」
 
 こんな大それたお願いを聞いたら何と思うだろうか。きっとびっくりするに決まっている。それか笑われるかもしれない。やっぱり止めた方が……いやもう遅い。彼女が次の言葉を待っている。
 
「ナタリアが作ったあみぐるみに私が作ったドレスを着せても良いですか……!?」

 とうとう言ってしまった。いくら気さくに対応してくれても向こうは由緒正しい血筋の貴族だ。こんな風に気軽に頼めるような相手ではないのに。
 
「い、いきなりこんなこと言われても困りますよね!作品は今は手元に無いんですけど家にならあるので、足りないなら急いで作るので!それで判断してもらってからでも良いですから……っ!」

 ナタリアが黙っているのに焦りが募り、自然と早口で捲し立てるようになってしまう。恥ずかしさで体温が上がり、これ以上喋ると変なことまで口走りそうになるのに止まれない。
 
「落ち着きなさいよ。別に私、嫌ではなかったんだから」

 ナタリアは小さく吹き出すと優雅に微笑みかける。一見は呆れているように見えるけれどその眼差しは意外と温かい。
 
「そんなに私の作品が気に入ったのなら仕方ないわ。でもうちの子に着せるのならそれなりのレベルでないといけないのは分かってるわよね?」

 アマーリエはコクコクと頷く。

「そうね……貴女の直近の作品を3つ、できれば5つくらい見せてくれる?それで判断するから」
「分かりました!次の部活までに持ってきますね!」 
「そんなに急がなくても良いのに」

 アマーリエはグッと拳を握った。
 領地から持って来た荷物は全て寮に置いて来てしまったが、テンセイシャが部屋から無くなっても気にならない物に関しては少しずつリンブルク家の協力で取り返せている。
 その中には小さい頃から一緒だったネコのぬいぐるみと、彼女に着せる洋服、材料も入っている。それを持って来れば問題なさそうだ。
 
 ついでに彼女の作品に似合うような洋服のデザイン案も描いておこう。アマーリエはテンセイシャに身体を乗っ取られて以来、初めて心の底からウキウキとしていた。
 こんな感覚は久しぶりで、前向きでいようと心がけても頭の片隅にこびりついていた不安が、この時だけは全てどこかへと吹っ飛んでいた。

 一方その場の勢いで約束してしまったナタリアだが、嫌ではないという言葉に嘘は無かった。自分の作品集をキラキラとした目で熱心に見入ってくれたのも嬉しいし、手放しで褒められて悪い気はしない。
 それに真剣な表情でお願いがあると言われて聞いてみれば、自分のあみぐるみに洋服を着せたいなんて。予想外過ぎて呆気に取られてしまった。

 侯爵令嬢でこの国の第一王子のバーナードと婚約しているエリザベス。その友人である自分に近づこうとする人間は両手両足の指を数えても足りない。いきなり本命に近づくよりも、周りの人間から攻略していく方が手っ取り早いと考える人は多いからである。

 いかにも貴女の友達になりたいという顔で話しかけて来て、上手く事が運んだと思った次に吐くセリフが「エリザベスに会いたい」。もうお約束過ぎて慣れてしまった。
 
 彼女の友人となったことに後悔はないし、未来の王妃としてふさわしくあろうと努力を続ける彼女を支えたいと思っているのも本当だ。
 しかし「エリザベスの友人のナタリア」ではなく、「ナタリア・ウィンスター」として自分を見てくれる人間が居ないのは、寂しくないと言えば嘘になる。

 初対面で気安い態度を取っているのだって自分なりの予防線でもありテストでもある。
 最初から好意的な態度を取っていれば、相手は自分をガードの薄い人間だと侮って直ぐにボロを出してくれるからだ。
 
 しかしあのモニカという同級生は、自分がエリザベスの友人と知らない筈がないだろうに、作品に自分が作った服を着せても良いかと、とても変なお願いをしてきたのだ。
 呆気にとられたが、同時に一個人のナタリアを見てくれたような気がして嬉しかった。なんて彼女はきっとあの様子じゃ思ってもいないだろう。
 
 モニカは恐らくエリザベス達とは違う意味での同士である。作品を愛し、他人の作った素晴らしい作品を素直に賞賛し合い、己の技術やアイデアに昇華する。お互い切磋琢磨できる良い意味でのライバルになれる予感がした。
 
 彼女と一緒に居るときっと……いや絶対楽しい。作品を持って来るように言ったのだって半分は照れ隠しである。もし彼女の技術が足らなくても上達するまで待ってあげる予定だ。
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