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第12話

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 その創作中で名前の出てこない人間はそこに居るだけの案山子、物語に関わってくる人間はシナリオを動かす為だけに存在している人形。そんな意識があるからこそ平気で傍若無人な振る舞いができるのだ。

 深く物事を考えず楽な道を選ぶ短慮な思考、肥大している承認欲求、創作の世界だからと横暴に振る舞う身勝手さ。当主はテンセイシャを会話をしても無駄な人間だとカテゴライズした。
 
 であれば完膚なきまでに叩き潰したいと思うのがこの世界の住人の心である。ここはテンセイシャの為だけに用意された舞台などではなく、立ち回りを間違えればあっさりと足元が崩れる程度には現実的なのだと。

 ここは一つ、物語に関わる人物達全員と結託して水面下で計画を進めようではないか。概ね思い通りに行っていると表向きには見せかけ、罠を仕掛けるのだ。

 テンセイシャは物語の主人公として与えられている補正に酔って、自分は何をしても許されると思っているフシがある。各々の婚約者達にあらかじめ嫌がらせをしないよう警告しても、テンセイシャが嘘をでっち上げる可能性は充分あり得た。
 ならばこちらは終盤に差し掛かるまで手を出さず、あえて静観してみせて向こうの決定的な嘘の瞬間を掴んでみたら良いのではないだろうか。

 略奪ルートでは婚約者達の様々な嫌がらせが重なり、ある日とうとう階段から突き落とされる事件が発生する。突き落とした犯人は攻略対象の婚約者であり、堪忍袋の緒が切れた攻略対象は自身の誕生日のパーティーの時に婚約破棄を宣言するのだそうだ。
 略奪ルートの更に複数の男を誑かすシナリオでは、犯人は一番身分の高いエリザベスになり、婚約破棄を宣言するのはバーナードとなる。
 
 突くとしたらここが丁度良い。静観の姿勢を貫いた婚約者達は罪は犯していないと正式に認められ、テンセイシャは自分の悪事を暴かれる。それにあれを庇うような人間など攻略対象を除いて誰も居ない。

 事件が発生する日の具体的な描写は無かったそうなので、テンセイシャにはテレパシーの能力を持つ部下を一人付けておこう。具体的な日付を口に出すなりメモをするなりしてくれれば都合が良いのだが、そろそろ近いと分かるだけでもこちらが動きやすくなる。
 更に念には念を入れてそれぞれの婚約者たちには王家からの影をつけてもらい、国王の口から彼女達が嫌がらせをした報告は受けていないと証言してもらえれば、いくら魅了にかかっている彼等でさえ反論はできない筈だ。

 仮に思惑通りに婚約破棄まで漕ぎつけたとしてそもそも王が許さないのだが、更にこちらが積極的に動いてテンセイシャの企みを暴いた方が各々の家に恩を売れるし、向こうは娘の名誉が保たれるしで相互利益がある。
 
 それを話せばヘスターに「悪い顔をしてる」と言われてしまったが自分だって貴族の端くれ、得るものはしっかりと得なければ。

 ミカの話を聞いた二人だが、自分達が創作の世界の存在だと知って動揺を見せなかったのは訳がある。そんなことはとうに知っていたからだ。
 
 テンセイシャの中には一般人には知り得ないだろうこの世界の仕組みを知っていたり、未来の出来事を予言する者まで現れる。彼等は一様にこの世界は自分の世界では物語となっていると主張し、研究者の間では妄想か本当か、永遠に決着のつかない課題の一つとなっている。
 
 しかし彼等の話をよく聞けば大体は予想できる。この世界は誰かの夢、または誰かが作った世界なのだと。未来の予言はかなり局所的だが具体的で外れる方が珍しいし、外れても須らく何者かが動いた結果である。

 また歴史に埋もれて忘れ去られた事実を見てきたかのように話す者も居れば、それこそ歴代の王にしか後伝されない国の核心を知る者も居た。どれも妄想とは捨て切れない一貫性のある内容で真に迫っていた。
 さまざまな国に散っている一族から集めた話を統合すれば、おのずと「この世界の出来事は別の世界では誰かが作った物語」だと仮定できる。
 
 この世界が先で向こうの世界の住人が感じ取ったのか、向こうの世界の住人が創造したからこの世界に発生したのかまでは分からない。しかしこの世界と向こうの世界は明らかにどこかで繋がっていると断言できる。

 彼等が知っている情報の中には、外に漏れれば国の歴史がひっくり返ったり、現在の為政者にとって都合が悪い為に下手したら国際問題に発展するようなものまである。そして彼等は己が持つ情報の価値について根本では理解し切れていない。
 一族が積極的に害のないテンセイシャを保護し、害を齎すテンセイシャを排除しているのはそういう理由もある。国や世界の秩序を保つ為には、情報はしっかりと管理しなければならないのだ。
 
 そんな彼らが身近に居る状態で育った一族の者達にとってはミカの話は慣れっこなのだが、アマーリエが知ったら恐らくショックを受けるのは確実だ。自分がテンセイシャの世界では物語の中の存在だなんて。
 だからこの会話の内容は本人には聞かせられないのである。テンセイシャについてどうして自分の知らない情報を知っているのか問われたら、奴に付かせている部下から報告があったと、嘘は言わない範疇で誤魔化すつもりである。

 彼女は今後の人脈の結びつきを強める手札でもあるし、現在は表で活動しているアマーリエが偽物だと証明できる切り札でもある。それになにより娘の大事な友人候補だ。
 発狂でもされてしまえば計画は暗礁に乗り上げるし娘に嫌われてしまう。今後のリスクを考えて想定できるものに対しては手を打っておかないと。

 当主が今後の動きについて思考を巡らせていると馬車が屋敷の前で停車する。既にヘスターは話し合いを終えていたようで、末っ子のダニエルと共に待っていた。
 
「おかえりなさい」
「ただいま。その様子だと上手くいったようだね」
「勿論、でもちょっと怖がらせ過ぎちゃったかな?」
 
 言葉とは裏腹にあまり反省してない様子のヘスターだが、脅しでも何でも余計なことを考えないようにしてさえくれれば問題は無い。

「皆さんここ最近何をしているんですか?父上も姉様も話してくれないし……」
 
 14歳のダニエルが不満そうにむくれる。彼にはアマーリエのことは客人だと紹介していたが、現在彼女を交えて何をしているのかはまでは話していないので、仲間外れにされたような気がして寂しいのだ。

「それは後のお楽しみって言ったでしょ?」
「後っていつまでですか?僕だってこの家の一員なのに話してくれないのは悲しいです」

 ヘスターの答えがお気に召さなかった彼は、まだあどけない顔で不満を表現する。
 家の仕事を徐々に覚えさせているがダニエルはまだ14だ。知識はともかくとして経験はまだまだだし、なにより素直な彼は割と考えていることが顔に出やすくて嘘が苦手だ。
 
 もう少し成長して腹芸を覚えるまではこの計画は伏せておいた方が無難だと、最終局面までは話すのは取っておいている。
 周囲の心本人知らずと渋面をするダニエルに、当主は笑いながら背中を押して家に入るよう促す。

「まぁまぁ、それより今日の夕飯はお前の好物の筈じゃなかったか?」
「そんな言葉じゃ誤魔化されませんよ!」

 水面下での思惑はどうあれ、リンブルク家の空気は今日も暖かいのである。
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