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第5話
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「分かっているくせに」
「おや?私はお嬢様の言う『エスパー』とやらではありませんからね。言葉にしていただかないと」
ヒョイと片眉を上げて惚ける執事に「またヘスター経由で変な言葉を覚えて……」と苦々しいフリで独り言ちる。
ヘスターは貴族社会でさまざまな噂が飛び交うリンブルク一族の間でもとりわけ変わり者だった。
リンブルク家では善人に限るが、宿る肉体を持たずに彷徨っているテンセイシャ達を雇っては、その知識や技術を活用している。勿論見返りも渡した上でだが。
一族の持つ能力から長年彼等はテンセイシャと関わってきたのだが、彼等でもあってもテンセイシャ達の話についていけなくなるのはしょっちゅうだし、大きな価値観の違いに戸惑う時もある。その話を理解しようにも前提となる知識が多すぎて、説明してもらうにしても言葉で表すのが難しかったり、説明だけで一日が過ぎることもままあるのだ。
しかしヘスターは幼い頃からテンセイシャ達を話し相手に育ってきたのもあるが、一族の中で一際彼等の話について来れていた。彼等もストレートに話が通じるヘスターを特に可愛がっていて、気が付けば両者はべったりな関係になっていた。
それが悪いとは言わないが、他の友人が中々できなかったことに家族全員はやきもきしていたのだ。話の合う友人と一緒に居たい気持ちは分かる。しかしもう少し他の人間にも興味を持ってほしいと。
リンブルク家の人間は死霊術という特殊な力を持つ代わりに総じて一般魔法の扱いが苦手である。それにも関わらず一般魔法の習得が目的の魔法学校に通わせているのは、学歴の為も含まれているが人脈や友人作りが大きく占めている。
人は金や権力を持つ人間には簡単に寄って行く。自分もおこぼれにあずかりたいからだ。そしてすり寄った人間に金や権力が無くなったと分かればあっさりと見放して去って行く。人間とはそういう生き物なのだ。
だからこそこの時期に築く友人関係が大事なのである。コネも重要だが、金や権力が絡まずとも助けてくれる友人こそがいくら金を積んでも得られないものである。
テンセイシャ達もいざとなったら全力で娘を助けてくれるだろうが、道端で大っぴらに会話しても周囲の人間に変な目で見られない生身の人間の存在も必要である。特異な一族だと分かっているからこそ普通の貴族のような生活も送ってほしいと願っていたのだ。
ヘスターが魔法学校に入学して一年、コネは得られたが放課後に遊ぶような決まった友人はおらず誰もが諦めかけていた。その時に現れたのがアマーリエだったのだ。
最初は彼女の魂から放たれるドラマティックな運命を辿る者特有のオーラに興味を惹かれたのだろうが、話しているうちに段々と放って置けなくなったのか、ヘスターは次第に世話を焼き始めた。
積極的に特定の誰かと関わろうとするなんてこんなことは初めてで、夢じゃなかろうかと執事と顔を見合わせてしまったほどである。
正直に言えば当主は、ヘスターの初めての生身の友人になれるかもしれないアマーリエの出現に浮かれていた。舞い上がるあまりについ囲い込むような真似をしてしまったが、彼女にとっても悪い話ではないし、子どもの友人に目をかけるのは極当たり前のことなので特に問題は無いだろう。
昨日今日と見た限りでは二人の相性は中々良さそうだった。恐らくはアマーリエの人柄と人を惹きつける魅力によるものであろう。
彼女ならきっとリンブルク家やヘスターの、普通の人間とは違う部分も受け入れた上で気負うことなく接してくれる。そんな気がするのだ。
当主と執事がヘスターへの愛ゆえに暴走している一方で、まさか自分の知らないところで着々と囲い込みをされているとは露とも知らない本人は、精神的な疲れもあって客室のベッドでぐっすりと眠っているのであった。
「それではあなたのお名前を聞かせて?」
「モニカ・フォン・ローウェルです。一つ上のアン様の遠縁で、家の都合でお休みをいただきましたが今日から通わせていただきます」
「よく設定を覚えていたわね。つっかえなかったのも良い点よ。ただし少し喋り過ぎね。聞かれたことだけに答えるのを意識してみて」
「は、はい!」
翌日アマーリエは快く協力してくれたメイドの身体を借りて早速上手く学校に溶け込める訓練を受けていた。
教師陣には話を通しているが、テンセイシャが居座っている以上彼女の存在を向こうに悟られては危険が及ぶ可能性が高い。そこでリンブルク家が偽名として名乗っているモナウ家の遠縁の娘として通学できるよう、演技の訓練をしていたのである。
これはメイドの身体を上手く動かせるようにする練習も兼ねていて、歩き方や座り方、物を持つ動作や魔法の発動など、学校生活でおよそするであろう動作を繰り返しさせている。自分の身体と他人の身体とではやはり勝手が違う部分があるので、ぎこちない動きをして怪しまれないようにする為には必要な訓練なのである。
「ただいまぁ。もうある意味凄かったわぁ」
仮の主人であるヘスターが帰って来ると二人は訓練を中断して出迎える。主人と言ってもヘスターの侍女になったということではなく、これには深い訳がある。
まだ幽霊になったばかりのアマーリエには自分の身体の感覚がある。透けてはいるが身体の輪郭は見えるし、生き物はすり抜けてしまうが物体は触ることができる。またその際には感触などもある。
それは魂が霊体という殻に包まれているからであり、霊体とは物質で形成された肉体とは別の、精神で形成された身体なのだそうだ。
そのお陰でアマーリエは肉体を失った今も五感はあるし、ヘスター達とも問題無く会話ができる。
しかしそれも時間が経つにつれて段々と失われていくそうだ。記憶を保持する脳が無いからである。
今は肉体があった名残で生きている頃とあまり変わらない感覚でいられるのだが、このままでいるとまず最初に物体に触った際の感触が鈍くなっていく。
更に時間が経過して視覚以外の感覚が知覚できなくなると、自分がどんな背丈でどんな体型をしていたのか思い出せなくなり、顔さえもぼやけていくのだ。
やがて自分が何者かも忘れてしまうと人の姿を維持できなくなり、霊体が解けて魂だけとなってしまう。
そうなれば後は1日でこの世から消滅してしまうのだ。本当に跡形も無くなるのか、神の御許へ召されるのかまでは実際にそうなってみないと分からない。
それを聞いた時、アマーリエはゾッとして直ぐにヘスターと仮契約を交わした。仮でも契約を交わしてしまえば彼女からの魔力で霊体を維持できるらしい。
借りているメイドの目から見たヘスターは、赤毛の髪を両サイドで高く三つ編みにした姿をしていた。これが人前に出る時の彼女の仮の姿だそうだ。
リンブルク家の人間は表に出る時は基本偽名を使い、尚且つ契約している幽霊の能力で姿を変えているとのこと。原理はよく分からないが、周囲の人間の脳の知覚機能に働きかけてそう見えるようにしているとか。
通りで噂は飛び交っても実際に顔を見た者が居ない筈である。あまりに表に出てこないから、リンブルク一族は王家が作った貴族の反逆防止用の設定なのではと、まことしやかに囁く人間も居る程なのだ。
ちなみにヘスターの偽名はアン・ヨランド・モナウ。シレイトス伯爵の令嬢という設定である。
「あらまぁ、何だか疲れてるみたいねぇ」
「丁度良いからお茶の練習もしましょ」と夫人がお茶の用意をさせる。知り合ったばかりのアマーリエの目から見ても、ある程度の余裕を崩さない彼女が家族の前というのもあるが、こんなに疲労感を隠しもしないのは少し不思議だった。
「あのテンセイシャのお陰で学校は朝からとぉっても賑やかでさ。是非とも話を聞いてほしいなぁ」
皮肉を零したヘスターが着替えもせずに椅子に腰かけると、アマーリエに笑顔を向ける。その顔は何故か有無を言わせない圧を放っていた。
「おや?私はお嬢様の言う『エスパー』とやらではありませんからね。言葉にしていただかないと」
ヒョイと片眉を上げて惚ける執事に「またヘスター経由で変な言葉を覚えて……」と苦々しいフリで独り言ちる。
ヘスターは貴族社会でさまざまな噂が飛び交うリンブルク一族の間でもとりわけ変わり者だった。
リンブルク家では善人に限るが、宿る肉体を持たずに彷徨っているテンセイシャ達を雇っては、その知識や技術を活用している。勿論見返りも渡した上でだが。
一族の持つ能力から長年彼等はテンセイシャと関わってきたのだが、彼等でもあってもテンセイシャ達の話についていけなくなるのはしょっちゅうだし、大きな価値観の違いに戸惑う時もある。その話を理解しようにも前提となる知識が多すぎて、説明してもらうにしても言葉で表すのが難しかったり、説明だけで一日が過ぎることもままあるのだ。
しかしヘスターは幼い頃からテンセイシャ達を話し相手に育ってきたのもあるが、一族の中で一際彼等の話について来れていた。彼等もストレートに話が通じるヘスターを特に可愛がっていて、気が付けば両者はべったりな関係になっていた。
それが悪いとは言わないが、他の友人が中々できなかったことに家族全員はやきもきしていたのだ。話の合う友人と一緒に居たい気持ちは分かる。しかしもう少し他の人間にも興味を持ってほしいと。
リンブルク家の人間は死霊術という特殊な力を持つ代わりに総じて一般魔法の扱いが苦手である。それにも関わらず一般魔法の習得が目的の魔法学校に通わせているのは、学歴の為も含まれているが人脈や友人作りが大きく占めている。
人は金や権力を持つ人間には簡単に寄って行く。自分もおこぼれにあずかりたいからだ。そしてすり寄った人間に金や権力が無くなったと分かればあっさりと見放して去って行く。人間とはそういう生き物なのだ。
だからこそこの時期に築く友人関係が大事なのである。コネも重要だが、金や権力が絡まずとも助けてくれる友人こそがいくら金を積んでも得られないものである。
テンセイシャ達もいざとなったら全力で娘を助けてくれるだろうが、道端で大っぴらに会話しても周囲の人間に変な目で見られない生身の人間の存在も必要である。特異な一族だと分かっているからこそ普通の貴族のような生活も送ってほしいと願っていたのだ。
ヘスターが魔法学校に入学して一年、コネは得られたが放課後に遊ぶような決まった友人はおらず誰もが諦めかけていた。その時に現れたのがアマーリエだったのだ。
最初は彼女の魂から放たれるドラマティックな運命を辿る者特有のオーラに興味を惹かれたのだろうが、話しているうちに段々と放って置けなくなったのか、ヘスターは次第に世話を焼き始めた。
積極的に特定の誰かと関わろうとするなんてこんなことは初めてで、夢じゃなかろうかと執事と顔を見合わせてしまったほどである。
正直に言えば当主は、ヘスターの初めての生身の友人になれるかもしれないアマーリエの出現に浮かれていた。舞い上がるあまりについ囲い込むような真似をしてしまったが、彼女にとっても悪い話ではないし、子どもの友人に目をかけるのは極当たり前のことなので特に問題は無いだろう。
昨日今日と見た限りでは二人の相性は中々良さそうだった。恐らくはアマーリエの人柄と人を惹きつける魅力によるものであろう。
彼女ならきっとリンブルク家やヘスターの、普通の人間とは違う部分も受け入れた上で気負うことなく接してくれる。そんな気がするのだ。
当主と執事がヘスターへの愛ゆえに暴走している一方で、まさか自分の知らないところで着々と囲い込みをされているとは露とも知らない本人は、精神的な疲れもあって客室のベッドでぐっすりと眠っているのであった。
「それではあなたのお名前を聞かせて?」
「モニカ・フォン・ローウェルです。一つ上のアン様の遠縁で、家の都合でお休みをいただきましたが今日から通わせていただきます」
「よく設定を覚えていたわね。つっかえなかったのも良い点よ。ただし少し喋り過ぎね。聞かれたことだけに答えるのを意識してみて」
「は、はい!」
翌日アマーリエは快く協力してくれたメイドの身体を借りて早速上手く学校に溶け込める訓練を受けていた。
教師陣には話を通しているが、テンセイシャが居座っている以上彼女の存在を向こうに悟られては危険が及ぶ可能性が高い。そこでリンブルク家が偽名として名乗っているモナウ家の遠縁の娘として通学できるよう、演技の訓練をしていたのである。
これはメイドの身体を上手く動かせるようにする練習も兼ねていて、歩き方や座り方、物を持つ動作や魔法の発動など、学校生活でおよそするであろう動作を繰り返しさせている。自分の身体と他人の身体とではやはり勝手が違う部分があるので、ぎこちない動きをして怪しまれないようにする為には必要な訓練なのである。
「ただいまぁ。もうある意味凄かったわぁ」
仮の主人であるヘスターが帰って来ると二人は訓練を中断して出迎える。主人と言ってもヘスターの侍女になったということではなく、これには深い訳がある。
まだ幽霊になったばかりのアマーリエには自分の身体の感覚がある。透けてはいるが身体の輪郭は見えるし、生き物はすり抜けてしまうが物体は触ることができる。またその際には感触などもある。
それは魂が霊体という殻に包まれているからであり、霊体とは物質で形成された肉体とは別の、精神で形成された身体なのだそうだ。
そのお陰でアマーリエは肉体を失った今も五感はあるし、ヘスター達とも問題無く会話ができる。
しかしそれも時間が経つにつれて段々と失われていくそうだ。記憶を保持する脳が無いからである。
今は肉体があった名残で生きている頃とあまり変わらない感覚でいられるのだが、このままでいるとまず最初に物体に触った際の感触が鈍くなっていく。
更に時間が経過して視覚以外の感覚が知覚できなくなると、自分がどんな背丈でどんな体型をしていたのか思い出せなくなり、顔さえもぼやけていくのだ。
やがて自分が何者かも忘れてしまうと人の姿を維持できなくなり、霊体が解けて魂だけとなってしまう。
そうなれば後は1日でこの世から消滅してしまうのだ。本当に跡形も無くなるのか、神の御許へ召されるのかまでは実際にそうなってみないと分からない。
それを聞いた時、アマーリエはゾッとして直ぐにヘスターと仮契約を交わした。仮でも契約を交わしてしまえば彼女からの魔力で霊体を維持できるらしい。
借りているメイドの目から見たヘスターは、赤毛の髪を両サイドで高く三つ編みにした姿をしていた。これが人前に出る時の彼女の仮の姿だそうだ。
リンブルク家の人間は表に出る時は基本偽名を使い、尚且つ契約している幽霊の能力で姿を変えているとのこと。原理はよく分からないが、周囲の人間の脳の知覚機能に働きかけてそう見えるようにしているとか。
通りで噂は飛び交っても実際に顔を見た者が居ない筈である。あまりに表に出てこないから、リンブルク一族は王家が作った貴族の反逆防止用の設定なのではと、まことしやかに囁く人間も居る程なのだ。
ちなみにヘスターの偽名はアン・ヨランド・モナウ。シレイトス伯爵の令嬢という設定である。
「あらまぁ、何だか疲れてるみたいねぇ」
「丁度良いからお茶の練習もしましょ」と夫人がお茶の用意をさせる。知り合ったばかりのアマーリエの目から見ても、ある程度の余裕を崩さない彼女が家族の前というのもあるが、こんなに疲労感を隠しもしないのは少し不思議だった。
「あのテンセイシャのお陰で学校は朝からとぉっても賑やかでさ。是非とも話を聞いてほしいなぁ」
皮肉を零したヘスターが着替えもせずに椅子に腰かけると、アマーリエに笑顔を向ける。その顔は何故か有無を言わせない圧を放っていた。
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