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第3話

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「ふぅん、第一王子もかぁ……。向こうも大胆なことを……」

 何やら思案気な顔をするヘスターと、今のを聞いてうわぁ……と言いたそうな顔を隠そうともしない様子のマイと書記係の幽霊。そしてアマーリエはというとパニックになりかけていた。
 
 複数の異性と距離が近いのは男女問わず眉を顰められるし、ましてや相手が婚約者持ちだった場合は言語道断だ。向こうが狙っている第一王子のバーナードもエリザベスという侯爵令嬢と婚約をしている。

 学校内では自由な人脈作りをしてほしいという理念の性質上、身分の壁が取り払われているがそれでも限度というものはある。下位の爵位の生徒があまり上の爵位の生徒に馴れ馴れしくするのは余程仲が良くないと咎められる行為であるし、王族相手なら公爵家の生徒も一歩引いて接している。
 
 王族を誑かして更に略奪。それに留まらず複数の男と関係を持つなんて、自分がやったことじゃないのに針の筵にされるのは辛いし、実家にも苦情が殺到する未来が見える。そうなれば今後友達なんか絶対作れないし、就職にも響くだろう。せめて家族に迷惑をかけることだけは避けたい。

<どうしよう……。もう終わりだわ……。退学になるかも……いたっ!>

 ドンドンと悪い方向へ進んで行くアマーリエを引き留めたのは、額の軽い痛みだった。思考が引き戻されると、ヘスターが少々むっすりとした顔で右手で何かを弾くポーズをしていた。どうやら指で彼女の額を弾いたようだ。

「何のために私が声をかけたと思ってんの。お父様の所に行くからついて来て」

 書記係のメモを片手に強引に腕を引かれてなすがままに屋敷の廊下を歩く。そういえば彼女は自分に触れられるんだなと、これから何が起こるか分からず思考放棄しかけている頭でボンヤリと思った。
 
「お父様、お仕事中ごめんなさいだけど緊急事態が起きちゃったの」
「ヘスター?どうしたんだい?」
 
 ノックもそこそこにヘスターはドアを開けてしまう。少し驚いて顔を上げた当主らしき男は、成程目元がよくヘスターと似ていた。
 当主は特に怒ってはいないようで書類を隅に寄せて聞く体勢に入る。アマーリエは急にヘスターの手によって当主の前に押し出された勢いでたたらを踏んでしまった。

「この子ちょっと訳アリな匂いがしたから声かけてみたんだけど、予想以上に大変なことになってたの。
 ヒロイン系のテンセイシャに身体を乗っ取られた上に、今向こうはバーナード殿下を始めとした複数の人間を攻略しようと企んでいるみたい」
「なにっ……!?」

 その言葉を聞いた瞬間、当主は声を荒げて立ち上がる。関係無い筈の自分が怒られているかのように思えて、アマーリエの肩が少し跳ねた。

「それは本当か!?」
「お父様、この子が怯えちゃうじゃない」
「あ、あぁ……。驚かせてしまってすまないね……」

 すっかり縮こまってしまっている少女の存在を思い出したのか、当主は罰が悪いように机に手をつけて前のめりにしていた体勢を正す。

「それで、今の話は本当のことなのかな?」
「それを確かめる為に連れて来たの。丁度向こうの思考が彼女に流れて来てるみたいだから」

 鋭い声と気迫が無くなりようやく無意識に詰めていた息を吐いた。無い筈の心臓がバクバクと鼓動しているような気がする。

「まずは名前を聞かせてくれるかな?」
<ロユア男爵の娘、アマーリエ・ニコル・クラークです……>
「ロユア男爵か。彼が治める土地はワインが有名だったな。それで、テンセイシャに身体が乗っ取られてからのことを話してくれるかい?」
 
 アマーリエは自分が理解できなかった部分も含めて覚えている限りのことを話した。乗っ取られた直後の状況や今相手が何を考えているのか。そして向こうは既にターゲットの一人との接触が成功してちょっとした友人になったところまで全てを。

 話し終えると当主は顎に手をかけて考え込むような仕草をする。

「流石テンセイシャと言うべきか。行動が早いな……」
「感心してる場合じゃないでしょお父様。私の手に余ると思って直ぐ相談して良かった」
 
 成功されたらとんでもないことだとヘスターはプンスカする。会って間もないアマーリエにも父娘の仲は良いだなと雰囲気で分かった。

「いやよくやった。娘が突然帰って来て君を招待していると聞いたものだから何かあったとは予想していたが、これほどとは。成功されたら貴族社会が大混乱に陥るところだった」

 テンセイシャがターゲットにしている人間は第一王子を始めとして、宰相の息子、騎士団長の息子で有望な騎士候補生、宮廷魔術師の息子、そして大商人の息子。
 どの人物も貴族社会に一定の影響力を持っていて、尚且つ第一王子のバーナードと宰相の息子であるマリアス、それと宮廷魔術師の息子であるセオドアは婚約者が居る。
 
 例え現時点で婚約者が居ない人間でも貴族間の婚姻は家同士での話し合いが必須だ。そこには本人の意思も多少は考慮されるかもしれないが、家柄が釣り合っているか、利害が一致するか、他貴族との勢力のバランスが取れているかの方が重視される。
 
 他の家も同じ男爵の令嬢なら、ごく普通の家柄のロユア男爵の娘よりも、もっと由緒正しい家柄の令嬢を迎えたいと当主は考えるだろう。単純に言えば家柄が不釣り合いなのだ。

 魔法の才の有無を気にする貴族社会。アマーリエがルカヤ魔法学校に入学できるくらいの才能があっても、家柄も無視できない。それが貴族社会であり、息子が家柄と釣り合わない娘に懸想したとして当主は困り果ててしまうだろう。
 
 更に件の娘が他の男も誑かしていたと知られれば面目丸潰れだ。周囲からは冷笑され、親戚からは非難され、自分や息子達の出世にも響くかもしれない。頑張って諦めさせたとしても嫁いでくれる令嬢が現れるかどうか。

 そんな訳でテンセイシャに好き勝手されると、貴族社会が混乱して下手すると領地経営もままならなくなってしまうのだ。
 本当は事前に恋の目を摘んでしまえれば一番良いのだが、一部のテンセイシャは非常に厄介なことに、どんな邪魔の手もすり抜けて目的を達成してしまうのである。まるであらかじめそう展開が決められているかのように。
 
 もしそうだった場合に向こうの計画を頓挫させるなら、事前に周囲に根回しをしてこれから起こる恋愛騒動がテンセイシャによるものだと当事者以外に知らしめるしかない。幸いテンセイシャのターゲットに教師などは含まれていないから、他生徒への事前通達は滞りなく行われるだろう。
 そしてその上で向こうの狙いたる婚約者の略奪が成されたタイミングで、テンセイシャの魂を引き剥がしてアマーリエの魂を元に戻すしかない。

「うん、一度彼女の魂を戻せないか試してみるとして……。それがダメだった場合は回りくどいけど最適なタイミングになるまで待つしかないかな。ヘスター、彼女の実家に手紙を書いてあげなさい」
「分かった。後はお父様に任せましょ」

 良かった、これで何とかなりそうだ。そう思ったアマーリエはようやく息ができるような気がした。
 部屋に戻ったヘスターは早速便箋を取り出すと実家宛の手紙を代筆してくれた。書記係の幽霊のように物を持ち上げられるようにするには訓練を積む必要があるらしい。

 アマーリエはどう説明したら良いものやら、考えながら手紙の内容を代筆してくれる彼女に伝える。最終的に使用人に託された手紙の内容は以下のものになった。

『お父様、お母様、そしてルイへ。
 皆さんお元気ですか。ロジーの子は無事に生まれたかしら。
 急に文字が変わっていてびっくりしていることでしょう。実はある理由があって代筆してもらっています。
 
 お父様、お母様、ルイもごめんなさい。私はテンセイシャに身体を乗っ取られてしまいました。もしそちらに私の悪い噂が耳に入っても決して信じないでください。
 今私はリンブルク家にお世話になっています。安心して、良い人達だから。テンセイシャのことも何とかしてくれるそうです。
 
 これから沢山みんなに迷惑をかけてしまうだろうけれど、元の身体に戻れるよう頑張ります。だからどうか見守ってください。』
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