姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

真の勝者

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訳がわからないまま終わったバレンタイン合戦。

腑に落ちない顔でサンタクロースのようにデカイゴミ袋に詰まったうまい棒を背負ったバレンタイン実行委員会が貢物を戻しに来ると、クラスメイトたちは馬鹿みたいにそれを投げ合った。

「おいおい!貢物で遊ぶな!!」

うぇーいじゃねぇよ、馬鹿どもが!!
まさか俺が同点優勝までするとは思っても見なかった皆は、色々リミットが振り切れてしまったようで、今時、小学生でもそんなハイテンションで暴れ回らねぇよという勢いではしゃいでいる。
多分、自分たちでもどんな感情でいればいいのか、訳がわからなくなっているんだと思う。

「サーク!!」

そこにバーンッとドアが開き、シルクが飛び込んできた。
こっちもめちゃくちゃハイテンションで、ミニのスカートがベロンと完全に捲れ上がっている。

「うお?!抱きつくな!!彼氏の前だろ?!」

「うふふっ♡前じゃなかったらいいの??」

「いいわけないだろ!!」

シルクの後から、ゆっくり教室に入ってくるイヴァン。
にこにこ笑っているが……怖い……。

「……ていうか、何そのジャージ??」

「え~♡イヴァンがぁ~冷やしたら体に悪いからって!!」

ムフフッと恥ずかしそうに笑うシルク。
いや、そういうのいいんで……。
二人だけの時にやってくれよ……。
ていうか、イヴァン。
シルクはこう見えても男だ。
体を冷やしたからって何ともねぇ。
むしろゴールデンボールは熱に弱いから外部についてんだからな?!

ぴょんぴょんするシルク。
捲れ上がるスカート。

しかし、そのスカートの下にはジャージを履いている。
クラスメイトたちが残念そうにそれを見つめている。

「……すっかりカレシ面しやがって。」

「カレシですから。」

いけしゃあしゃあと抜かしやがる後輩を、俺は軽く蹴っ飛ばしてやった。
なんだかんだ、幸せなイヴァンは俺の蹴りを軽く受け流す。
そしてうちのクラスから借りていった蒸し器やらIHヒーターやらを抱え、キョロキョロしている。

「これ、どこに返せばいいですか??」

「あ~、とりあえずロッカーの上にでも置いといてくれ。」

「助かりました。ありがとうございます。」

本当、何気に真面目だよな、イヴァン。
ちゃんと洗ってきたようで、部活用に持っていたらしいタオルを敷いた上に、水気が切れるように蒸し器を置いている。
その間、シルクはベタベタといつも通り俺に引っ付いていたのだが……。

ぬっと、俺とシルクに黒い影が差した。
シルクは俺に懐くのに夢中で気にもしないが、俺の方はぎょっとしてそれを見上げる。

忘れてた……まだ、こいつ、ここに居たんだった。
無表情を張り付かせ、ギルがベリッと俺とシルクを引き剥がす。

「ちょっと!!何すんだ!!」

「……何度も言わせるな。お前はもう戦線離脱しただろう。」

「あれはあれ!!これはこれ!!サークは俺のなの~っ!!」

「いや、お前のもんじゃねぇし。」

「酷い!!こんなに愛してるのにぃ~っ!!」

「はいはい。そういうのはカレシとやれって。」

「む~っ!!」

「シルクさん、落ち着いて?ね?帰りにサーティワンのアイス買ってあげますから。」

「……ダブルにしていい??」

「いいですよ。」

「やった!!じゃあ、早く帰ろ?!ね?!」

手のひらを返したように、ゴロにゃんとイヴァンの腕に抱きつき、早く早くとせがむ。
う~ん……。
確かにこうしてみるとシルク、可愛いなぁ。
イヴァンも今までツンツンされてばかりだったシルクに甘えられて、感極まってぷるぷる震えている。

「……幸せすぎる……。」

「だよねぇ~、わかるぅ~。だってこの学校一の姫を口説き落としたんだもん~。」

自信満々にシルクは笑っている。
お前のその自己肯定感の強さは本当、少し分けて欲しいよ。

「じゃあ!またね!!優勝おめでとう!!」

「同点優勝だけどな。しかもそう言っていいのかわかんねぇし……。」

「でも、同点だろうと、ほぼ駄菓子だろうと、優勝は優勝です。サークさんが優勝したのは事実ですよ。」

「……まぁ……そうなんだけどさぁ……。」

「文句つけてくる奴がいたら言ってよ!!俺が話しつけるから!!」

「口で話をつけるんだよな??」

「うん!!もちろん!!」

シルクはそう言って笑った。
だが、任せてとばかりに拳を握っていた。
どう見ても口で話をつけるポーズじゃない……。

「それよりアイス~!!」

「ふふっ。そんなに急かさなくてもアイスは逃げませんよ。じゃあ、サークさん。また……。優勝おめでとうございました。」

「おう、ありがと。気をつけて帰れよ~。」

積極的に甘えるシルクに押されながら、イヴァン達は帰って行った。
それを皆が羨ましそうな悲しそうな目で遠巻きに見つめている。
皆にとったら二人が正式に付き合う事になったのは辛い現実なのかもしれない。
でも俺はずっと二人を見てきたのだ。

「……何か、こうなったらいいなぁとは思ってたけど……実際見ると、何か気恥ずかしいというか、むず痒いな……。」

何とも言えない気分だが、胸が暖かかった。
しかしそれを冷やす者がいる。

「……何だよ??」

「いや……。」

相変わらず俺の横に立つギル。
モゴモゴと何か言いたそうだが、それは言葉になって口から出てくる事はない。
何なんだ?いったい……??
俺は不審げにギルを見ながら少し距離を取る。

ここ数日は「ファースト騎士」だからと思って気にしなかったが、バレンタイン合戦が終わったのだから騎士もクソもない。
来年もある一、二年生ならともかく、テストも終わった今、卒業式を待つだけの俺達にはもう、騎士だの姫だのどうでもいい話なのだ。

「……あのさ?もうバレンタイン合戦終わったんだし、騎士とかいらねぇから。」

「なに??」

「なにじゃねぇよ。もう騎士ごっこはおしまい。だからあんま近くに来んな。」

「!!」

なんでそんなにショックを受ける??
ほぼバレンタイン合戦の為の「騎士」だの「姫」だぞ??
終わったらもう騎士でも何でもなくなるって、認識してなかったのか??コイツ??

「い、いや、だが……。」

「は??お前、こんなお遊びの騎士ごっこ、ずっと続くと思ってた訳じゃないよな??こんなもん、この学校の中だけしか通じないぞ??」

「!!」

いやだから、なんでそこでショックを受ける??
まさかコイツは、一生、俺と「姫」と「騎士」だとでも思ってたのか??
まさかな??
いくらコイツが意味不明な変態ストーカーでも、そんな常識的な事はわかってるよな??

石のように固まるギル。
その肩をぽんぽんとライルが叩いた。

「……もう誤魔化しは効かないからな?言っただろ?シンデレラの魔法は時間制限があるんだよ。魔法の夢から覚めて現実に戻った時、皆、それぞれ自分自身のリアルと向き合わなきゃならないんだよ。」

「………………。」

「お前はどうするんだ?ギル??魔法の世界と違って、現実は甘かない。どう動くにしろ現実は容赦がないからな。頭で思うよりリアルに残忍だ。」

何の話かはよくわからないが、その言葉はグッと俺の中にも響いた。
夢の時間は終わったんだ。
俺は向き合わなきゃならない。
俺自身の現実と。

その中で、もう魔法のなくなってしまったリアルな現実の中で、俺はどう行動すべきなのか……。

硬直したまま動かないギル。
押し黙る俺。

そんな俺達をライルは意味深な微笑で見守っていた。

「そんな二人に姫騎士からの最後の言葉だ。耳をかっぽじってとくと聞いとけ。」

「……何だよ?」

「たとえ現実がどれだけ残酷でもな、動かなきゃ何も始まらない。動き始めなきゃ、何も手に入れられないのさ。」

「………………。」

俺もギルも、黙ってその言葉を聞いた。
ギルが何を考えていたのかはわからない。

でも俺は……。

その時、ピコーン的なちょっと間の抜けた音がした。
ライルがその音に反応して自分のスマホを取り出して笑った。

「じゃ!!俺は帰る!!」

「え?……あ、うん??」

「じゃあな!サーク!!お前の騎士も悪くなかったが、本命は別なんだよ、俺。」

「……知ってるけど??」

何を今更、と思いながら不思議がっていると、窓の近くにいた連中がざわつき始めた。
わらわらと皆が窓辺に集まる。
しかもなんだかそれはうちのクラスだけの話ではないようだ。

「……なぁ?!あれ?!」

「ウッソ?!なんで女子部のお嬢様が?!」

「スゲェー美人じゃん?!あんな所で何してるんだ?!」

「……おっぱい揺れてる……。」

なんの気なしに俺も窓に近づいて外を見る。
そこには、この学校からは離れた場所にある、うちの学園の女子部高等学校の生徒が一人、誰かを待っていた。
少しそわそわした様子で校門の中を覗いている。

女子部のお嬢様。
背が高くて美人……。
そしてボイン……。

俺はハッとして後ろを振り返った。
しかしいつの間に消えたのか、そこにライルの姿はない。

わっと、歓声とも悲鳴ともとれる声があちこちから響く。
俺はガバッと窓にへばりついた。

そこには、校庭を一直線にかける、俺の姫騎士の姿があった。


「ウッソ?!嘘嘘嘘嘘っ?!」

「マジか?!嘘だよな?!」

「うわぁ~!!リア充!!リアル!リア充!!」


俺はぽかんとその光景を見守る。
だって、さっきまでふりふりのゴスロリメイド服姿で、エセ乳ばゆんばゆん言わせながら、俺の隣にいた男前な俺の姫騎士だ。
ライルは、俺の姫騎士なんだ。
完璧な女装して爆乳揺らして、いつもの1.5倍、男前で惚れそうな事バンバン言ってきた、俺の姫騎士なのに……。


「サム!!」

「ライル!え?!メイド服は?!なんで着替えちゃったのよ~!!見たかったのに~!!」

「……それは部屋で見せてあげる。俺だけの、本命のお姫様の為に、ね。」


ライルは校門につくと、そのままその美人を抱きしめた。
ギャ~!!とかうおぉぉぉ~!!とか、見せつけられた男子校の男子たちの悲しき雄叫びが響き渡る。

それを美人の腰に腕を回して抱き寄せながら、フフンとばかりにライルが笑った。


「見たか!!男子校の哀れなオスども!!俺こそが真の勝者だぁっ!!」


……おい。

言っていい事と悪い事があるぞ、ライル……。
男子校の馬鹿どもが、バレンタイン合戦という祭りで現実逃避してるのに、なんでそんな残酷な現実を見せつける?!

シルクのリタイアの時のような悲鳴が学校を揺らす。

あの馬鹿……。
今日一、悪役の顔してやがる……。

現実に無理矢理引き戻され、嗚咽混じりの叫びが学校を満たした。
当の本人は、満足したのか美人とイチャイチャしながら去って行きやがった……。

「……リアル、怖い……リアル、怖い……。」

「待って?!ここを卒業したら……ああいう現実世界に俺たち、入っていくんだよね?!」

「嫌だ……卒業したくない……ずっとここにいる……。」

……やべぇ、クラスメイト達が致命傷を負って自分の殻に閉じこもり始めた。
いや……まぁ……。
卒業したら、女性が普通にいる社会に入っていくんだけどさ~。
そんな……バレンタイン合戦の今日、その現実を見せつけなくったっていいだろうが……ライル……。

めそめそと床の上で膝を抱えだすクラスメイトのアンダーさに影響され、俺も何となく落ち込んでくる。
ライル……俺の姫騎士なのに……。
めちゃくちゃ惚れそうな事言ったくせに……バレンタイン合戦終わったら、これかよ……。

現実を突きつけられた俺達は、その過酷さと残忍さを目の当たりにし、ズーンと沈んでしまった。
さっきまで、優勝!!とか盛り上がっていたのは何だったんだろう……。

「……なんで、お前たちはそんなに落ち込んでいるんだ??男子校を一歩出れば、普通に女性はいただろう??」

そんな俺達を、意味がわからないとばかりに、隠れスーパーセレブのギル(おそらく学校外では普通に美女に囲まれて暮らしている)は、不思議そうに眺めている。

クッソ……!!
セレブのお坊ちゃまめ!!

ぶん殴られたような衝撃の中、俺はさっきライルに云われたことを考えていた。

現実は残忍だ。
でも、何もしなければ何も始まらない。

俺は……。

俺はどうする?

乱暴な荒治療のお陰で目が覚めた。
何もしなければ何もかも終わってしまう。

まだ自分の気持ちがはっきりしてない。
でも高校生活はもう終わってしまうのだ。

動かなければ始まらない。

俺はグッと、拳を握り締めた。
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