姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

勇敢なる恋の歌

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どうしてイヴァンを騎士にしなかったのか?
それはとても単純な理由だった。

だってイヴァンははじめ、告白してきたのだ。

色々あって警戒心の強い騎士たちが介入した事で有耶無耶になったが、イヴァンははじめ、シルクに告白してきたのだ。
騎士の誓いじゃない。
愛の告白をしてきたのだ。

子供の頃から可愛らしかったシルクにしてみれば、突然、はじめてあった人に告白されるなんて事も別に珍しい事ではなかった。
また変なのが出てきたなぁと思った。

ただその変なのは他の変なのとは違った。
そういう輩はたいていその後、ストーカーまがいになるか何度も何度も告白しようとしてくるのだが、イヴァンは違った。

部活の後輩として入ってきたが、シルクに対して一線を引き、礼儀を重んじ、他の後輩と変わらない態度でいた。
いきなり告白してきた癖にもう心変わりしたのかと、なんかちょっと気に入らなかった。
他の騎士の目も光っていたし、その守りを越えて告白する熱意もない程度なのだからいいやとも思った。
だがそれはシルクの思い込みだった。
イヴァンはむしろその壁の高さや頑丈さを正確に把握して、コツコツとそれを越える準備を進めていただけだった。
シルクが放ったらかしにされたと思っていた間、イヴァンは騎士制度を理解して、先輩騎士たちに誠意を示し信頼回復をしていたのだ。
そして彼らからOKをもらうと、正式に騎士になろうとアタックしてきた。

最初のアタックは告白の事を覚えていたので、シルクはまた告白に来たのかと思って追い返した。
しかしその時に、騎士たちから彼がそれまでコツコツとしてきた事を聞いたのだ。
騎士たちに誠意を示し続けて、根負けした彼らが騎士になっても良いと許可したのだと。
告白ではなく騎士の誓いだから、次来たら追い返さなくても大丈夫だと騎士たちに言われたのだ。

は??とシルクは思った。
そしてなぜか腹が立ったのを覚えている。

何で?!
告白してきたじゃん?!
なのに何で騎士の誓いな訳?!

なぜそれが腹立たしかったのかよくわからない。
騎士自体、シルクに好意があるから騎士になるのだ。
だから告白しようとした後、騎士になろうとするのは自然な流れでもある。
だがシルクは妙に気に入らなかった。
なぜ、告白してきたのに騎士へと方向転換したのか、なぜ、告白のままアタックを続けないのか、妙にムカついたのだ。

思えばこの時からすでに、イヴァンはシルクにとって特別だったのだ。

なんとなく気に入らない。
だから騎士の誓いも受け入れない。

来る者は拒まずなシルクがイヴァンに限ってそんな態度をとったので、周りもはじめは不思議に思っていた。
だからといってイヴァンを嫌っているかというとそうでもない。
部活などでは実力のあるイヴァンをむしろ気に入っていて、事ある毎に稽古をつけると絡んでこてんぱんにしていた。
だから周りも、イヴァンはシルクにとって、そういうオモチャみたいなものなのだと認識した。
イヴァンもイヴァンで、何度あしらわれても懲りずにシルクにアタックし続ける。
部活の後輩としてシルクを立て、敬い、フォローする。
シルクもそんなイヴァンをある意味可愛がっているのだが、いかんせん、騎士の誓いは絶対にさせない。
もう、お約束のコントみたいに周りからは思われていた。

そんな二人が、今、その関係を終わらせようとしていた。


「……ねぇ、わかってる?!このひまわり、剣の代わりなんだよ?!」

「わかっています。」

「持ち手の方を俺に向けてる意味、わかってやってる?!」

「わかっていますよ。」

「剣だったら、俺がこのままイヴァンを刺せるんだよ?!」

「ええ。そういう意味です。剣をあなたに捧げる事は、俺の命も共に捧げているんです。」

「馬鹿なの?!も~!!わかってて持ち手をこっちに向けてるとか!馬鹿なの?!」

「馬鹿じゃありません。本気です。」

「ならイヴァンは俺に殺されてもいいんだな?!」

「もちろん。元よりその覚悟であなたに跪いたんですから。」

「……馬鹿なの?!」

「むしろ、この想いを受け取ってもらえないのなら、いっそ殺してくれって意味ですよ。」

「重いよ!!」

「すみません。」


シルクに重いと言われ、イヴァンは笑った。
確かに重いだろうなぁと思う。
何せ一目惚れからの10年分の片思いだ。

「……そんなに、俺が好き?」

「はい、好きです。」

「俺、皆やイヴァンが思ってるほど、純粋じゃないよ?!」

「わかってます。」

「醜いし、嫉妬深いし、多分独占欲も強い方だし……。」

「喜んで束縛されますよ。」

「……マゾ?!」

「いや……マゾではないですけど……。」

「俺は嫌。独占されるのも束縛されるのも嫌。」

「俺はずっとあなたを見てきたんです。だからあなたが俺に束縛できる人じゃない事ぐらい理解してます。何より俺は自由奔放なシルクさんが好きですから。」

「……俺はお前を束縛するのに、お前は俺には好き勝手させるのかよ……。」

「それ、今までと何か大きく変わります??」

イヴァンの言葉に数人が吹き出した。
確かにこれまでも、シルクはイヴァンを呼びつけて何かさせたりしていたが、シルクは騎士の誓いすらさせず好き勝手してきたのだ。
それを考えれば、シルクがイヴァンを束縛するのにシルクが好き勝手し続けるという話は、何も問題ないように思えた。
シルク自身もそう言われ、今までと何も変わらないと納得して顔を赤らめた。

「もおぉぉぉぉ~っ!!」

「あははははっ。諦めてください。伊達に10年片思いしてた訳じゃないんで。」

「……イヴァンってそういう所あるよね。素知らぬ顔で外堀埋めてくるっていうか、爽やかなフリして腹黒いっていうか……。」

「酷いな、せめて戦略的って言って下さい。」

「腹黒い。」

「どうしても諦められないものがあったんで。」

「……………………。」

イヴァンの言葉にシルクは俯く。
腹黒いのはイヴァンじゃない。
自分だ。
ウィルとサークがすれ違ってる事を知っていて助言しなかった。
自分が入り込む隙を失いたくなかった。
だって、どうしても諦められなかったのだ。

「……卑怯でしょ?」

「!!」

「でも、誰かを好きになるって、そういう事じゃないですか?」

イヴァンは何も言わない。
サークへの醜い執着を知っていながら、それを否定しない。
醜さも卑怯さも、好きの一部だと遠回しに包んでくれる。
それでも好きでいていいと言ってくれた。

「イヴァン……。」

自分を好きだと言ってくれた。
ずっと真っ直ぐ、自分を追いかけてくれた。
自分の醜さも弱さも、全部ひっくるめて好きだと言ってくれる。
何よりも、自分でも否定しなければと思っていたサークへの想いを、好きでいていいと言ってくれたのだ。

シルクは大きく深呼吸した。

本当は知ってた。
イヴァンの騎士の誓いを受け入れられなかった理由を。


「……もう一度言って。イヴァン。」

「あなたが好きです。その傍らを俺にください。」


待っていたのだ。
騎士の誓いではなく告白を。

なのに騎士の誓いをしようとするから腹が立ったのだ。
だから邪魔し続けたのだ。



「…………いいよ。受けて立つ。」



シルクはツンッとそう言うと、イヴァンの差し出すひまわりの花を奪い取った。
そしてそのまま、バシッとイヴァンの頭をひまわりで叩く。

「痛っ?!」

「遅い!!」

「……すみません。」

ひまわりが本物の剣だったなら流血の惨事。
その意味を考えながら立ち上がったイヴァンにシルクは抱きついた。
周囲からは悲鳴が上がり、3年A組は大混乱に陥った。
その阿鼻叫喚な状態を、写真報道部が大スクープとばかりに連射する。
しかし当のシルクは知らん顔だ。


「……やっと言った。」

「待たせてすみません。」

「本当、ムカつく。」

「すみません。ちょっと逃げてました。」

「側にいれるからって、騎士と恋人では違うんだからな?!」


イヴァンは笑ってシルクを抱きしめ返す。
ずっとずっと追いかけてきた人が、自分の腕の中にいる。

「シルクさんこそわかってます?これは騎士の誓いじゃないですからね?」

「……わかってるよ。」

「姫資格を失います。」

「そんなのわかってる!!わかっててお前は今日を選んだんだろ?!」

「ええ。わかってて今日を選びました。」

「本当!腹黒い!!」

「最初で最後の独占欲なので許してください。」

「嘘つき!!」

「ごめんなさい。ただ、これが俺の覚悟です。」


シルクはムスッとしたままイヴァンを見上げた。
にこにこ爽やかに笑う顔が腹立たしかった。

でも、どんなにムカついてももう、答えは決まっているのだ。


「大事にしなかったら、殺す。」

「あなたに殺されるなら本望です。」

「マゾ。変態。」

「なんとでも言って下さい。」


イヴァンは両手でシルクの顔を包み込む。
そして鼻に接吻した。

途端に絶叫が教室中に響き渡る。

角度によったら、どう見てもキスをしたようにしか見えなかったからだ。


「お前……やっぱ、腹黒いよな……?!」

「今日だけは許して下さい。なにせ10年分の想いの丈があるので。」


爽やかににっこりと笑うイヴァン。
何事にも真っ直ぐ向かい合う好青年だと思っていたが、意外と癖が強そうだとシルクはため息をつく。

でもま、黙って従ってくるだけの男ではつまらない。
そう思ってシルクはぴょんと軽く飛び跳ねて腕を伸ばし、イヴァンの頭を引き寄せてキスをした。

これには周りどころかイヴァン本人もびっくりしてしまった。
真っ赤になって狼狽える姿が可愛い。


「シ、シルクさん?!」

「何だよ?お前はもう俺のなんだから別に良いだろ?」

「……は~。格好良くキメたつもりだったのに……。」

「俺を出し抜こうなんて100年早いって。」

「敵わないなぁ……もう……。」


いつもの後輩スタイルに戻ったイヴァン。
赤くなりながら少し困惑気味だ。
そんなイヴァンの腕にシルクは絡みついてにこにこ笑う。

A組は幸せな二人以外は、地獄のような状態になっていた。
その光景をカメラに納めつつ、写真報道部は急いで仲間に連絡を入れた。












もぐもぐタイムの準備を進めていたサーク達の耳に、殺人鬼でも出たのかという悲鳴とざわめきが聞こえた。
なんだろうと何人かは廊下に顔を出し、サークとライルは顔を見合わせた。

「やったみたいだね。」

「だな……。」

サークはそわそわと出入り口を見つめる。
うまくいっただろうか……それが気がかりだった。
騒ぎがA組からだとわかると、さっきシルクに貢物をしてきたクラスメイトが「ちょっとごめん!」といって走り出て行った。

突然、プッとそれまで流れていたBGM放送が切れる。
曲の合間に現状報告などはたまにあったが、曲の途中で放送が入る事などなかったので皆、何となくスピーカーを見上げた。

『速報!!速報!!大事件です!!』

ざわざわとした放送室内の雰囲気をマイクは拾い、興奮したような放送委員の声が響いている。
何事だろうと皆がその放送に耳を傾けた。

『今!入った情報によりますと!!今期!ほぼ優勝が確定していた3年A組!!リタイアが決定しました!!』

「?!」

「何?!どういう事?!」

放送に答えるように、皆がざわつく。
サークとライルはそれを聞いて拳をぶつけ合い笑った。
それが何を意味するか、二人にはわかっていたからだ。

『シルク姫!!シルク姫がある生徒の告白を受け!!それを受け入れました!!お伝えします!!3年A組!シルク姫!告白を受け入れた事により!姫資格が失効!!バレンタイン合戦!ここでリタイアとなります!!』

わぁー!と学校中がどよめく。
それが喜びなのか悲しみなのか怒りなのかわからない。
だが校舎が揺れるんじゃないかというほどの声が、学校中から上がったのだ。

『繰り返します!!3年A組!シルク姫!姫資格失効により!!バレンタイン合戦!途中リタイアです!!』

『ああぁぁぁ~っ!!ウソ?!シルクちゃんがぁ!!俺のシルクちゃんがぁ~っ!!』

『優勝確実と言われていたシルク姫のリタイア!!バレンタイン合戦!予想できない展開になってきました!!今!ライブ班が現場に向かっています!!また!その場に写真報道部の生徒が立ち会っていましたので!詳しく状況を確認しまとめてから改めて放送します!!一旦、BGMに戻ります!!』

放送室内の嘆きの叫びと冷静なアナウンサー係の声がプッと切れると、またBGMが流れ出す。
しかし学校中がそれどころではなかった。

「……ちょっと、行ってきてもいいか?!」

「まぁこの状況じゃもぐもぐタイムどころじゃないしな。少し落ち着くのを待った方が良さそうだし、いいよ。」

14:30が近づく中、サークはライルに許可を得て教室を飛び出した。
同時にB組からウィルが出てくる。

「ウィル!!」

「サーク?!これって?!」

「そういう事!!」

思わず大笑いしてしまう。
だってずっと知っていたのだ。
追いかけるイヴァンの気持ちも、無意識だがイヴァンを意識しているシルクの気持ちも。
興奮状態のサークは無意識にウィルの手を掴んでA組に向かう。
ウィルはその事に目を白黒させて真っ赤になった。

バレンタイン合戦は、序盤から番狂わせな大乱戦となっていったのだった。
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