姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

放課後に嚆矢鳴り響く

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月曜にテストが始まり、本日最終日。
でも、問題はテストが最終日な事じゃない。

テスト最終日である今日は2/14。

つまり、バレンタイン合戦当日なのだ。
若干もう朝から皆、テストどころじゃない。
(学生としては本末転倒だけど)

最後の科目のテストが終わった瞬間、実行委員会メンバーがホームルームを待たずしてクラスを飛び出していくのは恒例だ。
テスト明けと言う事と、バレンタイン合戦が始まるという事で皆、落ち着きがない。

そりゃそうだ。
この日の為に朝早く来て立番したり、ポスター作ったり、色々してきたのた。

「……おーい、サーク??」

「………………。」

「どうした?テストヤバかったのか??」

「……違う。」

机に突っ伏して動かない俺をクラスメイトたちが突いてくる。
いいよなぁ、「姫」じゃない奴らは!!

正直、俺は吐きそうになっていた。
だってもしも誰も来なかったらどうしようって思うだろ?!
そりゃ立番でそれなりに顔も名前も知ってもらったよ?!
「平凡姫」って異名をもらって、親しまれたよ?!

でもさ?!
それとこれとは別じゃん?!

3つしか渡せない貢物の一つを渡す相手に選ばれるか否かだよ?!

なんとなく俺も平気な気がしてたけどさぁ~?!
考えてみたら3つって多いようで少ないよ?!

一つは本命の「姫」に。
一つは自分のクラスの「姫」に。

で、残ったたった一つの枠に、必ず俺が入るとは限らないじゃんか!!

最後の一つは、お世話になった先輩のクラスの「姫」にあげるとか、友達のクラスの「姫」にあげるとか!
知り合いが「姫」だったら、確実に3つめはそこに渡すじゃん?!

「もう無理~!!絶対、集まんねぇよ~!!」

机に齧りついてぐじぐじいじける。
そんな俺を皆がゲラゲラ笑いながらバシバシ叩く。

「あはは!心配いらねぇって!!」

「そうそう!!大丈夫だって!!」

「まぁ、最悪、なかったらなかったでウケんじゃん!!」

「ウケねえよ!!」

メチャクチャ陽気なクラスメイトたち。
人が真剣に悩んでいるというのに、コイツらは本当、お気軽極楽である。

「もうヤダ~!!」

「大丈夫だって!!」

「そうそう、サークらしくねぇって。」

「ここまで来たらどうにもなんないんだし、当たって砕けて派手に散ろうぜ!!」

「勝手に散らすなぁ!!」

確かにもう、玉砕するしか道はないけどさ!!
だからって俺が半泣きなのに、こいつら本当、ゲラゲラ笑いやがって……!!
ムカついた俺はキッと彼らを睨みつける。

「だいたい!!お前の本命は誰だよ?!」

「俺?決まってんじゃん。シルクちゃん。」

「はぁ?!」

もう、端から俺はクラスメイトにさえ相手にされていない。
でもだからってなんでシルクなんだよ!ムカつくな!!

「……俺、実は一年で可愛い姫見つけちゃってさぁ~。その子に本命分あげるんだ~。やっぱ一年だとまだ初々しくて可愛いわ。うちの姫はがさつだったからさらに輝いて見えてさぁ~。」

「ガサツで悪かったな?!そんな俺を無理やり姫にしたのはお前らなからな?!」

「俺は……実は一年の時からリオ様ファンなんだ……。今回、サークのお陰でかなり身近でリオ様見れたりしてありがたかった……。」

「え?!そうだったの?!」

何故かだんだんマジな話まで入ってきた。
というか、清々しいほど本命は俺だと言ってくれる奴がいない。

「あ~、俺も今回、サークのお陰で本命できたんだわ。それまで意識した事なかったんだけどさ……。サーク絡みで近くで見る事が増えたら……思ってた感じと違ってて……なんかキュン♡としちゃってさぁ……。」

「誰だよ??」

「ヤンキー姫。美人だけど単独行動してるしムスッとしてるしナシだと思ってたんだけどさ~。あのツンデレっぷりっていうか、思わぬ事が起きた時の挙動不審さ、何気に可愛くない?!」

「……まぁ、アイツは世の中が思ってるより、ずっと表情豊かだし、可愛いとこ多いし、スゲェー優しい奴だよ。」

「え、マジ?!俺、ダメ元で告白しようかな?!」

「告白はしてもいいけど、今日はやめとけよ。間違いなくフラレるから。」

「あ~。だよな。恋人できたら「姫資格」失効するからバレンタイン合戦になんないもんな~。」

なんか恋愛相談みたいになってきちゃったけど……。
そうじゃない!!
そうじゃないんだ!!

「ていうかお前ら!誰一人、俺に本命よこさない気かよ?!」

思わずそう我鳴ると、クラスメイトたちはあからさまに視線を泳がせた。

「……そりゃ、サークは俺らの「姫」だけどさぁ~。」

「サークに本命とかさぁ~。」

「……悪いけど、サーク。俺ら、まだ死にたくないんだわ……。」

何故か縁起でもない事を言い始める。
意味わからず「どういう意味だよ?」と言い掛けた時、ガラリと教室のドアが開いた。
皆の視線がそちらに向き、そして俺を取り囲んでいたクラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすようにサーッと散っていく。
俺は焦って声をかける。

「あ!おい!!」

「悪いな、サーク!!」

「俺らバレンタイン合戦の準備しないと~。」

そそくさと退散したクラスメイトを睨む。
アイツら!!俺を姫にする時、絶対守るって!!
ボーリングのピンになるって約束したのに忘れやがって!!

ムカムカしている俺の元に、ドアを開けた人物が当然のようにスタスタとやってくる。
それをじろりと睨み上げた。

「……出たな、ストーカー。」

「いや、俺はお前のファースト騎士だ。務めを果たしているだけだが……?」

そう、ギルだ。
全く!ライルが余計な事するから!!
ギルは受験が明けると、ファースト騎士である事を理由に意気揚々と俺へのストーカー行動を行っている。
相変わらず無言で側に立っているので何もなくても圧が凄い。

「あ~!!もう!!こんな時にライルはどこ行ったんだよ~!!」

そんな中でも俺の心の拠り所になっている姫騎士の名を呼ぶ。
不安で仕方がないのに、無表情なストーカーなんかいても心が休まらないっての!!
またどこかで最後の悪巧みでもしてんのか?!アイツ?!

「呼んだか!サーク!!」

そこにライルの声が響き、ガラッとドアが開いた。
聞こえた声に喜んで、バっと顔を上げた俺は……固まる。

「ライル!どこ行ってた……ん、だ……ょ……」

同じように帰ってきたライルに視線を向けていた皆も固まっていた。
そして、次の瞬間には、クラスメイトの大爆笑と俺の悲鳴が響き渡っていた。

「ライル~っ?!」

「待たせたな!我が姫!」

何故かいつもの1.5倍、男前なライル。
しかしその姿に俺は混乱していた。

「待て待て待て待て?!なんだその格好は?!」

「何って、ゴスロリメイド服!ショコラバージョンだ!!」

「何だそれ?!」

「彼女がこの日の為に作ってくれたんだ!見ろ!!脱毛クリームでムダ毛のなくなったつるピカなこの足を!!」

ライルはそう言って、男らしくミニスカートの足をダンッと机に乗せた。
いや、確かにつるピカなんだけどさぁ~。

「ライル、さっきから言動と格好が合ってない……。」

「女装したからには男らしくいたいじゃないか!!」

「普通逆だろ?!」

「ギャップ萌え狙いだ!!」

いやなんか違うから……。
俺は頭が痛くなってこめかみを押さえた。
いや、何でだよ??
なんでライルは女装してんだよ?!
しかもノリノリで?!
体育祭や文化祭でもノリノリだったし、だんだん女装のクオリティー上がってるし、相変わらずおっぱいでけえし……。
無駄にデカイそれをガン見していると、ライルが嬉しそうに笑って寄って来た。

「お?!サーク、揉んどくか?!」

「いや……いい……。」

「遠慮するな!!」

何なのこの逆セクハラ……。
意味がわからん。

「ていうか!!女装して男前度上げんな!!ギャップ萌えというより混乱するわ!!」

「ちなみに先に言っておくと、パンツはロリータ服用のかぼちゃパンツだ!!」

「聞いてねぇ!!」

とはいえ、女装はさておき、ライルが見えるところに来てくれて少し落ち着く。
わちゃわちゃ絡んでくるのが面倒くさいが、気が紛れるのでまぁいいかなと。

そんな事を思っているうちに、またもスパーンッと教室のドアが開いた。
今日はよく起こるな、このパターン。

「ライル?!ウソ?!何その服?!可愛い!!」

やってきたのはシルクだった。
どうやら教室に戻ってきたライルの服を見て飛んできたらしい。
キャッキャ言いながらライルのメイド服をマジマジと見ている。

「可愛い!可愛い!!ムダ毛もちゃんと処理してあるし!!ライル、似合ってる!!可愛い!!」

「いやだな子猫ちゃん。君の方が可愛いよ……。」

「うん。だよね!知ってる!ありがとう!!」

ライル渾身のボケをあっさりスルーするシルク。
自分の方が可愛いという絶対的な自信なのか、単に面倒だったのか……。
というか、服に夢中でむしろ聞いちゃいねぇ。

「それはいいんだけど!服が可愛いし似合ってるのに、ライル、メイクが甘い!!俺が直してあげるからここに座ってよ!!」

「あ、マジ?!メイクはちょっとまだ慣れなくてさぁ~。助かる!!」

「メイク道具持ってくるからちょっと待っててね!!」

「う~ス。」

シルクはそう言うと楽しそうに教室に戻っていく。
それにしてもライル。
シルクにすら可愛いって言われてんのに、なんで女装すると男前度が1.5倍になるの?!
変だよ!!女装するならシルクみたいに可愛くいてよ!!
ていうか、シルク、メイクしてたんだ……気づかなかった……。
気づけないってことはそれだけ完璧なナチュラルメイクしてんだよな?!
何?!アイツ?!女子なの?!
実は男子校に紛れ込んでる女子なの?!

あまりに色々唐突な事が起こりすぎて、俺は混乱し始めていた。
さっきまで誰も来ないかもと落ち飲んでいたが、なんかそれどころじゃない。

「さて、と。」

彼女お手製(の割にめちゃくちゃ立派な)メイド服を着たライルは、男前にニヤッと笑うと俺に振り向いた。

「先輩である姫騎士が女装してんだ、わかるよな?!我が姫??」

「?!」

そしてカバンから袋を取り出して俺に投げる。
思わず反射的に受け取ってしまったけど……。

「いや!!無理だから!!」

「大丈夫大丈夫!!着ちゃえばなんか気にならなくなるから!!」

「ならない!!そもそも女装するなんて話は聞いてない!!」

真っ赤になって慌てる俺をギルがじっと見つめてくる。
なんだその、若干、期待に満ちた眼差しは……。
ぶっ殺すぞ、変態ストーカーめ!!
俺はガスッとローキックをかます。

「見てんじゃねぇ!!変態ストーカー!!」

「そうそう。見てる場合じゃないぞ、ファースト騎士。」

ライルはそう言うと、ギルにも包みを差し出した。

「?!」

「は?!ライル?!正気か?!」

「正気だけど?!」

いやいや、正気だけどじゃないから。
流石にこれにはクラスメイトたちも青ざめている。

「いや!ライル!!サークはまぁ……似合うかも……かも、しれない……。」

「だがな!間違いなく!!鬼の元生徒会長様は駄目だ!!」

「それだけは勘弁してくれ!!」

「後生だからやめてくれ!!」

皆が悲鳴に近い声を上げている。
そりゃそうだ。
ギルは美形かもしれないが、いかんせんガタイがでかいしゴツすぎる。
俺も流石にコイツの女装はあまり見たいと思わないぞ、ライル……。

しかし、だ。

「静まれぇい!!お前ら!俺の目論見が今まで外れた事はあったか?!ないだろう?!」

その言葉に皆が困惑気味に顔を見合わせる。
そりゃなぁ……。
まぁ、ないんだけどさ……。
でも流石にそれはさぁ~、そればっかりはさぁ~。

「い・い・か・ら!!黙って俺の言う事に従え!!愚民ども!!」

盗賊の頭領みたいに言い切るライル。
いや、愚民どもって……。
どうしちゃったんだ?!ライル?!
女装して気でも触れたのか?!

あまりの事に渡された袋を抱え固まる俺。
特に何も考えていなそうなギル。
死刑宣告を受けたようなクラスメイトたち。

そこにプツプツとした音がスピーカーから聞こえた。

『えぇ~。マイクテスト、マイクテスト。……本日はお日柄もよく~。テストも終わり、祝!!バレンタインデー!!皆様!!お待たせしました!!本日は待ちに待ったバレンタインデーですね!!男子校には関係ないと思われがちですが!!わが校では違います!!むしろ最終決戦日です!!』

バレンタイン合戦実行委員会が放送を始めた。
途端、もうその時が来たのだと足元からサァーっと冷たくなってくる。

とはいえ、放送は始まったがここから30分ぐらいはルール説明や貢物を持っていく場所などの説明が入る。
誰も聞いちゃいないのだが、この放送が始まったという事は、全生徒スタート位置につけ、と言う事なのだ。
誰よりも先に本命の姫に貢物をしたい奴らはその姫のクラスの前に並び始めるし、準備がある姫などは早く終わらせなければならない。

「ほら!時間がない!!二人ともさっさと着替えてこい!!」

更衣室に行くようライルに背中を押されるが、そんな話は聞いてないのだ。

「待てってライル!!」

「大丈夫だって。」

「大丈夫じゃないから言ってんだろ?!」

「わかってるって。いきなり女装はハードル高いだろうから、違うもん入ってるから!!」

「……え?女装じゃないのか??」

「女装がいいならこの服貸すぞ??」

「力の限り遠慮します!!」

「ほら!わかったらさっさと着替えてこい!!ギルも!!」

そう言われてちょっとホッとして、俺とギルは急いで更衣室に向かう。
学校内も、やはり放送が始まった事で浮足立っている。

「……ていうか、俺のは女装じゃないらしいけど……お前のそれは何なんだろうな??」

包みを渡されても全く動揺しないギル。
掴んでいる包みをちらりと見て、すぐに気にしなくなる。

「……まぁ、俺のは着なれた服だな。」

「着なれた服?!」

「とにかく急ぐぞ。」

「あ?ああ……。」

よくわからないまま、俺とギルは更衣室に急ぐ。

そしてこの後、少なくともギルは着替えさせられた意味を、十分発揮する事になった……。
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